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コル


「ん、遅くなった」


扉を開けて、入ってきたサーリャさん。

荷物は少なく、どうやら無事に全て卸せたようだ。


「おーサーリャちゃんおひさー!今日も小さくてカワイイんね!」


「ロリアの方が小さい」


サーリャさんは手近な椅子を引くと、特に遠慮もなく座る。


「んでー、最近森の方はどんな感じなんね?魔物とか多いっしょ」


「ん。今季になってからかなり多い。強いし」


「この前も、ニーダーヴォルフが出てくるまでにも、かなりの数の遭遇がいたのよね」


「やっぱりなんねぇ……」


「でしたら――――」


「それだと―――」


幾らか言葉を交わしてから、悩むように黙り混む一同。

このまま聞いているだけでは何も分からない。そう思い立った私は、思いきって聞いてみることにした。


「……えっと、何があったんですか?」


「んー、このままじゃ数ヶ月以内に“アレ”が起こるんよ」


「アレ、とは……?」


聞き返す私。

それを正面から見返し、その視線に真剣なものが混ざるロリアさん。

そして、その口が開かれる。


魔種大規模氾濫(スタンピード)




突発的魔(ザ・フラッディング)種族大規(・オブ・モンスターズ)模氾濫(・スタンピード)…………通称スタンピード。

ロリアさんの話によれば、何らかの要因で大量の魔物が発生し、それが大規模な群れとなって人の居住地へと侵攻してくる現象らしい。

原因はよく分かっていないらしいけれども、急激な浄化の後に魔物が激増、それがスタンピードとなった記録はそこそこあるとのことだ。


とにかくこれが発生した場合、その周辺地域一帯にとってはまさしく滅亡の危機であり、極力避けることが望まれている。


「んー、こりゃさっさと逃げるのがいいかもしれないんねぇ……」


「ロリア先輩!」


「んっんー、冗談冗談」


ロリアさんは軽めの口調でそう言っているものの、ここら辺一帯が滅亡するかもしれないとなれば、その口で事の重さを隠すことは出来ない。


「その数ヶ月以内で、何かしら対策とかは出来ないんですか?」


「まーねー、とりあえずはウチの上の方とか……あと冒険者ギルドと領主に話を持ち込んでみるんね。明日明後日にすぐやってくる訳じゃないから、防衛線を張るくらい十分可能っしょ」









賢者へと返信の手紙を書くようで、ロリアさんは奥の部屋へと入っていった。

残された私達3人、少なくとも軽くはない空気が流れている。


「そうだ、せっかくだからコルディス札試してみない?」


そんな空気を紛らわすように、マリーさんが明るい雰囲気の声色を出す。


「コルディス札というと……これですか」


「そう、それ」


私が懐から取り出したのは、先ほどギルドで貰った魔法の御札。

なんでも、精神世界に入るとか何とか。


「シルワちゃんはまだコルを知らないのよね。その状態でニーダーヴォルフを倒したのは凄いことなのだけれど……このままだと魔術の暴発の危険があるの」


「暴発、ですか?」


「そう、暴発。才能がある人は、コルで自己の魔術を理解しなくても、なんとなくで使えることもあるそうなのだけれど……理解していない分、制御も効かない場合が殆どなの。それで、制御できなくなった魔術は大抵、使う本人を巻き込むことになる……」


