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第十三話:アウェ・ウィアートル!

 粛然(しゅくぜん)とした神殿の広間に息吹が木霊する。無意識に尾が地を打ち鳴らし、呼吸と合わせてリズムを刻む。けれども思考はテンポを合わせることなく、ただただ空回りしていた。


 どうしようもないので考える事を放棄して、答えの分かりきった質問を投げる。

「それで、マーティア。何故龍の姿に戻らせたのだ?」

「もちろん人の姿を取ったマルム様は大変お美しいかと存じます。ですが些か威厳に欠けますゆえ、そのまま例の二人と会うには不適かと」

隣に控えたマーティアがドアの無い正面玄関を見据えたまま言った。


 わたしは神殿に入るなり、広間の魔法陣を使い変化呪文で変身させられていた。まあ、幼女の姿で『こんにちは、神様です』って言った所でねえ。

 そんな訳でわたしはマーティアの指示に従い、龍の姿で待機しているのだ。


「してマーティア。ウルラウスとレグルスが神殿に着くに、あとどれぐらいかかる?」

「マルム様が結界を修復して下さったお陰で、彼らの位置は把握出来ています。距離にして神殿から約半ミリオンでございます」

「……成る程?」


 全然分からん。こんな事なら単位をメートル法にしておくんだった。いやまあ設定したのわたしだし、計算すれば何とかなるんだけどさ……


 取りあえず計算してみよう。

 ミリオンは大体国際マイルに等しく、メートル法に換算すると約千五百だ。今回は半ミリオンなので、七百五十メートル。不動産基準の徒歩速度が一分につき八十メートルだから、半ミリオンだと九分ぐらいの距離かなあ。まあ、山道であるという事を考慮して二十分ぐらい掛かると見積もろう。


 一つ問題があるとすれば、神殿に時計が無いので何の意味も無い計算だってことかな!



「おおよそ四半刻(しはんとき)程の距離か。手持ち無沙汰だな」

そう誰に言うとでも無く呟くと、マーティアが杖で床を突く。すると柱の陰から見慣れた正方形の石が数十個飛んできて整列を始めた。……いつの間に作ったんだ。全部壊したはずなんだけどな。


「修練石をご用意させて頂きました。手慰みにでも如何でしょうか」

「……随分準備が良いではないか」

「恐れ入ります」


 僅かな時間も訓練に利用しようとするマーティアに少し不満もあるが、どうせ他にやる事も無いので修練石で遊ぶ事にしよう。

 石を組み体操の様に動かしてみると、スムーズに組み合わさった。

 偶数奇数のセットで付いたり離れたり、ひねりを付けた螺旋(らせん)を描く一本の棒にしてみたり。速度も位置も、全てがイメージ通りに動く。

 なんだか調子が良いな。ちょっと前に必死で石をつむつむしていた時とは大違いだ。ようやく身体の扱いに慣れてきたのだろうか。


 丁度石でハートマークを作り終えた時、黙ってわたしの遊びを見ていたマーティアが口を開いた。

「マルム様、そろそろ彼らが到着致します」



 あれ、もうそんな時間かあ。自由に魔力を動かせるのが楽しくて、夢中になっていたらしい。ひとまず石で遊ぶのを止めて、目に集中して魔力を視る。

 入り口の方に楕円の碧い魔力の塊が二つ。片方からは細い触手の様な形に変化した魔力が十数本伸びて、神殿の中を探っている。遠見呪文だな。


 ……ううむ、慎重になるのは分かるよ? けど何時までウニョウニョやってるんだろう。早く入って来れば良いのに。こっちは結構待ってるんだけどな。


 面倒臭いのでこちらからアプローチする事にしよう。

「マーティア、(らち)が明かぬ。連中を中に入れよ」


 マーティアは「畏まりました」と言って入り口に向かう。彼女は魔力の触手が探るギリギリの位置で立ち止まり、杖で床を打ち鳴らした。すると神殿を探る遠見の触手は煙の様に空気に溶け消えていく。

 マーティアは遠見呪文が消えて行く様をしばらく眺め、呪文の効力が完全に失われた事を確認した後、一呼吸を置いて声を張り上げた。


「ラクリマルム様が謁見をお許しになった! 直ぐさま御前(ごぜん)にその身を晒し、聖なる冥夜(めいや)神龍が領域に足を踏み入れた理由を申し述べよ!」


 おずおずと、ウルラウスとレグルスの二人が神殿へ足を踏み入れる。彼らは揃いも揃ってわたしを見て目を見開き、その場に立ち尽くした。

 その様子を見たマーティアは見るからに不機嫌な面持ちを浮かべたものの、従者としての役割に徹する事にしたようだ。杖を打ち鳴らして今一度叫ぶ。


「ここに御座(おわ)すは闇の女神テネブラエ様が直神(じきしん)にして神々の使徒。世界(テラエ)を巡る夜帷(よとばり)、冥夜神龍ラクリマルム様である!」 


 その言葉を聞き終わるや否やウルラウスとレグルスの身体はビクリと反応し、右手を胸に頭を下げた。二人は敬礼が終わると直ぐに両の膝を折って(ひざまず)き、手を組んで頭を垂れる。


