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 彼女と彼女の父親との確執を知った僕。

 しかし、それを解決することはできない。


 今の僕ならば、彼女の家に乗り込み、バットを振り回して彼女の父親に今度娘を殴ったら許さない、と脅すことも可能だろう。


 あるいはそれでも収まらないのであれば、それ以上のこともできるかもしれない。

 この世界には少年法という悪法があり、それを利用することもできる。

 ただ、僕は彼女の家に乗り込むことはなかった。

 理由は単純なものですでに彼女の父親は彼女の家にいないのだ。

 母親とは離婚をし、別の街で暮らしている。


 過去、葉月を虐待していたかもしれないという理由で、現住所に乗り込み、殴りつけたりするのは意味のない行為だった。


 そんなことで彼女の心が癒やされるのならば、何度でも実行するが、無意味なのでやらない。


 ならばどうすれば彼女の心の傷を癒やせるのだろうか。

 僕は一晩中悩むが、違う世界軸の娘はあっけらかんと解決策を提示してくる。

 僕のスマホに脳天気なメッセージが着信する。


「あのさあ、悩みすぎだと思うんだよね。女の子に必要なのは愛されることだと思うの」


 そんな出だしで僕に説教をするのは未来。彼女はメッセージ越しにこんな提案をする。


「前回、彼女はたしかに自殺してしまったけど、前々回よりも二年も長生きしたんだよ。それは高校時代に君が愛情豊かに接したから。ならば今度はそれを中学時代からやればいいじゃん」


 という至極単純だが、明快な答えをくれる。


「あなたはさ、ちょっと物事を深く考え過ぎる。彼女は前回、私は幸せになると死んじゃう生き物って言ったみたいだけどさ。じゃあ、不幸なら生きられるの? それも違うような気がする。幸せなら死んじゃうのなら、超幸せにしてあげればいいじゃん」


