表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

サン

スマホでも読みやすいように編集中しました。

 真理さんが危惧していた事件が起きてしまったのは、それから一〇日後だった。それも最悪の形でそれは起きてしまった。

 

 その事件のことをメールで知らせてきたのは、本橋花菜さんだった。

 二日前から村木香里さんが行方不明になった。本人の意思で家出したのか、それとも何者かによって誘拐されたのか、それも分からなかった。もし営利目的の誘拐なら、犯人から家族に対しての要求があってしかるべきだが、今のところそのようなことは起きてなかった。

 村木さんの家族は失踪届を出したらしい。ただ現時点で事件性が無いと判断すると、警察は本格的な捜査をしてくれない。そのことを知って心配した花菜さんが、僕たちに協力を求めてきたのだ。


「少しやっかいな事件になりそうな気がするけど、本橋さんの依頼なら断ることは出来ないわね。そう思うでしょ、シュン君」


 真理さんの問いかけに、僕は一も二もなく首を縦に振った。真理さんの口角が少し上がったような気がした。もしかして、真理さん、この状況を喜んでいる? 


「よろしい。では、本橋さんに会いに行くわよ。もっと詳しく話を訊く必要があるわ。でもね、その時に一つだけ困ったことがあるの」

「何? 」


 僕が尋ねた。


「賢そうな本橋さんだから、この前セーラー服を着てたシュン君と、今のシュン君が同一人物だと気付くかもしれない。それは覚悟しててね」


 え! そ、それは困る。花菜さんに変態と思われてしまうかもしれない。そうなったら、非常に困る。


 そんなことを考えていたら、「本橋さんが困っているのよ」と言われた。

 僕は、仕方なく「覚悟する」と言った。そうだ、髪もちょっと切ったし、ばれないかもしれない。


「じゃあ、行くわよ」

「うん、分かった」


 田畑君も僕と同時に言った。




 花菜さんと会う約束を真理さんが取り付けて、その日の午後4時に白雪学園の近くにあるカフェで待ち合わせをした。

 そのカフェは、さすがに白雪学園の近くにあるだけあって、白雪学園の女子生徒さんたちが立ち寄りたくなるような感じの店構えだった。オシャレでメルヘンチックな外観の中に、どこかしらレトロ感が漂っている。パッと見の雰囲気的には、真理さんが贔屓にしている喫茶店ナボコフに似ている気がする。


 僕たちは4時前に着いたので店の中に入って待つことにした。店内にはいると、所々にアニメ調にデフォルメされた動物の置物が飾ってあった。そう言えば、この店の看板にズートピアと書かれていたのを思い出した。なぜ、カフェの名前にズートピアと名付けたのか不思議だったが、こういうことだったのかと納得した。

 窓際の4人掛けのテーブル席に僕たちは座った。僕と田畑君が並んで座り、真理さんが僕たちの対面に一人で座った。花菜さんが来たら真理さんの横に花菜さんが座ることになる。つまり僕の前に花菜さんが座るんだ。僕は期待で胸がワクワクした。


 いや、いかんいかん! 僕たちは花菜さんが相談してきた『村木さん失踪事件』の詳細を訊きにここにいるんだ。そんなデレ~とした態度で接してはいけないんだ。


 そう思い直したが、やっぱり嬉しい。


「ちょっとシュン君、さっきから君の表情が、にやけたり真顔になったり、忙しく変化してるわよ。みっともないからどっちかに統一してよね」


 真理さんが僕を半眼で睨みつけた。ひえ~。

 僕は、そんな表情をしてたのか。自覚はなかったが、どちらかに統一しなければならないなら、もちろん真顔の方がいい。だらしなくにやけた表情で花菜さんに会ったら、変態と思われてしまうかもしれない。それだけは避けなければいけない。うん!

 僕は口を真一文字にギュッと閉じた。


「そう、それでいい」


 真理さんが、深く肯きながら言った。

 その時、ドアベルが鳴った。真理さんかもしれない。僕は期待を込めて店の入り口を見た。しかし、店に入ってきたのは花菜さんではなかった。白雪学園の中等部の制服を着ているから白雪の生徒に違いない。その子は店の入り口で、店の中をキョロキョロ見回した。そして僕たちの姿を認めると僕たちの方へ小走りでやって来た。


「トリプルスターズの人たちですか? 」


 その子は僕たちにそう訊いてきた。どこかで見た顔だと思った。あの日、美術室の中にいた美術部員の中にいたような気がする。


「ええ、そうだけど。あなたは? 」


 不安そうな表情を浮かべている少女に真理さんが訊いた。


「あなた達がトリプルスターズさんなのですね! ああ、良かった」


 彼女はお腹に右手を当て、フーと息を吐いてから続けた。「私は白雪学園の中井美和です。美術部に入っています」


「私たちは本橋花菜さんと待ち合わせをしていたんだけど、その本橋さんが来ずにあなたが来たということは、彼女に何かあった? 」

「花菜ちゃんは、今、美術室にいます。だからここに来られないのでトリプルスターズさんを呼んできて欲しいと頼まれました」

「どういうこと? 何かあったの? 」

「美術室に変なメッセージが貼られていたんです」


 変なメッセージというものがどういうものかは分からなかったが、村木さんの失踪の謎と結びついて不安感を増大させたのかもしれない、彼女の目はうるうるしていた。

 僕と真理さんは田畑君を見た。田畑君は、その子の発しているニオイで彼女が言ったことが本当のことかどうかが分かっているはずだ。田畑君は僕たちを交互に見て、大きく肯いた。


