1話
これは、長岡更紗さま主催『B(冒頭)J(10行)H(評価)企画』参加作品です。
※冒頭10行(。までで1行と数える)の感想・評価をもらっちゃおう、という企画。
で。
色々いただいたご意見を落とし込んだのが本編になります。
前書きは企画参加部分です。
比べたら面白いかも〜☆ なんつて(;´∀`)
高校生。
入学早々に失恋。
(約20000字。長い!。゜(゜´Д`゜)゜。)
全6話。1話3000字強
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タイトル【シフォンケーキ】
体育館とブロック塀の誰も気づかないだろう隙間でこっそりやけ食いしていたのに、見つかってしまった。
なんでここまでサッカーボールが転げてくるの。
夕日を背にサッカーボールをつかんだ男子がその中腰の体勢のまま目を光らせた。ひっ!
ぎゅるるるぅぅぅ
春。
抱えていた食べかけの失恋シフォンケーキは瞬く間に無くなった。
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体育館とブロック塀の誰も気づかないだろう隙間でこっそり泣きながらやけ食いしていた。
八等分にカットしていたホールのシフォンケーキのひと欠片を半分まで食べたころ、校舎を囲うブロック塀とグラウンドを囲うフェンスの境目、つまり今私がいる隙間の目の前にサッカーボールが転がってきた。
さらにボールを追いかけてきたらしい足音と「こんなとこまで飛ばすなよ!」という男子の声が近づく。
いまさら動くこともできずに息を潜めて見つからないように全力で祈ってみたけれど、無理だった。
夕やけの空を背景に、サッカーボールをつかんだ中腰の体勢のままの男子と目が合った、と思ったら私の抱える物が男子にロックオンされた。
ぎゅるるるぅぅぅ
高校一年生の春。
学校敷地の隅っこで、お腹の音を鳴らした男子に恐る恐る差し出した残りの失恋シフォンケーキは、瞬く間に食べ尽くされた。
✳
サッカー部の終了時間に合わせて昇降口を出ると、グラウンドの方からぞろぞろとジャージ軍団がやって来た。手を振るとみんなが返してくれる。いつものことだけどなんか嬉しい。
馴染んだトートバッグを少し持ち上げる。
「おつかれさま。今日のおやつはバナナケーキでーす」
「「「「「 ごっちゃんでーす! 」」」」」
部活終わりのサッカー部男子が私のトートバッグに黄色い声をあげる。それが今日も面白いし、作って良かったと思う。
「ヒャッフー!夏休みあけおやつ~!」
「俺バナナケーキ好き!」
「腹にたまるヤツ!」
「わ!今日はチョコ入りじゃん!」
「女子の手作り最高!」
「悪かったわね手作りしなくて」
男子のいつもの褒めにいつものツッコミをするのはサッカー部マネージャーの美香先輩。見た目キツめ美人の美香先輩は姉御肌でパワフルな先輩だ。いつも男子と一緒にもりもり食べてくれる。
「美香先輩もおつかれさまでした。リクエストのチョコチップ、入れておきましたよ」
「は~ん!望ちゃん今日も可愛い!おやつは私にだけでいいのよ!」
「出た!マネージャーの横暴!」
「先輩だからって!」
「すぐ女子だけでつるもうとする!」
「ずるいー!」
「俺らにもおやつー!」
サッカー部の同級生に差し入れをするようになってから放課後が賑やかになった。ほぼ毎日同じやり取りを楽しく聞き流しながら、ラップにくるんだバナナケーキをひと欠片ずつ配る。
「先輩、毎度言いますけど、俺が頼んだから小田ちゃんに作ってもらえるんですからね」
以前、体育館のわきで泣きやけ食いしていたところを見られたのがこの八巻君だ。
ホールで作ったはずのコーヒー味シフォンケーキの八分の七は彼が食べてしまったけど、あの爛々とした目は怖かったし、あのお腹の音を聞かされては差し出すしかなかった。それに、バスケ部の先輩に告白しようと意気込んで作ったケーキだったから、誰かに食べてもらえて助かった。
その時の食欲には驚いたけど、翌日にコンビニスイーツを持って現れた八巻君にはもっと驚いた。お詫びと渡された一個のシュークリームと同時に、また作ってほしいと言われたから。
