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第十五話:安全がために吐く嘘は真実である

 空中に浮遊する正方形の石が、複雑な軌道で舞っている。石に彫られた魔法陣は魔力に満ち、紺碧(こんぺき)(きら)めきを(たた)え、触れれば破裂でもしそうなエネルギーを感じさせた。



「それで、どうなのだ?」


 わたしは神殿の側にキャンプを設営するレグルスとウルラウスを眺めながら、修練石を浮かべて暇をつぶしていた。

 ウルラウスは巻かれた大小二枚の布を広げ、地面に小さな方を敷いていた。彼はそれを基準にして、四本の支柱と杭と縄を使って外張(そとばり)を張った。あっという間に三角柱を横に倒した形のテントが出来上がる。


 ウルラウスはその出来映えを一通り確かめてから、わたしの方に振り向いて言った。

「よもやあれ程までにマーティア様がお怒りになるとは思いも至りませんでしたので……今日も外で寝る事になりそうですね」

「あの様に挑発しておいて良く言うわ。それより、そんな事を聞いているのではない。マーティアとの勝負に勝つ見込みはあるのかと聞いておるのだ」

「その事でしたか」



 結局、わたしは外への外出権を賭けて『ルーデレ・ラピダータム』でマーティアと試合する事になっていた。一時はウルラウスの挑発で殺し合いになりかけたが、わたしとレグルスの仲裁もあってか、マーティアはウルラウスの出した条件を渋々受け入れたのだ。

 そんな訳でわたしたちは作戦会議のために三人で結界修復石陣まで移動している。因みにマーティアは神殿の中で待機してもらっている。


 外出権を賭けた試合のルールは一対三のチーム戦だ。通常のルーデレ・ラピダータムと同じく石を失った方の負けになる。修練石を失った人間は退場になり、わたし、レグルス、ウルラウスの三人が全員退場になるとわたしたちの負けだ。反対に一人でも残っている状態で、マーティアの石を弾く事が出来れば勝ちになる。

 特殊なルールとしてマーティアは結界の魔力を自由に使う事が出来る。人数差を埋める為だ。それと戦術魔法の使用は危険なので禁止された。そりゃそうか。


 要するにこの試合は、旅において魔物と遭遇した時を想定した、パーティ戦闘の訓練みたいなものだ。ここでマーティアに負ける様なら、冒険などとても出来る訳がないとの事らしい。それにしちゃ仮想敵が強すぎる気もするけどね。



「ひとまずはラクリマルム様の実力を計るため、レグルスと手合わせをして頂きたく。戦闘技術の程度によって戦術を考えますので」

「成る程な、相分かった。それはそうと、もう少しくだけた話し方で構わぬ。呼び名もマルムで良い。もはや同じ旅団の仲間ではないか」

「……畏まりました。ではこれからはマルム様とお呼びする事にします」

「ウル、その話し方じゃあ大して変わってないじゃないか」

ウルラウスから遅れてしばらく、自分用のテントを作り終えたレグルスが話を割って言った。


「前にも言いましたが私は普段からこの喋り方なのですよ、レグルス。それより水を汲んで来て貰えますか? 地図によれば少し下った所に沢がある様です」

「わざわざ遠くに行かずとも、神殿の雨水貯めから汲めば良かろうに」

「それには及びません。またマーティア様に怒られるのも面白くありませんし、何よりこの旅はレグルスの修行も兼ねていますから」

「じゃあ、そういう事だから悪いけどもう少し待ってて。戻って来たらすぐに手合わせを始めようと思うから、マルムも準備運動しておいたら?」

「相分かった」



 レグルスはウルラウスから紙片を受取ると、大きめの革袋を片手に森の中へと消えて行った。

 その様子を見送ったウルラウスは設営作業へ戻る事にしたらしい。彼は組み立て式のツルハシを使ってテントの周りを囲む様に溝を掘っていた。


「設営にも手間が掛かるものだな」

「ええ、こうして(ほり)を作りませんと雨が降った時、天幕に水が入り込んでしまいますからね。重要な作業です」

「魔術は使わんのか? 体力を消耗するし、何よりあまり効率が良く無さそうに思えるが……」

「ご冗談を。魔術師、魔闘師は魔力こそが生命線であり、唯一の価値なのです。こんな単純な作業に魔力を使って、肝心な時に術が使えなければ死あるのみですよ。冒険者たる者、いかなる時も有事に備え、例え魔術師であろうとも身体を動かして成し得る作業ならば、身体を動かして成すべきと私は考えます」



 しばらくの後、テント二つ分の壕を作り終わったウルラウスは手を止めて、乱れた銀の長髪を手ぐしで整える。彼はそれからわたしの隣に腰掛けて口を開いた。

「……こんな所で良いでしょう。さて、マルム様。私から一つ質問させて頂きたいのですが」

「ふむ? 答えられる事なら答えよう」

「恐れ入ります。質問の内容ですが、マルム様が我々の旅路に同行する目的をお教え頂きたく存じます。私が思うにマーティア様同行の元なら、明らかに危険な場所に赴かない限り安全であるかと。実の所マーティア様は我々こそマルム様に危害を加えんとする者であると、不審に思っているのではないでしょうか」