「行こう! 」

「行くわよ! 」


 僕と真理さんは同時に言って立ち上がった。




 白雪学園の正門まで来てから、僕はちょっと戸惑った。以前ここを訪れた時には、僕と真理さんは白雪学園の生徒になりすまして入ったから何のお咎めも受けなかった。

 でも今日は、僕は男の子の格好だし(当たり前だけど)、田畑君もそうだし、唯一女の子である真理さんも、今日着ている服は彼女の戦闘服(こんな言い方したら怒られるかもしれないけど)であるゴスロリだし、白雪学園に入って行くには場違いな3人なのだ。

 僕の躊躇した様子を察したのか、真理さんが言った。


「シュン君、非常事態だからね。花菜さんが心配じゃないの? 」

「そりゃあ、心配だけど。誰かに止められたりしないかな」

「大丈夫。堂々としていた方がかえって疑われない。誰かと会ったら、笑顔で挨拶するのよ」


 そうかなあ…と思ったが、先に真理さんが学園の中にズンズンと入っていったので、僕と田畑君は顔を見合わせた後、真理さんの後に続いた。

 校舎内に入って美術室に行く途中に4、5人の生徒とすれ違ったが、こちらから「こんにちわ」と挨拶すると、向こうも「こんにちわ」と挨拶を返してくれて、疑われることがなかった。


 白雪学園の生徒さんたち、もっと人を疑うことをしたほうが良いと思うよ。あなた達は余りにもピュアすぎる。


 そんなことを思いながら廊下を歩き、一度も疑われることなく美術室にたどり着いた。美術室に入ると中にいた5、6人の生徒たちが一斉にこちらを向いた。着ている制服からして、みんな中学部の生徒だ。そうか、今日は中学部の活動の日なんだ。そう納得して彼女たちを見回した。しかし、僕が見つけたい人はいなかった。  


「本橋さんはいる? 」


 真理さんが美術部員たちに呼びかけた。


「本橋さんは、さっき慌てて出ていきました」


 一人の子が答えた。


「出ていったって、どこに? 」


 その質問にはみんな首を傾げるだけだった。


「なぜ本橋さんは慌てて出ていったの? 誰か理由を知ってる人いない? 」


 真理さんの質問に、先ほど答えた女生徒が「理由はこれだと思います」とレポート用紙みたいな紙を真理さんに手渡した。

 真理さんがその紙に目を通す。


「この紙はどこにあったの? 」

「あの棚に貼ってありました」


 僕は、彼女が指さした方を見た。見覚えがあった。最後の一体のアンティークドールが保管されていた棚だ。僕と真理さんがトリックを解明した、仕掛けが施されていた棚だ。ただ以前と違うのは、透明なアクリル板で出来ていた蓋が無くなっていた。


「シュン君、ター君、行くわよ! 」


 僕たちに声をかけて、真理さんが美術室から飛び出す。僕たちも慌てて真理さんの後に続いた。


「どこに向かってるの? 」


 走っていく真理さんの横に並びながら尋ねる。


「今は説明している暇はない。とにかくついてきて」


 真理さんが更に加速する。ゴスロリの格好をしているのに速い。もし、あのブワッと広がったスカートの空気抵抗が無かったらもっと速いんじゃないかと思いながら、僕は真理さんの後を追った。背後で「廊下は走らない! 」という金切り声が聞こえたが、そんなことはお構いなしに走り続け、僕たちは校舎の外に出た。


「裏門は…」


 真理さんがキョロキョロして、そして再び駆け出す。


「なぜ、裏門に? 」


 走りながらター君が尋ねる。


「ボクたちは正門から来たのに、花菜さんとは会わなかった」


 納得できた。慌てて出ていった花菜さんと会わなかったということは、花菜さんは裏門の方に行ったということだ。


「とにかく、質問は後! 」


 真理さんに怒られた。

 裏門に到着したが、花菜さんの姿は見えなかった。白雪学園の裏門からは、閑静な住宅街が続いていた。道も三つに分かれていた。


「ター君は右、シュン君は真ん中、ボクは左を探す。急いで花菜さんを見つけて保護するのよ。それから、彼女を誰とも接触させてはダメよ」


 真理さんが指示した意味は分からなかったが、花菜さんが危険な目に遭いそうなことだけは何となく察知できた。


「分かった! 」


 僕は真ん中の道に向かって走り出した。

 僕が走っている真ん中の道は、途中からなだらかな登り坂になっていた。走るにはちょっときつい。でも、花菜さんが危険な目に遭うかもしれないんだ。僕が花菜さんを助けなければならないんだ。僕が花菜さんにとってのヒーローになるんだ。そしたら、花菜さんが僕に向かって…

