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OL。バレンタイン。(時期大遅刻_:(´ཀ`」 ∠):_)
(約2200字)
「え、バレンタイン行事があるなんて求人票にも福利の年間予定にもありませんでしたよね」
昼休み。五つ下の後輩、入社一年生ちゃんにズバリ言われ、思わず返しに詰まってしまった。
「…え〜と、自由参加だから意向調査を…」
「では私は不参加で。社内での義理チョコもらって喜ぶ人なんてオジサンたちだけでは? お返しは三倍でもないんですよね? 出世にも関係ないし、その分を上司より推しに貢ぎたいですし、もう止めたらいいと思います」
そう言うと新人ちゃんはイヤホンをかけ直してスマホに向かい、推しアイドルの動画をスタートさせた。
「…邪魔してごめんね、ありがとう」
「いいえ。先輩もおつかれさまです」
ハッキリ物を言う新人ちゃんだけど、相手を気遣えなくはない。もう少し優しくてもいいのにと思うのは私が甘えたなんだろうか。
廊下に出て小さく息を吐く。
年々、社内バレンタインは縮小されてはいるけれど、完全になくすまでには至らない。参加を表明しているのは新人ちゃんが言うようにベテラン社員がほとんどで、若手となると私になってしまう。
「う〜ん、予算内で見栄えのいいチョコ…」
正直、あげる側になると社内バレンタインはなくても構わないのだけれど、父親がもらってくる素敵なチョコを楽しみにしていた子ども時代だったので、お子さんたちにその楽しみを還元したい気持ちがある。
「味と見た目と量と値段…プラス子ども受け…年々無理ゲー度が上がる…」
手作りに自信があれば予算は押さえられるかもだけど、他人にあげられるだけの自信はまったくない。バレンタインという公共事業には安全性も必要なのだ、うん。
とりあえず、いくつか候補を選んで先輩たちに相談だ。
「は〜あ」
社内バレンタインなんてなくてもいいけど、なくなったらなくなったでチョコを渡す言い訳もなくなるんだよなあ。
「どしたんすか、でっかいため息ですね」
「ひぃ!」
ひっそりと片思いしている二年後輩くんに突然声をかけられ、うっかり悲鳴をあげてしまった。なんというタイミング。
「あはは、先輩の悲鳴色気ないですね」
「あら、私の色気がわからないなんて木村君はまだまだね〜」
色気なんぞそもそも装備されてないが、セクハラ案件にならないように同程度の冗談を返す。
仕事以外の会話なんてこんなものだ。
木村君が新人の時にぶち撒けた書類をいくつか拾ってあげたのがきっかけで話すようになった。
部署が違うから直の後輩ではないし、会社の公式イベントでなければ一緒に飲みに行く理由もない。
目が合えばにこにこと挨拶してくれる姿が実家にいるワンコのようで可愛いと思っているうちに恋になってしまった。
私、チョロすぎる…
「バレンタインって楽しくて世知辛いね、というため息よ」
「わあ…昔ほど気にしなくなりましたけど、非モテにはほんと世知辛いイベントですよね…」
木村君がそんなことをしみじみと言うなんて意外。このコミュ力でたくさんもらっていそうなのに。
「友チョコ義理チョコはもらえましたけど、本命はもらったことがないし、本命からもらえたこともないんです。社内バレンタインがなくなると、母妹連盟の袋チョコだけになっちゃうんですよ、しかも親父と分けあわないといけないんです、世知辛いってこういうことですよね…」
やばい、社内バレンタインてわりと重要かもしれない。
そういうことなら頑張ろう。予算が取れなくなるのが先か、失恋するのが先かわからないけど、それまでは頑張ろう。
「今年も先輩からもらえるんですか?」
既婚より独身の女子から渡される方が逆に安心するらしいので、私が参加してからはほとんど私が配り歩いている。
同期たちはすでに新妻どころか産休中なので、代われる人がいないとも言う。
そのことは仕方なくも喜ばしいことだから哀しくはないが……もしや木村君には飽きられている?
そうならそれはとても悲しい……男がときめく見た目ではないのは充分に自覚してるけれど……
「…残念ながら新人がいないから今年も私よ」
「ああ良かった!」
「え」
内心で血の涙を流していたけれど、良かったと言われると気分と声のトーンがあがる。
「入社してからずっと先輩からもらってるんで、今さら違う人になったら緊張しますもん」
落とすのかい。しかも私には緊張してくれないという事実。凹む。
……恋ってほんとエネルギーを使うわぁ。
「この会社に入って、やっと本命からチョコをもらえるようになったんで、他の人に代わられると困るんですよね」
「…うん…?」
にっこにこの木村君に、とても私に都合の良いことを言われたような気がしたが、なんとなく聞き返せない。
「先輩からもらえるならチ〇ルでも嬉しいんで、よろしくお願いします!」
あぁぁ…その笑顔に弱いんだってば。
その後。
社内用チョコと本命チョコをド緊張で木村君に渡し、正式に告白され、お付き合いが始まり、そして、ホワイトデーには人妻になっていた。
どこで醒める夢かと思うほど怒涛の一ヶ月だったけれど、旦那様になった木村君は今日もにっこにこだ。
「式と披露宴はこれから考えるとして、毎年バレンタインにも記念写真撮りましょう、あ、撮ろうね」
並んで洗濯物を干しながら、木村君が丁寧語を言い直す。まだ先輩後輩の癖が出たりして、そんな旦那様もまた可愛い。
「ふふ、いいね」
見つめ合って、微笑み合って、じゃあ次の家事をしますかと部屋に入る時に、しみじみと呟かれたことについ噴き出してしまった。
「あ~、バレンタインがあって良かった〜」
了
香月よう子さまへ奉納(*´艸`*)




