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ナナ

『宝石店に稀少宝石が持ち込まれる』


 こんな題が付けられたネット記事があるニュースサイトに載った。

 それを真理さんから見せられたのは、僕たちがビジネスホテル蒼に捜索に行った翌日の午後だった。僕たちはその時、例のごとく喫茶店ナボコフにいた。真理さんがネット検索(ハッキングした情報も含む)をしていた時に、その記事を見つけた。


『昨日、午後六時頃、世田谷区にあるR宝石店に宝石らしき物が持ち込まれた。持ち込んだ人物は、それを店の店員に黙って渡すと名前や連絡先も告げずに立ち去った。店でその宝石らしき物を鑑定すると、希少価値のあるイエローダイヤモンドだということが判明した。その謎の人物が、時価で一億円以上の価値があるイエローダイヤモンドをなぜ置いて消えたのか。届けを受けた警察では、事件性がないかを調査中である。なお、宝石店ではミステリアスな出来事に困惑しながらも、警察の捜査が終了するまでイエローダイヤモンドを大切に保管し、持ち主が現れるのを待っているそうである』


 記事を読み終わって、僕は顔を上げた。


「イエローダイヤモンドを持ち込んだ人物って、ニセ安岡かな? 」

「シュン君、あんた真面目に言ってる? 」

「だって、このタイミングでイエローダイヤモンドを持っている人物っていったら、ニセ安岡しかいないし」

「この記事は釣りよ」

「えっ、どういうこと? 」


 僕は首を傾げた。

 真理さんが優雅にデミタスカップを口元に運ぶ。中に入ったホットココアを一口飲むと、「分からないのかなあ? 」と優しく微笑んだ。その微笑みが逆に怖い。


「つまりね。この記事は偽物ってこと。おそらく、と言うか99パーセント村木さんが仕組んだものよ。やはりこの方法に気が付いたのね。シュン君に質問。イエローダイヤモンドが持ち込まれて、それが本物と鑑定された。その記事をニセ安岡が読んだらどうなると思う? 」

「自分が持っているイエローダイヤモンドが、偽物かもしれないと不安になる」

「そう。その通り。ちゃんと分かってるじゃない。不安感に駆られたニセ安岡はすぐにでも真贋を確かめたくなる。傷が癒えるまで待ってはいられなくなる。だって、爆弾が仕掛けられていた人形に、本物のイエローダイヤモンドがそのままあったこと自体が奇妙に感じてしまうから」

「じゃあ、村木さんは人形の眼を偽物のイエローダイヤモンドにすり替えていたってこと? 」

「それはない。だって村木さんにそんな偽物のイエローダイヤモンドを作る技術があるなんて考えられないもの。ニセ安岡にイエローダイヤモンドが偽物だと見破られたら、彼に人形からイエローダイヤモンドを取り出す作業をさせることが出来なくなる。だから、イエローダイヤモンドはそのまま本物を使った。つまり、ニセ安岡が持っている物が本物よ」

「でも、ニセ安岡がこの記事に気付くかな? 」


 田畑君の疑問はもっともだった。僕もそう思う。


「気付くわよ。ニセ安岡は、自分がイエローダイヤモンドを持ち込める宝石商を探してネット検索しているはず。検索ワードを『宝石』としたら、この記事にも気付くことになるわ。早い内にね。もしかするともう気付いているかもしれない」

「その記事を見たら、ニセ安岡はどう動くとね? 」

「その宝石店に忍び込む。堂々と正面から入るわけにはいかないからね。そして、そのイエローダイヤモンドが保管されていると思われる金庫を開けようとする」

「でも、ニセ安岡に金庫を開ける能力とかあるのかな? 」


 僕には、その能力がある。最新式の顔認証のロックが付いた金庫は無理だけど、普通のダイヤル式のなら三分もかからず解錠できる。って、自慢している場合ではない。限りなくダークサイドに近い能力なのだから。うう、軽い自己嫌悪。


「ニセ安岡にはそんな能力は無いと思うわ。それがあったら老資産家の屋敷で強殺することも無かったでしょうし」

「じゃあ、どげんするんね? 」

「金庫を開けることができる人を脅して開けさせるのよ。ニセ安岡はそうするはず。確実に金庫を開けることが出来る人は限られてくるから、ニセ安岡が捕まえるのは宝石店の店長ね」

「店長さんが危険だ」

「店長は大丈夫なはずよ。それより危険なのは、店長に変装した村木さんよ」


 え、村木さんの変装? 


