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第五話:レグルスとウルラウス

 見る限り青のモヤモヤだ。まぶたを閉じながら目をグリグリした時に見える何かと似ている光景。その上、遊園地のティーカップから降りたてみたいにフワフワするし、ツノはまだゾワゾワするし。なんだ、この。……ううむ。


「ぬわぁあぁぁっ!! アウトマーティア! アウトマーティア!?」

 状況が全く理解出来ないし、ツノがムズムズしてイライラするので、取りあえずアウトマーティアの名前を叫ぶ。


「ラクリマルム様、叫ばずとも私はここにおりますので」

 背後から声が帰って来た。なんだ、消えた訳じゃなかったのか。取りあえずは、この状況について説明を求める。

「なんか目の前が、こう。なんかぐちゃぐちゃなんだけど!?」

「……眼を閉じては如何でしょう。『視覚共有(コムウィーシオー)』を唱えましたので、この状態で眼を開いておりますと、ここから私が遠見している場所まで景色が重なって見えるかと」


 成程な。でも、そういうのは言ってからやって欲しかったな!

ともかくアウトマーティアの言う通りに眼を閉じて、視覚共有に身を委ねてみる。すると、ピントがずれにずれた視界は鮮明に……とはならなかった。多少マシになったけど、何一つとして形を捉えられないよ!


「アウトマーティア。少しは良くなったけど、まだ何も見えないよ?」

と、わたしが質問すると、彼女は質問に答えた。

「見えているものは私も同じです。何しろ集中が切れそうなものでして。申し訳ございません」


  ……まさか、わたしが負わせてしまったダメージが相当深刻だったのだろうか。罪悪感が胸に広がる。そうでは無い事を祈りつつ恐る恐る聞く。

「も、もしかして、わたしの呪文で負った怪我の具合が、まだ……?」


 アウトマーティアはきっぱりとした口調で答えた。

「そのような事はございません。それよりも先程からラクリマルム様の尾が私の足を、それはもう節奏(せっそう)良く、右・左・右・左・右・左といった具合に打ち据えております影響が大きいかと」

「あっ、ごめん。気づかなかった」

 言われて気が付いたが、確かにわたしのしっぽがメトロノームの様に、アウトマーティアの両足を交互にテンポ良く打ち付けていた。何とか尻尾を押さえ込むべく努力する。もの凄くムズムズする。本音を言えばツノを握るのは止めてくれれば収まると思うのだが、何となく言い出せない雰囲気なので黙っておく。



 わたしの懸命な努力の甲斐あってか、アウトマーティアと共有している視界がゆっくりとものを形作る。見えてきたのは魔法陣が彫り込まれた石碑が立ち並ぶ森の中、旅装束に身を包んだ二人の男。 ……ウルラウスとレグルスだ。


 ウルラウスは地面に杖と革帽子を置き、木の根元に腰掛けていた。

 彼はアウトマーティアと同じアルウスの男で、見た目の年齢は二十代後半といった所だが、実年齢は九十八歳。薄いグリーンの眼は鋭く、精悍な顔つきで何処か学者の様な気難しさを感じさせる。


 ウルラウスの服装はアウトマーティアの着ている、袖口の広い神官服と似ている。だが彼の物は余分な布地が省かれており、動きを必要以上に阻害しない様な気遣いが成されているようだった。腰に巻いたベルトには小さなポーチと短剣、連なった革のループにくすんだ銀の小瓶が幾つもセットされていた。

 ウルラウスはにわかとして立ち上がり、拾い上げた(つば)付き革帽子をはたいて被る。その視線は何処を見るでもなく、だが見えるはずの無いわたしたちを見据えているようだった。


 一方のヒュマス族の青年レグルスは不安げな面持ちで石碑を見つめている。

 年齢は転生前のわたしと同じ十六歳。日本人的顔つきでないのと、世界事情的なものもあるのだろうが、見た目は実年齢より少し大人びている。金の瞳は何処か物憂げで、柔らかなブロンドの髪を前分けして後ろはポニーテールに紐で纏めていた。


 彼の服装は詰め襟のチュニックで、上から胸部と右肩に装飾付きの金属板が打ち付けられた革鎧を着込んでいる。小手と脛当ても装備しており、どちらも金属製だがそれ以外に防具は無く、どちらかと言えば防御より動きやすさを重視した装備になっている。

 腰のベルトはウルラウスと揃いだが、斜めに交差させた二本のベルトをさらに掛け、それぞれ左側に細身の長剣を、右側には左に差した剣の半分の長さの短剣を差していた。



 二人の姿は想像した姿そのまま。わたしのキャラクターがこうして生きて動いている姿を見るのは感動ものだ。アレテーオスとアウトマーティアの時は驚きの方が勝っていたし、どちらかと言えばサブキャラクターだ。対してウルラウスとレグルスはメインキャラクター。それだけに思い入れの強さが違う。


 わたしが感慨に耽っていると、アウトマーティアから質問が飛んでくる。

「ラクリマルム様、あれが例の二人ですか。一人は細剣(ストリスキオ)使いの剣士、もう一人は魔術師の様ですが……」


 アウトマーティアが言いよどんだウルラウスの杖は、竪杵(たてぎね)の様に中心部が細く端が太い、両頭のものだった。

 杖の両端は翡翠(ひすい)色に輝く金属片を放射状に組み合わせた出縁(フランジ)型メイスの様な造りで、中心部には深い蒼の光を放つ石が固定されていた。


 設定的にラクリマルムもこの杖の事は知らないんだけれども、まぁ別に良いか。説明してしまおう。

「あれはマスキアという杖だよ。ウィルガは知ってるよね?」

「もちろんですとも。ウィルガは地面につけた時、おおよそ胸元の高さになる最も一般的な魔杖です。古典的な魔杖であるスケプトルムを短くし、取り回しの向上を図ったもので、術の威力、魔力の保持量、発動時間の兼ね合いから魔術師の大半が……」