 妄想モードになりかけた時、僕は道の前方に白雪学園の中学部の制服を着た女の子が歩いているのを見つけた。花菜さんに違いない! そう思って僕はスピードを上げた。


「本橋さん! 」


 10メートルぐらいに近付いた時、声をかけた。背後から急に声をかけられたことで、驚いたように振り返った女の子は、花菜さんではなかった。残念だ! いや、残念がっている場合ではない。


「きみ、白雪学園の生徒だよね」

「ええ、そうですけど…」


 女の子は僕のことを不審がっているみたいだけど、そんなことを気にしている場合ではない。僕は質問を続けた。


「きみは本橋花菜さんを知っている? 」

「ええ、中学部の美術部の部長をしている人ですね。知ってますけど」

「この辺りで、本橋さんに会わなかった? 」

「本橋さんを捜しているんですか? 」


 僕はコクコクと肯いた。


「本橋さんなら、さっきお会いしましたけど」

「ど、どこで? 」

「学校の裏門の所で。東方向に行かれてました」

「東方向ってどっち? 」

「学校を出て右側の道です」

「ありがと」


 僕は踵を返すと、今来た道を駆け戻った。下り坂になっている分、走るのには少しは楽だったが、気が焦っていた。2回ほど、もう少しで転びそうになった。


 よくよく考えたら、右側の道へ花菜さんを探しに行ったのは田畑君だ。僕と真理さんは花菜さんの顔を知っているが、田畑君は花菜さんに会ったことがない。田畑君の異能力『ニオイで相手の考えていることが分かる』があっても、風が吹いていたりしてニオイが流されたりしたら、田畑君の能力も役に立たない。だから、田畑君が花菜さんに気が付かないことも充分に考えられる。

 それに、もし田畑君が花菜さんを見つけることが出来たとしても、田畑君は僕と比べて、ずいぶんとイケメンだ。


 危険だ! 花菜さんが、田畑君に一目惚れしてしまう可能性もあるかもしれない。僕はスピードを上げた。


 白雪学園の裏門の所で急カーブして、田畑君が行った道へと走った。更にスピードを上げる。苦しいけれど花菜さんのためだ。頑張らなければ! 

 しばらく走った時、僕は道の向こうに田畑君を見つけた。後ろ姿でも彼だということは分かる。長身で、長い髪をポニーテールみたいに後ろで束ねている。田畑君に間違いない。田畑君は前に向かって一人で走っている。ということは、まだ花菜さんは見つかっていないのか? 


「田畑君! 」


 僕は背後から呼びかけた。

 田畑君は驚いたように立ち止まり、振り返った。僕は田畑君の所に駆け寄った。


「も、本橋さんは見つから、なかったの? 」


 ゼイゼイと荒い息を吐きながら、僕は尋ねた。


「うん、見つかっとらん。でも、真ん中の道を探しに行ったシュン君が、なぜ、この道を来たとな? 」

「も、本橋さんが、この道の方、に向かっていたと、分かったから」


 息が整わなくて喋るのがきつい。


「じゃあ、急ぐばい」


 田畑君が、僕が発したニオイで、僕が説明した以上のことが理解できたのか、走り出した。

僕も慌てて彼に続く。しかし、いくら走っても花菜さんの姿は見当たらなかった。


「シュン君! 」


 突然、田畑君が立ち止まった。あまりにも急に田畑君が立ち止まったので、危うく彼にぶつかりそうになった。


「どうしたの、田畑君? 」

「大変だ。ここに助けてというメッセージをもったニオイが残っとる。女の子のニオイだ」


 無風状態だったので、ニオイが風に流されずに残っていたのかもしれない。田畑君の異能力は、そのニオイからの情報を感じ取れたのだろう。僕は最悪のシナリオを思った。花菜さんが何者かに拉致されたのかもしれない。


「ほ、他のニオイは感じ取れない? 」


 僕は焦りながら田畑君に訊いた。


「ダメだ。他のニオイは残っとらん」


 田畑君が力無く首を横に振りながら言った。


「田畑君は真理さんに今の状況を連絡して。僕はもう少し走る」

「うん。分かった」


 田畑君がスマホを取り出すのを横目で確認しながら、僕は走り出した。





 1時間後、カフェ・ズートピアの店内に僕たちはいた。僕の目の前には真理さんがいて、手に持ったタブレットの画面上で忙しく指を動かしている。真理さんが警察に連絡してくれたおかげで、未だ事件性には乏しいものの警察が花菜さんの捜索のために動いてくれているらしい。ここにくる間に、2台のパトカーとすれ違った。

 僕はまだ花菜さんを探し回りたかったが、「無闇に走り回っても意味無いわ。それより、ボクたちができる最善のことをするのが一番よ」と真理さんに諭され、仕方なくそれに従った。で、ここにいる。

 ここに着いてから、真理さんに見せてもらったレポート用紙みたいな紙には、変なことが書かれていた。


『ネットオークションに出されていた人形の呪いが、おまえたちに降りかかる。呪われたくなかったら、今すぐに残りの一体をその場所から遠ざけよ』


 僕なりに書かれている意味を考えてみたが、意味が分からなかった。


 警告文なのか、それとも脅迫文なのか? 誰が、何の目的で美術室の棚に貼り付けたのか? 田畑君、分かる? 


