第十七話:魔剣術師レグルス
獅子の如く身を屈めたレグルスは、姿勢を低く保ったままに駆け出した。軽やかな足運びで右へ左へとステップを踏み、ともすれば舞踏の様にも見える動きながら、素早く着実にわたしとの距離を詰めに掛かっている。
ううむ、このまま接近されてはせっかく距離を離した意味がない。ひとまずは牽制攻撃だ。無言詠唱で火球を六つ撃ってみる。
レグルスは四つを護剣で弾き、残りの二つを見事な足裁きで躱した。そのうえで距離を詰めて来るのだから大したものだ。マーティアが超人的反射で避けるのと違って、レグルスは独特なリズムのステップを繰り返して回避している。細剣戦闘術特有の足運びだ。
……いや、感心してる場合ではない。さっさと次の手に移らねば。杖を床に突いて魔力を流す。
「ムルタ・ランケア・テラエ!」
石畳の隙間から土の槍が次々と乱立する。回避に長けた敵を潰すのは範囲魔術に限る。投射系の攻撃だと護剣で弾かれちゃうしね。
さて、レグルスがどう出るか、だが――彼は近場にあった、床に刻まれた魔法陣を足で踏む。風が巻き起こり……レグルスの身が宙に舞った。ジャンプパッド、そういうのもあるのか!
レグルスは空中で猫の様に身体を一捻りして、しなやかに着地した。
「ふう。今のはちょっと危なかったかな」
「大した身のこなしよの。軽業師にでもなったらどうだ?」
「お褒めの言葉どうも。皇帝の子じゃなかったら、そういう道もあったかもね」
袖で汗を拭いながらレグルスは微笑んで言った。皇太子スマイルが眩しいぜ。年頃の女の子ならイチコロだな。
「レグルス! 戦いに集中しなさい!」
ウルラウスが杖を地面に打ちながら、険しい顔つきで叫んだ。おぉ怖い。
「お師匠サマがお怒りだぞ、レグルス。試合を続けようではないか」
彼は小さく頷いてから、再びステップを刻み始めた。わたしも魔力を杖に流し土槍を生成を再開する。
レグルスは槍を回避出来なくなりそうになると都度、風の魔法陣を踏んで大きく移動する。ちょうど良いタイミングで風魔法ジャンプが出来る様に、計算して動いているのだろう。そうこうしている内に二十メートル程の距離に接近されていた。
「攻撃魔法は土槍だけかな? 意外と芸が無いんだね、マルム! 一戦目は頂いたよッ!」
サイドステップを止めて、一気に駆けるレグルス――だが、わたしはこれを待っていた。
「今までは小手調べよ……神龍が業をとくと味わうがいい! マグナ・トゥルビニス・ウァスティ!!!」
にわかに突風が起こり、わたしの周囲で渦になって吹き荒れる。レグルスが咄嗟に防護呪文を展開するが、努力虚しく吹き飛ばされた。今のは攻撃呪文じゃないからね……お楽しみはこれからだ。
「ウォラント・ラピス・エト・ラーミナ・プロケローサス!」
土槍で掘り起こした石陣の床や柱を浮かべて竜巻に加える。ついでに風の攻撃魔法を追加して『地獄のハリケーン・ミキサー~刃の嵐を添えて~』詠唱完了だ。
暴風が獣の群れの様にうなり声を発しながら勢いを増す。舞い上がった砂塵と瓦礫が影を生み、その身を暗く染めていった。
「どうだレグルス、わらわの魔術はッ! 音を上げるは今の内ぞ!!!」
へんじがない、しかばね…………になった訳じゃないとは思うが、ちとやり過ぎたか? もう一度声を掛けたら魔力供給を止めようかな……
「どうしたレグル…………!」
呼びかけた刹那、針の様な寒気がわたしの頭を天から貫く。
「プローテクティオー!」
杖を掲げて防護呪文を展開するや否や、細剣の切っ先が防護と衝突し蒼い火花を散らす。一撃の主は反動そのままに、宙で回転しつつ鮮やかに着地し声を放った。
「防がれるとは思わなかったよ、マルム」
続けてレグルスは直ぐに戦闘態勢を整え、細剣による猛攻を開始した。魔杖術で何とか捌く……が、何度もガードを抜けて攻撃を受けてしまう。
