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みわかず的現実恋愛集  作者: みわかず
1話:君の大きな手
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前編

高校生。

卒業を前に、こんなにも焦るなんて。



全二話 (約5300字)

  

 体育館の外。すぐそばに学校の敷地と裏山とを隔てる古いブロック塀がある。裏山は学校に近いところは行政で手入れがされているらしいが常に鬱蒼としていて、体育館とこのブロック塀との隙間は四季を通じて日陰になっている。昼でも薄ら暗く、掃除は生徒ではなく用務員の仕事だった。


 そんな場所に女子生徒が一人、何をするでもなく立っていた。

 体育館の用具室の裏に当たるので、部活に励む後輩たちの声がより遠くに聞こえる。

 生徒はまず誰も来ない場所である。


「こんなとこで何してんだよ?」


「わあ!」


 女子生徒は突然背後から掛けられた声に驚くと、その声の主である男子生徒を振り返った。男子生徒は女子生徒の驚きように一瞬にやりとし、その場にとどまっている。


「すげえ顔」


「う、うるさいな。ビックリしたら誰でもそうなるでしょ」


 女子生徒は少し顔を赤らめ、男子生徒から視線をそらす。


「いつもは俺の方があちこちでやられていたからな。ざまあ」


 からからと笑う男子生徒を恨めしげに一瞬見て、負け惜しみのように「ふん」と呟いてまた視線をそらした。


「皆、山川(やまかわ)を探してたよ。行こうぜ」


 笑いを収めた男子生徒が女子生徒を山川と呼んだ。


「うん……」


 そう返事をしても山川は動かない。


「何で……原田(はらだ)が……来るのよ……」


 ぼそりと聞こえたのは山川の独り言。男子生徒、原田にはしっかり聞こえたようで、からからと答えた。


「お前がこんな辺鄙な所にいる事は俺しか知らないんだろ。電話に出ないわ、でも靴はあるしで結構本気で探されてるぞ。あんまり心配させるなよ、部長」


 山川は女子バスケットボール部の、原田は男子部の部長だった。卒業間近の今はとっくに引退した身だが。

 もともと男女仲の良いバスケットボール部で、引退した三年生だけでの打ち上げ会まである。今年の三年生部員は進学就職が例年より早く決まったので早めの打ち合わせを今日する予定だった。

