前編 ★
うっかり胃腸炎にかかり、一週間ぶりに登校してみれば、俺のクラスは混沌としていた。
「……なんだコレ……?」
体育祭の準備日。ガヤガヤと賑やかなクラスの前で呆然とする俺にクラス委員長の荻野がいつもの爽やかさでおはようとやってきた。
「おはよう。若狭が休みの間にさくさく決まってさ、クラス衣装はこれになったよ。まぁ想定外だったけど、文化祭と体育祭が合同になった一生に一度の記念と思えば楽しくなってくるね」
「いや、コンセプトは覚えてる……けどコレ本気かよ……!?」
「もちろん。その意気込みとして初めて脛毛を剃ったよ。足の毛を剃るって難しいね。女子の大変さがわかった気がする。ま、女子の脛毛なんてスカート丈より全然気にならないけど。そうそう、当日は半袖だから俺らは腕の毛も剃れってさ」
「いや、剃ればいいっていう事か……?」
「でもね、こう見えて予算はそんなにかかってないんだよ。手作りの強みだね。見学にも参加できない保護者のまぁ主に母親たちが大張り切りで衣装提供、おばあさん方はウィッグを提供してくれる事態になっちゃあ、足の毛ぐらい剃るでしょ」
「……お前のその順能力に驚きだわ……」
「まあね。でもよく見て。みんなノリノリだよ?」
荻野の言う通り、クラス内は男女一緒に和気あいあいとしている。のだが、絶えずダダダダダダと聞こえてくるのはミシンの音。
ちょっとキレた。
「てめえ鳩山ーっ! 仮装は『魔女』だったろうが!なんで『魔女っ娘』になってんだよ!」
「絶対若狭に似合うと思うの!」
短いポニーテールを揺らして立ち上がった女子が一人。
「似合うわけねぇだろうがーっ!」
「クラス一の無愛想が魔女じゃ似合い過ぎてシャレにならないけど、魔女っコなら可愛くしてあげられるわ!」
「それで納得できるかボケーッ!?」
*
新型風邪のおかげで今年の学校生活はてんやわんやだ。
夏休みはいまだかつてない短さだったが、市内のありとあらゆる電気工事屋が死に物狂いで取り付けてくれたクーラーのおかげで学校にいる方が快適に過ごせた。授業はバンバン進み、去年以上に小テストが多いのが難点だが。
学校は勉強をする所ではあるが、行事という行事が中止になり、俺たち生徒のモチベーションはダダ下がりだ。特に進学就職受験生である三年生がピリピリし過ぎて怖い。三年校舎の雰囲気怖い。
それを打破すべく、生徒会が必死に先生に訴えて勝ち取ったイベントが『ハロウィンに文化祭と体育祭を一緒にしちまえ!仮装体育祭2020』である。
スポーツよりもお祭り色を前面に押し出した競技、そしてハロウィンにかこつけたクラス毎の仮装。ソーシャルディスタンスのために保護者は見学不参加。
なんとはっちゃけやすいイベントだろうか。
だが予算はそんなにない。思い出作りのために三年生に多く割り振ったため、一、二年は低予算に。
だから二年であるうちのクラスは黒Tシャツに黒のスカーフを被るという、そんな無難な魔女と言い切るにはあやしい仮装になるはずだった。
それじゃつまらんと張り切ったのが鳩山だ。
中学の頃から服作りが趣味で、去年の文化祭では演劇部や吹奏楽部の衣装作りにも関わったらしい。高校でMyミシンを持ち歩く奴がいるとは思わなかった。
それはまぁいい。よくはないがまぁいい。
鳩山いわく「お母さんたちがよく知るセーラー服魔女っ娘なら、お父さんのワイシャツでもいけると思った」
そして二日目に現物披露。早すぎるだろうが。
鳩山いわく「コスプレなんて出来じゃないけど、学生のお祭りなら上々!」
美術、技術、家庭科、化学担当教師を巻き込んで、染めだしまでしやがった。なんでカラフルな染料が公立高校にあるんだよ。は?野菜も使った?何実験だよ!?夏休みの自由研究か!?
