3話
『それからの毎日はつつがなく生活していましたが、冬に風邪を拗らせて死んでしまいました。体力がついたと勘違いをして、少し無理をしたのがいけなかったのです……』
枕元に佐助が座ったのが分かった。だがお嬢さんにはもうその姿は見えない。左手が握られた感触はある。温かい。
ありがとう はなび ごめんなさい
鼻をすする音の後、息遣いが近くに。
「お嬢さんの分も、百回見る」
いつも元気だった佐助の、初めての優しい声音に嬉しくなる。そして、寂しい。
「どこかで会ったら、どれだけ綺麗だったか教える」
震えているのは、自分か、佐助か。
「お嬢さん、寂しいなら俺の心を少し持って行って」
左手の熱が上がる。
「またね、お嬢さん」
音が消えていく。
またね―――
『それから私は、ずっと花火を見ています』
死後の場所かと思っていたら幽霊になっていたのですね、とお嬢さんはご迷惑をお掛けしましたとお辞儀をした。なぜか皆が僕を見たので、慌ててしまった。
「あ、いえ。確かに驚きはしたけど、恐い事は何もなかったし、じいちゃんも何もしないし。家族は父さん以外は楽しそうだったし、迷惑ではなかった……です」
「そこで父さん以外って言わないでくれる!?」
「あ、ごめん」
「あなた、こういうの駄目だもんね~。毎年よく付き合ってくれるなぁと思ってたわ」
「だって一人でいる方が恐いだろ!」
「「「「 ヘタレ 」」」」
うわ~ん!と明後日の方向に叫ぶ父を複雑な気持ちで眺めていると、お嬢さんは袖で口を隠しながら小さく笑った。
『ふふふ、佐助を見ているようです』
ふと、もやっとした気持ちになり、それを疑問に感じた瞬間、世界が回った。
『うわっ!悪い!』
めまいを起こしたと分かった時には、坊主頭の自分の顔が目の前にあった。作務衣のような服を着てて、一瞬で"佐助"だと理解。でもその顔は真っ赤になってて鼻息も荒い。
『ふぬぬっ!……もたないから、助けて!』
僕の傾いていた体を滑り込んで受け止めてくれたのは父だった。
「あ、ありがとう、父さん」
「やだもう!息子から幽霊が生えてるぅっ!」
僕を抱えたまま真っ青な顔で目をぎゅっとつむって震える父。
『悪い悪い、急に離れると倒れるとは知らなかったんだ』
「あなたすごい!ナイススライディング!ナイスキャッチ!」
『やあ、父親ってのは凄いなぁ。そういや若旦那も普段どんくさいくせに子供の事には俊敏だったっけ』
「俺はどんくさくな、まだ生えてるぅぅぅ!!」
『あ、悪い悪い、もうちょっとこう……あ、抜けた! 大丈夫か?』
自分と同じ顔に覗き込まれるのは何とも不気味だが、心配してくれているのは分かった。手を握りこんだ後に上体を起こしてもめまいはしない。
「……大丈夫そうだよ?」
『ごめんな。俺も幽霊として誰かと関わるのは初めてで加減が分からなくて。にしても顔がそっくりだな! そりゃお嬢さんも間違えるわ!』
わはは!と笑う幽霊……
"佐助"って、お嬢さんの話しぶりから能天気な人だと思ってたけど、それ以上かも。
『……本当に、佐助なの?』
『お嬢さん久しぶり!やっと会えた! おお、幽霊同士だと何となく感触がある!』
茫然としたお嬢さんを抱きしめた佐助はその場でぐるぐるとすごい勢いで回った。お嬢さんは混乱したのか悲鳴をあげる。
「何なに!?今度は何の悲鳴!?」
目をつむったままの父が狼狽えてしがみついてきたので、大丈夫だよと腕を叩く。
「恋人同士の再会を喜ぶ声よ~!」
「いやあれは本気の悲鳴でしょう?」
「あらお義母さん、佐助さんのあの喜びよう、犬が飼い主に飛びついたみたいじゃないですか~」
「その例えが恋人じゃないじゃないの。だから、あんな大型犬に飛びつかれて振り回されたらさすがに悲鳴も出るわよって」
「幽霊でも止めた方がいいのかい……?」
「悲鳴がこわ、いや!可哀想だから止めてあげて~!」
「佐助さーん! 父さんが恐がるから止まってー!」
びたっと止まった佐助さんに抱えられたお嬢さんはぐったりしていた。
『ありゃ、やり過ぎた』
『……さ、佐助ぇ……』
お嬢さんが恨みがましい声を出しても、佐助さんは全然気にならないように笑ってる。
『こんだけ振り回しても平気だなんて、幽霊になってみるもんだなぁ』
やっと体を起こしたお嬢さんを、しげしげと見つめている。
『平気じゃないわよ!』
ぽすっとお嬢さんが佐助さんの胸元を叩いた。何て頼り無い動き。
『おほっ!お嬢さんに叩かれた! ははっ!普通の女みたいだ! 幽霊だけど!』
全く懲りてない佐助さんはまたお嬢さんを抱きしめた。
『……苦しいわ……佐助……』
震える体に気づいたのか、お嬢さんは自分の肩に顔をうずめる佐助さんの背中をゆっくりと撫でた。