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みわかず的現実恋愛集  作者: みわかず
10話∶コーヒー味の失恋シフォンケーキ
25/29

3話


 一年生でレギュラーメンバーに選ばれたのは八巻(やまき)君と菅井(すがい)君。一年生部員の喜びがすごい。

 もちろん私も嬉しい。

 美香先輩はとてもホッとしたらしい。


「やっぱりさ、みんな頑張ってるし、レギュラーなんて全部員登録してあげてって思っちゃうのよね。顧問も主将も悩みに悩むから隣に立つとピリピリしてるのわかるし、それが無くなっただけでもホッとする」


 だから今日のおやつは特に美味しいと美香先輩が笑ってくれた。

 美香先輩が教室に忘れ物を取りに行くと、八巻君と菅井君がやって来た。


「小田ちゃん小田ちゃん!県大会出場決まったらおやつリクエストしていい?」

「小田ちゃん、俺もリクエストしたい」

「いいよ。でも八巻君も菅井君もレギュラーのお祝いじゃなくていいの?」

「それをしようとしたら他の奴らからボコすと脅され……」

「せめて地区大会は優勝だろと唾を吐かれ……」


 急にしょぼんとしながら呟く二人に笑いが込み上げる。男子のじゃれ合いって面白い。

 今までお菓子への要望は美香先輩からチョコチップをとか大したものはないので、ちょっとだけ緊張。リクエストだから今まで作ったものだとは思うけど。


「嬉しい……」

「え?俺らが唾を吐かれたことが?」

「ち!?違うよ!リクエストだよ!」

「あー良かった!小田ちゃんは最後の砦だからね!」

「ふふっ、なにそれ」

「俺の癒しという砦だよ」


 え。


「八巻……」

「なんだよ?」

「そうなんだけどさ〜」


 呆れたような菅井君の声に我に返る。

 お菓子係だもん、無駄にドキドキしなくていいんだってば、私。


「そうだ小田ちゃん、俺、八巻とは別でリクエストしたいんだけど、いいかな?」


 菅井君が話を変えてくれてホッとした。


「いいよ。材料の準備があるから三日前には教えてね」

「ありがと!地区優勝決まったらすぐに言うよ」

「え、もう頼むお菓子決まってんのかよ」

「ああ。でも急がないから、小田ちゃんの楽な時に作ってもらえればいいから」

「わあ、ありがとう菅井君。さすがの気遣いだね」

「小田ちゃんには毎日感謝してます」

「え?なんで菅井がお礼言われたかわからないんだけど?」

「ふふふ、私に合わせてくれたところだよ」

「え?それだけ?え?俺は?小田ちゃんに合ってないの?」


 んんん?ええ?どう返せばいいの?


「あーあー、八巻はどこら辺が小田ちゃんと合ってると思ってんの?」

「え……っと、なんとなく?」

「なら俺だってなんとなく合ってるだろ。同学年だし」

「あ……そか……」

「……馬鹿八巻、八巻バーカ」

「はあ!?急に悪口来た!」

「あーほ、マヌケ」

「腹立つ!」

「ぽんこつヘタレ〜」

「うわ!美香先輩まで!」

「なになに?忘れ物取りに行ってる間に八巻を貶める会ができたの?」


 戻ってきた美香先輩が腕を組んできた。はぁいい匂い、そして柔らかい。女子というか女性だと思う。


「理由なく悪口に参加しないでくれます!?」

「理由ならあるだろ、天然」

「はあ!?」

「理由なんてなくてもいいわよ、ボケなす」

「理不尽!!」

「ほら、この際だから(のん)ちゃんも言いなよ」

「えええ!?」

「この際ってなんすか!?小田ちゃんに言われたらさすがの俺も凹むんですけど!」


 そこでようやく美香先輩と菅井君の気が済んだらしい。大笑いの二人にぐったり顔の八巻君。

 良かった……何も言わずにすんだ……


 正直なところ、男子たちと同じノリでいられる美香先輩が羨ましい。でも私のキャラじゃない。そしてなにより、このやり取りをすぐそばで見ているのが楽しい。

 ……うん。見ているのが楽しい。

 お菓子を渡せるのも、一緒に帰れるのも、充分楽しい。

 時々八巻君がくれる嬉しい言葉だけで、充分。


 きっと。





 ✳





「上手くできますように」


 調理室にある蒸し器を二つ使い、肉まんを蒸し始める。家では何回か作ってて失敗が少なく、ちょっと涼しくなってきたので今日のおやつに決定。コンビニよりは小さく、具よりも皮が多いけど、そこは予算的にゆるしてもらおう。