 大正解だ。流石に頭の良いキャラクターとして創造しただけあって核心を突いてくる。けれど、それをウルラウスにも打ち明ける訳にはいかない。

 『君がわたしを殺すからそれを防ぐために同行する』なんて言った日には、ウルラウスも色々勘ぐって話が無茶苦茶にこじれてしまうだろう。

 加えて自分の創った世界を見て回りたいとは、口が裂けても言えない。これはマーティアも巻き込んでとてつもなく大変な話になる。

 ならば本当の話をして無理矢理繕うより、最初から別の理由を言った方がよっぽどマシだと思う。


 そんな訳で完全に嘘ではないが、嘘を交えた理由で説明しよう。

「そうさな、理由は二つある。一つは『まことの歴史』を紐解く手がかりを得るためだ。見たとは言ったが防衛術が十分でなく、完全に手にする事が出来た訳ではないのだ。そなたもまことの歴史に纏わる穢れの話は知っておろう」

「神々の残した呪い、ですか……要するに、私たちは『疫病神の涙』を受取る対価として、マルム様がまことの歴史を得る手助けをする、という事ですね」

「うむ、そういう事になるな。二つめの理由は、病んだ皇帝を癒やすのにヒポイェティスの涙だけでは不完全だからだ。ただあの霊薬を飲んだだけでは、たちまち穢れに身を囚われ冥府へ墜ちてしまうのだ。穢れを回避しつつ、効力を得るには神殿の外にある『鍵』が必要なのだ。そしてその鍵のありかはわらわにしか分からぬ。その取得法もな」


「……陛下をお救いするに、マルム様の同行は不可欠という事ですか。成る程、良く分かりました」

「それは何より」


 それ以降、ウルラウスは(うつむ)いてぱったりと口を閉ざした。わたしは何となく、彼の瞳に暗い光が宿った様な気がして、声を掛けようと思えなくなった。

 わたしは妙な空気に居たたまれなくなり気を紛らわすのを兼ねて、レグルスとの手合わせに備えて準備運動を始めた。



 少しして身体も温まって来た頃、ウルラウスが地面に目を向けたまま声を発した。

「レグルス、戻りましたか。大分時間が掛かりましたね」


 振り返ると、水で満たされた革袋を抱えたレグルスが戻って来るのが見えた。

「ごめん待たせちゃって。それで、どう?」

「わらわは問題無いぞ」

「マルム様もこう仰ってますので、予定通り始める事にしましょう」

「……了解」



 革袋をテントに置いたレグルスは準備運動もそこそこに石陣の中に入り、杖を抱えたわたしと相対する。


「マルム、知ってると思うけど一応『ルーデレ・ラピダータム』の規則を説明するよ」

「うむ」

「一つ、互いに修練石を魔力で保持し、先に修練石を地面に落とした方の敗北。二つ、修練石が破壊された場合も同様に敗北とする。三つ、マルムは結界から魔力を得る事を禁ず。四つ、相手を殺害する目的での攻撃を禁ず」


 ルールはマーティアと三対一で戦うために決めたものと同じだ。因みに戦術級魔法の使用禁止は第四のルールに含まれている。まあ、隕石降らして『誓って殺すつもりは無い』と言った所で何をいわんや信じる者など居るわけが無い。


 改めてルールを説明されると試合とは言え、これから戦いが始まるという事を嫌でも認識させられて気が引き締まる。辺りは自然と剣呑な雰囲気に包まれていた。


 そんな空気の中、レグルスが前髪をいじりながら少し言いづらそうに切り出した。


「……ねえ、マルム。ただ手合わせするだけっていうのもつまらないしさ、ちょっとした賭けをしない?」

「んむ? 急に何を言い出すのかと思えば、賭けとな。まあ、申してみよ」

「試合を三番勝負にして、敗者は勝者の言う事を一つだけ何でも聞く。どう?」


 ……ううむ、何か急に変な事言い始めたな。レグルスはここまで子供っぽいキャラクターじゃなかった気がするけど。まあ、若干の違和感はあるけれど、断る義理も無いので承諾しよう。

「相分かった。その賭け乗ろうではないか」

「ありがとう。じゃあ追加するね。五つ、勝負は二本先取の三番勝負とする。六つ、敗者は勝者の指示する事一つに従う、以上。我らマルゼニアリアが大河に掛けて、違わぬ事をここに誓わん」

そう言ってレグルスは革手袋を外して握手を求め手を差し出してきた。



「うむ、誓おう」

 わたしが返事をして握手を返そうとした時、レグルスがわたしの手首を掴んだ。急な行動に、ついわたしも彼の手首を掴み返してしまった。


 にわかにレグルスとわたしを青い光が取り巻き、渦になってわたしたちの重なった腕に集束してゆく。異変にレグルスの腕から手を離そうとも、接着剤で固めた様に動かなかった。何も出来ぬままに、レグルスとわたしの間に集まった青い光球は光線に変化し、天へと昇って消えた。これは、まさか『契約魔術』……


 全てが終わった後、視界の端でウルラウスが不敵な笑みを浮かべていた。 

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