4話
◆
「じゃあ届けてくるね」
弟たちにケーキを任せ、ラップを掛けたグラタンと、おかずを詰めたタッパーを紙袋に入れた。色気なんか全くないけど、ただのお隣さんらしいよね。
イブにお兄さんのために料理を仕込むって楽しかったなぁ。来年もできるといいなぁ。……それまで彼女ができないのも可哀想か。
今年はイブもクリスマスも平日なので両親もお兄さんも仕事。両親は定時で帰れると連絡があったけど、お兄さんは急な仕事が入って予定の16時より遅れ、もう18時だ。
ごめーん!やっと家に着いた〜!とメールが入り、サンダルを履いたところで両親が揃って帰って来た。お兄さんに届けてくるねとそのまま入れ違いに家を出る。
グラタンは冷めてしまったけど、レンジはあるって言ってたし、大丈夫。インターホンを鳴らして待っている間、忘れ物がないか何度目かのチェックをする。大丈夫。マヨネーズもあるって言ってた。
「ごめんね!お待たせ!」
バタバタ、ガチャリとドアが開くと、焦ったお兄さんが出てきた。初めての様子にドキドキしてしまった。
「お、お届けものでーす」
「ふっ! ごくろうさまです」
紙袋を差し出すと、お兄さんはとても大事そうに受け取ってくれた。
「送るから、キッチンに置いてくるまで待ってて」
「え、すぐ隣ですよ?」
「予定より遅くなっちゃったし、もう暗いでしょ。取りに行くよって打ち込んでるうちに君が来ちゃって焦った」
「あ、それは、すみませんでした。でもすぐですから」
「俺が送りたいんですー」
お兄さんはそう言うと玄関ドアを開けたままに、パタパタと奥に行ってすぐに手ぶらで戻って来た。
「温めてから食べてくださいね」
「うん、ちゃんと温める。ありがとう」
ほら。二言話す間にうちに着いちゃった。でも女の子扱いされたみたいで嬉しい。
「送ってくださってありがとうございました……ふふっ」
「ね。でも送りたかったんです。そしてこれも渡したかったんです」
お兄さんはポケットからリボン付で包装された小さな箱を差し出した。
ドラマでよく見る指輪が入ってる箱サイズっぽい。
え、えっ!ええっ!?
「綺麗に包装されちゃったけど、中身はおもちゃみたいなものなんだよね」
あ、おもちゃ……だよね、ですよね。あーびっくりした。
でもお兄さんから何かもらえるなんて想像もしていなかったから、おもちゃでも人生最良の日と言えるくらい嬉しい。
「開けてみて?」
「え、今?」
「うん、今」
あとで部屋でゆっくりテープも綺麗にはがして包装紙も保存しておこうと思ったのに、くれたお兄さんに言われてしまったら開けないわけにはいかない。
でも。
お兄さんが微笑んでいるから。
いそいそとちまちま包装紙を取り、丈夫な紙箱の蓋を引き開ける。
「わ……」
そこには、ひとつだけ、クッションに置かれた透明なハイヒールのイヤリング。
「可愛い……!」
「良かった」
ほっとしたようなお兄さんはフニャリと笑った。あれ……今、フニャリ……?
「これさ、俺の地元でここ何年かで流行っている『シンデレラシリーズ』なんだ。プラスチックから硝子から宝石まで色々あるからシリーズっていわれているんだけど、えーと……」
あれ……なんかそわそわしてる……?
でもそうか、シンデレラのガラスの靴なんだ。ロマンチック〜。小さいのによく出来てるし。おもちゃって言ってたからこれはプラスチックかな。高校生には丁度いいよね。どこか出かける時につけようっと。
でも、なんでひとつなんだろう?
「イヤリングなのにひとつなんですね?」
そわそわしてたお兄さんがピタッと止まり、顔を背けられた。
…………あ……聞いちゃダメだったのか。
プレゼントが嬉しかったことだけ伝えれば良かった。
私は「隣の家の女子高生」だから、高望みなんてしてなかったよ?…………ほんのちょっとしか。
「……ありがとうございました。クリスマス会、楽しんでくださいね」
すぐに離れないと泣く。玄関ドアを閉めるまで保って、涙。
「待って!」
もうドアノブに手をかけたのに、呼び止められた。お兄さんのさっきとは比べものにならないくらい焦った声を聞いたら、止まらざるをえない。でも振り返れない。
「そのシリーズにはルールがあって、必ず男から女性に贈るんだ。夫婦なら揃えて一足。恋人なら片方ひとつ。アクセサリーは何でもいいんだ。ただ……」
恋人は片方ひとつ……?
じゃあ、隣の家の女子高生にひとつはどうして?
聞きたいけど、声が震えるのをお兄さんに聞かれたくない。
「2つ目を贈ったら…………プ、プロポーズで、その女性が揃えて使ってくれたら、結婚の了承になる……んだ」
振り返って見たお兄さんの顔は、夜でもはっきりわかるほど真っ赤になっていた。
今の……空耳じゃない……の?
「……いつか君に、2つ目を贈りたい」
たぶん、私の顔はお兄さんに見せてきた中でもいまだかつてないほどひどいはずだ。それでもお兄さんは嫌そうどころか、とても嬉しそうに笑った。
「いつも見てきた君のしゃんとしてるところ、そうあろうとしていても今みたいにたまに無防備なところ、家族を大事にしてるところ、隣の家ってだけで俺にも優しいところ、諸々が可愛くて好きになりました。恋人になってください」
……うそ……
何も言えないでいると、お兄さんさんは眉尻を下げた。う、その表情も初めて……
「返事はあとでいいよ。自分でも重たい告白だと思うし……」
ゆっくりと近づいてきたお兄さんは一瞬躊躇うと、そっと両手で私の頬に触れて、指で涙を拭ってくれた。
うそみたい……やっぱタラシだ……でも嬉しい……
「……俺に触れられて、嫌じゃない?」
嫌なわけない。
「……ほら、無防備だ」
フニャリ顔のお兄さんの手は、思ったよりもかさついていて、思ったよりも大きくて、思ったよりも優しい。
好きな人が、自分を好きなの……?
「ゆっくり考えてくれていいよ。軽く考えてくれてもいい。ただし、俺の前でその片方だけのイヤリングをつけたら、恋人だよ?」
◆
次の日。
食器を返しに来てくれたお兄さんを出迎える時に、昨日の今日で、とか、でも好かれていないと思わせるのも嫌だ、とか、散々悩みに悩んでイヤリングを着けた。
……は、恥ずかしい……
玄関でタッパーを持ったまま真っ赤になっている私たちを、家族が奥から覗いていた。
了
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