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第八話:マーティアの魔術レッスン -戦闘編- 1/2

 マーティアの双脚が滑らかな動きで地を蹴り、彼女は空に吸われるが如く舞い上がった。


 わたしが飛び上がった彼女を見つめていると、小さな六つの赤い光が不意に現れて、少しずつ大きさを増して行く。


 ……ううむ、あれは『火球』かな。あっ、大きくなってる訳じゃない。降って来てるっ!

 魔力で石を身体に引き寄せ。走って着弾予想地点から距離を。爆発音が耳を叩く。熱がわたしの背中を焼く。

 振り向くと、わたしが元いた場所は黒く焼け焦げ、未だ燻る火種が乾いた音を響かせていた。


 マーティアが優雅に焼けた草地へと着地し、素早く体制を整える。手を伸ばし寝かせる様に持った杖には、僅かばかりの震えも無い。彼女はこちらを真っ直ぐ見据えながら呪文を詠唱した。


マギア・クリペウス(魔術の盾)

マーティアが着ている衣服の裾や袖が風に巻かれる様にたなびく。彼女の周囲を包む空気が僅かに揺らめいていた。魔力を眼に集中すれば、マーティアを青い光が囲んでいるのがハッキリ分かった。『魔術の盾』だ。


 『魔術の盾』は簡単な障壁呪文だが、何故マーティアが唱えたのか理由は不明だ。修練石が身体のダメージを受け持ってくれるはずなので、その上防御を重ねるのは時間の無駄だと思うけどな。まあ、この機を逃す手は無い。


 マーティアが魔術の盾を準備している間に、わたしは地面を魔力で満たしていた。薄く広く、伸ばせるだけの限界まで。 ……今、時は満ちた。


フォンス()アクアールム()

地面からボコボコと音を立て水が湧き、あっと言う間に神殿前が見渡す限り水浸しになる。すかさず次の呪文だ。

   

コンセクトル(駆立てる)ランケア()グラキアーリス()!」


状況を把握したマーティアが走り出す。だが、もう遅い。既に詠唱は完了したぞ、マーティア!


 マーティアの後を追って氷の槍が次々と地面から生成される。彼女は大きく回って距離を離そうと努力するものの、水浸しの地面に足を取られ徐々に氷柱との距離が縮まって行く。


 『駆立(かりた)てる槍氷(そうひょう)』は魔力を注ぎ続ける限り、始めに紐付けした相手に命中するまで追跡し続ける中級呪文だ。対抗呪文で打ち消すという対処方法があるが、そんな事は絶対にさせないので問題は無い。氷魔術は下準備にこそ手間が掛かるが、一度環境を整えてしまえば万能の魔術と化す。今やこの広場はわたしの領域なのだ。


 わたしは凍結呪文を唱える。

グラキオー(凍結せよ)

マーティアの動きを予測し、進行方向へ次々と氷の床を展開する。足下に広がる水は、わたしの魔力で満ちている。わたしと水の魔力が繋がっている限り、水を利用した魔術の行使は自由だ。もちろん『駆立てる槍氷』の魔力供給を絶たない範囲で、という条件が付くが。


 マーティアは氷の床を華麗なステップで右に左に(かわ)す。運悪く避けられそうに無い場所が凍った時、彼女は氷床に杖を突き立て、棒高跳びの要領で遙か上空に飛んで回避した。

 ……ほほう、やるじゃないか。だが、これはどうかな?


 わたしは飛び上がったマーティアを見て、もう少しレベルの高い妨害用呪文を唱える。


「アーレア・グラキ(氷の広間)アーリス」

わたしの呪文でマーティアの着地予想地点が見渡す限り氷の床に変化した。もう一度棒高跳びをした所で、あの巨大な銀盤の範囲から抜け出す事は出来ないだろう。もはや必要無いので『駆立てる槍氷』の魔力供給を切って、滑って出られるのを防ぐために、もういっちょ呪文を唱える。


ランケア()グラキアーリス(氷の)サエプタム()!」

内向きに傾いた氷の牙が銀盤を囲み、暴力的なアリーナを作り出す。流石のマーティアもここから何とかする事は出来まい。チェックメイトというヤツだな。 ……む?



