ヨン
スマホでも読みやすいように編集しました。
喫茶店ナボコフを出ると、真理さんと別れた。僕と田畑君は聖技能学園の寮に入っているので、一緒に帰った。
道すがら、田畑君がこんな質問を僕にしてきた。
「なあ、シュン君。ニセ安岡っていう人物は、何者やろか? 」
「うーん、僕も考えてみたんだけど、よく分からない。ただ、あの人形を手に入れるためにインターネット上で網を張っていたことだけは分かる」
「網ば張ってた? どういうことな? 」
「福山先生がネットオークションに出した人形のことに気がついているから。僕は真理さんみたいにネット上の情報をどうやって手に入れたらいいか知らないけど、ニセ安岡はあの人形を見つけたんだし」
うーん、と田畑君がうなった後、「画像検索をしたとじゃないかな」と言った。
「画像検索って? 」
「ネット上の検索サイトには、画像検索が出来るものもあるんだ。そこで手持ちの検索したか画像を貼り付けて検索すれば、同じか似たような画像がヒットする」
「ということは、ニセ安岡はあの人形の写真を持っていたっていうこと? 」
「まあ、そういうことになるとかな」
「その写真って、ニセ安岡はどこで手に入れたのだろう」
「その答えも含めて、明日真理っぺが、いかん真理っぺって言ってしもうた。訂正、真理さんが調べてくるだろうから」
「田畑君、僕この事件がとんでもない大事件につながっている気がする」
田畑君が深く肯き、「わが輩もそう思う」と言った。
翌日の昼休み、聖技能学園の学食に僕たちトリプルスターズの3人は集結した。
「大変なことが分かったわ」
そう前置きして真理さんがタブレットを取り出し起動させた。
「これよ、見て」
僕と田畑君がその画面をのぞき込む。
そこには『資産家老夫婦、刺殺体で発見。殺人事件か』というニュースの見出しが載っていた。ニュースの日付を見ると、去年の12月25日だ。僕も覚えている大事件だ。須野という名の資産家の老夫婦はクリスマスイブの日に、お手伝いさんに刺殺死体で発見された。家の中が荒らされていたことから、強盗目的の犯人が殺害したのだろうと考えた警察が必死に捜査しているにも関わらず、未だに犯人が捕まっていない。
「この事件がどうしたの? 」
僕はある不安を感じながら訊いた。
「白雪学園に寄贈されたアンティーク人形の送り主はこの人たちよ。正確に言うと、婦人の方ね。彼女は白雪学園の創設者の宝和イトと幼少の頃からの親友だったの」
真理さんが、その須野という老婦人と宝和イトさんの顔写真をタブレットの画面上に並べた。二人の顔は双子みたいによく似ていた。
「親友だから、人形をくれたんだ」
「それだけじゃない。人形を寄贈したのにはもっと大きな理由があったの。ちょうど1年前、白雪学園は経営難になっていたの」
「学校が経営難になることがあるとかな? 」
田畑君、もっともな質問だ。僕たちが訪れた白雪学園は中等部も高等部もあって、生徒数も多いお嬢様学校だ。その白雪学園が経営難になるとは到底考えにくい。
「前副理事長の背任行為よ。彼が学園の運営資金を独断で株の運用に回してたの。この事件も全国ニュースになったわ。もちろん前理事長は背任の容疑で逮捕されたわ。でも、株で損失したお金は戻ることはなかった」
「そのことと人形がどうつながるの? 」
「ここからはボクの推察だけど」
そう前置きして真理さんが続けた。
「老婦人は、親友が創設した白雪学園が危機に陥っていることを知った。で、何か自分に援助できることがないかと考えた。一番最良の方法はお金を寄付することだけど、夫の手前それも出来なかった。それで、自分の持ち物であるアンティーク人形を寄贈することにしたのよ」
「でも、学校の経営が苦しくなるほどの損失だろ。そげな人形をもらって売ったとしても百万くらいにしかならんやろうもん」
田畑君が言った。僕もそう思う。
「あの人形のうちの一体に、とてつもなく価値の高い人形が含まれているとしたら」
「え、どげんこと」
「あの最後の一体になっていたアンティーク人形の画像を、アインシュタイン系の人に画像分析してもらったの。そうしたら、あの人形の瞳の輝き方はダイヤモンドの輝き方と一致するって」
「え! あの人形の眼がダイヤモンド」
僕はキラキラ輝いていた人形の瞳を思い出した。でも、あの瞳は黄色かったはずだ。
ブルーダイヤモンドがあるのは、前の事件の時に関わったから知っているけど、黄色いダイヤモンドなんてあるのかな?