 僕が心の中で思ったら、田畑君がそれに気付いて首を横に二度振った。

 真理さんは、もうその文の意味するところを分かっているのだろうが、忙しそうにタブレットを操っている真理さんに訊く訳にもいかない。おそらく、真理さんは今、どこかのサーバーにハッキングをかけている最中だ。

 僕は、そんな真理さんを見ながらホットココアを飲んだ。ホットココアの程良い甘さが疲れを癒してくれる。「こんな時には、ホットココアが一番」と真理さんがみんなの分をまとめて注文したのだ。


「なるほどね」


 唐突に真理さんが呟いた後、それまで手にしていたタブレットをテーブルに置き、ホットココアを口に運んだ。

 優雅にそれを一口飲んだ後、真理さんは言った。


「そのレポート用紙を貼った人物が絞り込めたわ」

「じゃあ、本橋さんをさらった犯人も? 」

「残念ながらレポート用紙を貼った人物と、本橋さんと接触した人物が同一人物ではない可能性もあるから、そっちは分からない。それに本橋さんと接触した人物が彼女を無理矢理拉致したとは限らない」

「無理矢理連れ去ったんじゃなかとかな。あの場所に助けを求めているニオイが残っとったばい」


 田畑君が身を乗り出していった。


「確かにニオイで情報を読みとるター君の異能力はすごいけど、そのニオイが本橋さんのものだったとは断定できないでしょ。もしかすると他の人のニオイだったのかもいれない。ボクのニオイも読みとれない、未完成な異能力だしね」


 真理さんが、じっと田畑君を見つめながら不敵に口角を上げる。ドSの降臨か。

 でも、こうして話している間にも花菜さんが危険な目に遭っているかもしれない。僕はいてもたってもいられなくて訊いた。


「真理さんの見解を訊かせて」

「先ず、あの張り紙をした人物についてね。白雪学園の来訪記録を調べたら、昨日から今日にかけて白雪学園を訪れたのは三人だけ。いずれも大学の広報の仕事をしている人。入試関係のことで来たのね。来訪記録にもそう記されている。だから昼間、外部から来た人たちはシロと考えていい」

「じゃあ、夜忍び込んだとかな」と田畑君。

「それは無理。白雪学園の夜間のセキュリティは完璧よ。防犯センサーを解除しない限り、猫の子一匹忍び込めないようになっているわ」

「じゃあ、誰が張り紙を貼ったとかいな」

「職員室にある美術室の鍵を自由に持ち出すことが出来る人。そして、誰にも見咎められずに美術室に出入りできる人。そう考えれば、おのずと人物像が絞られてくる。つまり、」


 真理さんが左手に持っていたティースプーンを立てて言った。


「白雪学園の教職員の誰かよ」


「白雪学園の関係者? それなら、何のために、あんなワケの分からない張り紙なんかしたのかな? 」


 僕は訊いた。張り紙をする意味が分からない。


「もちろん、人形の残りの一体を手に入れるためよ」

「学校の関係者だったら、そんな面倒くさいことをしなくても人形くらい持ち出せるだろうもん」


 田畑君の疑問に思ったことは僕も同じだった。人形を盗みたいなら、もっと手っ取り早い方法があるはずだ。


「何か物が無くなったら窃盗事件になって警察が介入する。でも、この張り紙を貼ったぐらいのことでは罪にはならない。脅迫文でもないし、唯一、『呪われたくなかったら、今すぐに残りの一体をその場所から遠ざけよ』という文面が、それに近いかもしれないけど、脅迫に値するような具体的な要求はされてない。単なるイタズラともとれる。つまり、」


 真理さんがティースプーンを空中でクルリと回した。


「村木さんの失踪を知っている美術部員の誰かに、人形を学園の外に持ち出させるための張り紙だったのよ」

「ということは、慌てて美術室を出ていった本橋さんは人形を持っていたのかな? 」


 僕が訊いたら、真理さんが肯いた。


「シュン君が思った通りよ。彼女には施錠してある飾り棚は開けられないから、アクリル板で出来ている蓋の部分を壊したんでしょうね」


 そうか、それでアクリル板が無かったんだ。

 ん! それじゃ、もしかしたら花菜さんは人形を持ち出した後、誰かに人形ごと拉致されたんじゃ。や、やばいじゃん、それって!


「シュン君、顔色悪いよ。どうかした? 」


 真理さんが、僕の顔をのぞき込んだ。


「本橋さんは、拉致されたのかもしれないってことはないの? 」

「そうねえ。可能性として、90パーセント以上は…」


 え! そんなに! 


 と思ったら、真理さんが、「それはない」と言った。良かった! 