 僕の疑問が表情に出たのか、真理さんが「必ず村木さんならそうするわ」と言った。




 午後八時を回った時に、僕たちはR宝石店が入っているビルの近くに潜んでいた。三人とも黒ずくめの格好だ。とは言っても、真理さんはゴスロリだし、田畑君は黒い長袖シャツの裾にはプンプンバッジを3個つけているので、緊張感に乏しい。

 真理さんはタブレットを片手にビルの中の様子を監視している。ビルのセキュリティシステムは、すでに真理さんがハッキングしていて真理さんの手の内にある。つまりビル内にある監視カメラも自由に見ることが出来ている。


 ゾクッ。


 背中に悪寒が走った。以前にも感じたことがある寒気だ。誰かに見られている感じがする。もしかすると空さんの気か? エスパー系サイコキネシスの能力を持った空さんは、凶悪犯を抹殺するために暗躍している。彼がニセ安岡をターゲットにしたとしてもおかしくはない。でも、もしそうなら新たな殺人事件が起こってしまう可能性だってある。


「真理さん。気を感じる。空さんの気かもしれない」


 小声で囁いた。


「ボクは何も感じないけど、シュン君がそう感じるのなら、そうかもしれない。前の事件の時にもシュン君だけが空さんの気を感じていたからね。でも、そんなことを気にしていたら目の前で起こっていることを見逃してしまうことになるわ。先ずは目の前のことに集中よ」


 真理さんが言うことにも一理ある。しかし、最強の異能力をもった空さんが出てきたら、彼の暴走を止めることが果たして出来るのだろうか? 心配だぞ。


「あのさあ、」


 僕が言いかけた時、真理さんが「しっ」と唇に人差し指を当てた。


「ビルの三階の非常階段に潜んでいる人影を見つけたわ。右手に包帯をしているから、これがニセ安岡に違いないわ」


 タブレットの画面をのぞき込むと、なるほど不審な人物が映っている。顔はカメラの位置関係から見えないが、右手に包帯をしていて、この人物がニセ安岡だと断定しても間違いないと思う。

 真理さんがR宝石店内の画像もワイプ状態で映し出した。営業時間は終わり、店のシャッターも閉まっていて店の中にいる店員の数も少ない。彼らは後片づけをしているようである。その中にいて指示を出しているような動きをしているのが、この宝石店の店長さんだろう。


 村木さんは彼に変装しているのだろうか? そしていつの時点で、どのような方法で彼と入れ替わるのだろう? 


「村木さんは、罠を仕掛ける側の立場。だからその準備のための時間的余裕があった。今朝、本物の店長にニセの商談話を持ちかけ、彼を横浜に誘いだしている。そんな記録が店長のパソコンの管理スケジュールに残されていたわ。だから、今ここに映っている店長は村木さんが変装した偽者よ。おそらく商談話が急にキャンセルになったとか言って潜り込んだのね」


 僕の表情に?マークが浮かんでいたのだろうか? 真理さんが、僕の頭の中に浮かんだ?マークが滑走を始める前に疑問を解決してくれた。


「そろそろボクたちも行くわよ」


 僕と田畑君は無言で肯き、三人でビルの入り口に向かった。

 R宝石店が入っているビルは一階と二階はR宝石店の店舗と事務所になっており、その上の階には他の企業が入っている。昼間はフリーパスでビルの中に入れるが、午後八時以降はセキュリティが作動し、ビルに入るにはセキュリティカードが必要になる。…らしいのだが、そこはそれ、真理さんが既にビルのセキュリティシステムを完全に掌握しているので、僕たちは難なくビルの中へ潜入できた。

