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ロク

 午後五時、僕たちは今後のことを話し合うため、喫茶店ナボコフにいた。

 あの後、僕の強い提案で念のために公園に戻ったが、やはり村木さんは姿を消していた。僕が公園に戻ることを提案した時、「何で村木さんがボクたちを待つ必要があるのよ」と真理さんが怒ったように言っていたが、もっともなことだった。でも、もしかしたらという一縷の望みは捨てきれなかったんだ。


「で、ター君。村木さんのニオイから読みとれていた情報はないの? 」


 ピーチさんが運んできてくれたホットココアを優雅に一口飲んだ後、真理さんが言った。


「村木さんの横を走り抜けた瞬間に読みとった彼女のニオイだから、詳しくは分からなかったけど」


 そう前置きして田畑君は続けた。


「村木さんは、『これで、おばあちゃんの仇が討てたわ』と思っとった」

「かたき? 彼女は『おばあちゃんのかたき』と言ったのね? 」

「うん。言ってはいないけど、確かにそう思っとった」


 真理さんがスマホを取り出した。スマホの画面上で、真理さんの細い指が華麗に高速で舞い始める。


「なるほどね。あの人形が最後まで残っていた訳が分かったわ」


 スマホの画面から顔を上げた真理さんが言った。


「真理っぺ、いかん、真理さんは前に、あの人形が最後まで残っていたのはただの偶然と言っとったけど」


 田畑君、まだ真理さんのことを真理っぺと呼ぶ癖が直ってない。プンプンバッジ増えるぞ。そう思ったが、真理さんはそんなことは気にもしてないみたいだった。


「村木さんも、あの人形が価値のある人形だということは気付いていたみたいなのね」

「え、どういうこと? 」

「殺された資産家の婦人の旧姓を調べてみて分かったわ。彼女の旧姓は村木ユキ、つまり村木香里さんは村木ユキさんの孫の一人よ。彼女は何かの機会に老婦人が所有するアンティーク人形を見たことがあったのでしょうね。だから学園に寄贈された人形たちを見て、それがその人形だと気付いていた。だから、あの人形消失事件があった時に、彼女はいち早く真相に気が付いて、それを利用しようと画策した。つまり、自分の祖母を殺害した犯人をいぶり出すために」

「ということは、村木さんは、真理さんがあの人形消失事件の謎を解く前に全ての真相がわかっていたということ? 」


 僕が言うと、「じゃあ、あん時の村木さんの流した泪もフェィクだったとかな? 」と田畑君が呟いた。


「ええ、ボクも彼女にまんまと騙されてしまったわ。さすがにシャーロック系の能力者ね。だから最後まであの人形が残っていたのよ」

「村木さんが、そうなるように何らかの操作をしていたってこと? 」

「そうね」


 真理さんが強く肯いた。


「おそらく彼女は、ネットで人形がオークションされていることも知っていただろうし、最後の人形がネット上にあがると、犯人が何らかのアプローチをしてくることを期待していたと思うわ。そして、ボクたちが人形消失事件に関わることがなかったら、その時は彼女が事件の真相をみんなに話していたでしょうね。最後の人形が消えてしまわないように」

「結局、わが輩たちは村木さんに利用されたってことか……」


 田畑君が呟いた。


「別にいいんじゃない。利用されたって。むしろ、ボクたちを利用してくれたことで、助かる人も増えるわ」


 そう言って真理さんは、ホットココアの入ったデミタスカップを口元に運んだ。


「で、今後のことだけど」


 僕は真理さんの眼を見ていった。もしかしたら村木さんの掌の上で踊らされたことに腹を立てているのではないかと心配したが、まるぶち眼鏡の奧の真理さんの眼は半眼モードにはなってなかった。パッチリとした大きな瞳のままだった。僕はホッと胸を撫で下ろした。