「自分の手で人形を盗もうとしないほどのリスク回避をする人が、彼女を拉致するような危ない橋を渡るはずがないじゃない」

「でも、現に村木さんがいなくなっているし…」

「彼女の失踪を今回のことに結びつけるのは早計よ。もっとも、本橋さんは、呪われるという言葉を、村木さんの失踪に結びつけて考えてしまったのでしょうけど。彼女は責任感が強そうだから、あの貼られていた紙を読んで自分が何とかしなきゃと思ったのでしょうね。それで、人形をその場所、つまり美術室から遠ざけるために動いた。人形をある場所に運ぶために」

「ある場所って、どこ? 」


 僕が訊くと、真理さんがすっくと立ち上がった。


「行くわよ、しもべ君たち。本橋さんがいるはずの場所に」


 僕と田畑君は、真理さんの後に続いてカフェ・ズートピアを出た。





 白雪学園から直線にして六百メートルほど離れた閑静な住宅街の路上に、パトカーが一台止まっていた。赤色灯は点けておらず、そのことによって事件が起きているような緊張感は漂ってなかった。


「あのパトカーが止まっている前の家が、本橋花菜さんの家よ」


 並んで歩きながら、真理さんが言った。


「え、何で本橋さんの家だと知ってるの? 」

「さっき白雪学園のデータベースで本橋さんの自宅を確認したのよ。彼女が裏門から出て右の道を選んだ理由、それは彼女の自宅に行くのに一番近い道だからよ」

「なぜ、自分の家に向かったの? 」

「彼女は人形を美術室から遠ざけなければならなかった。しかし、呪いがあるからといって、寄付された人形をそこいらに捨てる訳にもいかなかった。だから、彼女は自分の家に人形を持ち帰ることにしたのよ」


 何て健気なんだ、花菜さんは。呪われるかもしれない人形を、みんなのために自分の家に持ち帰ろうとするなんて。やっぱり、僕が好きになった子だけはある。


 そんな花菜さんに言ってあげたい。「もう心配はいらないよ、花菜さん。僕がついている」「ありがとう、シュン君。来てくれたのね……」


 脇腹を田畑君にツンツンとこづかれて、僕は妄想モードから我に返った。


「でも、パトカーが家の前に止まっとるなんて、何かあったんじゃ? 」


 田畑君が言った。


「パトカーが止まっているのは、念のために、ボクが本橋さんの安否確認を頼んだから」

「あ、分かった。正義の味方として働いている、いとこの鶴吉さんに頼んだんだね」

「うん、そう。鶴ちゃんに頼んで警察に動いてもらったの。でも、鶴ちゃんから、ヤバそうな事件に関わっているんじゃないだろうね、もしそうならすぐに手を引いて後は自分に任せなさいとさんざん釘をさされたわ」

「で、どげんすると? 手を引くの? 」

「まさかあ、こんな事件、ちっともヤバくないじゃない」


 そうかなあ? 僕は充分ヤバいと思うんだけど……


 そんな会話をしながら歩いていると、いつの間にか本橋さんの家の前に着いていた。

 ちょうど警察の人(一人は婦警さんだった)が玄関から出てきて、「では、私たちはこれで」と本橋さんのお母さんらしい女の人に言い、パトカーに乗り込むと帰っていった。


「すいません。本橋花菜さんのお母様ですよね? 」


 真理さんが、玄関まで出てきていた女の人に声をかけた。


「え、ええ。そうですけど。あなたがたは? 」

「私たちは、聖アビリティ学園の美術部の者です」


 真理さんが用意してきたかのような嘘をつく。『アビリティ』って日本語にすると『能力』という意味だっけ? まあ、『聖技能学園』の海外版みたいな名前になってるけど。


「うちの花菜に何かご用が? 」

「ええ、都内の何校かの美術部が合同で作品展をやろうという企画がありまして、白雪学園さんにも参加のお誘いに上がったんです。ですが、高等部の部長さんはいらっしゃらないし、それならばということで、中学部の部長である本橋さんに会う約束になっていたんですが、私たちが白雪学園に着く直前に出て行かれたということで」

「まあ、そんな大事な約束を。ごめんなさいね。何か、あの子、慌てて家に帰ってきてしまって。すぐに呼んできますから」

「あ、お具合でも悪いんじゃないんですか? それならば退散しますけど」

「いえ、大丈夫みたいですから。お待ちになってて下さい」


 本橋さんのお母さんは家の奥に消えていった。その時になって気が付いた。お母さんの声は綺麗なアルトの声だ。


 お父さんがテノールで、花菜さんがソプラノだから、あと一人、バスの人がいたら四部合唱が家族で出来るぞ。


 と、僕が考えていたら、「本橋家は3人家族ね」と真理さんが言った。


 ギクッ。もしかして、真理さん、そっち方面の能力も持っている? ま、まさかね? 


