イチ
スマホでも読みやすいように投下分を編集中です。
それと人物紹介です。
柊 瞬 聖技能学園1年・・・火事場の馬鹿力系の能力をもつ
尾田 真理 聖技能学園1年・・・シャーロック系エジソンの能力をもつ
田畑耕治 聖技能学園1年・・・能力の系の名称は未だつけられていない
「えー、それってどういうことなの? 」
夏休みも近い七月のとある日。聖技能学園の学食で、今まさに楽しいランチを始めようとしていた僕は、不覚にも驚いて大きな声を出してしまった。学食にいた生徒諸君が、僕たちの方に一斉に視線を向ける。
それでなくても、学園一の美少女である尾田真理さんが学食にやって来た時から、男子生徒たちはチラチラと彼女の方を盗み見していたのだ。
確かに真理さんは可愛い。まるで天使のようだと形容しても誰も異は唱えないだろう。
しかし、真理さんと一緒にここにいる僕、柊瞬と田畑耕治君は彼女の実体を良く承知している。彼女はドSなのだ。
真理さんのドSぶりに、僕と田畑君はこの学園に入学早々、いや入学する以前から振り回された。
まあ、そのおかげで、僕が中学生の時から関わりをもつことになってしまった詐欺事件が見事解決したのだけども、解決までには相当危険な目にもあった。
真理さんはシャーロック系の能力者だから、その能力の持ち主の特性なのかもしれないが、事件に関わりをもちたがる。おまけにトムクルーズの大ファンで、彼の主演映画の『ミッションインポッシブル』のファンでもあるので、スリルを求めて事件に首をつっこみたがっている。
スリルを求めるのはドSという性格も関係しているのかもしれない。
そのような人だから、中学生の時から警察のコンピュータにハッキングしては、関われそうな事件を探していたようだ。
ただし、それは、真理さん曰く、同じロリ仲間のピーチさんの手助けをしていただけだと、ピーチさんのために仕方なくハッキングしていたんだと、そしてこれからも彼女のためにハッキングは続けていくんだと、堂々と宣言していた。
それっていけないことだと思うんだけど…。
まあ、ピーチさんを持ち出されたら、僕も田畑君も肯くしかない。
何せ、以前の事件の時に僕たちをピンチからある意味助けてくれた人なのだから。
ピーチさんは、見た目、その甘ロリファッションからは想像も付かないけれど、エスパー系サイコキネシスという最強の異能力者なのだ。
でもって、彼女には空という名前の双子の弟がいて、その弟さんは、殺された恋人の復讐を果たすため、犯罪者を抹殺するべく行方をくらましているのだ。
ピーチさんは、そんな弟さんの暴走を止めるために、弟さんが関わりそうな未解決事件の情報を探しているのだ。
と長々と説明してしまったが、そんなことは今はどうでも良いのだ。
問題は、今、僕と田畑君の目の前で、ニコニコと微笑んでいる真理さんなのだ。
「どういうことって、そんなことも分からないのかなあ? シュン君は」
傍目には笑顔に見えるが、そんな真理さんを見て僕はゾクッと身体が震えた。
目が笑っていない。半眼になりかけている。超ドSモードに突入しそうな目だ。
「い、いや、もっと詳しく説明してもらえないかなぁと思って。べ、別に反対しているわけじゃないよ」
僕は、笑顔をつくった。無理に口角を上げたので、頬の肉がぴくぴく痙攣していた。
「ター君は、どうなの? 」
真理さんが田畑君の方に視線を向ける。
田畑君が悲しそうな目で僕の方をチラッと見てから、「わが輩も説明して欲しい」と言った。
あの詐欺事件の後、田畑君と真理さんの距離が接近したかなと思ったのだけど、今日、田畑君を見たら、彼が服につけているプンプンバッジが三個に増えていた。
ちなみに、プンプンバッジとは、無謀にも真理さんに愛の告白をした田畑君に、自分の恋人候補としてふさわしくない言動をとったと真理さんが判断した場合に、真理さんが田畑君に一方的に渡すバッジだ。
