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 こうして結婚式は始まる。

 ささやかな結婚式だった。

 葉月が派手にしないことを望んだこともあるが、若いふたりには先立つものはない。

 しかし、それでも姉は予算内で工夫し、コネを駆使し、素敵なパーティーを開いてくれた。

 出席するのも身内と友人だけ。

 参加費も抑え、質素倹約に努めた。


 それでもウエディングドレスを着られるのは、女の子にとって嬉しいものらしく、葉月は終始ご機嫌であった。


 彼女の笑顔が永遠に続けばいい。

 そう思ったし、そうあるべきであったが、運命の神は僕たちのことが嫌いのようだ。

 僕たちに試練を寄越す。

 パーティが佳境に入ったとき、思わぬ闖入者がやってくる。 

それは世にも美しい闖入者だった。

 参列者にはタブーであるはずの真っ白なドレス。

 それに真っ白で大きな女優帽。

 歩き方もどこか浮世離れしており、人間味を感じない。


 ただ、文句なく美しく、この世界のことわりとは違う別世界にいるような浮世離れした人物だった。


 彼女は招待状も受け取っていないのに勝手にやってきて、花嫁の前で呪詛を吐いた。


「……ママ」


 と呼ぶ花嫁に向かって、彼女は言う。


「実の母親も呼ばないで結婚式とはめでたい頭の娘ね。誰に育ててもらったと思っているのかしら」


「………」


 沈黙する葉月に容赦なく罵声を続ける北原栞。


「まあ、せいせいするわ。あなたのような醜い娘が独り立ちしてくれるのだから」


 世にも美しい花嫁になにを言うのだろうか。しかし、北原栞は続ける。


「あんたなんて産むんじゃなかった。あんたを産んだお陰で仕事は減るし、私の美貌にも陰りが見えた。もしもあんたなんて産まなければ――」


 僕は北原栞を殴りつけたい衝動に駆られたが、それはできなかった。

 僕よりも先に行動した人物がいたからだ。

 それは葉月の父親だった。彼は持っていたコップで北原栞の頭に水を掛けると言った。


「冷静に考えるといい。この場にいるもので誰が一番醜いかを。誰の行動が一番醜悪かを。美しさとは外面でなく、中身から滲み出ることを。そうすればきっと君は昔の輝きを取り戻せる」


 かつての夫、真柴一樹としてはかつての妻を諫めるつもりだったのだろうが、自尊心が肥大化した彼女には無益だった。


「dslksfdhばぉいkphdふぉあいj」


 言語化不能な奇声を発すると、並べてあった料理をぶちまけ、北原栞は会場をあとにした。

 彼女は最後にこんな呪詛を残す。


「お前たちは呪われている。この先、みんな不幸になる。この結婚式に参列したことを後悔する」


 それは明らかに彼女の負け惜しみであったが、運命の神は悪意に満ちている。

 運命にあがなう僕たちよりも、醜怪な魔女のほうに味方をする。


 結局、パーティはその後、つつがなく進行したが、パーティーが終わりを迎えたころ、とんでもない訃報が飛び込んでくる。


 パーティーの終盤、真柴夫婦の携帯に不幸を凝縮したメールが送信される。

 それを受け取った真柴沙織は、卒倒する。

 その夫である真柴一樹は顔面を蒼白にさせる。

 そのメールの内容は、彼らの娘である真柴可憐の訃報であった。

 彼女は部活のバスで移動中に事故に遭ったのだ。

 居眠り運転をしていたトラックに突っ込まれたバスは横転し、乗っていた生徒を傷つけた。

 死者、重軽傷者二〇人という統計の中に、彼らの娘が、葉月の妹が含まれる。

それは家族皆の、周囲の人間の幸福を望む僕らにとって、血塗られた花束であった。

 その報告を聞いたとき、葉月もまた、気を失った。

 こうして僕たちの結婚式は終わりを告げた。



 葉月と真柴沙織を病院に搬送すると、僕は姉に礼とわびを入れた。

 今日の結婚式をお膳立てしてくれたお礼、つつがなく進行してくれた感謝を述べた。

 そして最後に不快な式にしてしまったことをわびた。


 姉は「誰が悪いかは明白でしょう」という言葉で慰めてくれたが、葉月の母親のことには直接触れなかった。


 僕は姉に家に帰るように勧める。

 あとは自分と真柴一樹に任せるように勧める。

 姉も明日は仕事がある。その言葉に従い、婚約者の運転する車で家に帰る。

 それを見届けると、僕はスマホを取り出す。

 そこにはぎっしりとメッセージが書かれていた。

 多種多様、様々な形で書かれていたが、要約するとこうである。



「もうタイムスリップしては駄目!」


 

