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第六話:ラクリマルムになろう

「それで、マルム様。例の二人は如何致しましょう。殺しますか?」


 わたしがツノをさすりながら今後について考えていると、マーティアが立ち上がって物騒な事を言い始めた。……マーティア、そんなに血の気の多いキャラだったっけ?


「な、なにを急に……」

「恐れ多くもマルム様の領域に無断で足を踏み入れた不届き者共です。国の要人であろうが所詮は人の子、人の国。殺した所で何の問題がありましょうか」

「う、うーん。全く問題ないかって言うと、そうでもないんじゃないかなぁ……」


 少し自分の目的について考えてみる。今の所、わたしの目標は現実世界に帰る事だ。自分が書いた小説なので、この世界の不便さ、厳しさについては重々承知なのだ。

 剣と魔法のファンタジー世界。そりゃ遊び程度には良いかもしれないが、生活するとなると色々な面で問題が出てくる。

 そういう訳で元いた場所に戻りたいが、方法は今の所不明だ。そもそも帰れるかどうかも分からないが、それについては考えない事にしよう。


 話を戻して、わたしが元いた世界に帰るには、まずこの世界で生き延びねばならない。

 というのも、マルムの身体は設定上不死なのだが、何らかの原因で死んだ時は一端冥府に堕ちる事になる。そうなると『忘却の河』で記憶がリセットされる事になるが、その場合『わたし』という人格はどうなる? 恐らくは…………深く考えるまでも無い。それだけは絶対に回避しなければならない。


 わたしが今やるべき事は、わたしが創った物語における『時の流れ(プロット)』と『事実(設定)』の知識を利用し、帰還の方法を模索する事だ。

 それを前提にマーティアの提案を考えてみるが、多分ウルラウスとレグルスを殺すのはマズい事態になる可能性が高い。それを踏まえて、マーティアに提案する。


「……わたしは二人とお話したいかな」

僭越(せんえつ)ながら、理由をお伺いしても宜しいでしょうか」

「わたしが見た未来だと、ウルラウスは徒党を連れてわたしの事を殺しに来るんだよね。大分先の話だけども」

 マーティアはやや気色ばんだ表情を見せたが、言葉は挟まなかった。


「原因はわたしがレグルスを(かどわ)かすからなんだけど、問題は皇帝の子が居なくなる事にあるから、ここで二人を殺しても結果はあまり変わらないかなって」


 自分が生き残るという目標はある。だが、本音を言えば自分が創造したキャラクターを殺したくないのが一番だ。ウルラウスもレグルスも、もちろんマーティアだって。

 彼らには用意された見せ場があって、その見せ場でわたしが想定した以外の結末を迎えて欲しくないのだ。


わたしは思うまま正直に言葉を続ける。

「だから、取りあえず彼らの願いを叶えてあげようかなって。もちろんタダって訳じゃなくて、そこは取り引きでね」

「しかし彼らに相応の対価を払えるのでしょうか。確かマルム様が仰るに彼らは皇帝の治療法を探しているとか。ならば相応に手を尽くしているはずでしょうから、こちらも手段は限られるかと」


 『対価』か。

 こちらが提示する手段は決まっている。小説元々の流れでは、ラクリマルムは『神代霊薬(ディウィ・エリクシウム)疫病神(ヒポイェティス)の涙』を治療薬と偽って渡す。

 『疫病神の涙』は身体の状態を巻き戻すが、穢れが急激に増大し意識を混濁させる。その状態を利用し、洗脳した皇帝の第二子レグルスを帝位に押し上げ、ラクリマルムは帝国を乗っ取る。そのなんやかんやで世界は荒れるのだが、要はそういうラスボスっぽい事をしなければ良い訳だ。その上で皇帝の穢れを何とかしてやれば、みんなハッピーで完璧だ。


 代わりに受け取る対価は…… ひとまずは帰還の手段を探す手助けをして貰う事にしよう。最高峰の魔術師ウルラウスと帝国皇室の協力があれば、これほど心強いものはそう無いはずだ。