神霊龍鱗障壁は文字通り鱗状の障壁を幾つも重ねたものなので、障壁を越えるダメージを受けても全体の障壁が破壊される訳では無い。とはいえ障壁が破壊される度に衝撃と痛みを受けるし、このまま攻撃され続ければいつかは障壁も無くなってしまう。早く何とかしなきゃ……
「貴様っ……どうやって……あの嵐の中を…………!」
マズいな、本当に余裕が無い。障壁に阻まれる剣先がどんどんわたしの身に近づいて来ている。鈍痛で思考も纏まらない。
「手頃な岩が幾つか飛んで来たから足場にしたんだよ。あの攻撃が殺す気が無しってのは流石に驚いたけどね! 無傷とはいかなかったけど何とかなった。さあ、もうお喋りは終わりにしようッ!!!」
早口でまくしたてたレグルスの髪は乱れ、額からは血が流れていた。極めつけに彼の左腕はだらりと力なくぶら下がっている。護剣は手に収まっていたが、何とか保持している様子であり、いつ取り落としても不思議ではなかった。
わたしの魔法で……いや、そんな事を考えている余裕はない。元より覚悟の上じゃないか。相手が不利な状況である事に感謝して、利用する事を考えよう。
この三番勝負に負ければ、彼らはわたしを悪く扱いはしないだろうが、元の世界に戻る手伝いをさせるのは難しいだろう。搦め手は搦め手だ。今の最善を目指す。
目一杯の魔力を籠めて防護魔術を杖に展開。思いっきり振り下ろす!
「……その攻撃は、大振りすぎるよッ!」
レグルスはステップ回避の後に強烈なカウンター突きを返して来るが、それは織り込み済みだ。一発ぐらいなら耐えられる。
地面を叩いた杖頭から眩いばかりの蒼い光が迸り、防護の魔術が発動する。同時に凄まじい反動を受けて杖が背後に引っ張られる。
「馬鹿め、狙いは離脱よッ!」
吹き飛ぶ杖にしがみついて、この場から離脱。距離が取れたら続けざまに攻撃連打!
「護剣が無くば受け流せまい! ムルタ・イグニス・グロメローサスッ!!!」
大量に魔力を振ってこれでもかというぐらいに火球を射出。本命の大竜巻は突破されたので実力勝負だ。魔術師の闘い方は教わっていないので、これでもかと攻撃魔術を叩き込んで接近を防ぐぐらいしか方法はない。いくら設定の全てを知っているとはいえ、この手のスキルは実際に身体を動かさなければ実践は難しい。
レグルスは火球を辛くも回避するが、幾つかは避けきれずに細剣で受け流すが……専用に創られた護剣よりもエネルギーを多分に消費するうえ、難易度も跳ね上がる。事実レグルスは受け流す度に足が止まり、思うように距離を詰められていない。攻勢を掛けるなら今だ。
「フォンス・アクアールム・エト・コンセクトル・ランケア・グラキアーリス!」
周囲を水で覆い、駆立てる槍氷を起動。荒れた地面に水が加わり泥水と化してレグルスの足を取る。このまま攻勢を続けて修練石を保持出来なくなるまで疲労させればわたしの勝ちだ。反対にこれ以上は距離を詰められれば詰められる程にわたしが負ける確率が上昇してゆく。ある意味での耐久勝――!?
レグルスが高速でこちらに飛んで――風の魔法陣か! 水魔法のせいでこちらから地面が見えなかっ――魔力を全て防護に注ぎ全力で前面の防御ッ!!!
「プローテクティオー!」
「同じ轍は踏まないよ、マルムッ!!!」
ギリギリで防護呪文は間に合っ…………
「ぐうッ……!」
身体に電流が走った。修練石を掴む手応えが解れて消えていく。なんで? 防護呪文の手応えは確かに…………
「それまでッ! 第一戦目はレグルスの勝利!」
ウルラウスの声が響く。レグルスは細剣を鞘に収め、ウルラウスの元へ向かった。そうか、左腕の治療が必要だもんな――いや、そんな事はどうでも良い。
何故だ。防護呪文は完全に成功していた。前面からの攻撃なら星喚びの一撃だって耐える自信が…………あ、アレがあったか。
震える口を一度噛み締め、レグルスに問う。
「そういうこと、か…………そなた、振り込みおったな?」