 エレベーターを使って二階に上がる。二階に着いた僕たちは非常階段の出入り口の所まで移動した。


「ニセ安岡はまだ動き出す気配はないわ」


 タブレットの画像を確認した真理さんが言った。


「店長が二階の事務所に上がってくるのを待っているみたいね」

「でも、どうやってそれを知るんだろう? 」

「盗聴器でも仕掛けたんじゃない。音でも人の動きは分かるから。それより一応ボクたちも隠れるわよ。村木さんが、どんな手段でニセ安岡を成敗するつもりなのかは分からないけど、その前にボクたちがニセ安岡を確保しないと。でも用心してね。もしかすると拳銃を持っているかもしれないから」

「えっ、拳銃! そんなの持っていたらやばいじゃん」

「だから用心するに越したことはないわ」

「何かそれの対策はなかとね? 」


 田畑君が不安げに言う。同感だ。


「ない」


 真理さんが一言で済ませて口角を上げる。ひえ~、怖いよぉ。そんな、真理さんが。


「シュン君、あんた今、ボクのことが怖いとか思わなかったでしょうね? ター君も」


 テレパスでもないのに何で分かるんだと思ったが、慌てて首を横にブンブンと振った。田畑君もそうした。


「ったく。緊張感持ってよね。ほら、ニセ安岡が動き出したわよ。店長に化けた村木さんもね」


 タブレットの画面に映し出されているニセ安岡は、非常階段を下り始めていた。右手に何かを持っているのが分かる。


「形状からすると、ニセ安岡が手に持っているのはナイフのようね。拳銃ではないわ」


 良かった。拳銃なら太刀打ちできない。ナイフなら何とかなる、…かもしれない。


「それより、村木さんの方がやばい物を持っているわ」


 真理さんが店長(村木さん)の手の所をズームした。


 な、何! 何で村木さんが拳銃なんか持ってるんだ?  


「今のところ、あれが本物かどうかは判別がつかないけど、彼女がボクたちに銃口を向けることはないから安心よ」


 真理さんは淡々と言うけど、暴発ということも考えられる。


「はい。これ持っててね」


 真理さんからロープを手渡された。やるべきことは理解できた。僕と田畑君はそれぞれロープの両端を持ち、無言で肯きあった。


「廊下の電気を消すわよ」


 真理さんが、乗っ取ったビル管理システムを使って廊下の電気を消した。たちまち辺りが真っ暗になった。

 真っ暗な中、エレベーターの階数表示だけが赤く光っている。チンと音がしてエレベーターのドアが開いた。

 その時を待っていたのか、非常階段の出入り口の扉が開いた。そこにいた怪しい人影(ニセ安岡ね)は、廊下が真っ暗だったことに一瞬戸惑ったように動かなかったが、エレベーターから人が出てくると、そこに向かって走り出そうとした。僕と田畑君は持っていたロープを思いっきり引いた。


「うわぁ」


 叫び声を上げ、走り出そうとしたニセ安岡が、ドタンと倒れる音がした。次いでカラカラからと廊下の床を何か金属製の物が滑っていく音がした。僕たちが引っ張ったロープにけつまずいたのだ。金属製の音は、ニセ安岡が手にしていたナイフだろう。転んだ瞬間、ナイフを離したのは、自分の持っているナイフで自分を刺さないようにするとっさの判断なのだろう。敵ながら天晴れだ。


 廊下の電気が点いた。僕たちのいる数メートル先に、気を失ったようにニセ安岡が倒れていた。


「確保! 」


 真理さんが、人差し指を立てた左腕をニセ安岡に向かって真っ直ぐ伸ばした。

 僕と田畑君は、ニセ安岡を縛るためにロープを持って近付いた。


「下がれ! お前たちは何者だ」


 店長に変装した村木さんが、宝塚の男役のような声で僕たちを制した。手に持っている拳銃の銃口が、僕たちの方を向いている。


 な、何で? 村木さんなら、僕たちのことも知っているし、銃を僕たちに向けるはずもない。も、もしかして、あれは村木さんじゃないのか? いやいや、真理さんの推理が間違っているとも思えない。じゃ、何で?


