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 アパートへ帰るとそこに姉がいた。

 姉は料理を作り、僕の帰りを待っていてくれていた。


 今日は彼氏のところに行かないの、そう茶化すと姉は、

「佐山さんはあなたみたいに毎日暇じゃないの」

 と、口を曲げた。


 佐山さんは仕事が忙しく、ここしばらく会えないのでご機嫌ななめのようだ。


 それでも弟のために美味しい夕食を用意してくれるのは有り難いことで、姉は仕事から帰ってくると必ず手料理をふるまってくれた。


「田舎の母さんからあなたを預かっている手前もあるしね」


 と姉は言うが、都会で働きながら弟の面倒を見てくれる彼女は姉の鑑のような人だった。

 僕が頭の上がらない女性のひとりである。

 もっとも、女性に強気に出られない僕は大半の女性に頭が上がらないのだけど。

 そんなことを考えていると、テーブルの上に肉じゃがと焼き魚と味噌汁が置かれる。


 どれも家庭的でとても美味しかった。味噌汁の味噌などは実家と同じものを使っているのでとても懐かしい。


 僕はいつものように褒めるが、それとは別に先ほどの人工衛星の話題を振る。


「姉さん、アメリカにロシアの人工衛星が落ちたって話、知ってる?」


 そんなニュースは見なかったけど? と首をひねる。

 テレビをつけるが、どこもバラエティ番組しかやってなかった。

 まだ、ニュースにはなっていないようだ。


 もしもあのメッセージの発言が真実ならば、明日、朝には大ニュースになっているらしいが。


 それを確かめるには明日になるのを待つしかない。

 九時間ほど待つしかなかった。


 僕は姉が作ってくれた料理をゆっくり食べると、お風呂を沸かし、姉のあとに風呂に入った。


 普段、長風呂ではないが、今日はいろいろとあって疲れたので、ゆっくり浸かる。


 風呂が疲れを癒やしてくれるとは子供のころは夢にも思わなかったが、大人になるとこの湯船の有り難さが身に染みる。


 風呂の効能と風呂後の麦茶を堪能すると、そのまま寝間着に着替え、寝る。

 僕に才能があるのだとすれば、それはどんなに嫌なことがあっても眠れることだろうか。

 あの日、彼女に別れを切り出された際も、悲しくはあったが、十二時前には寝ていた。

 今日、彼女の死を知っても、眠ることができた。


 人にこのことを話せば酷薄な人間と後ろ指を指されるかもしれないが、眠れるというだけで心にわだかまりがないわけではない。


 眠る瞬間まで、僕は彼女のことを考えていた。

 彼女はどのような気持ちでその命を絶ったのだろうか。

 死の間際、なにを思ったのだろうか。

 想像することしかできないが、僕の胸は苦しくなった。

 数時間後、僕は眠りに落ちるが、夢の中で僕は彼女と出逢った。

 現実の世界では泣くことのできなかった僕は夢の中で泣いていたような気がした。

 朝、起きると目元が腫れているような気がした。




 