「だから、今、家にいるのは花菜さんと母親だけ。父親の方は仕事に行っているから、ここにはいないわ。父親には会ったことあるわよね、二人とも」


 僕の驚きを感じていないのか、真理さんが淡々と説明する。

 しばらくして、花菜さんが現れた。お母さんは気を遣ったのか、出てこなかった。


「ごめんなさい。私がお呼びしておきながら、」


 花菜さんは、僕たちを見て、すぐにトリプルスターズだと分かったのか、そう言って頭を下げた。


「いいのよ。それより大丈夫だった? 」


 真理さんが微笑みを浮かべながら言った。その微笑みには優しさが溢れていた。なるほど真理さんにもこんな表情が出来るんだ。真理さんがドSと知っていても田畑君が惚れるのも無理はない。でも、優しく微笑んだ真理さんを見て、安心したのか笑みをやっと浮かべた花菜さんはもっと可愛い。


「ありがとうございます。ご心配おかけしました」

「それじゃあ、あなたが学園を出てからのことを話してくれない」

「ええ、分かりました」


 肯いて、花菜さんが話し始めた。


「私が学園を慌てて出なければならなかったのは、もう分かっていらっしゃると思いますが、人形を美術室から遠ざけるためです」

「その人形は、取り出すために、あなたが蓋を壊した棚に飾られていた人形ね? 」

「ええ、そうです。そして私はその人形を持って美術室を出ました。でも、人形を捨てるわけにはいかず、私はどうすれば良いか迷いました」


 花菜さんが、どうすれば良いか悩んでオロオロしている姿が脳裏に浮かんだ。

 ああ、なんて自己犠牲精神が強くて、そして可憐なんだ。


「そして、思いついたんです。自分の家に持って帰ろうって」

「それで、裏門から出たのね」

「そうです。裏門から出た方が近いですから。裏門から出た私は、人形を抱いて走りました。

そして、走っている時に、車で通りかかられた安岡先生とお会いしたんです」

「白雪学園に臨時講師で来た美術教師ね」

「ええ、よく御存じですね? 」


 真理さんが知っている理由は分かっている。さっき白雪学園のデータバンクに不正アクセスをしたからだ。新しくリストアップされた情報も手に入れたのだろう。でも、その情報を記憶している真理さんて、やっぱりすごい。さすがにシャーロック系の能力者だ。


「その安岡先生は何て言ったの? 」

「どうしたんだい。まるで何かに取り憑かれているみたいに顔色が悪いよって。私、それで怖くなってしまったんです」


 花菜さんがその時のことを思い出したのか、表情が暗くなった。


「私が、助けて下さい、急いで家に帰らないといけないんです、と言うと安岡先生が車で家まで送って下さると言われたんです」

「それで、車に乗せてもらって家まで戻ったのね。その時、安岡先生に人形の話はした? 」

「ええ、私が大事そうに持っていた人形を見て、家の前に着いた時その理由を訊かれました」

「理由を話した後、彼は何と言ったの? 」

「呪いの人形というものに興味があるから、ちょっと見せて欲しいと」

「で、見せたんだ」

「ええ、そうしたら安岡先生はしばらく人形をご覧になった後、これは違うと呟かれました」

「じゃあ、安岡先生が人形を持っていったとかはないのね? 」

「ええ、私の部屋にありますけど」


 花菜さんが、真理さんのした質問を不思議に思ったのか、ちょっと戸惑ったように小さな声で答えた。僕も、不思議に思ったんだ。なぜ、真理さんは安岡先生とかいう人が人形を持っていった可能性を考えたのだろう。


「ごめん、ボクにその人形を見せてくれない? 」


 真理さんが、そう頼むと、「はい、すぐに持ってきます」と素直な返事をして、花菜さんは家の中に入

っていった。

 家の中に消えてから5分も経たないうちに、人形を片手に抱いた花菜さんが再び現れた。


「これです」


 そう言って、花菜さんが真理さんに人形を手渡した。

 真理さんは、じっくりとその人形を見た後、「なるほどね」と呟き、「もういいわ」と花菜さんに人形を返した。


「一つだけ忠告しておくわね。今後、あんな貼り紙があっても、その内容をすぐに信じないこと。素直に信じることができるのは素晴らしいことだけど、それではこの世の中では生きていけないわ。世の中には色んな人がいるのよ。疑うことも時には必要。それだけは知っておいてね」

「はい、分かりました」


 花菜さんが、コクンと肯いた。


「あ、あの、この人形を私が持っていても大丈夫でしょうか? 」


 花菜さんが不安げな表情で訊いた。


「大丈夫よ。それは呪いの人形なんかじゃないわ」

「それは、本当ですか? 」

「ええ、ボクは、こう見えても霊感があるの。そのボクが言うのだから間違いないわ」


 え、ええ! 真理さんて霊感を持っているんだ。す、すごい。シャーロック系の能力者にして霊能力者だなんて。もっとも、正義の味方にとって霊能力は関係ないということで、聖技能学園では霊能力という技能は認められてないけど。でも、すげえ! 