 僕の頭の中には、堂々巡りしそうな疑問が浮かんでいたが、とりあえず銃口がこっちに向いている以上、黙って後ろに下がるしかなかった。非常口の扉の所まで僕たちは下がった。

 店長が、ゆっくりとこっちに近付いてくる。突然、倒れていたニセ安岡がガバッと起きあがり、店長に組み付いた。ニセ安岡が、店長が持っていた拳銃を難なく奪い取り、店長を羽交い締めしていた。


「これが目的か…」


 真理さんの呟く声が背後で聞こえた。


 目的? 意味が分からない…

 

 その時、僕はあの気を感じた。空さんの気だ。やはり近くに空さんがいるに違いない。


「イエローダイヤモンドはどこにある」


 拳銃で僕たちの動きを制しながら、ニセ安岡が店長に訊いた。


「そんな物なんかないよ」


 店長が男役の声で言った。

 ニセ安岡は大して驚きもせずに、「おとりか、俺をおびき出すための。もしかしてお前、刑事か? 」と再度訊いた。


「そうだ。ほら耳を澄ませてみろ。サイレンの音が聞こえるだろ。もう逃げられないぞ」


 それを聞いたニセ安岡は、キョロキョロと辺りをうかがった。

 僕にも遠くにサイレンの音が聞こえた。もしかすると、わずかな手がかりからやっと謎を解いた鶴吉さんが、警察を率いてここに向かっているのかもしれない。いや、鶴吉さんのことだ、もっと早くに事件の謎は解けていたに違いない。しかし、警察機構には捜査令状の取得とかややこしい手続きがあるらしいから、そのために遅れたに違いない。きっとそうだ。


 僕がそう思った時、ニセ安岡が「ぎゃっ! 」という声を出した。

 店長が、ニセ安岡の足の甲を踵で思い切り踏みつけたからだ。間をおかずに、今度はニセ安岡の腹にエルボーを決める。「ぐえっ」という蛙を踏みつぶしたような声を出したニセ安岡は前屈みになり、店長を掴んでいた手を離した。その隙に店長は逃げ出し、僕たちの方に向かってきた。


「ま、待て! 」


 ニセ安岡が、両手で銃をかまえる。


「逃げて! 」


 店長が叫んだ。その声は男役のような声ではなく、聞き覚えのある村木さんの声だった。


「逃げるわよ。ター君、シュン君」


 真理さんが言いながら、非常口の扉を開く。真理さんと田畑君が扉の向こうに逃げる。


「逃げるな。撃つぞ! 」


 振り返ると、ニセ安岡がこっちに銃口を向けていた。


「撃ったら後悔することになるわよ」


 村木さんが静かに言うと、ニセ安岡はそれに激怒したのか、「うるせい、馬鹿にしやがって」と叫ぶなり、銃の引き金を引いた。


 辺りが無音になった。ニセ安岡が両手でかまえていた銃が、彼の手の中で光った。そして大きく破裂していく様子が、僕の目に映った。拳銃が爆発したのだ。異能力が覚醒した僕の目には、その様子が残酷なほどにスローモーションでとらえられていた。ニセ安岡の両の手が、ゆっくり千切れていった。赤い血が丸い粒状になって空中に飛散していく。その中に爆発した銃の破片が、村木さん目がけて飛んでくるのが見えた。僕は、村木さんに駆け寄り、彼女を抱くようにして動かした。すれすれのところで、破片は村木さんの身体に当たらずに通り過ぎていった。


 もう一度ニセ安岡の方を振り返ると、ニセ安岡は大きく口を開けていた。悲鳴をあげているのだろう。でも、高速運動状態になった僕には、それは聞こえない。ニセ安岡の両手首から先は、完全に無くなっていた。

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