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夜→朝 賢者宅


実は全部がこの人達の狂言で、何も知らない自分はまんまと騙されているんじゃないだろうか。

確かに私は日本語を話している。

記憶が無く、他の言語を習っていたかは分からない。けれども、そもそも帝国成語なんていう言語は、知る限りでは存在しない。


「私がその……帝国成語…を、話してると?」


「ん、完璧に」


どういうことだ。

仮にここが異世界で、帝国成語が存在するのだとしても、自分はそれを知らない筈だ。


「日本語の筈……日本語…赤巻き紙青巻き紙黄巻き紙…」


「……青巻き紙?」


「あぁ、いえ、早口言葉で……ん?」


何の気なしに口走った早口言葉。それを復習したサーリャさんに違和感を感じた。


「あの、すいません。一回“農奴”って言ってみてもらって良いですか」


そう言いながら、サーリャさんの顔をじっと見つめる。

薄いながらも、僅かに不思議そうな表情を見せるサーリャさん。


「?……農奴」


「!」


やっぱり。


発音と発話が()()()()()()()


農奴(no-do)と日本語で言うなら、口の形は必ず母音のo、五十音でいうオの段の形になる筈だ。

しかし、今のサーリャさんの口の形は、明らかに複数種類の段を含んでいるものだった。


「ということは……私の聞こえ方が違う、と?」


「?」


本来の音に置き換わるように、日本語音声が被さる。

さながら映画の吹き替えのような状態……ということなのだろうか。

そうだとすれば、私の日本語が何らかの作用によって帝国成語とやらに置き換わっていれば、意志疎通に支障は無くなる。

互いが互いに、解る言語で話してるように聞こえることだろう。


「はぁ」


流石に説明の着けようが無い。やはり異世界なのだろうか。


「……よく分かんないけど、寝た方がいいんじゃない?」


「そうします……」


もうダメだぁ……今日はもう何も考えたくないね。よし、寝よう。



サーリャさんが、部屋を出ていく時にランプの灯りを消す。

暗闇に包まれた部屋の中で、私はゆっくりと意識を沈めていった。







―――――――――――





朝、二度目の目覚め。

瞼越しに感じる日の光で覚醒した私の意識。


「んん……やっぱり夢じゃなかったかー……」


目の前の光景は相変わらずに、この訳の分からない世界のものだった。


「っ……と、おぉ、いい感じ」


体を起こして、床に脚を下ろす。

ベッドからそっと立ち上がり、掌を握ったり開いたり。脚を上げたり、腰を捻ってみたり。

うむ、体調に関してはほぼ完璧。清々しいくらいの目覚めだ。

この御守(タリスマン)とかいうヤツのおかげだろうか。ちょっと作り方が知りたい。


「……とはいえ、やっぱり()()か」


改めて自分の体を見る。

手足が細い、そして白い。触ればすぐに折れそうな、繊細なガラス細工を思わせる肢体。

そして、腰まである長い髪。透き通るような薄い銀のそれは、朝日を受けて僅かに金にも見える。グラスファイバーの束みたいな……いや、例えが悪すぎる。えーと、プリズムみたいな不思議な雰囲気の髪色。


顔も、先日に水鏡で少し見ただけだが、それでも印象に残る造形だった。

幼さが目立つものの、いわゆる美少女というやつ。人形みたいな、現実感の無い美少女。

詳しく言うとすれば、コーカソイド系の各遺伝子グループを混ぜこぜにして、中央値目指して割ったような感じ。

その割には、もう少し肌が濃ければポリネシア、ミクロネシア系と言われてもそんなに違和感を感じない不思議な顔。


元の自分がどんな容姿だったかは思い出せないものの、少なくともこんなファンタジックな見た目はしてないと思う。

いや、その前に男女どちらかも分からん。生活の記憶が全くエンプティ。


「起きてたんだ」


そこにサーリャさんがやって来た。

立ってみてわかったものの、サーリャさんは結構小柄。今の自分よりも少々低い。


「あ、おはようございます」


「ん、おはよ。……来て」


挨拶と同時に、着いてくるように促したサーリャさんは、足早に部屋を出ていった。

その時に見えた。

サーリャさん、尻尾も生えている。暫定的にイヌミミと呼んでいるものの、雰囲気的にはシンリンオオカミっぽい。


「異世界だとしたら、あれも……本物?」


促されるまま部屋を出ると、そこはダイニングルームらしきところだった。

簡素な木のテーブルに椅子、奥にはレンガ積みの……おそらくキッチン的なのが見える。

テーブルの上には三人分の食事が用意されている。


「おぉ、起きたか。調子はどうじゃ?」


「あ、おはようございます。おかげさまで、とてもいい感じです」


テーブルでは既に賢者、アルデバランさんが席に着いていた。

サーリャさんがそのまま席に座り、私もその隣に座る。


「では、精霊に感謝を」


「ん……精霊に感謝」


……?