 その日、僕の体内時計は朝の十時にセットされていた。

 午前中に大学の講義がなかったからである。

 本来ならば十時付近に起きるはずだった僕であるが、姉に起こされる。


「ねえ、あなた、昨日、人工衛星うんぬんいってたわよね?」


 と姉は真顔で僕の顔を見る。

 その言葉ではっとなった僕はリビング兼キッチンに行くと、テレビの前に釘付けになる。

 そこには真剣な顔でニュースを読み上げるアナウンサーがいた。

 彼はアメリカのとある州にロシアの人工衛星が落ち、死傷者が出た事実を伝える。

 次いでロシアの報道官の沈痛な謝辞と、アメリカ国民の抗議の声が流れる。


 ニュース番組に招待されている軍事アナリストなる職業の人は、

「ただちに戦争になることはないが、この墜落は両国に深い溝をもたらす」

 と断言していた。


 その言葉に姉は不安になるが、それ以上に昨晩、このことを予言していた弟に対する興味が尽きないようだ。


 どうして僕がこのことを知っていたか尋ねる。

 まさか違う世界軸の女の子が教えてくれた、と言い出すことはできない。

 無難というか、嘘というか、方便を使うことにした。


「なんかSNSで見た。軍事マニアの間ではロシアの衛星が落ちるかもしれないってのは前々から話題になっていたらしい」


 マニアが密かに話題にしていた、といえば素人である姉がこれ以上詮索できるわけもなく、姉の追及はやむが、それでも不安はあるらしい。


「戦争なんて嫌だなあー」


 と、つぶやく。


 なんでも来年、恋人である佐山さんとアメリカ旅行を計画しているらしく、戦争になったら計画が中止になってしまうとのこと。


 その前に、アメリカとロシアが戦争をすれば、日本が戦場になるかもしれない、という想像は働かないらしい。


 姉らしいといえば姉らしいが、それくらい気楽なほうがいい。


 むしろ、なにかあるとすぐに日本が戦争に巻き込まれる! と騒ぎ立てるマスコミのほうが悪いと思う。


 そう結論付けると、僕は部屋に戻り、スマートフォンを取り出した。

 昨晩、このことを知らせてくれた女の子に連絡を取るためだ。

 メッセージアプリを起動するが、出だしの文章に迷う。

 そういえば自分から女の子にメッセージを送ったことがないことに気が付く。


 メッセージアプリを導入したのも家族の勧めからだし、葉月との連絡もほとんど彼女から先にメッセージを送ってくれていた。


 その他の女の子に至っては、連絡帳にすら名前はない。


 連絡網代わりのグループには何人か女の子がいるが、個人的にアドレスを交換した女の子は皆無だった。


 なのでどう書いたらいいか、迷っていると、ぴこん、とメッセージが着信する。

 見れば見慣れぬアドレスから友人登録の誘いがきていた。

 名前は女性名で、未来と書かれていた。


 メッセージの内容は、

『やっほー! 昨日話した違う世界軸の女の子だよ』

 だった。


 それで察した僕は彼女を友人として登録する。

 さっそく、『どもどもありがとう』という返信がくる。


『ちなみにわたしの名前は未来って書いてミキって読むの。よろしくね』


 メッセージの後ろに可愛らしい顔文字が添えられている。

 僕は顔文字は苦手なので普通に返信する。


『君が言う通り、ロシアの人工衛星がアメリカに落ちた。騒ぎになってる』


『やっぱり落ちたか。違う世界軸だから、時期が前後するかもと思ったけど、大きな出来事は大体一緒みたいだね』


『ということは君の世界軸は僕の世界より少し未来なの?』


『そうだよ。どれくらい未来かは言えないけど』


『だから衛星が落ちることを知っていたんだね』


『そういうこと。これでわたしのこと信じるようになった?』


『君が未来の人間かもしれない、という可能性については考慮する』


『奥歯にものが挟まった言い方だね』


 姉へのいいわけではないが、衛星の件はもしかしたら軍事マニアなら知っている情報かもしれないし、彼女の父親がロシアかアメリカの軍人という可能性もある。


 たった一事例だけで彼女を信用するのは危険だった。

 そう思っていると彼女も似たようなことを言う。


『まあ、そうだよね。衛星の一件だけで信じろというのは無茶な話。もっとあなたから信頼感を得ないとね。ええと、それじゃあ、リビングに行ってテレビを見て』