このバッジが五個貯まってしまうと、田畑君は恋人候補から外されてしまうのだ。
――哀れだ。
田畑君の能力(ニオイで人の心が読みとれる)が、真理さんにも通用すれば、田畑君も苦労しなくていいのだろうけれども、どういう訳か真理さんは自分の心にシールドを張れるらしく、田畑君の能力が役に立たないのだ。
恐るべし、真理さんなのだ。
「じゃあ、ボクのしもべ君たち。一回だけしか説明しないから、よく聞いておくのよ。質問は許さないからね。あ、その前に食べましょう。冷めると美味しくなくなるから」
そう言って真理さんがカレーライスを食べ始めた。 真理さんの場合、冷めても味の違いは変わらないと思う。
何しろハヤシライスとカレーライスの味の違いが分からなかった人なのだから。
でも、それは決して言葉にしてはいけない禁句だ。
僕も田畑君も、カレーライスを食べ始めた。 気が重い時には、味覚も変化するみたいだ。 いつもは美味しい学食のカレーが、今日はやけに辛味だけを感じる。
僕も田畑君も、最後の晩餐を演じているかのように、黙って食べ進めていた。
そんな僕たちの前で、真理さんがカレーを口にスプーンで運びながら、時折、ククッと小さく笑う。そして、ついには左手に持っていたスプーンを指揮棒みたいに振り始めた。
僕は知っている。それは真理さんが、よからぬ考えを思いついた時の癖だ。
再びゾクッと身体が震えた。 真理さんが食べ終わるまで、審判を待つ、哀れな罪もない子羊の心境だ。
一体全体僕たちが何をしたって言うんだ!
声を大にして訴えたい。でも、言えない。
――哀れだ。
真理さんが最後の一口を口に運んだ。そのモグモグする姿は超可愛いのだけど…。
「では、説明を再開するわよ」
再開も何も、まだ何の説明もされていない。
さっき真理さんから聞いたのは、ホームページを立ち上げて、そのホームページで依頼を受け付けるというもの。
依頼とは、警察が相手にしてくれないような事件の解決の依頼。そんな依頼を僕たち三人が解決するんだそうだ。それも無報酬で。
それを真理さんが、唐突に話したから、僕の冒頭の台詞になったのだ。
「先ずは、実際にボクがつくったホームページを見てちょうだい」
真理さんが、僕たちの方にタブレットを寄こした。僕と田畑君は、そのタブレットをのぞき込んだ。
タブレットの画面には、『学園探偵☆☆☆(トリプルスターズ)』と大きく表題が出ていた。
「一応、この画面上では、あなたたちもスターの仲間入りをさせてあげているから、感謝してね」
感謝? 何を感謝しろと言うのだろう?
「タイトルの下に、設立目的が書いてあるから読んでみて」
確かに、表題の下には、『このホームページを立ち上げた理由』という項目がある。
【私たち学生には、人それぞれに悩みがあるように、それぞれが抱えている困り事もあると思います。その中には、事件性が高いものもあるかもしれません。ですが、私たちが事件性があると思っても、警察では取り合ってくれないようなものもあると思います。そんな事件を私たち学園探偵☆☆☆が解決してあげたいと思って、このホームページを立ち上げました。以下、私たちへの依頼の条件について知りたい方は、『依頼の条件』をクリックして下さい】
『依頼の条件』をクリックしてみる。
【依頼の条件
①学生からの依頼に限ります。
②単なるお悩み相談ではありません。事件性があるものに限ります。依頼したい内容を詳しくお知らせ下さい。
③当方で条件②に当てはまるかどうか判断して連絡します。
④依頼は東京都近郊に限ります。遠方からの依頼は原則受け付けかねます。
⑤引き受けた依頼については、無報酬で取り組みます。
ただし、依頼が解決したあかつきには、シュークリームを5個報酬として頂きます。
シュークリームについてはコンビニの物でも可ですが、もちろん手作りの物などの方が大歓迎です。
⑥依頼内容については、当方の責任をもって守秘します。】