精霊に感謝……「いただきます」みたいなものだろうか。

とりあえず真似ておく。


「せ、精霊に感謝します」


改めて目の前の食事を見る。

パンと干し肉、そして何かのカップ。食事としては割りと質素な方。


とりあえずカップに口をつける。

酒だ。

アルコール度数自体はかなり低そうなものの、恐らくエールだ。

続いてパンを食してみる。

固い。

少なくとも、知ってるパンよりはかなり固い。保存の為だろうか。


「すごい中世的アトモスフィアを感じる…」


そういえば、中世期のヨーロッパ社会において食事は基本、昼と夕の二回が理想とされており、農民等の労働者だと朝は摂るものの、ごく軽く済ませるだけだったらしい。

本格的な1日3食文化は、かの発明王トーマス・エジソンのトースター販売戦略から始まったとかなんとか。


ザ・中世。

これはあれか、やっぱりいわゆる異世界転生モノなのか。


パンを口に運びつつ一人で悩んでいると、賢者がこちらに視線を向けた。


「さて、お嬢さん……と呼ぶのもあれじゃのぅ。とはいえ、名前は覚えておらんのじゃろう」


「はい、まだ思い出せないです」


「名前が無いとなると、いろいろと不便じゃ。仮にでも着けた方がよかろう」


賢者の言うことは最もだ。

帰れる保証が無く、その見込みも無い以上、いつまでも名無しと名乗る訳にもいかないだろう。

とはいえ、名前……あまり変な名付けはしたくないものの、そもそもどういった感じにすれば妥当なのかが分からない。

サーリャやマリーの例にとる限り、現代ヨーロッパ的な名前が一般的に用いられてるとは思うが、ある程度候補を出してみても、どうもしっくり来ない。


「うーん……名前、ですか」


「そうじゃな……“シルワ”はどうじゃ?」


「シルワ……」


賢者が提案したその名前が、何故かすごいしっくり来た。

どの言語とも被らない不思議な音だけども、そんなに悪い気はしない。


「精霊祖語で“森”という意味じゃ」


精霊祖語、また新たな言語が出てきた。

祖語というからには、相当古いものなのだろうか。


「その、精霊祖語とは……?」


「精霊達が使う言語とされておる。この精霊祖語が、長い時を経て今の帝国成語となったのじゃよ」


「なるほど…」


「……ま、いいんじゃない」


サーリャさんもそれなりに良いと言っていたので、私はこれから本来の名前を思い出すまで「シルワ」を名乗る事に決めた。

ちなみに、ファミリーネームが必要になった時は「シルワ・カエレスティア」と名乗る事になっている。これも精霊祖語で、神聖なとかそんな感じの意味合いらしい。


「さて、本題に入るとするかのぅ」


名前が決まって、ようやくといった様子でそう賢者が口を開く。


「シルワよ。お前さんが思い出せる、一番最初の記憶は何じゃ」


一番最初の……中央林間駅に続く路線、が時系列的には最古なのだろうが、そもそも本当にその路線で電車を利用していた事を覚えていた訳ではない。

どちらかというと、一番最初に単語として浮かんできたから、多分乗っていたのだろうという推測に近い。あくまでもただの勘である。


「サーリャさん達と遭遇する少し前に、森の中で立ってました」


「ふむ……」


「丁度その頃、森の魔力が大きく乱れたと感じたのじゃが……何か心当たりはあるかの」


「……分かりません」


魔力の乱れ。

もしかすると、この異世界転生が何か関係あるのかもしれないが、自分では判断がつかない。


「そうか……」


少しの間考え込んだ賢者は、懐から1枚の封筒を取り出した。


「サーリャよ。シルワを連れて街に行ってくれんかの。教会にコイツを渡してもらいたい。それと、シルワを冒険者ギルドに登録させ、適性を調べてもらうのじゃ」


「ん、りょーかい。……オジサンが調べればいいんじゃない」


「ワシはこれから浄化と……この件の調査の為に深層へと赴く。暫くは戻れぬやもしれんのぅ」


「ふーん、わかった」


「街に……」


何やらトントン拍子で話が進んだようで、私はサーリャさんと一緒に街に行くことになった。

その話の中には「冒険者ギルド」という興味深いものも出てきている。


街……もしかしたら、今の状況に関する何かを掴めるかもしれない。

私は残りのエールを、喉の奥へ流し込んだ。





自分で小説書き始めて分かりました。

毎日更新できる人凄いですね。

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