 もの凄い早口でまくし立てられる。魔術師のアウトマーティアに杖の事を聞くのは、日本人に聖徳太子って知ってるか、と聞くのと同じぐらいの侮辱だったようだ。心なしかわたしのツノを握る強さが増してきた様な気がするので切り上げて答えを出そう。


「大丈夫。はい、十分です。模範解答ありがとうアウトマーティア。マスキアはウィルガを上下に二つ合体させたようなものだよ。魔術師は基本的に接近戦が苦手でしょ? それを補う為に、魔力を込めた杖の殴打で戦えるよう魔術杖と鈍器を合体させた設計なの」


「成る程、興味深いですね」アウトマーティアは、ふうむと感嘆の吐息を洩らし言葉を続ける。

「それにしても良い杖です。『蒼幽晶(ラルリトス)』の触媒に『碧翠銀(ミスリウム)』の外殻。防具をとっても一流の品質。彼は名の通った魔術師なのでしょうか」


「うん。帝国現執政官セウェールスの子。近接戦闘と魔術を組み合わせた新しい戦闘法『魔闘術』の考案と、曖昧だった魔物の分類を体系化した書物『魔物論』を記した功績で中位黄金級冒険者に認定された、間違いなく今世最高の魔術師だね」


「今までも、そして未来においても最高の魔術師はラクリマルム様を置いて他にはございません。ところでヒュマスの方はレグルスとか言う名だったかと存じますが、ラクリマルム様がそれほどまでに評価なさる魔術師の連れ合いですから、彼もまた高名な剣士なのですか? 今の所、身のこなしが良い様には見えませんが……」


 アウトマーティアの観察眼は大したものだと感心する。実際の所、レグルスは冒険者では無いのだ。わたしは引き続きアウトマーティアの疑問に答える事にした。

「そうだね。別にレグルスは剣士として有名な訳じゃないよ。彼は病に伏せってるアウラ帝国皇帝オーネスタスの息子なんだよ。ウルラウスは実際の所、水先案内人兼護衛って所だね」

「成程、所詮は王侯貴族の道楽と言った所でしょうか。実戦に向かぬ細剣を得物とするのもあまり褒められたものではありませんし、そもそも既にラクリマルム様の領域内だというのに警戒心の欠片も感じません。ウルラウスとやらが居なければ一日と経たず死ぬのが関の山でしょう」

幾らか嘲笑の(こも)もった声色でアウトマーティアは言った。



 急に視界が神殿へと戻る。アウトマーティアが遠見呪文を終わらせたみたいだ。状況を把握は大体終わったのかな。

 わたしは背後に居るアウトマーティアに向き直って聞く。

「それで、どう? わたしの話、信じてくれるかな?」


 アウトマーティアはその場に跪いて、

「……本当に『まことの歴史』を垣間見たのですね。全て、このアウトマーティアの罪過にて。どの様な罰も謹んで承るゆえ、数々の非礼を何卒お許しください」と謝罪の言葉を述べた。


 ……どうやら信じて貰えたようだが、わたしは謝って欲しい訳じゃない。ただアウトマーティアに疑う様な目でラクリマルムを見て欲しくなかっただけだ。罰を与えるなんてもってのほか。こうして謝られると、何だか逆に申し訳ない気分になる。


「わたしこそごめんね、アウトマーティア」

「何を仰います、ラクリマルム様。主を疑うは(しもべ)としてあるまじき行為。(とが)は私にございます」

 わたしも謝罪の言葉を口にするが、アウトマーティアは伏して受け入れない。まあ、キャラクターとしての立場が立場なのだから、無理もない。わたしは考えを纏める為に尻尾で床を叩いてリズムを刻む。今まで我慢していた分、自由に動かせるとなると妙に気分が良い。さて、どうしようかなあ。


 別にアウトマーティアは間違って無かったんだよね。作り話の設定上、ラクリマルムが黙って『まことの歴史』に手を出して人格が変化しちゃった訳で、今までの関係性と全く違う状況にアウトマーティアが混乱しても仕方が無い。


 遅かれ早かれ、あの二人が来るのだから、ここでグダグダ日本的やりとりをしても仕方が無い。 ――いっその事、色々リセットして新しい関係を始める事にしよう。

「……分かった。じゃあ、こうしよう。わたしが相談も無しに『まことの歴史』に手を出したのが原因で変な勘違いをさせちゃったじゃない? そのせいで前とは変わって、同じような付き合い方が出来なくなってる訳だし、わたしもこれから色々アウトマーティアに教えてもらう事があると思うの。だから、名前を変えて関係をやり直そうと思うんだけど」  


「名前、ですか」彼女は少し戸惑った声を出した。

「うん。ラクリマルムとアウトマーティアはいったん置いておいて、これからわたしの事はマルムと呼ぶ事。あなたの新しい名前はマーティアね」


 正直転生してから思っていたが、口に出して呼ぶと若干長すぎる名前の気がするんだよね。呼ばれるのもまた然りだ。この際だから、これを罰として通してしまおう。


「しかし、それは……」と、はばかるアウトマーティアもといマーティア。

「ダメだよ。これは命令ね」

「畏まりました…………マルム様」


 わたしが無理にでも通すと、彼女はきまりが悪そうに新しいわたしの名前を呼んだ。ひとまずこじれた関係は何とかなったと思うが、まだやるべき事は残っている。


 ――これからレグルスとウルラウスが神殿へやってくるのだ。

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