2話
「え、羊羹って作れるの?」
「夏休みに試作した塩羊羹が美味しかったから作ったんだけど、あ!もしかして、あんこは苦手だった?」
私はあんこならつぶ餡もこし餡も好きだけど、男子の好み的にどうかは考えてなかった。お父さんもあんこ好きだし。サッカー部に差し入れしてると聞いたお婆ちゃんが大量に自家製冷凍あんこを送ってくれたので羊羹にしてみたんだけど、今回は失敗したかも。
「いや!大福もたい焼きも好きだよ!……でも水羊羹が苦手でさ、羊羹もあんまり得意じゃないんだ……ごめん、せっかく作ってくれたのに……」
八巻君が申し訳なさそうにシュンとするけど、みんなはいつものようにもらってくれた。一人分ずつラップに包んでから冷やしたから、見た目は茶巾絞りになっている。つぶ餡で和菓子みたいでちょっと自信があったんだけど、そっか、八巻君は羊羹苦手か、残念。
「うまっ!え、塩羊羹うまい!」
「ほんとにちょっとだけしょっぱい!ははっ!」
「へー、食べやすいなこれ」
「いやあ残念だな八巻、お前の分は俺がもらうよ」
「はあ?なに言ってんの俺がもらう!」
「いやいや俺俺!」
「小田ちゃんおかわり!」
「あんたららそこは私に譲りなさい」
美香先輩が口をもぐもぐさせながらみんなを押し退けた。
「またかよ先輩!」
「よし下剋上だ!」
「行け菅井!」
「なんで俺だよ!?勝てねえよ!へし折られるよ!」
「どこが折られても骨は拾ってやるよ!」
「俺の体!大事に!」
「こらああああっ!」
「「「「「 ぎゃあああああっ!? 」」」」」
……なんでいつも鬼ごっこになるんだろう……?美香先輩も元気だよね、ふふふ。
「小田ちゃん、やっぱり俺にもちょーだい」
八巻君が意を決したような顔をしていた。
「小田ちゃんのおやつをあいつらにやるのがすげえ悔しい」
真剣になにを言うのかと思ったら。
「あはは、無理しないで」
「いや、小田ちゃんが作ってくれたものは無理する」
「八巻君そういうのは嬉しくないよ。でもありがとう、今度は大福にするね」
「ううん、小田ちゃんが持ってるだけですごい美味しそうに見えるんだよ」
「あはは、餌付けされてるね」
「うん。だからちょーだい」
両手を差し出す八巻君が可愛いんですが。苦手なのに食べてくれるなんて嬉しいけど、目の前で不味いって言われるとかなり落ち込むんだよ……まいっか、八巻君は家で食べてくれるだろうし、私ももう作らなければいいだけだし。
「一口食べて無理だったら処分してね」
「ありがと!」
トートバッグにひとつ残っていた包みを渡すと、八巻君はすぐにラップをほどいて一口食べた。ええ!?家に帰ってからじゃなかったの!?
「あ、うま……」
「え?」
残りを一気に口に入れもぐもぐする八巻君。え、え、大丈夫??
