後編
「はーい仮装体育祭おつかれさまでしたー。スポドリはみんな受け取ったねー? 午後はHRだけど、うちの片付けはほとんど終わってるから自習にしまーす」
多大なる保護者の協力に、独身自称喪女の担任はずっと体育祭の動画を撮っていた。あとでDVDにしてクラス全員分くれると言う。さっき配られたスポーツドリンクとともに自腹だそうだ。
「ひねた奴らばっか相手にしてたから、高校生がここまで一致団結するとは思わなかった。あんたたちはすごい!親を泣かす編集するから!」
いつも気だるげなのに、今日のテンションは高い。そんな担任も目の下に隈だ。準備期間も撮っていたらしい。
「はぁ、転んだところも入るんだろうなぁ……」
「それも含めて泣けるよ、きっと」
ガヤガヤと騒がしくなり始めた教室で、前の席の素に戻った荻野が振り返って爽やかに笑う。
まあいいか。先輩を抜かせたし。一位とれたし。
「にしても、鳩山さんじゃないけど、若狭が本気で一位を狙うとは思わなかったよ」
「直前に先輩に煽られたんだよ」
「それでもさ」
「あー……」
「ん?」
今回の体育祭の開催が決まってから、ぼんやりと考えていたことを荻野に言おうか迷った。わりと何でも話しはするが、色恋系はあまりしたことがない。なんとなく恥ずかしいし。
まあ、だからってもったいぶって隠すほどでもない。
「今日、鳩山の誕生日だから」
「え?」
荻野の目が大きくなる。やっぱやめときゃ良かった恥ずかしい。荻野が身を乗り出してきた。
「若狭、え、そうだったの……?」
気を使ってくれたのか、勢いのわりに荻野は小声だ。
「いや、付き合いたいとかは、あー、そうでもない……と思う」
「なんだ煮え切らない」
小声で呆れられた。
「いや、去年の文化祭とかも鳩山が頑張ってたろ?頑張ってたんだよフラフラになりながら。同い年の女子がさ、演劇部の衣装を作るなんてって、ステージ発表を見て感動したんだ。一芸に秀でるってこういう事かって。だから今年も楽しみにしてたんだよ、実は」
去年たまたま、鳩山とその友達の会話が聞こえたんだ。
『自分の作った衣装を着てもらえて、舞台が成功なんて言われたら、嬉しい誕生日プレゼントだよー!』
そっか。誕生日なんだ―――
「今年も鳩山の作品を楽しみにしていた俺としては、その頑張りに対するお礼というか報酬代わりというか、普通にお祝いというか、まあ、そういう意味で一位を狙ったわけだ」
「おお~。それ、鳩山さんには言わないの?」
「言わねぇよ。魔女っ娘なんて予想外にしまらねぇ格好だったろ」
「それでこその男気じゃないか」
「いいんだよ。今回も鳩山が頑張ってクラスが盛り上がった、みんなで楽しんだ、それでいいんだよ」
「せっかく誕生日だって知ってるのに」
「ただのクラスメイトに急に祝われても不気味だろ。誕生日なんだから楽しいだけでいいんだよ」
「ええ~」
「ま、派手に転んで格好つかないってのが本音な」
「なんだヘタレか」
「うっせ」
不貞腐れる俺に微笑んだ荻野は、そのまま目線を上げた。ん?
「だってさ、鳩山さん」
慌てて荻野の目線の先を追いかけて振り返ると、真っ赤になった鳩山が立っていた。
「な、え、」
驚き過ぎてまともに言葉が出ない。鳩山の様子から恥ずかしいところを聞かれたのはわかったが、どこから?
「本気で一位を狙うとは思わなかったってところから」
荻野ー!!はじめからじゃねぇか!?