「うっ……」


だとすれば、あの時の私は大分綱渡りなことをしていたのかもしれない。

例え何であろうと、あの大きさの猛獣を一撃で仕留めるだけの攻撃力が自分に向いたら……そう考えると、肝が冷えた。


「という訳で、今のうちにやってしまった方がいいと思うの」


「そ、そうします」


一度は上手くいったものの、次も上手く行くとは限らない。この世界では何が起こるか分からない。それは、あの狼の時に学んだ。大人しくやっておくのが吉だろう。

それに、魔術はちょっと興味ある。


「じゃあ……と、ここに寝て」


「あ、はい」


幾つかの椅子を引き、くっ付けたマリーさんはそう私に促す。

私は、言われるがままにそっと横になった。木面が剥き出しの天井が目に入ってくる。


「いつも夜寝るように、リラックスして……そうしたら、意識がはっきりしてる夢みたいな形でコルに入れるから、あとはそこで自分なりの魔術を編むの」


「えっと、入ってからどうするとか、具体的な編み方とかは……」


「それは、人それぞれなの。だから、しっかりと「こうすればいい」「あれをするべきだ」とは言えないの」


困惑する。

確かに、深層心理となればその構造は人によって違う。恐らくだが、その人の経験や知識、性格、思考などによって形作られているところなんだろう。

だとすれば、記憶がない私はどうなるのだろうか。


「でも安心して。コルはあくまでも貴女の内面、どうすればいいかは、シルワちゃん自身が教えてくれる筈よ」


仰向けに寝た私の胸の上にコルディス札が置かれる。

ゆっくりと、深い眠りに落ちるように音が遠退き、やがて私の意識が途切れる。



そして、私は眠りについた。







一つ、気になる事がある。

私が、あの狼に、何をしたか、だ。


意識を失う直前のことについては記憶が朧気で、自分が何をどうやって狼を撃退……話を聞くところによると、一撃の元に殺傷したのかが分からない。


しかし、手掛かりはある。

意識を失う前、唐突に理解したあの“モノ”

レプトン。負電荷。スピン角運動量1/2、フェルミオン。

これに該当するものといえば……思い当たる範囲ではひとつある。


最も身近な素粒子の一つ……電子だ。


全てのモノは電子によって結合し、形を保っている。

モノに“触れる”のも、表面の電子同士の反発によるものだ。

とても小さい素粒子ではあるものの、これが無ければ私達の世界は成り立たない。


私はその電子を投げた。

無論、極めて軽い素粒子である電子をそのままの意味で投げても、100ナノメートルそこらで大気分子と接触し、あらぬ方向に拡散していくだけだろう。

それを狼まで届かせた。

届かせ、吹きとばすのに必要な速度と指向性を持たせたとすればそれは、超大強度の電子ビームとしか言いようが無い。


不意に感じたあの生臭さ……あれは多分、電子ビームと大気との反応によって生じたO3(オゾン)によるものだろう。





そこでふと、自分が小さな部屋の中に立っていることに気が付いた。


広さは大体八畳。

コンクリート打ち放しの壁、フリーアクセスフロアのパネル剥き出しの床、蛍光灯がぶら下がってるだけの天井。窓は無い。

背後には鉄製の扉。ドアクローザー付きの、オフィスや公共施設なんかでよく見るタイプの。


「ここが、コル」


部屋の奥、その中央には鉄製のオフィスデスク。その上には白いデスクトップPCが一組。既に起動している。


「現実的すぎて逆に怖い……」


コンクリートの圧迫感というか、あまりにも殺風景なその空間にうすら寒いものを覚える。

心の中とか言うから、もっとこうサイケデリックに理解不能な感じの所だと思っていた。


「いや、まぁ……普通の人だとこんな感じなのかな」


不気味ではあるものの、会社勤めの日本人にとっては極めて身近なこれらは、心の中を写すものとして確かに納得できるものではある。


「とりあえず、あのPCかな」


なんの変哲もないオフィスチェアに座り、PCと相対する。

暗い青の光を放つデスクトップ……“田”に似たマーク。

――――――窓だ、完全に窓10だ。


「操作方法も同じ……ここ本当に心理世界?」


マウスを手にとって動かすと、その通りにカーソルも動く。


「えーと……何かファイルが」


カーソルを動かしながら、デスクトップ上に存在する幾つかのファイルに目を通す。


“ステータス_パラメータ”


と題されたファイルの中には


“パラメーター.txt”

“スキル.txt”


と題されたテキストファイルが入っていた。

その両方を開いてみる。



――――――――――――――

【パラメーター】

電子:

[総与エネルギー量] 237.568 MJ

[直接破壊力] 52.124 TNT換算㎏

[最大出力] 216.083 MW


(300m,1013.25hPa,15℃,)

(大気エアロゾル粒子を含まない標準的な乾燥大気中での数値)



【スキル】

・マクスウェルの悪魔

・ラプラスの魔物

・シュレーディンガーの猫

――――――――――――――



……なんだこれは。

とりあえずはパラメーターの方。

総与エネルギー量は恐らく、素直に意味をとれば目標に与えるエネルギー量の事なのだろう。

直接破壊力は……単位がTNT換算であるから、多分目に見える破壊力を表しているのだろう。

最大出力は、そのままの意味だと思う。単位がW(ワット)なので、つまりは秒間約216MJ(メガジュール)を出せるということなのだろうか。

この最大出力が、総与エネルギー量に掛かっている数値だとすれば、最大出力でビームを撃った際の照射継続時間は1秒ちょっとということになる。


その下の数値については、この数値が一般的な大気中においてのものであることを表しているのだろう。

300メートル……これはよく分からない。多分射程距離の事なのだけれども、最大飛程なのか有効射程なのか、それとも反応が最大値になる距離なのか。

まぁ、とりあえず300メートル先まで届くということにしておこう。

TNT換算で約50㎏、炸薬量だけで考えるならば戦艦の主砲弾とほぼ等しい。これがこの世界においてどれほどの意味を持つのかは分からないが、少なくとも、気軽に扱って良いものではないということは覚えておく。




