4話
『俺の骨は砕いたらそこらの川か海に流してくれって言ったのに、祐介は律儀に家の墓に入れてくれたんだよな。あ、祐介って双子の弟。まあそういう真面目な奴だから家を任せて俺は外に働きに出たんだけどさ。俺としてはそこらを漂いながらお嬢さんに話すための花火を見たかった。まあ六十歳まで生きたから、おおよそ五十回分でも許してくれるかとはチラッと思った』
へへへと笑う佐助さん。もう離れまいとしているのか、お嬢さんと手を繋いだまま。お嬢さんは隣に座る佐助さんを眩しそうに見ている。
ちなみに今二人は僕らとレジャーシートに座っている。足が無いけど、そういうのは気分らしい。
父は二人から一番離れた場所を陣取った。
一応、佐助さんの前にもノンアルビールを、お嬢さんにはジュースを置いた。やっぱり掴めず、佐助さんはすごく残念そう。
『そういうズルを考えたからか墓から動けなくなっちゃって、参ったね。でも……』
佐助さんは僕を真っ直ぐ見つめてきた。同じ顔なのに、いつも鏡で見る僕とは全然違う。髪型とか着ている服が違うからじゃない。唐突に、大人の男の人なんだと実感した。
『お前さんが墓参りしてくれた時に、急に引っ張られて引っ付いちまった』
昼間にお墓参りをした時には特に何も感じなかった。いつも通りのお盆の日常。だからお嬢さんが動いてすごくびっくり……あ。
「お嬢さんは僕に付いた佐助さんを分かったんですね」
お嬢さんは少し驚いて、そうなのかしらと佐助さんを見やった。
『だったら、それはきっと祐介のおかげだなぁ』
佐助さんはお嬢さんに微笑むと、夜空を仰いだ。
『独り者の俺が死んだ後もここの手入れをずっとしてくれていたんだろう? 祐介のひ孫どころか玄孫にその子まで。俺の大事な場所だってだけなのに。さらに成仏も出来ないでいる俺をこうしてお嬢さんに引き合わせてくれた。まったく、俺は素晴らしい親族を持った!ありがとう!』
ガバッとレジャーシートに手をついて頭を下げる佐助さん。思いきりが良すぎて僕たちは驚いてばかりだ。驚かないのはお嬢さんだけ。
『佐助……お嫁さんをもらわなかったの?』
『うん。お嬢さんより嫁にしたい女がいないもん。若旦那は色々気にかけてくれたけど、ずっとお屋敷で働かせてもらえてありがたかったなぁ』
自分と同じ顔の男が彼女とイチャついている現場って、すごくやるせない。
「うわぁ、いつかこういう日を目の当たりにするのね……」
「母さん、性格的に僕には無理だよ……」
「分からないじゃない」
「……できたとしても母さんの前じゃしない」
「ええ!何で!」
何ですると思うのだろう。想像でもすごく嫌だ。うん、嫌だ。
「これからお二人はどうするんです?」
祖父が改めて聞くと、佐助さんはあっさりと成仏するよと言った。
「ええ!せっかく知り合えたのに!」
「ちょっと!俺の奥さんの思考はどうなってるの!?」
「そうよ、幽霊じゃ何にもできないじゃないの。さっさと生まれ変わって今度は長生きしてくださいな。二人で」
祖母の言葉に佐助さんとお嬢さんは微笑み合った。
「お寺さんに頼みますか?」
『至れり尽くせりだな! さすが祐介の子孫! ははっ!』
佐助さんは祖父に成仏の方法はお墓を離れてから何となく分かると言う。
『お嬢さんは? 今回の花火で最後になってもいい?』
『ええ……ここからの花火しか知らないけれど、いつもとても綺麗だった。あまりに綺麗で百回以上も見ていた事に気づかなかったわ、ふふ。佐助が来てくれたし、思い残しは無いわよ』
ふ、と、小さな光が視界の端に入った。
「おや蛍か? 珍しいな」
父が生まれる頃にはもういなくなってしまった蛍。僕にはそれが本物か判断できないが、黄緑のような光は不規則に点滅して、ふわふわと移動している。本やテレビで見たのと似た動きだ。
祖父の呟きに皆でその一匹を見つめていると、その光がこちらに向かって来た。
そして蛍は、佐助さんとお嬢さんの間を通って、佐助さんの差し出した手のひらにとまった。
一瞬、何が起きたか理解できなかった。
『ははっ!』
「ほぉ!」
佐助さんと祖父が笑って、金縛りが解けた。
『なかなか風流だ!』
「いやまったく」
それでも僕らはまだ混乱していたと思う。笑っているのは佐助さんと祖父だけだったから。お嬢さんはたぶんよく分かっていない。
『お嬢さん、想像してたのと違うけど、お迎えが来たよ。手を』
お嬢さんはそっと、でも迷わず、蛍のとまった佐助さんの手に自分の手を置いた。そして立ち上がる。
『祐介の子供たちよ、長く世話をかけた。本当に、ありがとう』
『最後に皆さんに会えて良かったです。お世話になりました』
二人が蛍の光に包まれた。その淡い光は、二人の透明度を高くしていく。
『あ!この社、特に何も入ってないし、もうほったらかしておいても大丈夫だからな!』
その言葉を最後に、二人はいなくなった。
でも、ビールとジュースはそこに残っている。
幻だったけど、夢じゃない。
笛の様な音に振り返ると、大きな音と共に、最後の花火が上がった。毎年締めの花火は一番大きい。とても明るい。
どこまでも照らされそうな明かりの中、社の前には、もう何も無かった。
「……本当に、成仏したんだ……」
そっと頭を撫でられた。見上げると祖父が微笑んでいた。
「少し、寂しいな」
そこまで子供じゃないよと言いたかったけど、言葉にならなかった。ただ、涙が滲んできた。
「初恋だったもんね~」
母の一言に水分が引っ込む。
「……は?」
「あ!言っちゃった!」
「もう、うっかりねぇ」
「無し無し!今の無しで!さあ帰ろう!すぐ帰ろう!」
「初恋って、僕……?」
「いやいやそんな!毎年毎年熱心にお社の方ばっかり見てるからそうなんだろうなって思っただけ!お母さんが勝手に思ってただけ!」
バサバサとレジャーシートを慌てて畳み、祖母と母はそそくさと帰って行く。そして社の前には男だけが残った。
「じいちゃん……僕、そんなに、お社の方ばっかり見てた……?」
祖父は苦笑しながら頬をかいた。
「幽霊が見えるって言ってからは、そうだったな」
急激に頬が熱くなった。恥ずかしくなってその場にしゃがむ。
自覚がまったく無かった。綺麗な人だとは思っていた。思ってはいたけど。
あ。
もしかして、その気持ちが佐助さんが僕に引っ付いたきっかけになったんだろうか。
だとしても。
それを家族に見られていた事がとてつもなく恥ずかしい。
「う……うはぁぁあぁぁあ……!」
ぐるぐると悶えている僕の隣には父が。
「もう蛍にも絶対近づかないぃぃぃ!!」
祖父は、しゃがんで悶えている僕らの様子を、親子だなぁと眺めていたらしい。
そしてまた、社の草取りをする。
夜にはそこで家族揃って花火を見る。
やっぱりここから見る花火が、一番綺麗だ。
了
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