「まあ、その辺は考えてるよ。それよりもマーティア、ウルラウスとレグルスは後どれぐらいで神殿に着くかわかる?」

「先程見た限りですと、この場所より三日程度の距離かと存じます」

「そっか。じゃあそれまでどうしようかな……」

「マルム様、私から提案が御座います。この空いた三日間を使って『修練』を致しましょう」  


 えっ。だらだらしようと思ってたのに。というか修練って何の修練だろう。わたしが口を挟もうとすると、マーティアは察したように言葉を繋げる。


「先程伺った話によりますと、魔術師ウルラウスは徒党を引き連れマルム様を(しい)(たてまつ)らんとするとか。起こりうる未来という事の様ですが、三日後に拝謁を許すとしても話の展開次第では戦いになる可能性もございます」

「で、でも、ほら。それはわたしがラクリマルムだった頃の話だし……」

マズい。良く分からないが、このままだと謎のトレーニングに巻き込まれる事になる。努力はわたしの辞書に存在しないのだ。折角、神なる存在に転生したのだ。わたしは努力せずにかしずかれたい。


「『でも』ではございません。『大分、先の話』と仰った『ウルラウスが徒党を組んで攻め込む』未来は、ラクリマルム様がまだマルム様で無かった頃の話でございます。マルム様となった今では、話の内容がどの様に転ぶか、そしてどの様な結果となるかは未知数なのです」

「な、なるほど……?」


 マーティアは確信に満ちた目で、力強く言う。

「ですので、この三日間でマルム様はよりラクリマルム様らしさを取り戻さねばなりません。すなわち『ラクリマルム様になろう』の修練でございます!」

 マーティアは左手でガッツポーズをし、遠い目で天を見つめている。なんだその気合いは……

 ひとまず話だけでも聞かなければ収まる事がなさそうなので、聞く事にしよう。話だけね。


「……具体的には何をするの?」

「その前に、右手を元に戻したく存じます。少しばかりの素材とネクタールを使用する許可を頂きたく」

「あ、そっか。早く言ってくれれば良いのに。大丈夫だよ」

「恐れ入ります。差し支え無ければ、外でお待ち頂けますか? アレテーオス様が出て行かれた扉を通って直ぐの所で結構ですので」


 わたしは頷いて、外に向かって歩く。……あれっ、これトレーニングする流れになってる?

 話を聞くだけだったはずなんだけどなあ。


 インクの匂いで満ちた本棚の間を抜け、神殿から出る。外の世界に足を踏み入れたわたしを迎えたのは眩しい日差しと、何処までも澄んだ緑の香りだ。


 目の前に広がるは万緑(ばんりょく)の森林と白い雲たなびく青空。わたしが出てきた神殿に目を向ければ、しっとりとした黒い岩で造られた荘厳な神殿は崖に刻まれた石仏の如く、山の大きく削れた岩肌に埋もれるように建っていた。神殿の周囲は背の低い草で覆われており、よく見てみれば葉はどれも切り取られた跡があった。恐らくはマーティアが頻繁に手入れをしているのだろう。



「お待たせしました」


 わたしが周囲の環境に目を取られていると、いつの間にかマーティアがわたしの背後に立っていた。

 彼女は小さな壺に何本かの巻物を差し、それを木の椅子に乗せ右手で抱え、左手には大きな盆に乗せた酒壺と盃を、僅かも揺らさずに支えている。


「で、何をするの?」

「恐れ入りますが、まずこちらの首輪をお召し頂けますか?」

 マーティアは左手を下げ、盆の上に乗った首輪を目線で指す。マーティアの視線の先にある革の首輪には、銀の受けに明るい黄色の綺麗な宝石が填められ、陽の光をきらきらと反射していた。