「ニセ安岡が宝石商にイエローダイヤモンドを持ち込むと言ってたけど、都内に沢山ある宝石商の中から、ニセ安岡が取引に行く宝石商を探し出すの? 」


 星の数ほどはないにしても、沢山の宝石商があることは何となく分かる。いくら真理さんの推理でも、その中から宝石商を絞り込むのは難しいに違いない。


「ニセ安岡が持ち込むのはイエローダイヤモンドなのよ。そこらの質屋に売りに行くのとはわけが違うわ。億という単位のお金が動くのよ。当然宝石商側も鑑定に慎重になる。持ち込んだその日に代金を渡すはずはない。それに、ニセ安岡は爆発に巻き込まれて何かしらの傷は負っているはず。その傷が少しでも治ってからでないと彼は宝石商に行かない。ボクたちがニセ安岡を捜し出す時間はあるわ」

「なんで、傷が治ってからでないと行けんとかいな? 」


 田畑君が首を傾げた。


「傷だらけの人が、そんな高価な物を持ってきたら、何か事件に関わりがあるんじゃないかと疑うでしょう」

「ああ、なるほど。普通、そう思うたいね」


 田畑君が納得したように首を縦に振った。僕も納得した。でも、どうやって探し出すんだ? そんな僕の疑問に答えるかのように、真理さんが言った。


「関東一円の宝石商の管理システムに侵入するわ。イエローダイヤモンドが持ち込まれた時点で、どこの宝石商か分かるわ」


 なるほど、真理さんお得意のハッキングか。とにかく今はニセ安岡が動き出すのを待つしかない。僕たちは、今日のところは解散することにした。





 翌日、聖技能学園の学食でランチを食べてから、僕たちはまた町に出た。

 ネット上に真理さんが張った網には、まだニセ安岡は現れていない。つまり、まだどこの宝石商にもニセ安岡はイエローダイヤモンドを持ち込んでいないということだ。

 真理さんが、一応念のために本橋花菜さんに連絡をとって村木さんのことを尋ねたが、まだ村木さんは失踪したままだった。


「やっぱり村木さんは、ニセ安岡が無事だったことを知っているわね」


 昨日、ニセ安岡が泊まっていたビジネスホテル蒼に向かって歩きながら真理さんが言った。

 ビジネスホテル蒼の入り口に張られていた、通称規制テープと呼ばれる黄色いバリケードテープも今は外されていた。


 真理さんのハッキング情報によると、爆発騒ぎがあった部屋に泊まっていた客の宿帳に書かれていた名前は、『村森慎次』となっていたらしいが、もちろんニセ安岡が本当の名前を書くはずもなく、警察の捜査も行き詰まっているらしかった。それに、警察はなぜ爆発騒ぎがあったのか、その理由も分かっていない。その謎は僅かな遺留品を手がかりにして、鶴吉さんたちシャーロック系の異能力者がやがて解くのだろうが、それでも少しは時間がかかるだろう。真理さんが今回の事件のことを鶴吉さんに話さない限り、鶴吉さんでも爆発事件の謎は解けないだろう。


 僕たちが、ビジネスホテル蒼にやって来たのは、ニセ安岡が逃げていった方向を確認するためだ。その方向に何らかの手がかりがあるかもしれない。ニセ安岡が動き出すまでに、もう少し情報を仕入れておいた方が良いと真理さんが判断したのだ。

 血を流すほどの傷を負ったニセ安岡が、K駅から電車に乗ったとは考えにくい。だって、そんなことをすれば大勢の人に目撃されるからだ。


「と、すればニセ安岡はどうやって逃げる? 」


 真理さんが僕と田畑君に向かって質問した。


「わが輩なら、歩いてK駅と反対方向に行く」

「僕もそうする」

「でも、ここはK駅のすぐ近くよ。通りには通行人も多いわ。現にご覧なさい。平日の午後だというのに人がいっぱいいるわ」


 確かにそのとおりだ。表道を通ったのでは目立ちすぎる。


「じゃあ、どっから逃げたのかな? 」


 田畑君が首を傾げる。


「答えは簡単よ。ニセ安岡はすぐには逃げ出さなかった。どこか別の部屋に潜んでいたのよ。そして夜になって騒ぎが収まってから逃げ出した」

「でもどうやって別の部屋に? 」

「ニセ安岡がこのホテルに長期滞在していたのなら、どこの部屋が客で埋まっているかを知る手段はあったと思うわ。だから、あの時、客がいなかった部屋に忍び込んだのよ」

「でも、ニセ安岡が空いている部屋を知っていたとしても部屋には鍵がかかっていたんじゃないの」

「ニセ安岡は強盗犯よ。鍵のピッキングぐらい出来るはずだわ。それか用心のために予め鍵のコピーを作っておいたか。いずれにせよ、そんなところよ」


 うーん。そんなところなんだ。


で、ここに来て、真理さんがそんな推理を僕たちに披露して何があるのだろう。


ん! 何だかやな予感がしてきたぞ。


「でね、ボクがニセ安岡が潜んでいたんじゃないかと当たりをつけといた部屋を調べてきてほしいんだ。昨日空き室だったはずの605号室。爆発騒ぎがあった部屋の真上の部屋よ。今も空き室になっているわ」