そして商店街のクリーニング屋の一年間引き取られなかった服とか、衣料品店の店先で色褪せて値段が付けられなくなった服とかまで寄付されて、鳩山の目は爛々としたとか。
学校指定の体育着、白半袖と黒ハーフパンツはそのままに、セーラーの襟部分を安全ピンで取り付け。スカートは丈を半分折り込んだハーフパンツより少し長めでひだがいっぱい。だが正面部分はあいていて、ウエスト位置に巻かれたリボンで縛る。余った袖口はアームバンドのように。女子は日焼け対策でニーハイソックス、男子は足出し、網タイツ可のカツラ可。
「……うん……充分な出来だ……な……」
試着ができてないのは俺だけだったから衣装合わせをしたのだが。驚きのぴったり。
「でしょ!ふふふ。うん、やっぱ若狭は赤だね!」
「なんでだよ、青系が良かったわ。それか黒」
「全学年対抗クラス対抗リレーのアンカーだもん。赤はヒーローの色だし」
「魔女っ娘にヒーロー枠があるのか……」
「あとカツラね!最後の一個の金髪アフロ!」
「ぶっ!誰んだよ!?」
「お父さんが会社の忘年会ビンゴで当てたの。チープな見た目がまた良しよ」
有無を言わさずカポッと被らされた金髪アフロは黄色の毛糸らしく、めっちゃ暑い。腕を組んで満足そうに頷く鳩山。ポニーテールもゆれる。
「うん。堂々としてれば笑いは取れる」
「…………色々言いたい事はあるが、先輩方を笑わせられるなら良しとしよう」
「若狭潔し!男前ー!」
「もっと言え」
「閉店ガラガラ!」
おいと呼び止める間もなく、席に戻るとまたミシンを動かす鳩山。シュシュだのなんだの女子用の飾り作りに忙しいらしい。
制服に着替え直した荻野が手を振ってくる。
「女子はともかく男子はインパクト重視だってさ」
「そうじゃなきゃやる意味ねぇだろ」
「意外と受け入れるね?もっと騒ぐかと思ってたよ」
「今さらどうもできねぇじゃん。それにクラスの雰囲気もいいしな。荻野の女装が清楚なのはビビった」
「あはは。自分でもびっくりしたね、目覚めそう」
「マジか……!」
「嘘だよ。俺女の子が好きだもん。地球がひっくり返ってもあり得ないね」
「だよな」
「でも攻め手が増えるのはいい発見だった」
「うーわ、腹黒」
「好きな娘に好かれるなら何だっていいさ」
「おー……男前~」
「もっと言って」
「閉店ガラガラ!」
*
「あー、若狭だ~」
「おう鳩山、まだやってたのかよ?」
部活終わりに自転車をひいて歩いてると、校門前でぼやっとした顔の鳩山に呼ばれた。
授業以外はずっとミシンを動かしていた鳩山は、放課後も最終下校時刻ギリギリまで作業してたらしい。目が開いてないし、ポニーテールもしぼんでる。
なんとなく並んで歩くと、空はまだ明るいのに街灯が点き始めた。秋かー。
「小物作り大好きだけど、さすがにちょっと疲れた~。でもほとんどできあがったから、今日は帰ったらすぐ寝る~」
「え、ずっと一人でやってたのか?」
「まさか。家庭科室のミシンを借りて、だいたい三、四人でやってるよ。先輩たちもミシン使うし」
「あー。手伝えなくて悪いな」
「んーん。文句言われなかっだけ楽よ~」
「そりゃ、大会も潰れた先輩たちの気晴らしになればとは思うしな。それに今年限りならなんだってやるさ」
「おおー」
「ほれ。荷物よこせよ、かごに入れろ」
「え?」
「近くまで送る。それとも親が迎えに来るのか?」
「いや来ない。え、いいの?若狭が帰るの遅くなるよ?」
「遅くなるって、逆方向でもあるまいし。自転車の二人乗りは禁止だし、鳩山の荷物を運ぶくらいしか手伝えないしな」
「ふふふ。若狭って無愛想のくせに優しいよね~」
「顔は生まれつきだどうしようもねー。だが女子には優しくするのです、モテのために」
「あはは!素直~!でもモテないと思ってるのは若狭だけだよ?」
「嘘つけ」
「バレた!」
「お前なー」
「あはは!でもでもリレーで一位になったら注目の的だよ」
「そりゃあ、金髪アフロの魔女っ娘姿で注目されなかったらせつなすぎるだろう」
「あはは!その時は私に感謝してよねー」
「恋愛的注目度はゼロだけどな!」
結局鳩山の家まで送ってから自転車に乗った。