 指示に従う。

 姉はすでにそこになく、仕事に出かけていた。

 テレビをつけると、指示通り衛星放送にする。


『今、メジャーリーグの試合が行われているでしょ』


 たしかに行われていた。

 二刀流で有名な日本人メジャーリーガーが出ている。


『あ、ちょうど、そのメジャーリーガーが打者として出ているでしょ。その打席の詳細を教えてあげる。今、ノーストライク、ワンボールだよね?』


『うん』


『ピッチャーが次に投げる球は、内角低め、きわどいコースのストライク』


 彼女がそう宣言すると、実際にそのコースにボールが行き、日本人打者は見送る。


『その次は外角にスライダー。大きく外れる。見逃しでボールね』


 その通りになる。

 彼女の言葉が次々と現実になる。

 背中に冷たいものが走るが、彼女は気にせず続ける。


『次に失投気味にボールが真ん中に入って、それを日本人打者がホームラン。今期、三号目ね。ちなみに彼、今期は打者としては一五本塁打。投手としては十二勝あげるから』


 本塁打数と勝利数は現時点ではわからないが、たしかに彼はその打席でホームランを打った。


 アナウンサーが絶叫し、観客も総立ちになっていた。


『さて、これでだいぶ信頼度が稼げたと思うけど、まだなにかいる? 一番手っ取り早いのは競馬場に行ってもらうことだけど、競馬って土日開催なんだよね。あとは株かな。これもぴったり当てられると思うけど、少なくとも三時までは確定しないし』


 ちなみに「アーカム・マインド」というソーシャルゲーム会社の株を買っておくと、億万長者とはいわないけど、美味しい思いができます、と彼女は補足してきた。


 僕は未来人から情報を得て金儲けをする気はないので、丁重に断ると、率直に尋ねた。


『君が違う世界軸の、それも未来の人間ということは分かった。だけど、僕に話し掛ける目的が分からない。葉月のアドレスを使っていた理由も。その辺を教えてほしい』


 彼女は一秒もかからず返信する。


『いいよ。というか、その台詞を聞くために昨日からがんばってるんだから。あなたが意固地な人だったらどうしようって、思ってたとこだったよ』


 聞いていた通り、素直でいい子だ、と彼女は続ける。

 誰に聞いたのだろうか、それを尋ねるよりも先に彼女は言葉を続ける。


『あのね、あなたは昨日、元恋人である北原葉月の死を知ったんだよね?』


 既読マークを数秒見たあと、肯定する。


『高校時代に別れて以来、北原葉月とは会っていないし、連絡も取っていない、それで間違いはない?』


『間違いない』


『今、彼女の死を聞き、あなたは動揺している。彼女の死の原因を知りたい、そう思っている。それも間違いない?』


『葉月がどうして死んだか知っているの?』


『知ってる』


『教えてくれ』


『それはできない』


 短い問答が続く。


『この期に及んでどうして教えてくれない。君はなんのためにやってきたんだ。そう尋ねてくると思うけど、あらかじめ言っておくね。わたしはあなたに北原葉月の死の真相を伝えにきたんじゃないの。それよりももっと大切なことを伝えにきたの』


 葉月の死よりももっと大切なこと?


 そんなものがこの世界にあるのだろうか、そう自問していると、彼女は僕の心を読んだかのようにメッセージを送る。


『あるよ。あるの。あなたも今さら北原葉月の死の真相を調べるよりも彼女をよみがえらせることができたほうが嬉しいでしょ? わたしはその手伝いにやってきたんだよ』


 葉月をよみがえらせる? なにを言っているんだ。この娘は。

 気でも狂っているのだろうか。それとも僕を担いでいるのだろうか。

 あるいは僕自身の頭がおかしくなっているという可能性もある。

 どれであるかは不明瞭であるが、僕は自然とこう答えていた。


『もしも葉月を生き返らせることができるのならば、僕は悪魔にさえ魂を売る』


 その返答を聞いた彼女は満足したのだろうか、数秒後、にっこりと微笑んだキャラクターのスタンプを送ってきた。


 飄々とした彼女の性格にぴったりのスタンプであったが、この緊迫した場面にはふさわしくないような気がした。


 もっとも緊迫しているのは僕だけなのかもしれないが。

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