 真理さんがスマホを扱いながら言う。どうやら、真理さんのスマホには、ハッキングしたホテルの管理システムが表示されているらしい。


「調べて来るって言ったって、どうやって調べるんね?」


 田畑君が訊く。どうやら調べるのは自分だと思っているらしい。偉いぞ! 田畑君。


「簡単よ。シュン君がホテルに忍び込んで調べてくるの。シュン君なら部屋の鍵も簡単に開けられるからね。情報によると、ここの鍵はごく普通のシリンダー錠よ」


 えーっ! それって僕の役目。それって不法侵入なんたらになるんじゃないの? 


「大丈夫だって、シュン君。もし、シュン君が捕まったりしても鶴ちゃんに助けてもらうから」


 僕が不安そうな表情になったのを気付いたのか、真理さんが優しく微笑んだ。でも、眼鏡の奧の眼は半眼モードだった。ことわりでもしたら、ひえぇーという状態になるのは目に見えている。


「う、うん」


 僕は仕方なく肯いた。




覚悟を決めた僕は、ホテルの入り口で中を窺った。正面にフロントがあり、そこにホテルのフロントマンが一人いた。彼は、いつお客が現れても良いように、真っ直ぐな姿勢で立ち続けている。彼に見つからずに侵入するには困難な感じがした。

 僕の能力、火事場の馬鹿力系の能力の中には、『高速で動くことが出来る』があるけれど、それは僕が、極度に集中した時でないと発揮できない。こんな場面では緊張感ばかりが先に立ってしまって、能力は使えないに決まっている。


 僕は焦らずに、フロントマンの注意が途切れるのを待った。きっかけは真理さんが作ってくれる手はずだ。フロントの奧で電話が鳴った。真理さんが電話したのだ。その電話の呼び出し音に、フロントマンの注意がそれた。

 今だ! 僕は姿勢を低くしてフロントマンに見つからないように、フロントの前を駆け抜けた。エレベーターは使わずに、奧にあった階段から上の階を目指す。階段を駆け上がるのはきつかったけど、何とか六階までたどり着いた。


 目指す605号室の前のドアの前に立った僕は、ポケットからピッキング用の精密ドライバーとピンを出した。鍵穴にその二つを差し込む。普通のシリンダー錠なら目を瞑っていても簡単に開ける自信がある。わずか3秒ほどでカチリと解錠した音がした。

 ゆっくりとドアを開けて、部屋の中に素早く入る。

 しかし、僕はそこで思わぬ事態に遭遇した。真理さんは605号室は空き部屋だと言っていたのに、人が部屋の中に立っていた。僕は慌てて部屋の外に出ようとドアノブに手をかけた。


「逃げるな! 」


 背後から声をかけられた。僕は身体をビクッと震わせ、おそるおそる振り返った。

 スキンヘッドの長身の男の人が立っていた。目鼻立ちがクッキリしていて、切れ長の眼が涼しげだった。その人はニッコリと微笑んでいて、悪い人の気がしない。


「柊シュン君だね」


 男の人は、僕のフルネームを言った。


「えっ? あ、はい」


 僕は思わずコクンコクンと肯いていた。


「やっぱりそうか。ここに来たのも真理っぺが言い出したんだろう? 」


 男の人は、親しげに真理さんのことを言った。


 ん? もしかして、この人が花谷鶴吉さん? 


