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ハイタッチ  作者: 笹木道耶
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Scene 3-1 季節は、秋

Scene 3-1 季節は、秋


     ◆


「はいっ、はい。どうもありがとうございました。それでは、失礼いたします」

 コトッ──。

 わたしは受話器を置いた瞬間、両手をあごの下で、右手で左手の拳を包み込むようにしたまま小さくうつむいて、目を閉じて、一つ大きく深呼吸をした。

 『それでは年明けからの本格稼働ということになりますが、よろしくお願いいたします。』

 今回が初めての連絡ではなかったし、打ち合わせにも行ったのだけれど、「本業持ち」でもあることだし、きっと最終的には敬遠されるだろうな、と思い込んでいた。

 それが──。

 これまで、ちょっとした縁で、市や周辺の自治体、関連団体のパンフレット、リーフレットなどのイラストのお仕事を、ほぼほぼボランティア的な感じではあったけれど、副業でさせてもらったことが何度かあった。

 いずれもサラッとした万人向け──よりは若干は今風な画風のイラストがウケたのか、一部で話題になったりして戸惑ったりもしてたのだが、まさか民間の、しかも本格的なクリエーター業界から、まとまった形での仕事の依頼があるとは思ってもみなかった。

 自治体の仕事は基本的にオリジナルで行く必要がある代わりに、精密に描き込む必要がないので、「本業」があってもあまり影響はなかったし、名前も出ないのでやりやすくはあったのだけれど、まさか、そっち方面の業界人に目を付けられるとは思ってもみなかった。

 わたしは、趣味のイラストレーターとしては人物中心だけれど、建物や自動車、木々や花など自然をデフォルメして描くことも必要で(公からの仕事ではそういうのが必要になる)、いろいろな絵を描いてきてはいたのだが、それも含めて目にとまったらしい。

『報酬は払いますから、『本気で』精密なイラストを、一度書いてみていただけませんか? 弊社としても、すごく見てみたい──』

 まさかそんなふうにまで言われるなんて、まったく思っていなかった。

 実際、絵が上手い人なんて星の数ほどいるし、自分の『表向き』の画風はそういうのと張り合えるタイプではなかったはずだった。

 そんな中で、何がそんなに気に入られたのかも良く分からなかったのだが、それでもそこまで言われれば腕試しをしてみたくなったし、ある意味非常に大きな「チャンス」が転がり込んできた──としか言えないような状況であるのも理解できていたので、ダメ元で話に乗ってみたら、まさかの「合格通知」である。

 同人誌即売会のような催し物に参加するだけの気合も意欲も人脈もなかったわたしの身に、こんなことがあるなんて──運命(?)とはおそろしいものだ。

 しかし、何にしても、対外的に、そして客観的に自分の、それもオリジナルの作品が認められたという事実は、わたしには言葉に表すことのできないぐらいに嬉しいものだった。

 「本業」がある中で、素直に喜んでいいのかどうか迷いもあったのだけれど。

 それでもやはり、すごく嬉しかったのだ。

 とても、今の状態では家でじっとしてなんていられない。

 この喜びを誰に伝えようか──。

 「現実」と折り合いをつけるためには、会社を辞めないといけないし──冷静な頭の人と話がしたい。

 とすると、思い浮かぶのは、両親、兄、妹、由乃ちゃん……。

 ……そうだった。

 今日は由乃ちゃんはカレ、樋渡さんとデートなんだった。

 わたしのことで邪魔しちゃ悪いかな? 今彼女のケータイに電話したら、デートをダメにしちゃいかねないぐらいしゃべっちゃいそうだ。

 なら……。

「トゥルルルルー、トゥルルルルー、トゥルルルルー……」

 ちょっとなんでえっ!?

 いつも土曜は暇にしているくせに、どうして今日に限っていないのよ! ヨシィのヤロー。

 ……この後、両親にも妹夫婦の家にも電話してみたが、いずれも留守電につながった。

 なんだ? 今日暇なのはわたしだけか? 

 …………。

 わかった、わかったわよ! 

