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第十六話:幼女だからさ

「レグルス貴様! このわらわを、わらわを(はか)ったなッ! レグルスッ!!!」

「ぼ、僕が考えた訳じゃないよ! これはウルが……!」


 レグルスの視線を追えば、ウルラウスが不気味な笑みを浮かべていた。

「よもやこれ程上手く行くとは思いませんでしたよ。その反応を見るに『マルゼニアリアの誓約』は最高神とて背く事の出来ぬ絶対の契約とは真実(まこと)だった様で。貴重な素材を幾つも使った甲斐が有りました」

「何故だ!? 何故『契約魔術』でわらわを縛る必要がある? そなたらに協力すると申しておるではないか!」

「マルム様と組んでマーティア様と戦うより、マルム様を隷属させて質に取った方が勝算が高いと思ったまでですよ。加えて、マルム様は外界の様子にそれ程詳しくはない様に思えましたので、与し易かろうと。唯一の懸念は『まことの歴史』でしたが、この展開は記されていなかった様ですね。無用な心配でした」


「ぐぬ、だがわらわがマーティアに……」

「マーティア様にこの事を告げられた場合は我々も目的を達成出来ません。ですが契約魔術に絡め取られた事が露見すれば、この神殿の外に出るというマルム様の目的も同じく達成出来なくなるのでは?」


 ――やられた。ウルラウスの微笑みが腹立たしい。けれどもそれ以上に腹立たしいのは不甲斐(ふがい)ない自分自身だ。

 わたしはわたしが創ったキャラクター像を過信して、彼らを何の警戒心も抱く事無く背していた。異世界を体験出来る事に浮かれて、疑う事を忘れていた……いや、本当は知っていたけれど無視していたのだ。



 当世一の大魔術師ウルラウス。身分や人種に(へだ)て無く公明正大、豊かな知識と経験をもって誰にでも手を差し伸べる、心から頼れる優秀な仲間――だが、そのイメージはただの偶像だ。あくまで主人公視点の見方であり、『主人公』に対しての接し方がそうであるだけなのだ。

 ラクリマルムは彼らにとって信頼関係がマイナスから始まる、信頼ならざる敵の様なもの。それを無視して勝手な偶像にわたしは(すが)っていたのだ。こんな馬鹿な事は無い。



 ……いかんいかん、思考がマイナスのスパイラルに陥っている。頭を冷やして、今の状況に向き合わねば。

 実の所、契約魔術が今のわたしに有効なのかは分からない。確かに『マルゼニアリアの誓約』は神々の王ですら抗うことの出来ない絶対の誓いだ。

 けれども作中で誰かがマルゼニアリアの誓約を使って、神々と契約魔術を交わす訳では無い。わたしはそういう伝承があると設定しただけである。

 小説中でマルゼニアリアの誓約が行われるのは、皇帝暗殺の罪に問われ逆賊の烙印を受けたウルラウスが、命を賭して主人公に忠誠を誓うシーンのみなのだ。


 だから本当に神龍たるラクリマルムに契約魔術が有効なのかは不明だ。その上でどう行動するかだが…………ここは闘いに臨むべきか。


 契約魔術の効き目はさておき、どうも戦って打ち負かす事が出来ると思ってるフシが気に入らない。ラクリマルムは最強のラスボスだ。レグルス如きに負けるキャラクターではない。

 それに単純な勝負の結果如何にせよ、搦め手が無い訳では無い。という訳で、目に物見せてやろうではないか。


「……致し方あるまい、そなたの策に乗って見せようではないか。よくよく考えてみれば悪い賭けでもない。継承権第二位と言えど、帝国の皇子を如何様にでも出来るとあればな」

「マルム様が勝てればの話です」

「見込み無くば、かような賭けに乗りはせぬ」

「……」


 ウルラウスとわたしは無言で互いを見つめ合った。ゆっくりと彼の顔から笑みが消え、それから暫くまぶたを閉じた。次に目を開いた時、鋭い視線はわたしに向けたままレグルスに叫んで言った。


「……レグルス、皇女殿下と手合せするつもりで臨みなさい! 場合によっては四肢の幾つかを欠けさせても宜しい!」

レグルスは目を丸くしてウルラウスを見つめていたが、直ぐに真剣な面持ちを取り戻してわたしに言った。

「そういう事だからさ、先に謝っておくよマルム。大丈夫、ウルは回復術の心得もあるから」

「たわけた事を、そなたは自分の心配を致せ。今わらわの身体を巡る魔力は(たかぶ)って冷めやらぬのだ。そなたを()が足下に打ち据える時を想うとな」


――強がりでもハッタリでも無かった。何故かは分からないが戦う事に決めてからというもの全身の血が騒ぐような、うずうずして走り出したくなるような、今まで感じた事の無い気持ちに襲われている。

