一一
遥彼方さま主催『イラストから物語企画』参加作品です。
本文中のイラストは遥彼方さま作です。
高校生。
(約3200字)
「おかげさまで内定取れました。というわけで乾杯です」
いつもの外階段に並んで腰掛けると、塩谷さんから学食の自販機の缶コーヒーをよこされた。ミルク入りの微糖。ブラックじゃないのが我ながらシまらないが、苦さには勝てない。
塩谷さんはというと自分用に缶のココアを持っている。正直俺もココアがいいが、最初に見栄を張ってしまったために塩谷さんの前では飲めない。
まあ、とにかくまずは祝杯だ。
「なによりで」
かしゅ
コーヒーのプルタブを立てて倒して塩谷さんの方を見ると、
かち……かち……かち……
やっぱり開けられないでいた。
「下手か!」
お決まりのツッコミは何度目だろうか。
「む。缶工場はプルタブをもっと改良すべきです」
「だからパックの方を買えばいいのに……」
「パック工場はストローをもっと取り出しやすくすべきです」
「不器用の責任転嫁甚だしいな」
「事実であり総意です」
「あー、全国に会員がいるらしい不器用同盟の総意ね、ハイハイ貸して」
今日こそは開けられるのでは、と様子をみるのだが、やっぱり手を出してしまった。塩谷さんも慣れたのかもう躊躇わずに缶をよこす。
「総意であり民意です」
頑固な事を言うけど、耳が赤くなるんだよなぁ……
かしゅ
……あーあ、塩谷さんの就職が決まったからこのやり取りももうすぐ終わりか……
「はいどーぞ。これからは職場で優しい同僚に開けてもらってな」
「ありがとうございます。佐藤君、私の言い分聞いていました?」
不器用同盟よ健闘を祈る。
「はいよー聞いてましたよー塩谷さん就職おめでとーハイかんぱーい」
こん
「わわ、ありがとうございます」
ごきゅ、ごきゅ、
「あー、あったけー」
苦いけど。
空気が冷たくなってきたなぁ。マフラーをがっちり巻いてきた塩谷さんを少しうらめしく見やると、まだ息を吹きかけていた。
ふーふー、くぴ……
「熱っ」
「ぶっ!……猫舌どんだけ」
「ほどよく感じる温度が他人より低いだけです」
「それが猫舌」
「ぐぬぬ」
「ぶっ……缶はそんなに熱くなかったじゃん」
「ココアの保温効果は抜群ですね」
なんというか、塩谷さんてちょっとずつズレていくんだよなぁ。
「……ハイハイ。これから仕事頑張ってね。変な空気作らないように」
頭いいはずなのに。まあそのギャップにやられた俺ですが。
「そこまで変にはなりません。佐藤君こそ大学生活頑張ってくださいね」
ここで真顔なのが塩谷さん。もっとやる気が湧き上がる反応ください。
「まだ決まってないよ。でもこの間の模試でA判定出ました」
「よし!」
「塩谷さんのおかげ」
「佐藤君の頑張りです。もう一回乾杯しましょう」
塩谷さんからだとリーチの違いからより近くなる。一瞬の無自覚を堪能する俺。
こん
「塩谷さんさ……進路、就職で良かったの?」
そして湧き上がる罪悪感。ひょんな事から手に入れた関係を長引かせたくてこんな事ばかり地味に繰り返している。The不毛。
「はい。勉強するのは好きでしたけど、早くお給料を稼ぐのが夢だったので。大学を卒業した方が就職先の幅は広がりますけど、行きたい学部もないですし、資格も取れるだけ取れましたし、事務の求人があって良かったです」
塩谷さんの進路が就職と発覚した日の職員室はお通夜のようだったと噂が流れたくらい、塩谷さんは頭がいい。我が校初の東大合格者になるだろうとか、TOEICも高得点だったとか、うちの高校でできる資格試験を全部クリアしたとか、勉強系の良い噂しか聞いたことがない。
ダラダラした学生の俺とはほぼ正反対の人。
「そっかー。俺よりも先生向きなのになー」
「そんな事ありません。やる気のある人に教えるのは楽しいですが、やる気のない人にわかりやすく教えるなんてしたくないですもん」
「見た目からは想像できない厳しさよ……」
優秀な頭脳が一周してネジが外れたのかと思うほど、意外に毒舌。
「私は贔屓しますよ。頑張る人には応援を惜しみません。だから佐藤君が頑張るならいつでもお手伝いします」
