あ、これあかんヤツや
「あ、これあかんヤツや」
それが私が「私」として発した最初の言葉だった。
その日までは「私」は正真正銘、何の曇りもなく、平々凡々な超庶民だった。
いや、勇気を持って言えば「下町のアイドル」と言ってもいいくらいには皆に愛されて育った庶民だった。
父も母もすでに亡く、でも愛情の記憶と、わずかばかしだが何とか生活できるほどの財産は残っていて、
周囲の助けもあって毎日元気に楽しく!生きていたのだ。
しかし。
なんかやたらと豪華な馬車からなんかやたらと豪華な服着たなんかやたらと偉そうなおっさんが。
「お前は不本意ながら最後の我が孫である!養子にいれてやるから学院へ通え」
とかなんとかほざいたのである。
どうやらお父ちゃん、駆け落ちお貴族様だったみたい。
まぁそこからはお決まりの、前世の記憶思い出したパティーン。
熱出しーの、うなされーの、思い出しーの、飲み込みーの。
流行りの異世界転生ってやつだと言うのは理解した。
伊達に前世、ラノベを読み漁ってた訳じゃないぜ。
最近は乙ゲーの世界に転生した悪役令嬢が奮闘して、婚約者といちゃつく低位貴族か庶民ヒロインちゃんに婚約破棄されて、だけど最後はざまぁするのがお約束よね。
で、なんだって?
貴族しか入れない学院に今から編入だって?
第二王子も通ってるから隙あらばお近づきになれって?婚約者の公爵令嬢でもいいぞって?
顔だけはいいんだからって?
これカンペキにヒロインポジションじゃーーん。
これカンペキにざまぁされるやつじゃーーーん。
で、冒頭の台詞に戻る。
「これあかんヤツや」
悪役令嬢にざまぁされる未来しか見えないよー!
え?そう決めつけるには根拠足りないって?
でもさー、一度そう言う目で見始めたら、私の髪の毛ピンクしかも桃色っぽい感じだよ?しかもきゅるんって感じの小動物系。
そんな「桃色の髪」の「守ってあげたい」容姿の「元庶民」が、「王子様と婚約者」のいる「学院に編入」って。
これがざまぁフラグだと信じきってしまうほどには、
悪役令嬢モノ好きでしたから。キリッ。
とはいえラノベは読み漁ってたものの、
実は乙ゲーとかしたことなかった私(イケメンより可愛い女子を愛でたい派)。
だから当然この世界の知識なんてないわけで。
そういう意味では本当にそういう世界なのか半信半疑だった。
なんというか、それどころじゃなかったのもある。
今世の記憶はもちろんあるけど人格的には前世の方が強くなっちゃって、性格が変わったのはまぁすぐそのおっさん(私のおじいちゃんらしいけど情のわきようがないよね)に引き取られて環境が一変したから周りには変に思われなかったんだけど。
生活様式がねー、現代日本から中世ヨーロッパだよ?
(なんでこういうのって中世ヨーロッパなんだろね)
魔法のおかげで生活水準は保たれてるとはいえ、もーカルチャーショックだよ、異世界だからワールドショックか?
なんでもいいので私にスマホを与えてください。プリーズギブミースマーホ。
閑話休題。(これも使ってみたかった)
現実に適応することに精一杯で乙ゲーうんぬんは私の妄想かなーなんて思ってたんだけど。
実際に学院に通い出したらどんどん確信が深まってきた。
まず、同じ学院内に、第二王子、公爵令嬢、騎士団長の息子、宰相の息子、魔導師長の義理の息子、公爵令嬢の腹違いの弟、その婚約者たちが通ってる。
しかもほぼ同学年(ベビーブームでも起きたの?)。
次に、公爵令嬢はキツめのボンキュボンの完璧美女。
第二王子とは幼い頃からの婚約者だが、成長するにつれて距離が出来ているらしい。
最後に私。「元庶民」の令嬢が編入してきたと大層噂になっているらしい。そして実際にその容姿と学力の高さで一目置かれていると同時に貴族のマナーを知らないふるまいに一部の貴族に睨まれている、らしい。
以上、女子トイレから息を潜めてレポートをお届けしました。
私について言えば、うん、まぁそうなるよねって感じ。
容姿はともかく学力は現代日本の義務教育ありがとうって感じだし、貴族のマナーなんて前世今世合わせても知らんわってなるよね。
学院入る前に引き取られた時もマナーというより貴族の勢力図を叩き込まれた感じだし。
なまじ食事マナーが出来てた(前世の親に感謝)からあのおっさんも気付かなかったっぽい。
なので絶賛ぼっちなうです。
いや、ぼっちなのはいいんだ。休み時間にスマホいじって現実逃避できないのはつらいけど。
一部の貴族に睨まれているってのも皆育ちがいいから、嫌味にならない嫌味を言ってくるレベルだし。
むしろパイセン教えてくださいあざまーす!って感じだし。
何よりも怖いのが、これがシナリオ補正なの!?ってレベルのエンカウント。
貴族の学校って無駄に広いのね?だから迷うじゃん。そしたら第二王子に会うじゃん。
道教えてくれてありがとうって笑ったらニコポされるじゃん。
ぼっちな私、昼休み暇じゃん。スマホないじゃん(しつこい)人気のない花咲き乱れる温室で寝るじゃん。起きてあくびするじゃん。涙目になるじゃん。そこに宰相の息子くるじゃん。心無い噂に胸を痛めて一人涙する健気な令嬢の出来上がりじゃん。
…これ全部いう?
