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第九話:マーティアの魔術レッスン -戦闘編- 2/2

 あれからどれだけ時間が経ったか。もうあたりは暗くなっていたが、マーティアが浮かべた魔術の光のお陰で、残念ながら試合はまだ続いている。でも、何度やっても勝てないし、負ける度に説教されるし、オマケに電撃は浴びるしで、もう疲れたよパトラッシュ。


 ……もう身体はだるいし、頭もボンヤリしてきた。肉体的なダメージは修練石に掛けられた障壁のお陰で無に等しいが、精神的なダメージが大きい。全身を覆う気だるさは、魔術を使い過ぎたせいかもしれない。いずれにせよ、次は本当に本気でやる。わたしはもう色々と限界なのだ。


「……マーティア、済まぬが次は殺すつもりで行くぞ」

「一度も良い所がありませんのに口だけは達者ですね」


 もう煽りなど聞くものか。今こそボッチ生活で培ったスルースキルを見せる時だ。思えば、三年間の学校生活を共にするクラスメイトに悪態をつかれる方がよっぽど辛い。出会って一日も経たないマーティアに何か言われた所で、大した事は無い。



 マーティアが杖を構えて礼をした。わたしがぞんざいに礼を返すと、彼女は修練石と共に後ろに大きく飛び、わたしから距離を取った。最後の試合の始まりだ。


 一端安全な場所まで離れたマーティアは『魔力の盾』を展開し素早く戦闘態勢を取る。最小限の防御だけ整え、素早く攻撃に移るマーティアお得意の戦法だ。

 実際、アウトマーティアはラクリマルムによって造られた人形だ。一切の生命活動を行わない彼女は毒などの(から)め手に配慮する必要も無いうえ、痛覚すらも無いので多少のダメージは気にせず闘う事が出来る。捨て身の速攻はマーティアに適した戦法なのだ。


 今回わたしはラクリマルムのやり方で闘う事にする。今までは自分のキャラクターに対する躊躇があったが、もうそんな事に構ってはいられない。わたしが知っているラクリマルムの闘い方こそが、この身体のパフォーマンスを最大限に活かした戦法だろう。



 始めに時間稼ぎの壁を作る。その後に唱える障壁呪文にはちょっと時間が掛かるのだ。

テレウス()パリエース()

目の前の地面に亀裂が入り、土の壁がせり上がる。その場しのぎの防壁が出来た。次は障壁だ。

「マギア・ダイモネス・ドラコスクァーマ」

わたしがラクリマルムの専用障壁魔術『神霊龍鱗障壁』を唱えた終わったと同時に、突然轟音と共に土壁が砕け、空いた大穴からマーティアが現れた。同時に土塊(つちくれ)が幾つも飛んで来るが、障壁に阻まれた土は欠片もわたしの元に届くことは無い。丁度良いので飛んできた土を利用する事にしよう。


コアーグラーティオー(凝固せよ)エト(そして)フェリオー(撃ち抜け)グラエバーリウス(土塊の)グロブルス(弾丸)!」

飛来する土を幾つかの弾丸にし、マーティアに向かって撃ち返す。鞭を振るった様な甲高(かんだか)い音を響かせながら土弾がマーティアを襲う。

 彼女は器用にも杖を回転させながら全ての土塊を弾いた。もちろん呆けてその様子を眺めているわたしではない。一気に畳み掛ける。


テレウス()()サルコパグス()

壊された壁を再利用し、土で出来た正方形の棺を作り出しマーティアを囲む。

スブルオー(崩れよ)エト(そして)フォンス(湧け)アクアールム(水よ)

続けて即座に棺を崩し、水を湧かせ泥土に変換。

グラキオー(凍結せよ)!」

最後に時間が許す限りの魔力を突っ込み凍らせて完了だ。


 泥土を凍らせた檻を作ったのは、恐らくその方が強度が出るからだ。おがくずを混ぜた『パイクリート』と呼ばれる氷で空母を作ろうとしたイカれたイギリス人がいたが、要はそれの真似という訳だ。