「男前発言にそこはかとなく感じるプレッシャー……塩谷さんてスパルタだよねー」
「うふふ。試験勉強でわからない所は遠慮せず聞いてくださいね。合格までお付き合いします」
よし言質ゲット。……なんだけど。
お付き合いします、か。めっちゃ嬉しいけど男女の関係じゃなく、合格までの先生と生徒なのがせつない。
「佐藤君がたくさん付き合ってくれた面接練習のダメ出しのおかげで、本番はリラックスできましたから。お礼です」
だって「御社の社則には特に感じるものはありませんが、家から近く交通費削減の一助と……」なんて練習していたらツッコまざるをえないでしょ。お礼、嗚呼、義理人情セツナイ……
「それに」
「ん?」
「佐藤君の、勉強が苦手な子にこそ教えられる先生になりたいっていう目標は応援のしがいがあります」
ここで笑うなんて塩谷さんは真のスパルタだ。可愛い笑顔の圧がえげつない。でも笑顔可愛い。ギャップ。モエ。
まあ、やっと決められた目標だし、これから塩谷さん抜きでも頑張るつもり。オンラインでもできそうという風潮はあるが、義務教育の基本が学校に通う事なのはこの先そうそう変更されないだろう。集団から何人かがあぶれるのはだいたいの事では普通で、その個人のペースのフォローができるようになりたい。
「俺が勉強嫌いだからね。塩谷さんのおかげで楽しくなったから教える方に興味出た。師匠、あと少しですがよろしくお願いします」
いやほんと、大変だけど勉強が楽しいと思う日が来るなんてこれっぽっちも思ってなかったのに。
「ししょー!?」
「スパルタだから」
「ええぇ〜、もう少し可愛い呼び名を所望いたす」
「所望!ぶはは!そんな言葉遣い、時代劇かギャグだっつーの。どんなチョイスよ?」
「佐藤君が師匠って言うから」
「ていうか、スパルタは否定しないのね」
「自覚はあり申す」
「チョイス!」
大笑いの俺にご立腹の塩谷さんは、耳を赤くしながらやっと飲み頃になったらしいココアをぐびぐび。俺の缶はとっくに空だし、塩谷さんがココアを飲み終えたら休憩は終わり。塩谷さんの下校を見送って、その後は最終下校時刻まで教室で勉強だ。ストーブがある図書室の方が温かいがその分人が多い。教室は誰も残らないし、窓際の席ならまだ日があたる。
あと何回、塩谷さんとこの時間を過ごせるのだろう。
いつでもお手伝いしますと言ってくれたが、新社会人にそんな時間はない。うちの新社会人の姉貴がそうだ。家でゾンビになるくらいなら塩谷さんには休んでほしい。
そのためには志望校合格が必須条件だ。
それが会えなくなる条件でもあるのだが、見栄っ張りは自分にも見栄を張る。ヘタレではない。たぶん。
ふぅ……
塩谷さんが飲み終えたようだ。
「次の乾杯は俺が合格したらだね」
「はい。ぜひここでしましょうね」
「え……その頃には今より寒いよ?」
乾杯にかこつけたデートすら誘わせてもらえないのかよ……いや頑張れ俺!この場面はメンタルを鍛えるところだ!塩谷さん攻略の踏ん張りどころだ!めっちゃ長期戦だぞ!先に社会人になる塩谷さんの攻略に本腰入れられるのは大学卒業して就職して生活が軌道に乗ってからだぞ!
……遠いなぁ……やっぱ俺ヘタレだわ……
「でも……佐藤君と知り合えた場所ですし……それに」
……ん?
「それに私、佐藤君以外の人とは……か、缶飲料もパック飲料も飲まぬ所存!」
―――その言葉を深読みしていいのなら。
耳も顔も真っ赤にした塩谷さんの目が泳いでいるのも、良いように勘違いしていいのなら。
右手に持っていたスチール缶がぺこっと鳴り、心臓の音がどくどくと耳に響く。
「そ!その時代劇言葉も、俺にだけにして欲しい……!」
口をわななかせた塩谷さんは真っ赤なままマフラーにうずまった。
「…………御意」
「……ぶふっ」
喜びと照れと緊張といとおしさと。
こんな感情を一気にもたらし、それらを迅速に処理しろという塩谷さんは、やっぱスパルタだ。
その後。
新しい生活が始まったのにムードもへったくれもない状態に気づいた塩谷さんがテンパり、その様子に俺が白旗をあげるまで、塩谷さんのおもしろ言葉は続いた。
了
お読みいただき、ありがとうございます(●´ω`●)