 十六年の短い人生で争いが好きになった事は無かったと思うけれど、今は一刻も早く戦いに身を投げたくて仕方が無い。居ても立ってもいられないので、ウルラウスを急かす。


「さあ、試合を始めるぞ。ウルラウス、開始の令を。さあ!」

「分かりました。では……気を付け、礼!」


ウルラウスの号令でわたしたちは互いに、そして審判役のウルラウスにも礼をし、距離を取ってから再び正面を向いて対峙し直す。


「石持て、構え!」

続く号令でレグルスは深く腰を落とし、顔の前で交差させていた二対の剣低く構えて、その刃をわたしに向けた。

 切っ先から放たれる穿つような威圧感が、わたしの喉元に突き刺さる。今まさに突きつけられているのは、命を刈り取る牙なのだと否が応でも実感させられる。

 やっぱり、止めておいた方が良かったかも? そんな臆病心は心の奥底に押しやって、わたしも杖を真っ直ぐと地面へ突き立てて構える。


 わたしたちが構えたのを確認したウルラウスは今一度声を上げる。

「始め!」




 まずは障壁を張る――暇は無いっ! レグルスが駆けて来た!


取りあえず魔力をこれでもかと注いで防護呪文の無言詠唱!


 早っ、もう目の前……彼の手元で細剣が円運動をしながら、わたしを切り下ろさんと空を裂く。防護呪文の完成から一瞬遅れて剣撃が来た。打ち下ろされた細剣は防護に弾かれ、一瞬レグルスがのけぞる。


 何とか一合目は凌いだ! 次のチャンスは無いはず、ここで距離を取る。最初に籠めたのと同じぐらいの防護呪文を杖に展開。回転しながら横薙ぎっ!


 レグルスは左手の短剣を縦に構えて防いだ――が、大きく後ろに弾き飛ぶ。

「ぐっ!!!」

「レグルス、まともに護剣で受けてはなりません! 障壁を展開される前に速く間合いを……!」

「わかってるよッ!!!」


 レグルスがにわかに短剣を顔の前に構えた後、横一文字に空を切る。

ヴェント・プルムバタ(風の投矢)!」

短剣の軌道沿いから薄ぼんやりした黄色い光がわたし目掛けて幾つも飛んできた。洒落臭いな、範囲魔術で一網打尽にしてやろう。


アルデーレ・アーレア(焼け野)

わたしを囲む様に燃え盛る炎が周囲を覆った。尋常じゃ無い暑さだが背に腹は代えられない。レグルス本人の足止めが出来たのだ。

 風魔術の方は……熱気でかき消されてるな、重畳至極。これで障壁を展開する余裕が出来た。


「マギア・ダ(神霊)イモネス・(龍鱗)ドラコ(障壁)スクァーマ!」



 それにしても、想像よりも厄介だな。『細剣(ストリスキオ)』は素早い連続攻撃が売りの決闘用武器だ。一対一の対人戦においてはかなり有利な武器である。しかしリーチが短いという欠点がある。一度距離を取られると、魔術師や弓使いのような遠距離を主体とする敵と戦うのは難しい。

 だがレグルスにはそれを補う『護剣(マノシニストラ)』がある。『護剣』は一見すると細身の短剣だが、魔術杖の機能を併せ持つ受け流し用の短剣だ。初級程度の攻撃呪文と防護呪文を扱う事が出来る。そのくせ短剣としての機能がオミットされている訳では無いので、刺突や斬撃といった剣本来の攻撃も可能だ。


 勿論護剣は万能武器という訳でなく、魔術を使うなら杖の方が良いし、剣として扱うには耐久に不安がある。そのうえ製造が難しく、使い手もあまりいないので入手も習得も困難だ。

 その点レグルスは皇子という身分もあって金に困る事は無い。器用貧乏になりがちな護剣の扱いを上手く習得している。厄介この上無い魔剣士だ。


 技量や経験に勝る自分が出ずに、ともすれば契約魔術に隷属させられるリスクを冒してまでレグルスに戦わせるウルラウスの思惑が理解出来る。レグルスは一対一の対魔術師戦闘ならピカイチだ。


……けれどわたしも負けるつもりはない。わたしの武器はラクリマルムの魔力と魔術だけではないのだ。わたしはレグルスを知っているし、彼はわたしは知っている事を知らないのだ。十二分に有利なはず。



 さてさて、考え事もここまでにして炎を鎮めよう。色々と準備も済んだしね。


 わたしが魔力の供給を切ると、おもむろに火勢が弱まりレグルスの姿が見えてくる。……向こうも只突っ立っていた訳じゃないらしい、地面に刻まれた魔法陣が幾つか見えるな。


「そのままずっと炎の中に引き籠もられていたらどうしようかと思ったよ、マルム」

「相済まぬ。そなたの一撃目がいささか興冷めだった故な、暖を取っておった所よ」

「はっ、汗だくで良く言うよ。それじゃ、そろそろ再開しても良いかな?」

「魔術の神髄、とくと見せてやろう。来い!」

「応ッ!!!」

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