『先輩たちはモテるから差し入れがいっぱいあるんだけど、一年の俺らは全く活躍できてないから何もなくてさ。帰る頃には腹が減って腹が減って……もちろん昨日のケーキが美味しかったからまた食べたいってのもある。昨日くらいの量なら一年全員食えるし、材料費なら出すから、週に一回作ってもらえませんか!』
そんなにお腹がすくんだと可哀想になったし、幽霊部員しかいない料理部に入っていたこともあり、材料費も出してもらえるならと請け負った。とまあ理由はそれなりにあるのだけど、私が泣いていた事にちっとも触れてこない彼を少し信用したからなのが大きい。
今でも“料理部の私がたまたま目が合った八巻君に無理やりおすそ分けさせられた”のが最初だと思われている。
……真実ではあるけど、ニュアンスの違いにびっくり。
それでもコーヒー味のシフォンケーキは作る気になれず、最初はチョコマーブルにしたところ大変喜ばれ、マネージャー仕事も大変な美香先輩に見つかり、増えた。モテ先輩たちは同級の美香先輩にわけてくれないという恨み節が怖かっ、いや、可哀想だったし。
手作りお菓子を食べるのが大好きな独身喪女の料理部顧問のおかげで平日は毎日活動でき、サッカー部一年生に差し入れは喜ばれている。部活の予算は職員室への差し入れをすることでも賄われ、毎日パティシエ気分だ。
さらに、手作りは校舎内で食べなければいけないところを、学校敷地内でとお目こぼししてもらえた。
正直、放課後だけでは手が回らなくて昼休みも調理室にいる日も多いけど、毎回喜んでもらえるのが嬉しい。
「へへっ、小田ちゃんのお菓子はあったかいね~」
八巻君は何を作ってもいつも美味しそうに食べてくれる。チョコと柑橘系の組み合わせが苦手らしいけど、そこは費用的にもありがたい。
「まだ暑い季節だから一晩置いて冷ました方が良かったんだけど……」
「え!そんなに待ってられないよ~」
空腹は最高のスパイスだから、私の手作りでも喜んでもらえているのは間違いない。
「いつも似たようなものになってごめんね」
私の技術に予算の都合もあるけど、コスパのいいお菓子は限られてくるのが申し訳ない。
「え!? 小田ちゃんのお菓子がどれだけ俺らのモチベーションになっているかまだわかってないの?」
「何だ?急に叫んでどしたよ八巻?」
「小田ちゃんが小田ちゃんのありがたみをわかってないぞ!野郎共!説明して差し上げろ!」
「なんだと!?差し入れの女神として奉っています!」
「合言葉は“神様仏様小田ちゃん様”です!」
「平日が楽しいなんて小田ちゃんのおかげです!」
「部活終わりに家まで無事に帰れるのは小田ちゃんのおかげです!」
「夏休みに干からびなかったのは小田ちゃんのおかげです!」
わわわ、何か大事になっちゃった。
「週一で頼んだのに毎日作ってくれてすげえ嬉しいです!」
八巻君が言うと皆がウンウンと頷く。……嬉しいなぁ。
こっそり照れていると美香先輩が抱きついてきた。
「私は可愛い後輩ができてめっちゃ嬉しい!どう望ちゃん!マネージャーやらない?」
料理部のほとんどが幽霊部員なので親しい先輩もいないから、美香先輩に可愛がってもらえるのはすごく嬉しい。でもサッカー部のマネージャーは人気職だけどすごくハードだ。だから現在美香先輩しか残っていない。美香先輩を手伝いたい気持ちはあるけど、マネージャーをする自信はない。
「駄目ですよ、先輩」
べりっと先輩と私をはがして八巻君が間に入った。
「俺らの小田ちゃんなんで」
頬が熱くなる。男子に庇われるって、こういうノリだとわかっていてもなんだか照れる。
まあ、おやつ係だからだろうけど。
「マネージャーの激務が可哀想なんで絶対駄目です」
「ちょっと八巻、それじゃマネージャーの私はどうなのよ」
「美香先輩はサッカー部のオカンだから大丈夫です」
「小田ちゃんは先輩よりか弱いんで」
「美香先輩は男三人分の働きができるんで」
「先輩の腕力には俺らも敵わないんで」
「菅井、そこ正座」
「なんで俺だけ正座!?」
「あんたが最初にオカンて言うからよ!」
「みんなディスったじゃないですか!」
「もちろん全員折檻よ!」
「「「「「 ぎゃあああっ! 」」」」」
そして始まるオニゴッコ。……運動部ってみんな元気だなぁ。




