前編
「三人共同企画主」
『発案者』香月よう子
『企画管理者』山之上舞花
『宣伝本部長』柿原凛
による、『眼鏡娘とコンタクト』企画参加作品です。
高校生。
全三話。(約8000字)
深呼吸をしてから、教室に入る。
「おはよー」
「おは、うわっ!どうしたのその目!?」
教室に入ってすぐ、友達の洋子に指摘された。ですよねー。ため息しか出ないのよー。
「コンタクト切れてるの忘れててさー。度が入ったやつがカラコンしかなかったの」
「そうじゃなくて、いつもの眼鏡はどうしたの?」
舞佳も少し慌てた感じだ。だよねー、毎日眼鏡をかけて、遊びに行く時でもあんまりカラコンしたことないもんねー。
「眼鏡様は夫婦喧嘩の尊い犠牲におなりあそばしたのでございますー」
両手を合わせて言うと、付き合いの長い洋子と舞佳は途端に痛ましそうな顔になった。
「あぁ、とうとう眼鏡が……桃子は?怪我はないの?」
「ないよ。父ちゃんに延髄ソバットする前に眼鏡を外して置いておいたんだけど、母ちゃんを背負い投げした時に吹っ飛んだ置き時計が巡り巡って直撃したんだわー。失敗したー」
自分の席について机に突っ伏しながら愚痴る。技が綺麗に決まっただけに悔しい。ピタゴラ装置かと思うくらい綺麗に直撃したのを思い出す。
「……相変わらず、止めに入ったのか、とどめをさしに行ってるのか……まあ、桃子に怪我がなくて良かったわ。で?それは先生に言って来たの?」
洋子が私の目を指さす。洋子どころか、クラス中が気になってるようだ。ですよね、身長172センチの天然茶髪お下げ女が青のカラーコンタクトだもんね、めっちゃ目立つよねー。登校途中にもジロジロ見られたし。
「言って来た。土下座で言い訳してる両親の動画を見せて来た。教頭と校長にも。というわけで今日だけ青い目です。ちょっと変だろうけど、度が入ってるコンタクトがこれだけだったので見逃してください」
クラスの皆にそう宣言すると、おつかれと労われた。ありがとう!
両親がプロレスラーだからって夫婦喧嘩の度に試合のようになることはない。
普通は。
何が駄目って、我が暁家の場合はお酒だ。だいたいは気分良く飲んでほどほどで終わるのだけど、ゆうべは気がついたら両親は取っ組み合っていた。まあ、じゃれ合いから本気にという事も、うちでは珍しくはないけども。
だいたいは私が間に入れば収まるんだけど、ゆうべは何でか私のいもしない彼氏が原因だった。
「俺を倒してから付き合いを許す!」と父。
「イケメンなら弱くても許すし!ぜひ連れて来て!」と母。
「イケメンなんざ絶対許さん!浮気かお前!?」と父。
「吉沢亮と竹内涼真に勝てるつもりか岩野郎!」と母。
アホか。
「あんたらのせいで男友達しかできんのじゃあああっ!!」
技を繰り出した私は間違っていない。
そう自分に言い聞かせて舞佳にヨシヨシと頭を撫でてもらっていると、教室がまたざわりとした。
今度は何事かと思って振り返ると、こざっぱりとしたベリーショート眼鏡男子がいた。目にかかるかどうかの前髪、黒縁眼鏡、少しゆるめのネクタイにシャツの第一ボタンが外されていて、その少しのだらしなさが黒縁眼鏡の真面目さをカバーしてる。
でも誰だ?クラスメイトにいた?
と思う間に慣れた動きで私の隣の席につく。……まじか。
「……おぅ、どこのイケメン様かと思ったわ。おはよ、梨本」
「……うお、何だその目。ついにヤンキーデビューか、暁」
今年も同じクラスになった梨本は髪型にはこだわらないようで、夏に坊主頭にするとあとはそのまま伸ばしっぱなしだ。だから180センチ越えの高身長でももっさい。もっさくなくなれば坊主……それでいいのか男子高校生よ。
「やめてよ、ヤンキーに見られたくなくて日々頑張ってたのに……あ、プロレスデビューでもないからね。両親の土下座会見動画見る?」
「あー……だいたい分かった。怪我がなさそうで良かったな」
ほら、こういう気遣いもできるし。
「色々ありがと。そういう梨本は? イメチェンいい感じになったじゃん」
「やめろ。朝から髪を弄るくらいなら寝ていたい。理容学生の姉貴に不評コメントを求む」
憮然とする梨本もなかなか貴重だ。クラスの中心になるほど賑やかではないけど、教室で機嫌が悪いところを見たこともない。クラス行事も何だかんだと参加する、男子では一番の仲良しである。
「せっかくのモテ期到来のチャンスなのにー。今日のセットはお姉さんがやってくれたの?」
「そう。こんなの俺ができるか、やられたんだよ。コンセプトはモテ眼鏡男子だと。髪型変えただけで俺がモテるかっつーの」
憎々し気に前髪をつまんでいるけど、お姉さんいい仕事したと思うよ?
「いや、黙っていればイケるよ。いつもの眠そうな半目も眼鏡で誤魔化せてる」
「……今のは褒めか?」
「お姉さんを大絶賛」
「却下」
「カッコイイのに~」
わりと本音だったので、梨本がじっと見つめて来たのには少し焦った。いつも前髪に隠れていた目が真っ直ぐ見てくる。そしてゆっくりと頬杖をついた。
うわ、様になってる、ドキドキする……
「暁も今日のままならモテるよ」
さらりと言われた事にぐっさり。本日一番言われたくなかった。
お洒落ならカラコンは大好きだ。だけどここは学校で私は学生。はっちゃけた両親だからこそ外では真面目にやってきた。私がなんかしたら両親にも友達にも迷惑がかかる。
私にとって眼鏡はその象徴だ。モテよりも大事だ。
それが無い方がいいなんて、いつもと違うから良いなんて、自分では思っていない。
梨本に対して好みだからと調子に乗りすぎた。反省。
「……うん、ごめん、梨本」
「分かればよろしい」
そう言って眼鏡のブリッジをちょっと上げた。ん?手慣れてる……?
「ねぇ、それ伊達眼鏡?」
「いや。中学の時に使ってたやつ。だから度が合ってなくて少ししんどい」
「梨本はコンタクトだったの?替えは?」
「今日だけは眼鏡で行けと姉ちゃん側についた母さんに取り上げられた……」
はあ!?
「女ってわけわからん」
わあ……ごめん……お母さんの言い分はわかるわ……
言ったら怒られそうなので口をつぐむ。
「「 わかる~! 」」
洋子と舞佳が言っちゃった。梨本の口元が引きつる。
「見た目も大事っていう、いい見本」と洋子。
「私、お姉さんにカット頼みたい」と舞佳。
ちょっと不機嫌になった梨本に、半笑いしかできなかった。