めんどくさいから以下省略。
まぁこんな感じで意図せず、大事なことだから二度言う、意図せずに攻略対象と思しき人たちを魅力カッコ笑してしまったんです、意図せず。三度目。
「あ、これあかんヤツや」
初回と違ってあかんレベル上がってるヤツや。
これが鈍感系ヒロインちゃんならお花畑にいられたんだけど、残念ながらKYよくない現代日本から来た私は、ひしひしとそのあかん具合を感じてしまう。
その間もやれ王子に近寄るなだの身分をわきまえろだの至極ごもっともなご忠告は受けるし、お茶会に呼ばれたら無作法を叱られるし(話す順番とか知らんがなー)、そのうち呼ばれなくなるし(そうだろう、お互い気まずくなるし)、その全てが何故か王子達の耳に入ってて、何を言っても「健気だな」ってなるし!
どうしよう、これ本気でざまぁへの道やないかーい!
かくなる上は!公爵令嬢も転生者であることを願って敵意のなさを直談判しよう!!と思っても、あちらは公爵令嬢、こちらはしがない庶民上がりの男爵令嬢。話す機会なんてないよね。でも多分転生者なんだよ、直接いじわるしてこないし、高慢なワガママって感じないし。
どうしようどうしようと悩んでいたら、やってきました断罪イベント。
皆があつまる創立記念パーティー。
えーーーーー!?
ちょっと待ってーーーー!?
私と王子、恋仲どころか友達ですらないよね!?
私、せめてそこは!と思って最大限距離置いてたよ!?
何婚約破棄宣言しちゃってんの!?
何勝手に私を新たな婚約者に指名しちゃってんの!?
私に対する数々の悪事って!何もされてないって!
証言者もいるって、誰あなたーハジメマシテー!?
と叫び出したいのに、この場で最も身分の低い私に許可なく発言する権利なんてないし(この辺は学んだ)
私に出来ることと言えば驚いた顔でぶんぶん首をふるだけ。
いや、脅えてるわけじゃないからそこどけ魔導師長の義息子!
王子もこのままだと馬鹿な息子だと愛想つかされて廃嫡されて、最悪幽閉されるか辺境に送られる途中で暗殺されるパティーンだよ!?
「あ、これまじであかんヤツや」
思わずもれた私のその言葉に。
反応したのはやはり公爵令嬢だった。
「貴女…お仲間かしら?」
その時の彼女は後光が差していたと、後に私が語った。
どうやらやはり彼女も転生者らしく。
しかもばっちりゲームの知識も持っていたらしく(やっぱり乙ゲーだった)。
悪役令嬢としてざまぁ回避しつつヒロイン(私)の様子を伺ってたらしい。
シナリオをなぞるかのような私の行動と、それにしては攻略対象へ冷たいというちぐはぐさに判断しかねていたところへ、最後の最後であのセリフで確信したという。
転生悪役令嬢という最高の味方を得た私は、発言も許可されて、ようやく王子達に何の感情もないこと、身分もあり強く拒否も出来なかったこと、公共の場でこんな騒ぎを起こして申し訳ないと思っていることを切々に訴えた。
自己保身と取られかねない発言だったが、普段の私を知っているクラスメイトやそれまで忠告してくれてた貴族たちも援護してくれて、何とか信じてもらえた。
そんな騒ぎを起こした王子達は、転生公爵令嬢が根回しをしていたようで、各自家に引き取られ再教育されるようだ。
そりゃそうだろう、私が悪意ある令嬢だったらハニートラップに引っかかりまくってるのだから。更に自分達の権力の使い方も分からず逆にそれに躍らされているのだから。
とは言え廃嫡とならなかったのは、被害者の私がしがない下位貴族であることと、公爵令嬢のフォローがあったからだろう。
かくしてざまぁ回避という人生最大の目的を達成した私。
残りの学園ライフは、クラスメイトと打ち解けて脱ぼっちしたり、引き取られたおっさんもといおじいさんと和解したり前世仲間の公爵令嬢と身分を超えた交流をしたり、公爵令嬢の恋バナ聞いてによによしたり、いつの間にか改心した公爵令嬢の義弟に求婚されたり。
「あ、これあかんヤツや」
嬉しすぎて幸せすぎてあかんヤツやな!