 わたしも外に出りゃあいいんでしょ、出りゃあ。

 わたしは外出するための服を選びながら、どこへいこうか、ということにも頭をめぐらせた。

 二週間後にはもう一度打ち合わせが待っている。そこには何点かのラフくらいは持ち込まないとまずい。

 いろいろな挨拶とかもあるらしいし、洋服を新調しに行った方がいいのかも。

 ……スーツでいいだろ、と言われると、反論しにくいけれど。

 わたし、会社員だし。

 どうしよう。

 右手の親指と人差し指であごをつかむ「考える姿勢」をとってみたが、頭の中はむしろ空白になるばかりで、何も思いつかなかった。

 ま、いっか──あと二週間もあるんだし。

 そう考えてはみたものの、やっぱり不安はある。

 依頼主は業界では大手だけれど、「やっぱやめます」と言われないか。

 本当にこの仕事を受けるためには、こっちの仕事に専念する必要があるが、今の会社を辞めて、自分はこの先もきちんと生きて行けるのか。

 こうして家で一人でいて、自分以外の声が聞こえない状況下では、加速度的に不安が増していく。

 ……あれ? わたし今、何してたんだっけ?

 「考える姿勢」のまま我に返ったら、ふと『ばそてい』の老店主の笑顔が頭に浮かんできた。

 ちょうど一二時に電話がかかってきたこともあって、今日はまだ昼食をとっていない。

 老店主の「趣味の店」である『ばそてい』の営業時間は原則的には一一時半から一時半までの二時間という短いものだが、今ウチを出れば一時過ぎには何とか到着できるに違いない。

 もう秋本番、冬の到来もすぐそこに迫った季節だ。

 わたしは白いタートルにシルバーにプラチナのネックレス、まだ学生の頃に奮発して買った上下お揃いのチェックのジャケットとキュロットスカートといういでたちに、更に同じチェック柄の帽子を浅くかぶって、ちょっとしたアクセントにスカーフを首に巻き、レディス独特のちっちゃなリュックを背負って外出することに決めた。

 少々年不相応な服装(若作りという意味で)なので、これではデパートにはなかなかは入りづらいが、まあお蕎麦屋さんやカジュアルのお店に行く分にはまったく問題のないカッコウ──なはずだ。

 では、とりあえず行こう。

 いざ、『ばそてい』へ!!

     ▼


「あっ……」

「ん? キミは──」

 私は、我が彼氏である壮クンと一緒に、「大ヒット上映中」のハリウッド映画を見るために映画館まで来ていた。

 そこで出会ったのは、あのいずみさんとハイタッチをしていた「マサ」という、近くで見ると一八五はありそうな長身の男性と、その腕にぶら下がるようにベターっとくっついてる女性の「二人組」であった。

 私の態度が普通でなかったためか、「マサ」以上に壮クンと「彼女」の二人の視線が突き刺さってきた。

「キミは確か──いずみの同僚のコだったよね?」

 元カレとはいえ、彼女のことを「いずみ」と呼び捨てにしたことに、私はちょっとイラッとした。とはいっても、いずみさんも彼のことを「マサ」と呼んでいるのだ。お互いさまなのだが、それでもなぜか、私には不快に感じられた。

「ええ、高田って言います」

 私はつい、挑戦的な口調でそう言ってしまった。

 どちらかと言えばお坊ちゃんタイプだが、わりとこういう人間関係的なものには敏感な壮クンは、私とこの男性に直接関係があるのではなく、私がよくカレにも話す尊敬すべき人──いずみさんとの関連で話しているのだということをすぐに理解したようで、すぐに視線を彼へと移した。

 しかし「彼女」の方は、依然私の方を睨み続けている。

「俺は鍵山って言います。よろしく」

 彼は、そんな私の態度も、そして「彼女」の態度もまったく意に介さないのか、平然と顔色一つ変えずにそう言った。

「ちょっと正隆さん。『いずみ』って誰よ」

 彼、鍵山正隆は、その「彼女」の反応に少しばかり気圧されながら、「中学と高校の時の同級生……友達の妹だよ」と言った。

(こいつ……)

 私はこの言葉を聞いて何か言ってやろうと思ったのだが、壮クンに強引に映画館の中に連れ込まれてしまった。

 彼らはたまたま偶然この映画館の前を通りかかっただけらしく、私が振り返ったときには、もうその姿はどこえやら消えてしまっていた。

「ちょっと、何するのよ」

「今あいつと揉め事を起こしたとして、何かいいことがあるのか?」

「なによそれ──」

「僕はそのユーノの先輩と彼との関係については詳しくは知らない。でも確か『元カレ』って聞いたような気がするけど」

 私は小さく頷いた。

「だとしたら、もう決着は付いてるはずだ。例えどちらかに、いや、そのユーノの先輩の方、いずみさんの方に気持ちが残っていたとしても、それは当人同士で、すでにカタのついてるコトのはずなんだ。彼の方は、もう恋人がいるみたいだし。