僕がその疑問をぶつけると、「カラーダイヤモンドって言ってね、他にもオレンジ色やピンクのものもあるわよ。見てみる? 」
真理さんがタブレットを操作すると、そこに様々な色のダイヤモンドの画像が現れた。値段も書いてある。イエローダイヤモンドの大きいやつは8億円もの値段がついていた。画像に出ているイエローダイヤモンドよりはあの人形の瞳は幾分小さめだったと思うけど、それでも億を超す値段がつくに違いない。
「それじゃ、須野っていう人は、そのイエローダイヤモンドを売ってお金を作るように人形を送ってくれたんだ」
「でも、あの人形はイエローダイヤモンドが眼にはめ込まれたまま美術室にあったんだろ。なして売らんかったのかな? 」
そうだ、確かにイエローダイヤモンドはあった。
「これもボクの推測だけど。あの人形のイエローダイヤモンドの秘密を知っていたのは須野さんと宝和イトさんだけだったのだと思う。須野さんはあの人形を含む七体の人形を送ったら、宝和イトさんがきっと気付くと思ってたのね。でも、そのイトさんは学園の存亡という危機的な状況からくる心労で入院していた。だから、そのままあの人形が美術室に飾られることになった。そんなに価値のある人形だと誰も気付かないままに」
なるほど、確かに真理さんの推理どおりに考えるとつじつまが合う。宝和イトさんが入院していたというのは真理さんが調べた確かな事実なのだろう。
でも、それでも分からないことが二つある。一つめの疑問は、どうしてあの人形が一番最後まで残っていたのかだ。二つ目の疑問はニセ安岡のことだ。彼は何者で、そして昨日田畑君が言ったように画像検索であの人形のことを見つけたとしても、どのようにして白雪学園にあの人形があることを知ったのだろう。人形の場所までは特定できないはずだ。例え、天才的なハッキングの才能をもつ真理さんでも。
そう思いながら、真理さんの顔を見ると、真理さんが「どうして、ボクを見たのかな? 」と口角を上げた。
ひえぇ…。「いや、何でもない」僕は慌てて眼をそらした。
「シュン君の考えていることは分かるわ。まだ、二つの疑問が残っているんでしょ。いいわ、教えてあげる。ター君もよく聞いておくのよ」
僕と田畑君は、シンクロしながら首を縦にコクンコクンと振った。
「まず、なぜあの人形が消えずに最後まで残っていたのか。答えは簡単。一〇分の1の確率でただの偶然よ。もしかしたら、霊的な何かが働いてそうなったのかもね」
真理さん、自分には霊能力など無いと断言したのに変なことを言うんだな。
「次にニセ安岡ね。彼は福岡県に住んでいた、もしくは福岡県に行くことの多かった人物だと思うわ。宝石について詳しい知識を持ち合わせていて、鑑定眼も確かね。資産家夫婦の家にも行ったことがあって、その時アンティーク人形のイエローダイヤモンドに気付いた。そして、彼は、間違いなく資産家の老夫婦を殺害した犯人」
えー! いつの間にか、学園探偵物だったはずの事件が、凶悪犯が出てくる大事件になっている。
「もう一つの疑問点。それはニセ安岡が白雪学園に人形があることをどのようにして知ったのか」
いよいよ真理さんが謎を解き明かしてくれる。そこまで分かっていたら、後は警察に任せたらいいんだ。ちょっと安心できる。
「答えは簡単。誰かがニセ安岡にリークしたからよ」
真理さんの言葉に僕はまた不安になった。新たな登場人物が出てきたからだ。
「ニセ安岡にリークした人物って? 」
「白雪学園にあの人形があることを知っていた人物。そしてあの人形を手に入れたいと狙っている者の正体をいち早く気付いた人物。そして、彼が安岡一朗として白雪学園に来る前に、あの人形と共に姿を消した人物」
えっ、も、もしかして……
僕が思い浮かべた人の名前を真理さんが言った。
「その人物は村木香里さんよ」
その瞬間、僕たちトリプルスターズの3人が、この事件から逃れることが出来ないことを僕は悟った。