1 プロローグ
かつての恋人、北原葉月の死を知ったのは大学に入ってからだった。
ある日、偶然再会した元同級生から告げられた恋人の死。
北原葉月は風呂場で自分の手首を切り、死んだらしい、と彼は教えてくれた。
元同級生である彼は恋人だった僕がそのことを知らなかったことに驚いているようだ。
「お前たち、たしか高校時代まで付き合ってたよな?」
と確かめてくる。
たぶんね、と曖昧に返事をしたのは気恥ずかしかったからではない。
たしかに僕たちは中学生のころからなんとなく付き合ってはいたが、周知されていたわけではない。
校内で堂々と手をつないだり、愛を語り合ったりはしなかったし、彼氏彼女だ、と吹聴したこともない。
ただ、ふたりは常に隣にいるのが自然のように寄り添い、静かに学生生活を送っていた。
当人たちは恋人だと認識していたが、見る人によっては幼なじみに毛が生えた程度の関係にしか見えなかったかもしれない。
「……そうか、葉月は死んだのか」
元同級生の言葉を聞き、僕は意外に思わなかった。
北原葉月という女性は付き合っていたときから、生命を感じさせないような儚げな少女で、呼吸をしているのが不思議なほど透明感があった。
彼女が年月を重ね、老いて死んでいく様はあまり想像できなかった。
本人もよく言っていた。
「私は生花よりも造花のほうが好き。生きた花はいつか萎れてしまうから」
彼女はその言葉の通り、萎れてしまう前に自ら死を選んだのだ。
そう思うことにした。
少なくとも彼女の死を伝えてくれた元同級生の前では悲しみを見せなかった。
高校を卒業してから初めて会話をした元同級生に感謝の念を述べると、その場を辞した。
これから大学の講義がある、という口実を伝えたが、僕は大学にはいかず、そのまま自宅に帰り、引き込もった。
ひとりになれば泣けると思ったが、僕の瞳からは涙が流れることはなかった。
そういえば彼女から別れを告げられたときも泣かなかったような気がする。
僕の涙腺はとっくの昔に乾ききっていたのかもしれない。