 彼らの左手の薬指、見た? あれはかなりの代物だったよ? それに──」

 私は、普段は温和で、坊っちゃん坊っちゃんしたちょっと頼りなげな感じのする壮クンに、こういう風な話し方ができるとは正直言って思ってもみなかった。よく考えてみると、彼はいずみさんよりも年上で、もう二九歳。それを前提にしてみると、自分がいかに子どもなのかを思い知らされたようで、ちょっぴり悔しかった。

「そのいずみさんの方だって、今でも彼のことが好きなのかどうか、イマイチつかめないんだよなーって自分自身言ってただろう? もし彼女が彼のことを何とも想ってなくて、彼とあの今の彼女が自分の事がきっかけでケンカでもした──なんてことになったら、彼女、いずみさんだって気分良くないんじゃないかな」

 私は自分の子どもさ加減に呆れつつも、やはりどこか、釈然としないものを感じていた。

 あの鍵山正隆の言った言葉が、引っかかっているのだ。

 そう。

 彼女、いずみさんの兄妹構成はやや特殊なのだ。

 彼の言っていることに間違いはきっとない。

 でも、彼は確かに煙幕を張ったのだ。

     ▼


「そいつはすげえなあ、良かったじゃねえか。う~んとそうじゃのう……。じゃあ、今イーちゃんが食べとる、そのカレー南蛮がわしからの些細なお祝いじゃ。どうじゃ?」

「いえ、そ、そんな、悪いですよそれじゃあ」

「いやいや、若い者がこんな年寄りに遠慮することは何もないぞ。それにイーちゃんはこの店の大切な大切な常連サマじゃ。その常連サマが休みの日にわざわざ、こんな老いぼれ店主に嬉しいニュースを伝えるために来てくれたんじゃ。少しはサービスせんと罰があたる」

「……ありがとう」

 わたしは涙声になってしまっていた。

 嬉しかった。

 わたしにとっての個人的に嬉しい(けれど不安でもあった)ニュースを、こういう風に自然な形で──背中を押してくれるような形で、日常の一コマとして喜んでくれる人がいる、ということが。

 そして、この老店主に喜んでもらえた、ということが。

「おやおや。いつも元気で明るい、おてんばがよく似合うイーちゃんには、涙は似合わんよ」

「……それってひど~い。わたしだって一応はお年頃の女性なのに」

「ほっほっほ。人間、肩肘を張らず、好きな仕事に打ち込み、周囲の評判なんかあまり気にすることなく、自分の信じる道を行って、それで食べていけるなら、それが一番幸せなことなんじゃ。イーちゃんもここで頑張れば、そういう人間になれるんじゃないか?」

「……そう簡単にはいかないと思いますけど」

 やはり、話をしていても不安がこぼれ落ちる。

「まあ、そうかもなぁ。でも以前にも言ったじゃろう? 人間、自然でいるのが一番なんじゃ。無理することは何もない。無理して誰かと一緒になったって、長い目で見れば幸せになんてなれん。

 でも、自分が自然体で、思うように生きてきたんじゃという自信と誇りがあれば、例えどんな辛いことがあっても強く生きていくことができる。

 人間とは、そうした生き物なんじゃ。

 そしてわしぐらいの年になって初めてわかる。そうやって生きていける人間がいかに少ないか、幸せをつかみ損ねた人間がいかに多いかをな」

 彼が「以前」と言ったのは、今から八年も前。

 わたしがわたしの一生の中で、一番落ち込んでいた時期。

 そう。あのときわたしは、泣きながらここで、鴨南蛮を──。

週一ペースで少しずつアップする予定でしたが、今月中に連載を終えるつもりで取り組むことにしました。Scene 3-2は本日午後に上げる予定です。

本作はScene 5までです。3-2を含めて、あと3~4回の更新を予定しています。

金曜の夜を含む週末(土日)しか更新できないと思いますが、よろしくお願いいたします。


記号の意味は、概ね下記のとおりです。

△ = 過去回想へ

▽ = 現在へ戻る

▼ = 視点移動(いずみ→由乃/由乃→いずみ)

◆は現在、◇はモノローグに近いもの、という形で作っています。

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