 宙を舞うマーティアが杖を回転させながら、早口で呪文を詠唱する。

フェルウェオー(熱せよ)フラグランテル(燃え盛る如くに)・ウィルガ・イグニ(我が杖よ)ウォムス」

詠唱の開始と同時に彼女の杖が赤熱し始め、周囲の空気が揺らめく。マーティアはその熱を気に留める様子も無く、ビリヤードのキューの様に構え直して呪文と共に地面に放つ。


ペルトゥンド(貫け)エト(そして)インケンディウム(焼き尽くせ)!」

一瞬で凄まじい水蒸気が上がり、状況が何も分からなくなる。マズいな。何かされる前に檻の氷槍を撃ち出して勝負を決めてしまおう。


ルプトゥム(拡散する)ランケア()グラキアーリス()! ……むっ」

――手応えが無い。今まで呪文を使った時は、何かが身体から抜ける感覚が必ずあった。今回の詠唱は…… そうだ。わたしが転生して初めて人体変化呪文を使った時の……


 あっ、マーティアが突進して来てる…… 

逃げなきゃ、と思った時にはもう脚が動かなくなっていた。目を向ければ、足下は完全に凍っている。


「闘いの最中に相手から目を離すとは。試合とはいえ、私も甘く見られたものです」


 いつの間にかマーティアが目の前に。あれ、地面が。

「ぶへっ」わたしは無様な声を発した。

「マルム様、簡潔に三つ程申し上げます」

何が起きたか分からなかったが、取りあえず自分が足を払われて地面に寝ている事は理解した。そして頭上から声を降らすマーティアに、わたしは顔を向ける。


「第一に、戦闘中は相手から視線を切るべきではありません。第二に、環境の変化は慎重に行うべきです。それが自分にとってのみ有利な状況であるとは限りません。その上これほどの大規模な環境変化で、高い『魔力濃度』を保つのは困難極まります。現にマルム様の足下程度なら大した魔力も必要とせずに塗り替える事が出来ましたので」


 ……他人の魔力で染められたものに大して、別の人間が魔術を行使するには、染めるのに使った魔力以上の大きさの魔力で自分のものに塗り替える必要がある。それを防ぐには高い魔力の状態を維持する事だが、今回わたしは『水』という『不定形物質』を『薄く広く』染めていたので、簡単に塗り替えられたという訳か。詠唱の声が聞こえなかったので、恐らく『凍結』の無言詠唱だろうか。


 マーティアが言葉を繋げる。

「第三に『障壁呪文』は必ず唱えるべきです。我々魔術師は遠距離に対する攻撃力は抜群ですが、近接戦闘は絶望的なのです。何故なら、得てして魔術の攻撃というのは影響を及ぼす範囲が広いからです。マルム様がこの状態で魔術を行使すれば、自爆は(まぬか)れません。修練石の障壁は別物としてお考え下さい。あれは試合用の簡素な防具の様なものですから」

「だ、だが、マーティア。この様な状況とて、そなたを道連れには出来よう……」


「出来ようはずがございません。私は障壁を唱えていて、マルム様はそうでは無いのです。障壁を突破出来る様な呪文など、この状況で唱えさせるとお思いですか?」

「ぐ、ぐぬぬ」


「自身を巻き添えとした脱出手段を使用する事を考慮し、身を守る障壁呪文は必ず使うべきなのです。私からは以上になります」


 そう言ってマーティアはわたしの修練石を杖で弾き飛ばした。

「ぬわああああああああぁぁあああぁぁあああぁっ!!!」

痛っ、いったあっ! 何度受けても慣れん、これは!



「さて、マルム様。よもやこの程度で音を上げたりは致しませんよね?」

マーティアが不気味な笑みを浮かべながら言った。


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