昼 街 教会2
「うーん……やっぱりそうなるんねぇ……」
「やはりですか。浄化のスピードを上げる事はできないのですか?」
「大事なのは均衡なんよ。一気にバランスが崩れると、反動でどうなるか予想が出来ないんね」
マリーさんとロリアさんが、賢者の手紙を見ながら話し合っている。
内容はどうやら重いものらしく、声のトーンは真剣そのものだった。もっとも、私は何の話かを知らないので詳しくは分からない。
「んー、サーリャちゃんにも話を聞きたいんねぇ……」
「もうすぐ来ると思いますが……」
二人の話す声を耳に流しながら、私は周囲にある大きな本棚へと目を移す。
古い物から新しい物まで、本棚を埋め尽くすハードカバーが綺麗に整列している。背表紙には、文字の入ってるものと何も書かれていないものが大体半々。
その中でも、興味深いのがある。
「シルワちゃん、何か気になる本でも?」
「あ、はい……これです」
マリーさんの問い掛けに、私はある本を指差す。
それは……
「“魔術と精霊術の入門的概論”……?あぁ、やっぱり気になるよね」
「それと、ここからここら辺も……」
「“世界人族史”……“諸学百科全書”……シルワちゃん勉強熱心なんね!」
ぴょんぴょこ近づいてくるロリアさん。
まぁ、勉強熱心というか、最低限これを知らなきゃ満足に生活すらできなさそうで割りと必死なのだ。
「実を言いますと、私……記憶が無いんです。なので世界の事、よく分からなくて」
「まぁ……」
驚いたように顔を見合わせるマリーさんとロリアさん。
しかし、少しの間を置いて笑顔を浮かべた。
「んー、そういうことなら構わないんよ!好きに見て良いんね!」
「ふふっ、何か分からない事があったら何でも聞いてね」
「……ありがとうございます!」
いくらかの本と、マリーさん達との問答によって分かった、この世界についての幾つかの事柄を纏める。
まず、この世界には魔術及び精霊術が存在する。
魔術とは、マナ……いわゆる魔力を、自らの体で練り上げて行使、何らかの現象を引き起こす術である。
対して精霊術は、何らかの術式や陣によって、世界の仕組みを利用する形でマナを練り行使する術である。この仕組みを利用する過程を「精霊の力を借りる」とする認識が一般的であるらしい。
魔術は比較的手軽で、発動までの時間も少なく済むが、大抵の場合その効力・範囲は個人レベルに留まる。
精霊術は効果が大きく、実行方法によっては極めて広範囲に作用を及ぼす事が可能であるものの、それに比例して必要となる事前準備や発動時間も大きい。
人によってはその他に「異能」と呼ばれる特殊技能を持つに至る者が存在する。
これには明確な定義が無く厳密な分類は難しいが、他者と比べてより一層特異な、もしくは突出して秀でた技術や魔術をそう呼ぶ事が多い。
これらの術を発動させる為の燃料となるのが、マナと呼称されるものである。
これには属性があり、火、水、土、金、風、光、闇、そして無の8種類に分類されている。
これを扱うにあたってそれぞれに適性があり、人によってこれらの属性との親和性が異なる。
これらの形而上的な技術を利用することで文明を発展させてきたのがこの世界、ということらしい。
続いては冒険者ギルド及び教会について。
結論から言うと、この世界は現在ゴールドラッシュの状態にある。
この世界の……すくなくともこの地域における文明・文化の祖となった「旧帝国」と称される、巨大な帝国が過去に存在したらしい。
この旧帝国で用いられた言語が共通語、帝国成語として今も用いられているとのことだ。
この旧帝国は、魔王と呼称される敵対的存在と、それに率いられた魔物・魔族によって構成された勢力と継続的な戦争を行っていたらしい。
旧時代末期に勇者率いる一行の活躍によって、旧帝国はこの戦争に勝利した。しかし、膨大な戦費や褒賞の支払い、復興などによる負担により疲弊。
時の皇帝の決断により「大分割」……帝国の解体が、自主的に行われた。
各地域の分離独立は、その過程で混乱をもたらさないよう慎重、かつゆっくりとした調子でおこなわれたらしく、各国がその旧帝国の文化、技術、制度の大部分の保存に成功したらしい。
それ以来世界は、都市と街道、村々といった人の領域である点と線。そこから外れた魔物の潜む面に二極化されたようだ。
ローマ帝国が発展的解消した感じ、かな?
ともかく、この時に成立したのが現在の教会及び冒険者ギルドとの事だ。
この冒険者ギルドは、勇者一行と、その勇者達が旅路の中で培った各地の有力者達による人脈を基に立ち上げられた組織である。勇者一行には聖女と呼ばれた者も居たらしく、教会もそのバックアップとなっている。
大分割後の都市・領邦国家時代において、冒険者ギルドはその受け継いだ旧帝国のネットワークを活用して様々な事柄に従事していたようだ。
実力主義、功績主義が根差しているらしく、高い実力を持ち、多大な活躍をした冒険者には各方面からスカウトが掛かるらしい。実力さえあれば土地や金銭、爵位などの褒賞を得る出世譚も夢ではないようだ。
もう片方の教会……正しくは聖教会は、名前の通り宗教組織である。
多神教であり精霊信仰、自然信仰の特徴を持っている。
この地域における普遍的な信仰を担っており、史実におけるヨーロッパのそれと同じく多大な影響力を持つ。
宗教組織という面の他に教育機関としての面もあり、教会の設ける学術院においては神学の他、魔術や精霊術、天文学、歴史等の学問が盛んであるらしい。
しばらくはこの体制で歴史が進んでいたが、順当な発展によって起こった人口増加が、その溜めた力が外に向く切欠となった。
魔物が産まれるのは、その土地の性質が「魔」であるかららしい。人の住める土地の性質は「聖」だという。
この魔を聖へと変える「浄化」という手法を手にした人類は、魔の領域への開拓、入植、拡大を推し進めた。
魔術や魔導具による技術発展と、それによる農業生産量の増加は人口の増加を促し、多数の余剰人口を生み出した。
厳格な身分制度の存在下において冒険者ギルドは、実力による唯一の立身出世の場として瞬く間に人を集めた。そして、それらの者達が我先にと開拓地へ赴く。
冒険者達が開拓地で得た産物が社会に流れ、その経済を活性化させる。それによる物資と富の蓄積は、更なる社会発展の原動力となる。
まさしく、黄金時代だ。
「賢者様が言ってた浄化って、この土地改良作業のことかな…?」
ということは、このブラウバルトは所謂開拓地。人類の最前線ということになる。
「なるほど、それで冒険者の街」
であれば、あの活気も納得である。
自分は、その冒険者として生きていけるのだろうか。
実力主義、言い換えれば、信じられるのは自分の実力のみという世界。
確かに厳しくはあるが、それでも私は自立したいと思っている。
いつまでも、賢者様や周りの人達へおんぶに抱っこでは居られないのだから。
最低でも生活できるだけの金を稼がなければ。
金といえば、この世界で主に使われているのは硬貨、アウル金貨、アルジェ銀貨、アエス銅貨の三種類だ。
価値としては1アウル=10アルジェ=100アエス。
十進数だ。ラッキー。
1カイゼルは旧帝国皇帝の身長を基にした長さ、1パニスは成人の食べるパン1日分の重さらしい、が、基準が無いのでパッと理解することはできなかった。
「ん、遅くなった」
入り口の扉が開かれる音。
そこには、荷物を卸し身軽となったサーリャさんが立っていた。