荻野の胸ぐらを掴んだらいいのか、鳩山から逃げたらいいのか。
―――ああくそ、まだ言わないつもりだったのに。
「まあ……そういうわけだ……しょぼい誕プレだけど」
「しょぼくない」
全然しょぼくないよと鳩山は両手で口許を覆った。その手まで真っ赤。
「ごめんね若狭……魔女っ娘にしちゃって……」
「いや、楽しかったよ」
「うぅ若狭が優しいぃ……うぅぅ、懺悔しますぅ……」
「ざんげ?」
鳩山は両手で顔を隠した。
「若狭が今以上にモテないように衣装改造を強行しました……」
「……は?今以上?」
荻野が噴いた。
「無愛想はクールに見え、大会では必ず入賞する有名人で、喋れば結構優しいしで、本人に自覚がないだけでかなりモテてます……」
荻野を見やれば深く頷かれた。え、マジか。俺それ知らねぇんだけど。
「体育祭なんて若狭が大活躍するに決まってるし、どうにか株を下げようと、クラスのノリが良いのを利用してイロモノ衣装を制作しました……」
株を下げる……
「それなのに、衣装はほとんど文句を言わずにしっかり着こなしてくれて……一位になってくれたのは私へのプレゼントなんて……衣装作りは去年の分まで褒めてもらえるし……もう、若狭が優し格好良すぎて鼻血が出そうです……」
鼻血!?
「付き合いたいと思わない女にまで優しいなんて……」
「あ」
「ますます惚れました」
「え」
顔から手を外した鳩山はまだ真っ赤だった。そして、目は潤み、口許がもにょもにょと動く。
「こ、これからは……若狭が付き合いたい娘と仲良くなれるように手伝う。だから、私が使える時はいつでも言ってね」
やめてくれ鳩山。そんな顔を見たかったわけじゃない。
じゃあ、とでも言うつもりで上げたのだろう鳩山の手首を掴む。
そこから鳩山の赤が移るように、俺も熱くなった。
「センセー!包帯ほどけたんで鳩山と保健室に行ってきまーす!」
「はいよー」
*
まだ祭の余韻が残る校内を鳩山の手首を掴んだまま無言で進む。
何を話すべきか、何から伝えたらいいのか、舞い上がる心を必死に抑えて、二人になれる静かな場所を探す。
結局どこも誰かがいて、保健室にたどり着いてしまったが。
失礼しますとドアを開けると、養護の先生はあらあらと言いながら立ち上がり「職員室に行ってくるから10分留守番お願いね、うふふ~」と出て行った。
鳩山の手首を掴んだままだったのを忘れてた。
先生に察せられてうずくまりたかったが、耳を真っ赤にして俯いている鳩山と向かい合う。手はそのまま。
深呼吸深呼吸深呼吸、人人人。
「嘘ついた、ごめん。俺、鳩山と付き合いたい。二年になってから仲良くなったから、よくて友達レベルだろうって、告るにはまだ早いと思ってた」
鳩山が顔を上げた。真っ赤やばい可愛いやばい。
「さっきは日和った。泣かせたかったわけじゃない。傷つけたなら、ごめん」
ふるふるとポニーテールが左右に振れる。ううぅ、尻尾が……くっ。
「鳩山が好きだ。応援してるし、あー……鳩山が疲れた時は家まで送りたい。そういう時に頼られたい」
鳩山は変わらず赤いまま。いよいよ心臓が口から出そうだ。
「さっき言ってた惚れたってのがどの程度かわからんけど、いつもモテたいって騒いでいたけど、俺は鳩山にだけモテればいい。鳩山に彼女になって欲しい」
顔も手もドクドクしてる。こんな緊張、初めて選手に選ばれた小学生の時以来だ。
鳩山は何も言わず見上げている。でも引き締められた口許はもにょもにょしている。
頼む何か言ってくれ―――キスしそうだ。
「ぁ……」
鳩山の小さな声に心臓が止まりそうになった。
でもまだ言葉じゃない。
鳩山の方が付き合いたいほどじゃないなら、いっそフッてくれ……!