 と違う世界の少女、未来は言っていた。

 過去に戻ってはいけない理由は書かれていた。

 もう一度過去に戻ると、もう記憶を維持できない。

 そんなことをすればもうなにもできない。

 葉月を愛することも、彼女と結婚することも。

 そう未来は言っていた。


 それは正しいだろう。この世界軸で目覚めたとき、僕の頭に一部の記憶が残されていなかった。


 まるで鈍器で殴られたかのような鈍痛とともに目覚めた。

 鼻から大量に出血をした。


 あのとき、僕の頭は悟っていた。僕の身体は感じていた。もう二度と過去に戻れないことを。


 いや、過去に戻れるかもしれないが、過去に戻ればもう二度と戻ってこられないような気がした。


 もう二度と記憶を回復できないような気がした。

 そして僕の戻ろうとしている過去はもう取り返しの付かない時間だった。

 二度とやり直しがきかない過去だった。

 それはつまり、葉月との永遠の別れだった。


 僕が今、戻ろうとしているのは、彼女との節目。

 彼女と一緒に彼女の母親から逃げたその日だった。

 あの駆け落ちした日に戻り、僕は彼女をそのまま彼女の父親に届けるつもりだった。

 そのまま児童相談所に通報をし、彼女を母親から引き離すつもりだった。


 それが一番良い。

 彼女は幸せになるべき人だった。

 幸せな家庭で育つべき人だった。

 あんな街にいるべきではなかった。あんな母親のもとにいるべきではなかった。

 僕などのために不幸を背負う必要はないのだ。心に傷を負う必要はないのだ。

 彼女は僕がいるからあの街を選んだ、と言っていた。

 僕がいるから、母親のもとにいる、と言った。

 それならば僕など好きになるものではない。

 僕など嫌いになってしまえばいい。

 そう思った。


 それが正しい選択であった。

 それが正しい歴史だと思った。

 だから僕は中学一年生の冬に戻る。

 彼女と駆け落ちをしたクリスマス・イブに戻る。

 そこに戻って歴史を修正する。過去をやり直す。

 そう未来に伝える。メッセージを送る。

 彼女は反対するかと思ったが、意外にもなにも言わなかった。


「どうせ、反対しても止めないのでしょう」


 と諦めの言葉を寄越す。

 その通りなので反論しようがないが、彼女は最後にこう言った。


「その行動によってあなたは女の子の未来を大きく変える。ふたりの女の子のね」


「ふたりの女の子?」


 葉月は当然であるとして、もうひとりは可憐だろうか、そう考えていると彼女は違う、と言い切る。


「あなたの行動によって、将来、生まれるべき子供がひとり、生まれなくなるの」


 どういう意味だろうか、尋ねようとしたが、返信ができない。

 なぜか僕のスマホはメッセージを送信できなくなっていた。



「その子の名前はさる事情で教えられない。この世界軸であなたと北原葉月の間に生まれる予定だった子供とだけ言っておく。

 でも、心配しないで。歴史は柔軟性があるの。それはあなたが一番よく知っているでしょう。

 この世界軸で生まれる予定だった子は別の世界で生まれるから。

 その世界軸でもきっと、その子は幸せになる。

 ううん、超幸せになるかも。

 もしかしたら、その子の父親は、今度こそすべてをやり直し、すべての人を救い出すかもしれないから。

 今度こそ早死にせず、娘と一緒に末永く暮らすかもしれないから。

 もしもこの場にその子がいれば、きっとあなたと決断を賞賛すると思う。

 お父さんの決断は間違ってなかったよ、と言ってくれると思うの。

 なぜだかそんな気がするの」



 未来はそう言い切ると、最後の通信を終える。


 もしかして君は――、そう打ち込もうとしたが、やはり僕のメッセージが打ち込まれることはなかった。


 以後、未来からもメッセージはこなかった。

 しばし携帯の画面を見つめるが、いつまでも画面を見ているわけにもいかなかった。

 名残惜しい気持ちを切り捨てると、僕は病院を出た。

 病院の近くにある大きな道路に向かう。

 そこには忙しなく車が通っている。

 またトラックに轢かれることを選んだのだが、自嘲する。

 これで二回目であるし、芸がない。それに毎回、トラックの運転手に悪いような気もした。

 ただ、電車に飛び込むよりはましだろうと思った。

 そう自分に言い訳をすると、僕はトラックの前に飛び込み、意識を飛ばした。

 トラックの巨体が僕にのし掛かるが、死を自覚した瞬間、僕は違う世界軸に旅立った。

 もう二度と戻ってこられない世界に旅立った。

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