 ……大分怖がられてるなあ。ここは気さくに話しかけて彼らの緊張をほぐす事にしよう。


「こんにちは! わらわはっ……」

言いかけた所で、拍子木の様な甲高い音が広間に響きわたった。音の発生源に目をやると、マーティアがこちらを見ながら杖を床に突き立てていた。


 ひええ……わたしの身体がビクリと反応したが、頭を下げる二人も反応している。マーティア以外の全員が彼女の一挙手一投足を窺って戦々恐々だよ。


 とにもかくにもフレンドリースタイルは許されないらしい。仕方ないので何時もの感じでやろう。


「良くぞ参った、旅人よ。わらわは闇の女神テネブラエが子にして夜の化身、ラクリマルムだ。(おもて)を上げよ、直答を許す」

 二人は顔を上げる。彼らはしばらくわたしの顔を見つめていたが、やがてウルラウスが唾を飲み込んでから口を開いた。


「……アナタニコンンチワ。ワタシ、ニンゲン、ウルラウス・リッテラートゥス・アリストソフィウス・クレメントロス、デス。トナリ、ゲンロウイントアウラノタミノクニノ、コウテイノコドモ、レグルス・コルレオニウス・アウラ、デス」


 超カタコトっ! 言ってる事は何となく分かるが、全く頭に入ってこないよ!? わたしはウルラウスをそんなキャラに設定した覚えは無いんだけど!


「そ、そうか。うむ、そうか。それで、そなたらは何をしに参ったのだ?」

「アウラコウテイノ、チリョウホウサガシニ。ワタシタチ、テヲツクシタ、ホーボーニ。デモ、ダメデシタ」

「成る程、成る程。それでわらわの所まで参った訳か」

「ソウイウコトヤ」


 ……何だこの、この感じ。絶妙に神経に障るなコレ。

「……しばし待て。…………マーティア、マーティアッ!」


 マーティアが(せわ)しなくとわたしの元に駆けつける。わたしは龍の長い首を床に近づけ、マーティアから意見を聞く姿勢にする。

「それでマーティア。一体どういう事なのだこれは」

「はっ。どうも彼らは我々の言葉を満足に使えぬようです。よもやこれ程までに『神代語(テオロゴス)』が通じぬとは思い至りませんでした」

「そうか、神代語が……」



――『神代(じんだい)語』は神々が使う言葉の事で、力を秘めた言葉の事だ。

 新約聖書に曰く『はじめに(ロゴス)ありき。言は神とともにあり、言は神であった』というが、この世界において『言葉(ロゴス)』は(まさ)しく『自然』や『運命』であり、あるがままでは揺らいでしまう世界を定義する原理そのものなのだ。

 だから呪文は言葉によって発動する。実の所『まことの歴史』を巡って行われた神々の戦争とは、命を掛けた言葉の応酬。すなわち『論戦』だったのだ。


 そんな力を持った神代語は時代が下り、人が支配する時代になると『共通語』へと変化していった。これが今日の世界(テラエ)で話されている言葉であり、そこにはもはや神秘の力など存在してはいない訳である。


 現代の――小説世界においての――人々が扱う呪文は、神代語が力を失わぬように何とか形を保った『真言葉』によって行使される。

 『真言葉』はアセンブリ言語のような進化したプログラミング言語だ。対して『神代語』は世界に直接働きかけるマシン語みたいなものなので、この二つの言葉で交わすやりとりでは何となく意味が通じるものの、上手いこと疎通をはかるのは難しいのだ。



 ぶっちゃけ彼らがロクに神代語を喋れないのは知っていたけどね。設定を作ったのわたしだし。でもこんなカタコトに聞こえるのは予想外に過ぎる。

 本筋だとマーティアが通訳する感じだったと思うが、わたしはウルラウスとレグルスの二人と直接話をしたいのだ。もう直答を許すって言っちゃったしね。でも、このまま話を続けるのは辛いのでマーティアに何とかしてもらおう。


「どうすれば良い。わらわはあくまで直接言葉を交わしたいのだが」

「……成り行き上、人体変化をしてお話になるしかないでしょう。思惑通りとは行きませんでしたが、彼らは今の所マルム様のお姿に畏敬の念を抱いているようですし、問題は無いでしょう」

多分、畏敬じゃなくて畏怖だと思うけどね。まあ、それはどうでもいいや。話を続けよう。


「ふむ、人化すれば話が通じるのか?」

「はい。共通語は喉を使った言語ですので龍のお姿ではままなりませんが、人のかたちを取れば喉を使って声を発する事が可能です。現に修練の際などは共通語で私と会話を交わしておりました。もっとも、マルム様は意識無く使い分けているようですが」

「成る程な。ならば人体変化するとしよう」

「畏まりました、準備致しますのでしばらくお待ちを」


 マーティアはウルラウスとレグルスに何か言葉を告げた後、わたしがいる広間中央を本棚の壁で囲った。


 何か、着替えみたいなノリだな。特に合図も無いけど、これが準備なんだろう。取りあえずちゃっちゃと変身して話を続ける事にしよう。


「ムータティオ・ホミネム」

呪文を唱えるとたちまち身体が黒い光の帯に巻かれ、あっという間にわたしは幼女の姿に戻っていた。龍に変化する前に着込んでいた甲冑もそのままで、右手にはいつの間にか杖が握られている。


 程なくしてわたしを囲む壁は順番に地面へ格納され、元の大広間へと戻った。わたしの早着替えならぬ早変身に、ウルラウスとレグルスは驚きの表情だ。

 

 くふふ、何だか良い気分だな。折角なので、胸を張ってもう一度名乗りを上げよう。 

「待たせたな。わらわは闇の女神テネブラエが子にして夜の化身、冥夜神龍ラクリマルム。旅人よ、良くぞ我が神殿へ参った。話を続けようではないか!」

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