 部長同士。それだけの二人。


「集合時間はまだでしょ……」


「まあ、あと15分はあるな」


 腕時計を確認して原田はズボンのポケットに手を入れた。そして、まだ動こうとしない山川を伺う。


「何かあったのか?」


 山川は口をつぐんだ。何もないと答えるには無理のある行動だった。


 暦は春になったが、風はまだまだ冷たい。


「行こう。風邪ひいちまう」


 原田の立つ場所はかろうじて陽が差すが、山川は日陰に立っている。


「もう少しここにいる。時間までには行くから」


 山川は顔をそらしたまま、原田の質問には何一つ答えない。

 それを原田はじっと見つめていた。


「……一緒に行こう。どうせ卒業したら離れるんだしさ」


 原田の言葉に山川は顔を上げた。


「俺だけ地元を離れるんだ。ぎりぎりまで皆と一緒に仲良くしてくれよ~」


 おどけながらも原田の口元が歪んだのを山川は睨んだ。しかしその眼光はすぐに弱まる。またぽつりと山川は言った。


「ホントに……自衛隊に入ったんだ……」


「ん?だってカッコイイだろ!」


 得意気に腰に手を当てる原田。山川からの反応がないとわかると、また手をポケットに入れた。


「何だよ~、就職先が自衛隊じゃ駄目かよ~。友達としてそんなに恥ずかしいのかよ~」


 不貞腐れたような原田の声音に山川はハッと顔を上げた。


「違う!恥ずかくなんてないよ!……原田が、命懸けの仕事を選ぶなんて、思ってなかったから……びっくりはした……」


 尻すぼみになっていく声とともに山川はまた俯いていく。原田は少し息を吐いた。


「そっか。じゃあ良かった。それで山川に嫌われたかと思ったからさ」


 ぶんぶんと、音がしそうな程に山川は頭を振った。部活を引退してから伸びた髪が揺れる。結ぶにはまだ短い真っ直ぐな黒髪。


「うちの親父が自衛官だからさ、俺としては普通に将来の選択肢としてはあったんだ。親父の入隊する頃とは情勢が変わったからめっちゃ反対されたけど」


 だけど誰かがやらなきゃならない職だ。そう続いた言葉に山川はそろそろと顔を上げて原田を見つめた。目が合うと原田はにかっと笑った。


「隊服を着てる親父が世界で一番格好いいんだって言ったら殴られた」


 からからと笑う原田に、山川は微妙な顔つきになる。


「叩かれて笑うってどうなのよ……」


 笑う原田を見つめていると、原田がポケットから右手を差し出してきた。


「改めて言うけどさ。山川が女子の部長ですげえ助かったよ」


 全く脈絡のない話の仕方は原田の仕様だと仲間うちでは有名である。それでも山川は目を丸くした。原田はそれは気にならないのか、手を取れとばかりに片方の眉毛を上げた。


「打ち上げ会でも言うかもしれないけどさ、二人になる時があったら言おうと思ってた」


 山川は動かない。原田も手を下ろさない。


「お前がここで、レギュラーに選ばれなくて悔しいと泣いてた時……」


 山川の顔が一瞬だけ赤くなる。


「その時に会えてなかったら、本気で部活をしようなんて思わなかった」





 当時の三年生が引退し、二年生の人数も少なく、山川たち一年生にもレギュラー入りの可能性があった。しかし山川は外れた。選ばれた同級生たちは山川より巧かった。だがその差はほんの少し。チームメイトとして仲が良く、でも本人たちにはそんな愚痴は言えなかった。そして、同じくレギュラーになれなかったチームメイトにも言えなかった。

 そんな事は意味がない。

 ワイワイとただ楽しい部活でも文句はなかったが、山川は試合に出たかった。だから練習を一所懸命した。


 ただただ悔しくて、家まで我慢ができなくて、誰も来ないだろうこの場所ならと、それでも誰にも聞かれたくなくて、タオルに口を押し付けて泣いた。 


 そこに恐る恐ると声を掛けてきたのが原田だった。その頃はまだ男子部員で一番小さかった原田。

 それよりも背の低い山川が泣く姿に何をするでもなく、山川が落ち着くまで声を掛けた距離のままそこに座っていた。


 涙は引いても見られた事が恥ずかしいと、山川は動けなかった。どうにか逃げようと決めた時に、

―――俺が練習に付き合う。だから俺の練習にも付き合ってくれ!

 唐突に原田が立ち上がった。

―――背が低くても諦めない!俺もレギュラーになりたい!

 呆気にとられた山川に、原田は真剣な顔を向けた。





「巧くなるために山川はたくさんアドバイスしてくれた。試合の運び方も部員のまとめ方も、失敗する時の俺の癖も。どんだけ助かったか」


 原田がへへっと笑うと山川も口元を小さくほころばせた。

 男子バスケ部はムードメーカーとなった補欠の原田に引っ張られて県大会上位に居続けた。原田が部長になってからは東北大会でもベスト4と、惜しくも全国までは届かなかったが、その推薦で大学に進む部員もいた。

 同じく女子も東北4強に入り、山川の代が一番強いと顧問に言わしめた。


「それは、私もそうだよ。原田がいつも練習に付き合ってくれて、悩みを聞いてくれて、一緒に考えてくれたから部長をやれた……私こそ原田に感謝してるよ」


「じゃあ握手だ。こんな事はなかなかないしな!」


 山川は肩の力を抜くと原田に向かってゆっくりと踏み出した。


「そういうところ、女子相手にも強引だよね」


 男女仲の良い楽しい部活だった。原田の右手に山川は苦笑しながら右手を伸ばす。

 すると、掴まれた。


「俺はお前にしかしない」









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