「ど、ドッキリじゃないの……?」
床にひとり崩れ落ちた。
「わぁっ!若狭!」
「……お前……俺をなんだと……」
俯せになったのを幸いと、顔を上げずにつっこむ。ドッキリと思われた……あ、手を離しちゃった……あぁ……
「だだだだだって!若狭はかっこよくてモテモテで!ちんちくりんな私はペット扱いだとずっと思ってたんだもん!」
「誰がかっこよくてモテモテだ。知らんわそんなの」
「若狭だよ~!今、夢を見てるんじゃないならドッキリを疑うくらいにはモテてるよ~!」
「……すげー損した気分」
「ごごごごごめん!!」
「謝られた……」
「ぎゃあ!そうじゃなくて!」
「どうせドッキリにしかなりませんでしたよ……」
「違う!う~、あ~、え~……若狭とのウエディングドレスを何着もデザインして妄想してるような女なんて気持ち悪くてごめんなさい!!」
「……は?」
やっと体に力が戻った。今のはどっちだ?
体を起こすと、鳩山の目線は同じ高さになってた。
「そんなの、き、気持ち悪いよね、わかってる、でもやめられなくて、他の服を作って紛らわせようとしても、やっぱり駄目で、ヒッ、友達、なのかも、あやしい、ヒッ、ただの、クラスメイト、だからって、ヒッ、その、若狭が、私に、告白なんて、嘘、に、しか、うぅぅ」
なんで、泣くんだよ。―――あぁもう駄目だ。
「泣かせたかったわけじゃないって言ったの聞いてたか?俺に抱きしめられても文句言うなよ。ペットじゃないからずっと我慢してたんだからな」
「ふ、ぅうっ……!」
鳩山の声はくぐもったが、しゃくり上げる動きと体温をダイレクトに感じる。ポニーテールが手の中にある。これでドッキリだったらもう立ち直れない。
「気持ち悪いなんてあるか。好きな女に妄想されて嬉しい以外のなにがあるんだ」
「やだもう若狭って~」
「なんだよ」
「かっこいい~好き~」
こいつどんだけ可愛いんだ!
「…………死ぬ」
「えええっ!?ふぐっ!ちょっ!?なんで頭押さえてんの!?」
「今この距離でお前の顔見たらキスしてしまう」
ビタッ!と鳩山の動きが止まった。それもどうなんだ。
「とりあえず、彼女になるかは教えてくれ」
「……よ、よろしく、お願い、します……」
「よしよろしく。じゃあ今からキスします」
「ええええっ!?」
鳩山の後頭部から手を離すとシャツが握りこまれ肩にはおでこを押しつけられ、必死に顔を隠す姿に思わず噴いた。
そして保健室のドアがガラリと開けられた。
「はい10分でーす。留守番ありがとねー?」
「きゃああああっ!?」
真っ赤な鳩山は飛び跳ね、そのまま俺から離れると腰を抜かした。
笑い過ぎて力が入りにくかったが、真っ赤な鳩山を抱えてベッドに座らせると、力が抜けたのかそのまま横になってしまい、俺は笑いの止まらない先生に包帯を巻き直してもらった。
「帰り、迎えに来るからここで待ってろよ……逃げるなよ」
「わわわわわかった」
教室に行こうとベッドから離れたら、ズボンをちょっと掴まれてた。
目が合うと手を離して慌てる鳩山。またあーとかうーとか唸る。その様子も面白くて見ていると、鳩山はへらりと笑った。
「今日も一緒に帰れて嬉しい、から、待ってる」
*
そこからどうやって教室に戻ったか記憶はない。
だが、後日配られた体育祭DVDに生徒それぞれの名場面が特典としておまけされていて、荻野の含み笑いをBGMに廊下をフラフラしながらスキップしていた俺が映っていた。
そんなのがあるとは知らずにDVDを家族にそのまま渡したため、彼女を連れてこいとしつこく言われることに。
おのれ、荻野と先生め……
ちなみに鳩山は俺の衣装を縫っている時のにやけ顔が映っていたらしい。
一緒に見るのが楽しみだ。
了
お読みいただきありがとうございました(●´ω`●)
ハロウィン…らしくない内容になりました(笑)が、楽しく書けました。
鶯埜 餡さま、ありがとうございました。
途中、マスクの描写はなく、三密の場面がありましたが、物語ということでお許しください。
各学校で日々細心の注意を払い、生徒たちを守ってくれている教職員方に感謝してます。
また穏やかに過ごせる日々が早く戻りますように。