 実際、パイクリートは高い強度と(じん)性を持つ結構な発明である。動画サイトで見た事があるが、ライフル弾を受け止める程の堅牢さがあるのだ。


 さて、凍った泥土に埋もれたマーティアが無事かどうかだが、多分死にはしないだろうと思う。むしろ、それ程時間を掛けずに脱出してくる予想すらある。まあ、もちろんそれも想定の範囲内だけどね。所詮(しょせん)この凍った泥の檻も時間稼ぎだ。今の内に回避不可能な大魔術を準備しよう。これで終わりだ。これで終わらせる。


 ありったけの魔力を光線の様に天へと放って詠唱を開始する。夜空を見上ぐ視界の端で、泥の檻にヒビが入ったのが見えた。 ……もう少し耐えてくれよ、頼むから。


フラグランテル(燃え盛る)・ラピス・デ・カエロ・ラプ(天より来たる大岩よ)サス・ピュロボロールム(爆裂し)コンジェクティオー(降り注げ)!!!」

 呪文の詠唱が終わると同時に、泥山の頂上が吹き飛びマーティアが姿を現す。何とか間に合った。後、わたしがやる事は魔力を注ぎ続けるだけだ。



 空から燃え盛る隕石が白い尾を引いて、轟音と共にマーティアへ向かう。彼女は目を()いて天を見た後、降り注ぐ隕石に向けて杖を掲げ呪文を唱えた。杖の宝玉から碧い光が(ほとばし)りマーティアを包む。『防護呪文(プローテクティオー)』か。


 『防護呪文』は単純に術者が意識したものを弾く防衛用魔術だ。『障壁呪文』と違うのは『意識して害を弾く事』にある。

 障壁呪文は一度掛けてしまえば意識せずとも身を守ってくれるが、魔力対効果の面で防護呪文に劣る。対して防護呪文は少ない魔力で、より多くの攻撃を防ぐ事が出来るが、意識を集中して展開し続けなければならない。

 要は攻撃を捨てた防御に徹する呪文な訳である。それでもマーティアが防護呪文を使ったのは、簡易な障壁呪文『魔術の盾』のみで降り注ぐ隕石を掻い潜るのは無理だと判断したからだろう。もう少し上等な障壁を使っておけば、こうはならなかったものを。マーティア、油断したな?


 次々降り注ぐ高速の隕石が衝撃で地面を揺らし、爆音で空気を震わせる。数秒も経たぬ内にマーティア周辺は(えぐ)れ、猛る炎が赤々と周囲を照らす。

 隕石のせいで着弾地点の様子は全く見えないが、碧の火花が散っているのを見る限り、マーティアはまだ生きているらしい。

 イラつきを叩き付ける様に杖を握る力を強め、全身の血を流し込むイメージで魔力の放出を高める。


 ……そもそも何故わたしがこんな苦労をしなくちゃいけないんだ。わたしが何をした? 望んでこの世界に来た訳でも無いのに、自分の小説のキャラクターを演じる事になって、しかも十分で無いからと自分の小説のキャラクターに理不尽な仕打ちを受ける始末だ。

 わたしが文を削除すれば、わたしが小説そのものを消してしまえば、潰えてしまう世界と存在だというのに。わたしが大人しくしていれば良い気になって……

 いや、言うがまま流されるわたしも悪いのか? はあ、そもそもこんな事に考えさせられる事にイライラする。



 ふと視界に意識を戻すと、わたしが残した山積みの修練石が規則的な動きで移動し、マーティアがいるであろう場所に巨大な石の盾を作り始めていた。


 ……ああ、修練石には弱いけど障壁呪文が掛かってるもんね。重ねれば結構な盾になるって事か。いけないなあ、マーティア。それはルール違反じゃないのかな?


 もっともっと魔力を注ぐ。隕石が速度と数を増し、マーティアの石盾を削って行く。


 まだまだ足りない。やれるだけ注ぐ。心の不快感を吐き出す様に。目の前を黒いもやが覆って行く。


 降り注ぐ隕石の切れ目。

 一瞬の間。


 不意にマーティアと目が合った。

 彼女の不安げな視線と表情を見た時、我に返る。


 わたしは…… わたしは一体何を。自分の大切なキャラクターに……


 集中が途切れ、視界が歪む。視界は完全に暗く、もう何も見えなかった。

 

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