 なんと単純で気楽な考えなのだろう。しかし、見習わなければいけない思考法かもしれない。


 僕は彼女に相談をする。


「僕はこの修学旅行で彼女に告白するよ」


「いいね、一生の思い出になるよ」


 未来はそう賛同してくれると、「がんばってね」というメッセージで締めくくってくれた。

 がんばるよ、と心の中で返答をすると、僕は就寝前に腹筋を始めた。

 大学生になった彼女の言葉を思い出したからだ。


 彼女は僕とのキスがファーストキスではないと言っていた。もしも過去に戻って改変できるならば、彼女のファーストキスの相手は僕にしたかった。


 今時キスひとつでなにか変わるとは思えないので、これはあくまで自己満足の世界であるが、彼女の桜色の唇を他の男に奪われるのは、耐えがたかった。



 修学旅行は京都である。

 地方都市の中学校ならば、それが普通というか、有り触れていた。


 旅行などに興味がない僕らは特に不満を漏らさなかったが、クラスの一部は沖縄にしたい、と署名運動をしていたらしい。


「旅行なんてどこも一緒なのにね。問題なのは『どこ』ではなく、『だれ』と行くかなのに」


 とは葉月の言葉である。


 なかなかにロマンチックな回答であるが、その落ち着いた意見に反比例し、彼女の表情は浮ついていた。


 新幹線の窓から景色を眺め、子供のようにはしゃいでいる。


「今、かかしが見えた。今時、CDをいっぱい付けてカラス除けするなんて渋い」


 そういえば僕の近所でもペットボトルを庭に置いて猫除けをしている家があったような気がする。


 そのことを話すと、

「迷信はいつの時代も途絶えないものね」

 と彼女は喜んでいた。


「迷信と言えば修学旅行の夜、同性で集まって好きな子の話とかするって本当かな」


「さて、それはどうだろう。小学校のころは友達がいなかった」


「それは今もでしょ」


 彼女は苦笑しながら指摘する。


「違いない」


「でもそれは私も一緒。小学校のときは班も別々だったし、ただただ苦痛だった。女ってなんで群れるんだろう、って思った」


「男も群れるよ」


「でも、一緒にトイレに行ったりとかはしないでしょ」


「それはしないね」


「理解不能」


 女の子である葉月に理解できないのならば僕に分かるわけもなく、話を転じさせる。


「あのさ、自由行動の時間、一緒に巡ってくれるよね?」


 その問いに不思議そうに首をかしげる葉月。


「なにを今さら」


 と言葉を発する。


「そのときに重要な話があるから。覚悟しておいて」


「重要な話って?」


「そのときの楽しみにしておいて」


「ふーん……」


 彼女はいぶかしげにこちらを見るが、最終的には納得してくれた。


 その後、ふたりでトランプをする。新幹線で、それもふたりでトランプをするのはどうかと思うが、その手のイベントはこなしておきたいらしい。


 なんだかんだで彼女はミーハーなところがあった。


 買ったばかりと思われるトランプを開封する。この日のためだけに購入したようだ。任天堂製のプラスチック・トランプだった。


 彼女はそれをおぼつかない手つきでシャッフルすると、カードを配り始めた。


 どうやらふたりで大富豪をするつもりらしいが、ふたりで大富豪をすると革命に次ぐ革命が起き、ゲームバランスが崩壊することを知っているのだろうか。


 いや、知らないからしようとしているのだろうが、僕は黙って付き合った。


 思いのほか彼女の表情は真剣だったし、彼女と一緒にトランプをするのは楽しかったからだ。


 カードを出すたびに一喜一憂し、表情を変える彼女。


 普段はそんな表情を見られない。修学旅行というイベントが彼女のテンションを上げているのは明白だった。


 僕たちは普通の中学生のように新幹線の旅を楽しみながら、京都に向かった。


 ホテルに到着すると荷物を置く。

 そのまま京都周辺にある神社仏閣を巡る。

 ここまでは集団行動でクラス単位での行動となる。

 本格的な自由行動は明日からだ。

 だから僕たちは素直に教師に誘導され、神社仏閣を巡る。

 しかし、なぜ、修学旅行は必ず神社仏閣巡りになるのだろうか。

 金閣寺も綺麗だし、清水寺も見事だと思うが、中学生がテンションを上げる要素はない。


 昨今、ゲームなどで歴史が持て囃されているが、彼らが好きなのは美化されたキャラクターたちであり、建物には興味がないことが多い。


 ましてや映画マニアである僕たちに神社仏閣に高揚する要素は皆無だった。


「早く京都の映画村に行きたいね」


 とは葉月の言葉であるが、それには同意である。

 僕たちは淡々と神社仏閣を巡るが、彼女は明日が楽しみで仕方ないようだ。

 僕は逆に気が気ではない。


 彼女に告白をするのは初めてではないが、告白というものは何度しても慣れるものではなかった。


 できれば不毛なタイムスリップはこれで最後にして、この世界軸で幸せな未来を手に入れたいものである。



 明日、告白をする。

 それは既定路線かと思われたが、その予定は大幅に狂った。

 京都の仏閣を巡っているときにこんな話を耳にしてしまったからだ。


「ねえ、今日の夜、バスケ部の子に呼び出されたのだけど、どうすればいい?」


 なにげなく尋ねてきたのは葉月だった。

 驚きはしなかったが、むかつきはした。

 やはり彼女のあのときの言葉は嘘ではなかったようだ。



「あの子、どうやら私が好きだったみたい、二年のときに告白されたの。もちろん、断ったんだけど、そのとき強引にキスされた」



 たしかにあのとき、彼女はそう言った。


 その後、僕の反応を見て冗談として誤魔化していたけど、やはりあの言葉は本当だったようだ。


 ならば僕はやることが決まっていた。

 彼女にこう言うのだ。


「君は絶対にその場に行かないで。代わりに僕が行く」


「それは俺の女に手を出すな? ってこと」


 彼女はまたしても冗談めかすが、僕も冗談で返す。


「翌日、僕の顔は腫れ上がってるかもね」


「私を巡って決闘するのね。素敵。ああ、それにしても美しさって罪なのね……」


 くすくすと笑うが、その笑みは翌日消える。

 なぜならば翌日、僕の顔が本当に腫れ上がったからだ。


「どうしたの……?」


 心配げに尋ねてくる彼女に事情を話す。

 隠していてもそのうち、ばれると思ったのだ。


「昨日、君を巡ってバスケ部の男子と決闘をした。相手は体育会系で長身だから一方的に殴り負けたけど」


「え? 私のために?」

「そう、君のために」


 今さらこの気持ちを隠すのになんの意味もなかった。

 彼女は顔をかあっと真っ赤にさせている。

 このまま抱きしめて告白したかったが、ホテルのロビーでそれはできない。


「今から僕は担任に連れられて病院に行ってくる。ペナルティとして喧嘩両成敗で今日の自由行動はなしになってしまったけど、後日、葉月に大切な話がある」


 彼女は内容を尋ねてこなかった。

 この期に及んでその意図を尋ねてくるほど彼女は鈍くない。

 むしろ彼女は僕よりも何倍もロマンチストだった。

 彼女は満面の笑みでこう言った。


「それじゃあ、今日の夜、一緒にホテルを抜け出しましょう。近くに小さな神社があるの。そこは縁結びの神様が祀られているんだって」


 縁結びか。御利益があるといいけど。

 今回こそは彼女の死を回避したかったが、現時点ではまだ未来は分からない。

 この告白が彼女の人生を変えるかどうかは、僕の今後に掛かっているような気がした。

 僕は全身全霊を持って、彼女を守る。未来永劫。

 二度と死のうだなんて思わないくらい彼女を大切にする。

 それは決意ではなく、定められた未来だった。



 その夜、僕は予定通り彼女に告白し、口づけをした。

 二度と初めてのキスを他人に取られないように。

 もちろん、セカンド・キスも、サード・キスもだ。

 彼女の唇は僕が独占したかった。

 彼女にそう言うと、「案外、独占欲が強いんだね」と微笑んだ。


「――でも、そういうのは嫌いじゃない」


 と控えめな表現で、永遠の愛を誓ってくれた。

 まるで結婚式直前のカップルのようだ。


 そんな感想を漏らしながら、修学旅行最後の夜を過ごすと、翌朝、僕はまた世界軸が変わっていることに気がついた。

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