昼 冒険者ギルド 裏庭
結局のところ、詳しいことは良くわからなかった。
他の錬金術士達が記したレポートや記録にも、その手の物質の根源的な有り様を認識している者は居ないらしい。
ただ形作るように、ただ魔術式を練り込むように。
この世界における原理とされる七大元素と四原質……七大元素は属性と同じく火、水、土、金、風、光、闇。そこに四原質の冷、暖、乾、湿。
これらが織り成すこの世界の法則を認識し、その元に術を為しているとのことだ。
「これらの法則に触れて、それを自分で動かす事こそが魔術の真髄んね」
返信の手紙を書き終えていたロリアさんが、両手を腰に当ててそう解説する。
私はその法則を、この世界を成り立たせるその世界観を認識することができなかった。
「……やっぱり駄目です。元素属性も、原質も感じないです……」
本日幾度かの錬金術、変形を経てそう口を開く。
何度やってみても、見えるのは原子論的な元素……電子、陽子、中性子……ついでに電磁波や磁束も。もう少しすればゲージ粒子も見えそうな気がしてきた。
とはいえ、そもそも錬金術はこの世界の法則を元に行使する術なのだ。
それを、元の世界の法則に侵食されながら為すのは……大工が立派な屋敷を建てている横で、見よう見真似でレゴブロックを組み同じ屋敷を建てようとするようなものだ。
労力は掛かるし、マトモなものは出来ない。
「んー、やっぱりシルワちゃんの言う概念はほぼ哲学的なものなんね。これは賢者様に聞くしか無いかなー」
「…と、とりあえず。今日はこのくらいにしましょう!また明日からシルワちゃんに合う魔術を探すの。焦らなくても良いのよ」
「あ、はい……」
取り繕うように明るい声を出すマリーさんを見れば、そもそも自分は魔術自体に向いていないのだと予想できる。
「やっぱりダメか……」
「まぁ、魔力自体の操作はいい感じなんね。注入型の魔導具を使う分には問題ないっしょ。後は練習練習!」
それはまぁ仕方ないとして、少々期待を寄せていた魔術が不得手と分かれば、これからどうするのかという問題も見えてくる。
俗に言うチート魔術等がなければ、直ぐ様冒険者として身を立てるのは難しいと思われる。この体じゃ剣も難しいだろうし。
電子ビームに関しては、直ぐに壁にぶち当たった。
それを為すに必要なだけのエネルギーが無かったのだ。
魔力から運動エネルギーを生成することは出来なかった。
物質制御に魔力を全投入しても精々野球ボール程度の運動エネルギーを加えることが関の山。
錬金空間内の気体分子の運動エネルギーを全て集めて利用するという荒業もやってみたものの、とても足りない。代わりに絶対零度気体が出来たけども。
武闘派錬金術士の中には、大量の剣を生成し、それを巧みに飛ばし、操り戦う者もいるらしいが、私には無理そうだ。
このままサーリャさん達のお世話になるのが関の山。大変心苦しいし、そもそも役立たずとして追い出される可能性もある。
そんな不安を覚えた私は、チラリとサーリャさんの方を見た。そんなサーリャさんは、特に何を言うもなく。
「……ん、そろそろ……試験の時間じゃない?」
――――――――――――――
「では、実技試験を始めます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
私は今、ギルド裏の広場にて木剣を持ち立っている。
10メートル程先には、同じく木剣を装備した先程の受付のお姉さん。
改めてよく見れば、ネコっぽい耳と尻尾が見える。茶トラのジャパニーズボブテイルっぽいやつ。
何故こんなことをしているかというと、これがギルドにおける実力を測るための試験だからに他ならない。
初めに筆記試験があり、そちらの方は四則演算と簡単な初等数学、そして読み書きに関するものだったので、特に問題は無かった。
その後、魔術や精霊術を主に使うのかと聞かれた際、いいえと答えた結果こうなった。
つまり私は近接戦闘の実力を測る試験に突っ込んでしまったのだ、まったく経験も無しに。これならまだダメダメ錬金術を見せた方が良かった気がする。
過去に何か武術やってた可能性はなきにしもあらずだが、覚えてないし、そもそも現代人が習い事でできるような物がこっちで通用するとも思えない。
そんなこんなで、訳も分からずに手渡された木剣を手に取っていた。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。ラルカ・マルツェと申します。それなりに腕はあると思ってますので、ただの受付嬢だと侮らないで下さいね」
「あー、はい。そのつもりです……」
どう考えても侮れる訳がない。
試験の教導を勤めているということは、逆説的に他者の実力を測れるくらいの力を持っているということに他ならない。
そもそも、華奢な人が凄く強いってのはファンタジーひいてはフィクションではお馴染みの方程式である。
その方程式が自分には当てはまらないのが残念だ。
「では、試験を始めます」
木剣を片手で持ち、刃先を下に向けたまますっと立っているラルカ・マルツェ氏。
見掛けは立っているだけだが、油断は出来ない。あれだね、あれ。隙だらけに見えるけど実は隙が無いっていうバトルモノでよく見かけるやつ。
「……どうしました、来ないのですか?」
出来損ないの剣道のような姿勢で木剣を構えながらそんなことを考えていたら、ラルカさんが僅かに疑問を浮かべた表情を見せる。
そんなこと言われましても……
とはいえ、行かなければ試験にならない。
「!」
一気に走り出す私。
剣では恐らく勝負にならないだろう……しかし、私には秘密兵器がある。
それは、右手の中に展開した錬金空間に貯めた電子だ。これを勢い良く流せば、スタンガンと同じ効果が得られるだろう。
後は剣を囮に肉薄し、この右手をラルカさんに近付けるだけ。
「はぁーーっ!」
気勢を挙げて突撃、全身全霊を以て踏み込むべし。
「……はい、わかりました」
次の瞬間、視界が大回転した。
手と背中に衝撃。視線の先には広い空が見える。
「えっ……」
いつの間にか私は倒れていた。
呆気にとられながら上半身を起こすと、向こうに今まで握っていた木剣が落ちている。
一方、何事も無かったかのように側に立っていたラルカさんが、私の首に木剣の刃先を突きつける。
えーと、つまりは……
「……降参します」
そうとだけ言って、私は両手を挙げた。