 盆から首輪を取り、首に付ける。革の両端は単純な金具で、窪んだ方に出っ張った方を差し込むものだ。不思議な事に金具同士を合わせるとツメもないのにしっかり固定され、ぶかぶかだった首輪は収縮してわたしの首ぴったりのサイズになる。


 わたしが首輪を付けたのを見届けたマーティアは、

「それでは次に、あちらに見えます大きな岩の前に移動して頂けますか?」

と言って、五十メートル程先にある大岩を指さす。岩は今のわたしの何倍もある大きなものだ。取りあえず言われるがまま移動する。


ラーミナ()()プロケローサス()!」

 マーティアが呪文を詠唱すると、突如としてわたしの目の前にあった岩が暴風に揉まれ、あっという間に、立方体の石の山が出来上がった。


「マーティア、何かやる時は先にいっ、てぇええええぇっ!!!」

 いったぁっ! 急に全身がビリビリした。


「その首輪は私が念じた時、全身に電流が流れる様になっております」

「何でそんな物付けさせたの、おおおぉおおぉっ!!!!!」

 痛い、痛すぎる! 何の罰ゲームなのこれ!


「これも訓練の一つにございます。マルム様の言葉遣いではいささか威厳に欠けますゆえ、よりラクリマルム様らしい話し方をして頂きたく存じます。心苦しくはありますが、従者ゆえ指摘など恐れ多い事。代わりにラクリマルム様『らしからぬ』言葉遣いをなさった時は、僭越ながら電撃にて報せる事に致しました」

 申し訳なさそうな表情を作りながらマーティアはこちらに歩いて来る。


何でだよっ! 電撃の方が恐れ多いでしょ! わたしの話し方そんなにダメなの!?

……だめだ、これ以上話すと余計な電撃を食らう事になる。もう黙っていよう。


 マーティアはわたしの恨めしげな視線を無視しながら、もう一度同じ呪文を唱える。

「ラーミナ・プロケローサス」


 再び風が起こり、正方形になった石を巻き上げながら竜巻になった。竜巻には次第に砂が混じり、しばらくして砂だけが森に弾き飛ばされ、後には細かな模様が彫られた石のサイコロが無数に浮かんでいた。


 わたしの頭より少し小さいぐらいの石一つが、マーティアの手元に吸い寄せられる。彼女はしばらく石の出来映えを確認した後、指先を動かして宙に浮く石をわたしの前に動かし言った。


「それは『修練石(ラピス・エクセルキティウム)』です。魔力を繋げると自由に動かす事が出来るうえに『障壁』の呪文が掛けられております。魔力操作にも攻撃魔術の的としても最適な、まさに一石二鳥の道具です。試しに浮かべてみて頂けますか?」


 わたしの目の前に浮かんでいた石が突然地面に落ちた。足下の石に魔力を繋げて、持ち上げてみる。すると、フラフラとしながらも宙に浮き上がった。意外と楽しい。でも、結構な集中力を使うなコレ。


「その調子でございます。これから三日間、これらの修練石を出来るだけ高く積み上げて頂きます。途中で崩れたならば、魔力操作の修練は一端終わりです。次に積み上げた石を全て攻撃魔術で破壊する作業に移り、全て壊し終わったのなら、また石を積み上げる作業に戻る。実に容易い修練かと存じます。ご理解頂けましたでしょうか?」


 ううむ。まるで賽の河原だな。面倒くさいから分からない振りをしよう。わたしはめいいっぱいの笑顔を作って首を横に振る。



「があああぁぁあああぁああっ!!!!」

また電流か! ちゃんと返事しただろっ!


「電撃を受けたくないからといって黙っているのも駄目です。きちんと受け答えになっていないと判断した時も、申し訳ございませんが電撃を受けて頂く事になります。これは修練なのですから。ご理解頂けましたでしょうか?」

マーティアは全然申し訳無くなさそうな表情で言った。


 何だよ、もう! やってやろうじゃねえか!


「…………うむ、分かった」

わたしは静かに頷いた。 

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