「ありがとうございます。私、怖かったんです。でも、安心しました」


 花菜さんがニッコリと笑った。か、可愛い。やっぱり花菜さんだ。


「じゃあ、ボクたちは帰るけど、何かあったらまた連絡してね。それから、お母さんにはボクたちは聖アビリティ学園の美術部の者で、合同美術部展について話しに来たって言っているから、うまく話を合わせておいてね」


 花菜さんが肯いて、「はい、分かりました」と言った。


 僕たちが、「それじゃあね」と帰ろうとすると、「あ、あの…」と花菜さんが言った。呼び止められた気がして振り向いた。


 花菜さんは僕に向かって、はにかんだようにニッコリ笑うと、「今日は男の子みたいな格好をされているんですね」と言った。


 え? もしかして、花菜さんは僕のことをこの前会った同一人物だと気付いている? そいでもって、僕のことを女の子と思っている? 


「え、う、うん」


 僕は曖昧な返事をして肯くと、慌てて踵を返した。どう対処すればいいのか、全く分からなかったからだ。




 真理さんを先頭にして歩いている途中で、田畑君が「シュン君にとって、嬉しい報告と悲しい報告がある。どっちから訊きたかね? 」と言ってきた。


「うーん。嬉しい報告から」


 悲しい報告の方を先に訊いて、その後嬉しい報告を訊いた時、その嬉しい報告の方が大したことなかったら、嬉しい気がしない。そう思って、そう言った。


「じゃあ、教えるばい」


 田畑君が、もったいつけるように咳払いをひとつした。


「わが輩の能力で分かったことだが、本橋さんはシュン君に惚れたみたいだ」

「え? ええ? それ本当? 」


 花菜さんが僕に好意をもっている! ビッグベンの鐘が、ノートルダム寺院の鐘が、そして法隆寺の鐘が一斉にうち鳴らされたように、僕の頭の中に衝撃が走った。これに敵うような悲しい報告などありはしない。僕は、そう確信した。


「で、喜んでいるシュン君に悲しい報告をせんといかん。覚悟は良かな? 」


 田畑君が神妙な顔つきになる。また、またあ、田畑君たら、大げさだなあ。


「大丈夫だよ」


 僕がニッコリ微笑んでそう言うと、田畑君が、「本橋さんは、シュン君のことを女性と思っとる。つまり、本橋さんは女の子としてのシュン君に惚れとる」と告げた。


 悲しい報告の方が、嬉しい報告に勝っていた。がーん、ごーん、がーんと法隆寺の鐘の音だけが、僕の頭の中で鳴り響いた。


「白雪学園は女子校だからね。そんなこともあるのよ」


 僕たちの会話を聞いていたのか、真理さんが振り向いてそう言った後、ゆっくりと口角を上げた。ドS降臨か。真理さんの僕に対するからかいネタが増えてしまった気がする。つ、つらいよぉ! 





「で、その安岡先生とかいう人物が怪しかとな? 」


 田畑君が訊いた。


「ええ、そうよ。考えてもみて、彼は都合良く本橋さんの前に現れた。そして本橋さんが持っていた人形を確かめた」


 そう言った後、真理さんは優雅にホットココアが入ったデミタスカップを口元に運んだ。

 今、僕たちがいるのは喫茶店ナボコフである。もう夕方近くになっていたので、とりあえず戻ってきたのだ。


「安岡という人が、単に興味を持ったのではなかとな? 」


 僕もそう思った。


「彼は、その人形を本橋さんに返す時、『これは違う』と呟いたのよ。彼女が呪いの人形かもしれないと不安がっている時に、彼女を安心させるのなら、ボクが彼女に言ったみたいに呪いの人形じゃないと、はっきり断言してやるべきなのよ」


 僕は先ほどの真理さんと花菜さんのやりとりを思い出していた。確かに霊能力をもっている真理さんが、はっきり違うと否定してあげたことで、花菜さんに笑顔が戻った。


 ん? もしかして……。


 僕は、ふと疑問に思ったことを真理さんに訊いた。


「さっき、真理さんは、自分は霊感があると言ったよね? それって本当? 」

「シュン君は、ボクを疑っているの? 」


 ちょっと半眼の目つきで睨まれた。


 いかん! 訊いてはいけなかったか! 


 僕が後悔の念に駆られた時、


「もちろん、そんな能力など無いわよ」


 と、またデミタスカップを口に運び、一口それを飲んだ後、「嘘も方便っていう諺もあるでしょ」と言った。


「で、さっきの話の続きに戻るわね。安岡が『これは違う』と呟いたのは、呪いの人形ではないと言ったんじゃなくて、自分が手に入れたかった人形と違うという意味だったのよ。落胆したので思わず口に出てしまったのね」

「でも、あの人形が残りの一体だったのだろ? 」


 田畑君が尋ねた。


「あの人形を見て分かったわ。あれは、最初に消えた人形。つまり福山先生がネットオークションで競り落とした人形ね。だから、あの人形だけは福山先生の手元にあった。おそらく彼女は学校を辞める前に、あの人形を返したのね。それであの事件の後は、美術室には2体の人形があったはずなのよ」

「でも、さっき見た美術室の棚には、他に人形は無かったよ」


 僕は言った。自信は無かったけど、見た記憶の中に人形は無かった。


「シュン君、褒めてあげる。あの状況でよく観察できてたわね。確かに人形は無かった。その人形が、今どこにあるのか断定は出来ないけど、安岡が狙っているのはそっちの方よ」


