昼前 街中 冒険者ギルド
サーリャさんに連れてこられ、やって来たのは冒険者ギルド……とおぼしき建物の前。
出入口の扉はそれなりに立派で、看板には交差した剣と杖の意匠が用いられていた。その下には、何だか分からない文字らしきもの。
ヘブライ文字っぽい形をしているが、意味は不明……いや、言葉が自動変換できるのだから、文字もそうならないのだろうか?
看板を睨む。
「むむ……」
おっ、できた。
頭のなかにそのまま意味が流れ込んでくる感じ。どうやら「冒険者ギルド」と書かれているらしい。
いや、まぁ、当たり前か。
「……?入るよ」
「あ、はい、行きます」
不思議そうな表情でこちらを振り返っているサーリャさん。慌てて、その後に続いて中へと入る。
冒険者ギルドに入って正面、再奥にはカウンターが設置しており、何人かの受付だろう人が座っている。
手前の空間には幾つかのテーブル一式が置かれており、多数の冒険者が詰め、互いに言葉を交わしている。
壁にはボードと、そこに貼ってある何らかの書類。いわゆるクエストボードというやつだろうか。
「おぉ……スゴい。まさしく冒険者ギルドっていう感じ」
その風景に感心していると、カウンターの前に見たことのある人物を発見する。
その人もこちらを知っているらしく、振り返ると、こちらに駆け寄ってきた。
長い金髪、白衣っぽい外套。耳は微妙に尖っている気がする……ファンタジーでいうところの、ハーフエルフってやつとか?
今の私より身長が大きい。それに伴う身体も恵まれており、スラッとした四肢に、大きめであろう胸部が目を引く。
言ってしまえば失礼だが、サーリャさんとは正反対な雰囲気。
「サーリャちゃん!来てたのね!」
「ん、マリー。教会に手紙」
マリー……つまりあの狼の魔物、ニーダーヴォルフに襲われていた内の一人。杖を持ってた方だ。
「手紙、とそちらの方はもしかして……」
サーリャさんの差し出した手紙を受けとりながら、私の方を見るマリーさん。
「あ、はい……えーと、はじめまして」
「あの時の傷、治ったのね!」
「おっ」
言うは早いか、視界を埋め尽くしたマリーさんの身体。
背中に腕を回され、成す術もなく抱き付かれた。
「!?」
「こんなに可愛い子が私達の命の恩人だなんて……本当に、あのときはありがとうね……!」
その豊満な胸に顔を押し付けられながら、頭を撫でられる。
あまりの混乱に思考が固まった。もし元の自分の性別を覚えており、それがもし男だったとしたら、いろいろと大変なことになってた気がする。
「天使みたいな子……」
悪い気はしないのだが、大分スキンシップが激しい気がする。今は頬だったりを優しく撫でられており、マリーさんの表情は恍惚気味。
私はサーリャさんに視線を向ける。
「……的が分散して助かったよ」
サーリャの言。つまりは、まぁ、そういうことですか。
マリーさんはスキンシップが激しめであると。
というわけで結局、私はマリーさんの気が済むまで撫で回され続けたのだった。
「あぁっと、ごめんね。あまりにも可愛かったからつい…」
「あ、はい、大丈夫です……」
ようやく解放された。
なるほど、おそらく何時もはこのスキンシップが全てサーリャさんに行ってるのだろう。
「ええと、改めて……私の名前は、マリーノエル・ノルマンディ。教会の学術院で研究生をしてるの。気軽にマリーって呼んでね」
「初めまして、シルワ・カエレスティアです。えー、今はそう名乗ってます。よろしくお願いします」
「あぁ……その礼儀正しさも可愛い……」
マリー、ノエル、ノルマンディ。まさしくフランス風な名前。
もしかしたらこの世界、名前だけではなく、地理においても元の世界に似たテイストがあるのかもしれない。
だとすれば、東に行けばロシア風、南に行けばイタリア風な事になるとか?
どちらにせよ、何も分からないよりかは、多少なりとも似た文化があるだけ安心できる。
ギルドの受付。
カウンターを挟んだ目の前には、柔らかい雰囲気を持つ受付の女性が座っている。
「あら、サーリャさん。本日はどういったご用件ですか?」
「ん、登録したい。……こっちのが」
「……サーリャさんが付き添いうことは、こちらも賢者様の……」
「そうなるね」
なにやら話が進んでいってる。
どうやらサーリャさんと受付の人はそれなりに知り合いらしく、聞く限りでは賢者様は結構な有名人らしい。
「登録料については……」
「ん、これで」
「ちゃんと金額分ありますね……では、少し待っててください」
その受付の女性が奥から用紙を取ってくると、笑顔を見せながらこちらに差し出してきた。
「それでは、こちらの用紙に名前の記入をお願いします」
「あ、分かりました」
元の世界基準で言えば、あまり質の良くない紙。用意されたペンも、インク壺の付属した……所謂つけペン。
史実でペン軸にインクが入っているペンが出てくるのは19世紀に入ってからだし、それが万年筆の基本型となったのは19世紀末の事だ。こちらの文明レベルからすれば、まだ無いのは不自然ではない。
その割には、紙はおそらく木パルプ製。
史実で木パルプによる大量製紙が実現したのは、確か19世紀半ばあたりだったような気がする。
この世界には魔術がある。それが何か関係しているのだろうか。
それは置いといて、目下の問題。
私は帝国成語を書けるのか……?
「えーと……」
インク壺にペン先を浸ける。
読むのであれば、対象の文字列に意識を凝らせば問題無かった。しかし、これはそもそも書く前である。一体何に意識を向ければいいのやら。
しかし、悩んでいても始まらない。
ここはダメ元で、この世界の文字について強く意識しながら普通に書いてみる。
この世界の文字~……この世界の文字~……
結果。
「あ、普通に書けた」
そこには、見事なヘブライ文字っぽい帝国成語。
意識すれば問題なく読める。これは嬉しい。どうやら、読み書きに関して心配することはなさそうだ。
名前を記入した紙を受付に渡すと、今度は直径10㎝程度の水晶玉らしきものが出てくる。
「では、こちらのマナ水晶に手を置いて下さい」
手を置く……おそらくだが、いわゆるこれが適性検査とやらなのかもしれない。
「普通に置けば良いんですよね……えーと」
言われた通りに、右手の平を水晶に着ける。
次の瞬間、何かが、暑いエネルギーの流れが体の中を駆け回る……そんな感覚に襲われた。
「な、なにっ……!?」
突然のことに驚く。
同時に、手を置いていた水晶の方も光を放ち始めた。
「もう少しそのままでお願いします」
水晶の中央部、黄色っぽい光が明滅する。
受付の女性は何らかの書物を片手に、その水晶を観察している。
「……はい、もう離して頂いても結構です」
しばらくの後、受付の女性がそう言うと共に、水晶から手を離す。
「それで……結果の方はどういったものですか……?」
「はい。シルワさんの魔力適性で最も強いのは金、光の二種類です。その後は順に、土、水、火、風、闇と続きます。金と光の組み合わせはかなり珍しいですが……3番目が土属性なので、錬金術等に向いている筈です」
「錬金術……」
「それでは、こちらをどうぞ。効き目が強めですので、そこだけは注意してくださいね」
そう言って渡されたのは、一枚の御札のような物。
なにやら呪文のようなものが書かれている。
「2刻程で、初めのランク認定試験の準備が整いますので、それまでお待ち下さい。それと、こちらが仮のギルドカードです。一週間程度で正式なカードが交付できると思いますので、後日お受け取りください」
「あ、はい、ありがとうございます」
それらを受けとって、受付を後にした。