表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

夜 森 深部

気がついたら、森の中に居た。




いきなりなんだと言われても、自分にも分からない。

薄暗いのは夜だからだろうか。

辺りを見回してみるものの、その全てが鬱蒼とした草木に覆われている。

聞こえるのは風が吹き、枝葉が揺れる音のみ。人の出すような喧騒は全く聞こえない。


おかしい。

ほんの数分前まで、街のど真ん中に居たはずだ。

もしかして寝過ごしているうちに中央林間まで来ちゃったのか。

……いや、そもそも中央林間は名前ほど林間ではない。


とにかく、あそこからちょいと動いて到達できるところに、こんな深い森は無い。


「意味が分からない」


あまりの状況に口を開くと、可愛らしい少女の声が聞こえた。


「え、何これ?」


いや、正しくは聞いたのではない。そもそもここには自分一人しか居ない。


「声が、変に、なってる?」


その少女の声は、自分の口から出ているものだった。


「いやいやいやいや」


明らかに年端も行かないような高く澄んだ声。

よく見れば、自分は今白いワンピースのような服を着ており、そこから伸びる自分のものであろう手足も、この声にふさわしいであろう細さと白さを見せていた。

その視界の端には時々、腰まであろうかと思える長さの銀の髪が、月明かりで透き通るように光ながら揺れている。


「……明るい」


ふと気になり見上げた夜空には、満点の星の他、見慣れた大きさの数倍はあるだろう、明るい月が浮かんでいた。


「一体何がどうなって…」


訳も分からないまま当てもなく歩く。

見知らぬ森の中で遭難したに等しいものだったが、なんとなく、じっと救助を待っていられる状況でもないと感じていた。


幸いにも、強い月明かりによって暗さに困ることは少なかった。

とはいえ、何の目印もない森の中において、それだけではもどうしようもない。

地面の傾斜はほぼ無い為、山の上という訳ではないらしい。

詳しくは分からないが、オークやブナっぽい高木が目立ち、地面の方にはミズゴケのような植物が見える。

その反面、低木はそこまで見掛けない。

雰囲気的には青木ヶ原樹海の遊歩道に近いが、足元は溶岩が固まった大地ではない為、歩くのに支障は少ない。

藪に邪魔されないのは良かったが、植生からするとそもそも日本じゃない可能性も出てきた。


とうしようか…。


悩みつつもどうしようもなく頭を抱えていると、微かに、パシャパシャと小さく水の弾ける音が耳に入った。


「……川?」


もしそうなら光明が見える。

川を下流に向かって辿れば、その流域には人が住んでいる筈だ。河口まで行けば街に出られるかもしれない。

自分の体がどうなったのかという問題もあるが、その前に遭難死してはどうしようもない。


音の方向にしばらく歩くと、はっきりと水の流れる音が聞こえてきた。


「……やった!」


予想通り、そこには小川が流れていた。

岩の間を蛇行するように流れている小さなそれは、おそらく水源の直ぐ下流。

その場合、かなり森の深いところにいることになるが、当てもなくさ迷い歩くよりは幾らもマシなのは確かである。


あとはこれを流れにそって辿っていくだけ。

環境からすればシベリアやアマゾン、北アフリカなんかの僻地ではない筈なので、最悪踏破する前に垂れ死ぬ事は無いと思う。多分。


目的ができればあとはオーケー。

心なしか足取りも軽く、流れの脇を突き進む。不思議な事に、慣れていない筈の森の中を、かれこれ1時間程度は歩き通しだというのに疲労は少ない。アドレナリンでも分泌されているのだろうか。



そうやって暫く歩いていると、辿っていた小川は幾つか他の小川と合流し、幅10m程度の河川となった。

夜なので水質や深さは分からないが、流れの方はとても穏やかで、心が落ち着く。


「………ん」


そこで、ふと喉の渇きを覚えた気がした。

何となく川縁に座って水に手を入れるものの、悩む。


「浄水されてない生水、だろうなぁ……」


自然溢れる森の中とはいえ、それを口にして良いのだろうか。

土壌に浸透した鉱毒やら、微生物やらの危険もある。自然物を利用した浄水の方法もあるものの、流石に夜の暗がりの中で材料集めは厳しい。

まだ命の危険を感じる脱水ではないのだから、生水を摂取する危険を犯さず、一気に街へ出てしまった方がいい場合もある。


そこで、ふと水面に映る自らの顔が目に入った。


「…………おぉ……」


普通より明るい月明かりによってはっきりとした像を結んでいる水鏡には、夜風に銀の髪を棚引かせ、クリクリとした目を見開く驚いたような表情の、可愛らしい女の子が映っていた。

幼いながらも整った顔立ちは、纏う雰囲気に少々現実感が無いように思う。


自分の顔に手を当てて詳しく診るように触る。

当たり前のように、水面に映る女の子も同じ動作を行う。


「あーはいはい、まったまった……えー、いやいや」


女の子になってしまった。


あえて考えないようにはしていたが、手足や声がああなってる以上、顔が…というか全身そのものがそうなっているだろうとは簡単に連想できる。


知らない間に全身整形でもされてしまったのだろうか?

だとしても、身体バランスまで大きく違うのは不自然だ。

どう考えても元の自分とは







まった。






………………元の自分って、どんな体型だったんだ……?


そもそも…………私は誰なんだ?







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