昼前 森→街
森を歩くこと数十分。
「ん、こっち」
サーリャさんの先導で、賢者の家から続く細い遊歩道のような所を進んでいる。
そのサーリャさんは、自身の身長程の長さを誇る大型のクロスボウ……いや、もはや携帯型のバリスタと言うべきか。
「……ほんと、大きいクロスボウですね」
今しがた、その大型武器をいきなり放ったサーリャさん。新たな矢を装填しながら、道から反れて木々の間に入っていく。
置いていかれないように、その後へ続く。
「ん。あの大きさのニーダーヴォルフが出たから。もう出ないとは限らない」
「はぁ……」
あの狼、ニーダーヴォルフっていう名前なのか。
いや、低いって。
あきらかにオーバーな感じが相応しいだろうに。低地の狼って意味かもしれんが。
「……あった」
「これは、イノシシ……っぽいですね」
先導していたサーリャさんが立ち止まってしゃがむ。
そこにあったのは、大型矢に貫かれて絶命していたイノシシのような生き物。
体格はイノシシに似ているものの、色が微妙に紫を帯びている。
しかも、牙が異常発達しているのか、大きく太い。目も赤く濁りきった印象を受ける。
「ん、グローサー・エーバー。良く居る魔物」
「魔物ですか。なるほど、これが……」
始めてしっかり見る魔物。
サーリャさんが言うには最近、こういった魔物の出現頻度が激増しているらしい。
元々人間の手の届かない所にはよく出るらしいのだが、それを考えても多いとのこと。
魔物避けの御守を身に付けていれば街道上ではほぼ安全が確保できる筈だったが、ここ数ヶ月程度はそうでもなくなってきたらしい。
「シルワ、後ろ」
「えっ」
言うは速い。
腰から刃渡り30㎝程度のナイフを抜いたサーリャさんが、瞬時に私の背後へ跳躍。
振り返る頃には、そこにいたグローサー・エーバー……丁度こちらに飛び掛かって来ている所だったそれの横腹にナイフを突き立てていた。
普通のイノシシであれば心臓が有るであろう急所。それはこの魔物にとっても同じらしく、目から光が消える。そのままナイフを支点に運動方向を下向きにずらし、地面に叩き落とした。
「あ……」
完全に気を抜いていた。
もしサーリャさんと一緒でなければ、どうなっていたかは分からない。
仮にもあの速度で突っ込まれたら、容易く骨の1、2本はへし折られてしまうだろうから。
「ん、油断は禁物」
「ありがとうございます…」
「行こ……昼までには着くはず」
ここは普通の森ではない。
改めて、それを実感した瞬間だった。
背中にグローサー・エーバーの毛皮と肉、あとは魔物の心臓部……魔石と呼ぶらしい宝石状のモノを担いで、サーリャさんについていく。
あの後、ギルドや商人が買い取ってくれるらしいとのことで、手際よく魔物を解体したサーリャさん。
可能なら丸々持ち込む方が無駄にならなくていいらしいが、今日は狩猟を目的としていない。つまり、その為の準備をしていないので、手早く価値のあるだけを切り出したのだった。
二頭分のそれは中々の重量となるものの、自分がそれを背負う事にした。だって私、今のところただの足手まといだし。
「……そろそろ着くよ」
その言葉に顔を上げると、そこには森の切れ目。
切り開かれた先には複数の壕と、丸太で組まれた馬防柵のようなものがあり、その奥に街が見える。
「あれが、街……」
「ん、ブラウバルト市街……冒険者の街」
防衛上の理由だろうか。切り開かれ、草地となった所を進む。
土の露出しているだけの道だが、そこは多数の人に踏み固められたのだろう、しっかりと平坦になっている。
「サーリャさんも冒険者なんですか?」
「ん、そうだよ。本業は猟師……かな」
どうやら、あの森を拠点にして狩猟で生計を立てているらしい。
こちらの世界の猟師は、森に対して深い知識を持つ魔物駆除専門業者のような側面を持つらしい。
普通の冒険者が雑用に護衛、調査、傭兵、討伐と、ところ構わず動き回るのに対し、猟師は殆ど森の中で完結する。
また、基本的に斥候としての技能を持ち、街の冒険者パーティーが森を進むときの案内人としても重宝されているとのこと。
「そういえば、サーリャさんと賢者様って、どんな関係なんです」
そこで、気になっていたことを切り出す。
ご老人とイヌミミ少女……どうも親子には見えないから、親戚とかなんかだろうか。
そもそもイヌミミ種族と普通人間種族が分かれているとすれば、交雑したらどういうことになるのだろう。
脳裏に、メンデルのエンドウマメ交配実験が思い浮かぶ。
「なんだろ…」
しばらく考えたのか、少し視線を上に向けているサーリャさん。
「猟で手にいれた魔石とか素材、よく買い取ってもらってる。金払いが良い。あと、部屋も貸してくれるし……良い魔導具とか貰える時もある、かな」
話を聞く限りはお得意の卸し先だとか。思ったよりビジネスな関係。とはいえ、見た限りはそこまでフラットな関係でもなさそうだったので、良きパートナーといったところかもしれない。
魔導具とはマナ……いわゆる魔力を活用する器具や装備らしく、昨日身に付けていた御守も、広い意味では魔導具に分類されるらしい。
しばらく道なりに歩くと、簡素な木組みの門の前へとたどり着く。
周囲には疎らに人がおり、大抵は槍や剣、弓、そして杖を装備している。数人で組を作っている者が多く、おそらくはあれが冒険者パーティーというやつだと思う。
「待て、そっちのお嬢ちゃんは冒険者か、何かのギルド所属ではないのか」
そして門前。
槍を持った鎧姿の門番らしき男が、私の方を見る。
「ん……そうなる」
「では、一人分の入市税を払ってくれ」
「あっ……」
いわゆる中世ベースの世界なのだとすれば、そりゃ、まぁ……入市税とか関所税とかあるよね。
思い切り意識してなかった。
「りょーかい」
分かっていたらしいサーリャさんは、特に戸惑う事もなく小袋から硬貨を取り出してそれを支払う。
「あ、ありがとうございます」
「……?」
本当にもうお世話になりっぱなしだ。
これから冒険者ギルドに登録するのだから、せめて冒険者として、早くに自分の食い扶持は自らで何とかできるようになりたい。
そうすれば、賢者やサーリャさんに何らかで恩を返すことも可能になってくる……と思うから。
市境の簡素な門を抜けると、街だった。
街とはいっても、私の知っている東急田園都市線沿線と比べれ小さめの規模だが。
しかし、その規模の割には人が多く、活気が溢れている様子が見てとれる。
普通の人から、サーリャさんのようや獣耳と尻尾を持つ人、耳の尖っているエルフ的な人、がっしりとした多分ドワーフ。それら多種の、老若男女様々な人々が街路を行き交っていた。
その人々はざっと半数が武装しており、なるほど確かに、冒険者の街という趣。
街自体に目を向けてみれば、モノ的にはルネサンス期以降、産業革命直前……私の知っている世界でいう16世紀から18、19世紀の欧州文明が入り交じっているような印象を受ける。
それなりにガラスが普及しており、少ないが街灯らしきものもある。簡単に言えば、中世というよりかは近世。
その割には、史実近世並の公衆衛生の悪さ……という訳ではなく、特に悪臭が漂うでもない。むしろ、予想より良い方。
もしかしたらローマ帝国的な下水道システムが通っているのかもしれない。
「こっち、着いてきて」
その中に向けて歩き出すサーリャさん。
「あ、はい!」
人混みではぐれないよう、私はその後を突き進む。