 スキンヘッドでイケメンで、真理さんのことを知っているとなれば、この人が話で聞いていた花谷鶴吉さんに違いない。


「あ、あのう…、もしかして、あなたは花谷さんですか? 」

「うん、そう。君は僕の妻の華菜とは会ったことがあるようだけど、僕とは初めて会うことになるよね。初めまして、鶴吉です」


 鶴吉さんは、そう言って頭を45度の角度に下げた。「あ、はい。こちらこそ宜しく」僕も慌てて頭を下げた。


「しかし、君も大変だねえ。どうせ、真理っぺがこの部屋のことを調べてこいとか言ったんだろう。でもね、警察でもない君がこんなことをしたら、充分に犯罪になるんだよ」

「真理さんが、いざとなったら鶴ちゃん、いや鶴吉さんに助けてもらうからって」


 鶴吉さんが、ハア~と大きなため息をついた。


「真理っぺが言いそうなことだ。ったく、危なそうな事件には関わるなと言ってあるのに約束を守らないんだからな」

「あ、あの…、真理さんは村木さんを助けようとして」

「知ってるよ。白雪学園の娘だろう。今、行方不明になっている。僕たちも探しているところだ。とにかく、君たちにはこの事件に関して深入りをして欲しくないんだが…」

「す、すみません」


 僕が頭を下げると、鶴吉さんが、またハア~とため息をついた。


「とやかく言っても、真理っぺがおとなしく引き下がるはずがないし、それに事件の解決への糸口を見つけ出したのは真理っぺだしな」


 そう言ってから、鶴吉さんは僕の方を真っ直ぐ見た。


「シュン君、約束してくれるかい? 」

「は、はい。何ですか? 」

「危険だと君が感じた時には、事件から潔く身を引くこと。もちろん、真理っぺやター君も一緒に。出来るね? 」


 鶴吉さんが「出来るね? 」と念を押した時に、鶴吉さんの眼の奧に威圧感を感じた。


「はい。約束します」


 僕は直立不動になって返事をした。


「よろしい」


 鶴吉さんが微笑んだ。


「ところで、さすがに真理っぺの推理は正しかったよ。犯人はこの部屋に忍び込んでいた。残念ながら遺留品は無かったが、怪我をした犯人の血痕が、僅かに絨毯にあった。このことを真理っぺに伝えてやってくれ。犯人のプロファイリングに役立つはずだ」

「分かりました」


 僕はコクンコクンと肯いた。


「それから、この部屋で僕と会ったことは、真理っぺには内緒にしておいてくれよ。でないと、あの子は僕との対抗意識から、事件解決を急ごうと焦ってしまうからね」


 なぜ、真理さんが鶴吉さんに対抗意識を燃やすのかは分からなかったけど、僕は「分かりました」とまた肯いた。





「遅かったのね。どう? 収穫あった? 」


 フロントマンに見つからないように、何とかホテルから抜け出してきた僕が帰って来るなり、真理さんが訊いた。

 田畑君が、僕が鶴吉さんと会ったことを僕のニオイから読みとったのか、一瞬驚いた表情になったが、僕が慌てて「真理さんには内緒」と心の中で呟くと、田畑君は小さく肯いた。


 僕は真理さんに、605号室に犯人の遺留品は無かったことと絨毯に血痕が残っていたことを伝えた。


「それだけで、充分な収穫よ。やはり、ニセ安岡は605号室に潜んでいた。爆発に巻き込まれてからすぐに605号室に逃げ込めたのは、いざという時の準備を予めしていたということね。このことからも、彼が相当に用心深い性格だということが立証できた。だから、一度目は村木さんの策略にひっかかったけれども、二度目はないかもしれない。村木さんが、どうやってニセ安岡と接触するつもりなのか分からないけれど、彼女の危険度は増したわ」

「もしかして、村木さんが宝石商になりすますとか」


 僕は思いつきを呟いた。


「それって、案外ビンゴかもしれないわ」


 真理さんが言った。


「でも、どうやって? 宝石商になりすましたとしても、村木さんの方からニセ安岡に接触するわけにはいかんだろうもん」


 田畑君の質問はもっともだ。ニセ安岡が高価なイエローダイヤモンドを持っていることを知っているのは、僕たち一部の人間だけだ。ニセ安岡から宝石商にアプローチするのは分かるけど、その逆は有り得ない。


「一つだけ手があるわ。村木さんがそれに気付いて実行するかどうかは分からないけど」


 真理さんが、左手の人差し指をピンと立てながら目の前でクルリと回した。

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