で、スキル。

これについてはほぼ意味が分からない。

マクスウェルの悪魔も、ラプラスの魔物も、シュレーディンガーの猫も、それ自体は知っている。

しかし、これらはあくまでも思考実験の事であり、その名前を持つスキルが何を意味するのかなど知りようもない。


文字列をクリックしたりするものの、普通のテキストファイルの如く何の意味も成さなかったので、とりあえず意味を探るのは保留にした。


「分かったような分からないような……」


テキストファイルを閉じ、デスクトップに戻る。

そして、もう一つの方のファイル


“魔術”


を開いた。

中には、圧縮されたファイルが一つだけ


“錬金術.zip”


すかさず右クリック、解凍を選ぶ。

それによって新たに展開されたファイルの中に、それはあった。


「……これだ」


根拠は無いが、確信めいた感覚。

「錬金術」とだけ題された形式不明のファイル。それをクリックする。

すると出てきたのは


“このアプリが____に変更を加える事を許可しますか?”


という確認ウィンドウ。

こんなところまで再現されているのか。まったく、記憶を失う前の自分はそれほどPCを使う事をしていたのだろうか。


「えーと、はい、と」


クリック。

次の瞬時、一瞬視界が暗転した。


「!?」


頭を走る何か、自身の内面に何かが刻み込まれていく感覚。

これが、魔術を編むということなのか。


しばらくして感覚が収まる。

改めてPC画面に目を向けると、そのデスクトップには、新しいショートカットアイコンが存在していた。


「錬金術……のアプリ」


ダブルクリックでそれを開く。

出てきたのは、「electron」とだけ題されたチェックボックスが一つのみ。

electron、つまり電子だ。


「電子を生み出すことができる、ということかな」


少し戸惑いながらもチェックをつける。

しかし、インストールの時ほどの目に見える変化は無かった。


「……これでいいのかな?」


よく分からないまま、席を立つ。

色々と疑問はあるものの、そのまま振り返ることもなく私は、ドアノブに手を掛けて、扉を開いた。








「……ん」


「あ、起きた」


目を開けると、光が飛び込んできた。

同時に見えたのは、質素な木の天井と、こちらを覗き込むサーリャさんの顔。


「シルワちゃん、体調はどう?」


ゆっくりと椅子から起き上がると、マリーさんもこちらに寄ってきた。


「あ、はい。大丈夫みたいです」


「魔術はどう?ちゃんと刻み込むことはできた?」


「えーと、多分、何か書き込む感じのことはやったので」


さすがにPCやインストールについて言っても伝わらないことは目に見えているので、それとなくニュアンスのみを言うことにした。


「ふふっ、なら成功ね。おめでとう、シルワちゃん」


「えへへ……」


マリーさんの称賛、ちょっと照れる。


「どうせだし、魔術使ってみれば」


横から見ていたサーリャさんが、そう口を挟んでくる。

確かに、とりあえず使ってみて、どういうものなのかを知りたい。


「そうね、それがいいと思うわ。シルワちゃん、大丈夫?」


「はい、やりたいです」


返事を返す私。

その様子が微笑ましかったようで、マリーさんが笑顔を浮かべている。


「なら、サポートは任せてね。初めてだから、私が手伝ってあげる」


マリーさんの手が、私の両肩に乗る。


「目の前に意識を集中して……錬金術はまず、錬金のための工房になる“場”を作るの」


「は、はい」


言われた通りに、両手の平を目の前に出し、そこに意識を集中させる。

そうすると、何か不思議な力が手の平を出て、そこに集まっていく感覚を覚えた。


「そう、上手。それがマナよ。そのマナの場で、マナを金属に変換するの」


耳元で囁くマリーさんの優しい声。

言われた通りに、私は意識を集中させ、マナの変換をイメージする。


「ん……あっ」


出来た。



出来たが、その成果物は金属ではなかった。



それは、おそらく私以外目に見ることは出来ない。もっとも身近な素粒子。

それは、空気中に微妙な電位差を生じさせ、小さな火花を生む。

…………それだけだった。


「あ、あの、マリーさん」



「シルワちゃん……大丈夫よ。練習を、重ねて大成した魔術師も多いのだから」







マリーさんの声は、先程までのように明るくはない。

それは哀れみ、もしくは同情を含んだものだった。









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