「は〜、肉まんて作れるのね〜」


 料理部顧問がしみじみと感心してる。私もお母さんが作ってくれた時は先生と同じことを言ったっけ。


「あとは時間通りに蒸すだけですよ」

「試食は任せて!」


 胸を張った顧問に笑ってしまう。でも先生がいてくれると片付けを手伝ってもらえるのでとても助かる。


 調理室からはグラウンドが見える。

 一番近いのはテニスコートで、高いフェンスで仕切られた隣は野球用グラウンドだ。サッカーグラウンドはその向こう。

 遠いからここから八巻君たちを判別するのが難しいけど、誰もが一所懸命なのはわかる。

 そして応援の女子たちの多さも、しっかり見える。部活中に窓を開けていると、時々テニス部男子や野球部のやっかみが聞こえてくるのには苦笑い。


「うちは公立校だから専門のコーチもいないし、どの部活も常勝っていうのはないんだよね。昔は野球もテニスも全国に行けるくらい強い時があったらしいよ。私が転任してきた時は卓球部が全国大会で入賞してたっけ」


 片付けが一段落し、蒸し器から穏やかに出る蒸気の音を聞きながら、二人で外の部活を眺めていると先生が教えてくれた。


「野球部が強かった時の名残で仕切りのフェンスがやたら高いんだって。打ったボールがこの校舎にばんばん当たって窓ガラスばっかり割れたってさ。近所の家に当たるよりはいいけど、強豪ってのも大変だね〜」

「そういういっぱい打つ人をスラッガーって言うんでしたっけ?」

「いやあ、私はスポーツはさっぱりよ〜」


 私も、だからとサッカーに詳しいわけでもない。八巻君たちと仲良くなってからなんとなくわかるようになったけど、ルールを完璧には覚えていない。


 そんな私にも八巻君たちは優しいから。

 私が頑張るところはお菓子を作って届けること。


「そうだ、蒸し上がりまでの時間に来週の打ち合わせをしよう。出張が一泊になるかもなのよ」


 窓際から教卓にもなる黒板前の調理台まで移動する。部活動ノートを広げて予定を書き込む。

 顧問が出張時には、夏休みに仲良くなった先生が代わりに監督に来てくれるから活動はできるとひと安心した瞬間に、調理室の後方で、ガチャン!ガン!ゴン!ガシャンバシャン!グワングワングワァン……という激しい音が響いた。


 先生と振り返ると、床に転がる二つの蒸し器が。

 そして床でお湯浸しになった肉まんたち。


「き、きゃああああ〜っ!?」

「ひええええええぇ〜っ!?」


 今日のおやつが全滅したことに悲鳴をあげ、とにかく拾わなきゃと一歩踏み出したところを先生に止められた。


「危ない!ガラスが散らばってる。私がコンロの火を止めに行くから動かないで」

「ガラス……?」


 改めて床を見るとキラキラとたくさんの光があった。ふと窓の方を見ると一枚だけ穴があいてヒビだらけになっていた。

 蒸し器の蓋は歪になっていて、もうひとつの方は取っ手が折れている。


「元栓も閉めたけど、一度調理室を出るよ。まずは職員室に報告だね……はあ、まさかこいつが飛び込んでくるとは」


 と、先生が拾いあげたのはひとつのボール。


「野球の……ボール……?」

「まさかあのフェンスを越えるくらい打つ部員がいるとはね。ま、お互いに怪我がなくて良かった」


 確かに怪我がなくて良かった。

 でも今日、八巻君に会える理由がなくなってしまった。


「……うぅ」

「え!?どこか痛む??え!こっちまでガラス片飛んできてたの!?どこ?背中に入った!?」


 慌てる先生に違うと首を横に振る。涙が溢れて、口が上手く動かせなくて、痛いわけじゃないって説明できない。

 肉まんが駄目になったのは残念だけど、そんな事で泣いてしまう自分も情けない。


 八巻君の笑顔が見られない。

 おいしいって言う八巻君を、すぐ近くで見られない。


 残念だけど、今日は仕方がない。でも―――悲しくてしょうがない。


()()()!」






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