 僕は思い出した。最後まで残っていた人形は、ネットオークションで百二十万円という高値をつけた人形だ。そんな高額でも人形を手に入れたいと思った人物がいたのだ。おまけにその人物は、どこかの中学生のID番号を不正に使って、自分の身元がばれないようにしていたのだ。


(限りなくやばい犯罪のにおいがする)


 僕がそう思うと、田畑君が、深く肯き、「わが輩もそう思う」と言った。


「二人ともちょっと待っててね。ボク、今から安岡の履歴を調べるから」


 そう告げて、真理さんがタブレットを取り出すと、画面上で高速に指を動かし始めた。

 白雪学園のデータバンクだけではなく、その足跡を追って色々なデータバンクにハッキングしているのだろう。真理さんの探索は十分以上もかかった。


 僕と田畑君はその間、ピーチさんがおかわりしてくれた熱々のホットココアをふーふーしながら飲んで待った。


「思った通りだったわ」


 やっと顔を上げた真理さんが、口角を不敵に上げた。獲物を見つけた猛獣のようだ。あげた口角の隙間から研ぎすまされた牙が見えたような気がして、手の甲で眼を擦った。やっぱり錯覚だった。よかった、フウ。


「美術教師、安岡一朗。年齢三十六歳。確かに彼は存在しているわ」

「じゃあ、疑いは少しは晴れたのかな? 」


 僕が言うと、真理さんが、ふふんと鼻で笑った。


「むしろ、その逆よ。確かに美術教師の安岡一朗は存在する。でも、その彼は今も福岡県にある中学校で美術教師として勤めている。つまり、こっちにいる安岡一朗は本物の安岡一朗になりすました偽者なのよ」

「わざわざそんな面倒くさいことばせんでも、よかろうもん」


 田畑君が言ったことはもっともだと僕も思う。


「ニセ安岡は、ネットオークションサイトに出品されていた人形が、白雪学園にあることを何らかの理由で知った。でも、盗み出そうにも、それがどこにあるのかは分からなかった。だから、福山先生が辞めて欠員が出た美術の臨時講師として、白雪学園にもぐり込んだ。そして人形が美術室に飾ってあることを知った。でも、ニセ安岡が探し求めている人形は、そこには無かった」

「ということは、その時点で人形は一体しか無かったのかな? 」

「そうよ。でもニセ安岡は、どこかにもう一体の人形があると信じていた。そしてそれを知っているのは美術部員の誰かだと思った。それで、あの貼り紙をしたのよ。ネットオークションに出されていた残りの一体とは、ニセ安岡にとっては10番目に出品されていた人形のことだったのよ。けれど本橋さんは、もう一つの人形のことなど知らないから、美術室に飾られていたのが残りの一体だと思ったのよ」

「でも、何でそうまでしてあの人形を手に入れたがるんだろう」


 僕は、不思議に思った。確かにあの人形を手にした時、異質な感じがした。でも、古ぼけたフランス人形なだけで、お金や労力をかけてまで手に入れようとする価値があるのだろうか?


「シュン君、あの人形のこと、よーく思い出してみて」


 僕は、集中して人形のことを思い出そうとした。次第に鮮明に人形の姿形が浮かび上がってくる。


「あっ」


 僕はあの人形が異質な感じがした理由を見つけた。


「あの人形の眼が凄く綺麗だった。黄色い色をしていて、キラキラ輝いてた、まるで宝石がはめ込まれているみたいに」

「やっぱりそうだったのね。あの人形は横にすると瞼の部分が閉じるような仕掛けがしてあったから、ボクは人形の眼を直接見てなかった。ボクのミステイクね。もし、見ていたら人形の瞳が宝石で出来ているかもしれないと気付いたかもね。まあ、今更悔やんでも仕方がないけど」


 そうかなあ? 真理さんは、むしろ事件が大きくなったことを嬉しがっているのかもしれない。おそらく。


「じゃあさ。明日になってニセ安岡が白雪学園に現れたら、捕まえて白状させればよかろうもん」


 田畑君がもっともな見解を述べた。


「無駄よ。もうニセ安岡は現れないわ。彼は、もう自分の正体がばれてしまったことを悟っているはずよ。」

「もうニセ安岡って人は人形を手に入れることを諦めたってこと? 」

「そんなことは有り得ない。彼は諦めていないはずよ」

「そこまでして手に入れたい人形って、どんな秘密があるとやろか? 」

「あの人形は寄贈された七体の内の一つ。でも、白雪学園のデータベースにはあの人形がどこから寄贈されたかは詳しく書かれていないわ。寄贈した人が自分の身元を公にしてほしくなかったのかもしれない。そこにも何か秘密がありそうね。明日までに、ボクが何とかその秘密を解き明かしておくわ。ただ、ボクの推理が当たってたとしたら……」


 意味深なことを言ったまま、真理さんが考え込んだ。


 ゴクリ。僕はその沈黙に耐えきれず、唾を飲み込んだ。


「ま、その時はその時ね」


 顔を上げて真理さんが明るく微笑んだ。

 ……ある意味怖い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