「やばい、小田ちゃんの羊羹美味しい……なんだこれ、えぇどうしよ、もっと食べたいかも」
うそぉ。
「小田ちゃんすげえ。俺、小田ちゃんに作ってもらったら嫌いなものなくなるかも。ははっ!」
―――『うわっ、うまっ!』
あの日、私の作ったシフォンケーキを美味しいってあっという間に食べた八巻君。
中学から片想いだった先輩を追いかけて高校に入って、好物だと噂に聞いたシフォンケーキを焼いて、いざ体育館に向かったら彼女がいた。知らない人だったけど、キレイな先輩。
お似合いだった。
一年くらいもだもだして、やっと溜まった勇気を出したのに、告白できずに不完全燃焼で終わった恋。
それを目の前で食べ切ってくれた八巻君。
感謝だけだと思ってたのに。
「あーっ!八巻!なに食ってんだよ!俺のお代わりは!」
「はあ!?八巻!私の羊羹食べたの!?」
「お前さっきいらねぇって言ったろうが!」
「ええっ!?俺ジャンケン勝ったのに!」
「残念でしたー!小田ちゃんが作ったくれたら何でも食うから、もうお前らにはやらん!」
涙が出そう。
✳
また失恋かぁ。
私、好きな人ができるタイミングが悪過ぎるんじゃないかな。
八巻君は、たぶん、美香先輩を好きだ。
サッカー部の一年生とマネージャーの美香先輩はけっこう仲良しだ。学校からは駅に向かう電車通学組と徒歩自転車通学組に別れる。
その徒歩自転車通学組での徒歩は美香先輩と私だけ。自転車組の男子たちは自転車を引きながら、徒歩で美香先輩と私を送ってくれる。
そのメンバーの中では私が一番家が近く、いつもみんなを見送る。
その時に必ず美香先輩の隣を歩いているのが八巻君だ。
夏休みには、八巻君の家が私たちの方向とほぼ逆だと知ったこともあり、私の予想は99%当たりだろう。
「そういうのに疎いから、余計に失恋ばかりなんだろうなぁ」
来週のお菓子作りの計画を立てるために、愛読書の料理本を眺めていたら、ずっと避けていたコーヒー味のシフォンケーキのページを開いてしまった。
「……なんで開いちゃうかな……」
自分で追い討ちをかけてしまい、さらに凹む。
ここまで来ると、私の失恋は100%確定なのだろう。
「八巻君と美香先輩が付き合っても、今まで通りにお菓子作れるかな……」
明日にでも二人が付き合ってくれたなら、まだ傷は浅く済むかもしれない。
お菓子を楽しみにしてくれている部員には変わらず作ってあげたい。せめてモテモテになって差し入れがもらえるようになるまでは。
「……うん、お菓子はお菓子、八巻君は八巻君、うん」
二人が付き合ったら、コーヒー味のシフォンケーキを作ろう。
八巻君が食べてくれたように、私もそれを食べて切り替えよう。
「だって、美香先輩のことも好きだし」
きれいで優しくて気さくで、一歳しか違わないのにとても素敵な先輩。放課後以外でも会えば声をかけてくれる。それがどれだけ嬉しいことか。
好きな人が好きな人と付き合うなら、やっぱり私は諦めなきゃ。
「……うん」
*
「小田ちゃんの元気がない気がする」
「え?」
帰り道に会話の脈絡なく突然八巻君に言われ、軽くパニック。
そんなこと今まで言われたことがなく、まじまじと見られるのも初めてだ。無駄にドキドキしてしまう。
「そ、そう?」
「うん。なんかあった?」
「えー、何もないよ」
「本当に?怪我とかしてない?」
「してないよ、今日も絆創膏を貼ってないでしょう」
ホラ、と両手を八巻君に出して見せる。春は調理室の器具に慣れなくて2回ほど絆創膏のお世話になったけど、もうそんなことはない。
少しの手荒れは恥ずかしいけど、さすがにあなたに失恋確定っぽいので落ち込んでますとは言えない。
「お菓子作るのしんどい時は休んでいいからね」
足元が崩れ落ちた気がした。
そして気付く。八巻君との繋がりってお菓子しかない。クラスも離れているし選択授業も違う。放課後の下校時間以外に八巻君と会う理由がない。
「夏休みもずっと作ってもらったし、本当は疲れてない?」
調理室はクーラーが効くから平気だった。夏休みは家にいるより涼しかったくらいだ。なんなら、我が子にあげたいと言う先生たちと一緒に作っていた。
けっこう楽しかったし、お母さんから提供された夕食時短レシピは先生たちに好評だった。
「……元気だよ。八巻君たちよりは大人しいつもりだもん。普通だよ」
「そっか。まぁ俺らに比べればそうだなぁ」
あははと頭を掻く八巻君。
「大丈夫だよ、八巻君たちがモテモテになって差し入れがいっぱいになるまではお菓子を作らせてね」
「え?」
夏休みが明けたからもうすぐ新人戦が始まるし、一年生にもチャンスはある。そしたらきっと活躍するし、女子から注目される。美香先輩が忙しくてお菓子が作れなくてもファンからの差し入れで満足できるだろう。
それまでには気持ちを整理するから。
「頑張ってね、新人戦」
「……うん、小田ちゃんのお菓子が力になった証明をするよ。楽しみにしてて」
そう言われてすごく嬉しいのに、応援してるのも本当なのに。
八巻君の目を見られなかった。