「つまりね。この依頼を受けて、ボクたちが事件を解決するのよ。事件と言ってもボクたちと同じ学生からの依頼だから、危険な事はまず無いはずよ」
「大体真理っぺ、いや真理さんがやろうとしていることはわが輩も理解できたが、何でそんなことをやろうと思ったのかが分からん」
田畑君の質問はもっともだが、僕には薄々分かっている。
以前の事件の後に、警察関係で正義の味方として活躍している田畑君のお姉さんの花谷華菜さんやその夫の鶴吉さん(真理さんのいとこ)に叱られたからだ。
そして危険な事件には直接関わらないと約束させられたからだ。
危険な事件と言えば、半年前にも福岡県で、ある資産家の老夫婦が強盗に殺されるという凶悪事件が起きている。
でもって、その犯人は未だに捕まっていない。正義の味方の活躍のおかげで凶悪な事件が減ったと言っても、悲しいかな無くなりはしない。
でも、事件に関わりたくてウズウズしている真理さんは、一計を案じたのだ。
僕の考えた事をニオイで読みとったのか、田畑君が僕の方を見て肯いた。
「でも、ちゃんと真理さんの口から聞かんといけん」
真理さんが、田畑君の言わんとしている事が分かったのか、僕の方を見た。真理さんの口角がニタリと上がっている。
「シュン君が今思った事が、当たっていると思うわ。その通りよ。でも、それの何がいけないの? ボクたちは将来正義の味方にならなければならない。そのためには出来るだけ実践を積んだ方がいいのよ」
「でも、学校の許可なんかもいるだろうし…」
「心配いらないわ。もう学園長の許可も取ってあるし、ホームページを立ち上げることも了承済みよ。もっとも、探偵としての活動時間は、平日は午後だけと制限させられたけどね」
さすが、真理さんだ。やる事に抜かりはない。って、感心している場合ではない。
「わが輩たちの許可は取ってなかろうもん」
田畑君が、僕の思いを代弁してくれた。
「あら、ボクは、あなた達が本当のスターになれるように協力してあげているのよ。許可を取る必要があるなんて微塵も感じないわ。そう思うでしょ、ター君? 」
頑張れ、田畑君。そこで言い負かされたら、将来二人が恋人同士になったときに、尻に敷かれてしまうぞ。
それでもし結婚することにでもなったら、恐妻組合に加入決定だぞ。
そう強く思いながら、田畑君の方を見ていたら、田畑君は力無く項垂れ、「うん…」と呟いた。
――情けないぞ、九州男子。
「シュン君は? 」
真理さんが、僕の方を見る。僕も思わず「うん」と言っていた。
――情けないぞ、僕。
「よし、これで決まりね」
真理さんが微笑んだ。その微笑みは、**が地獄の門に僕たちを誘っているようにしか見えなかった。
ロダンの『考える人』が、その門の上から、門の内側に入りかけてしまっている僕たちを哀れんで見ているような錯覚を覚えた。
「で、もう既に3件のメールが届いているのよね。その内の2件は、彼氏が二股かけているかいないかを確かめてほしいなんて、浮気調査みたいな事件性が無い、単なるお悩み相談だったけど、1件だけは面白そうな事件の解決依頼だったわ」
「もう依頼のメールが来ているなんて。真理さんがホームページを立ち上げたのはいつなの?」
「一週間前よ」
真理さんが、悪びれもせず言った。僕たちに相談なしに、既に事は進められていたのだ。
「で、真理っぺ、いや真理さんが言う面白そうな事件って、どんな事件かいな? 」
一週間前にホームページを立ち上げた事をとやかく言ってみても仕方ないと諦めたのか、田畑君はそんな質問をした。
「事件の依頼者は、シュン君もよく知っている人よ」
「誰? 」
「カナさんよ」
華菜さんというのは、田畑君のお姉さんの名前だ。テレパスの異能力をもっていて、正義の味方として活躍している。そのお姉さんが依頼者? どういう事だ?
僕の疑問は、田畑君も同じだったみたいだ。
「カナ? じゃあ、学生からの依頼じゃなかろうもん。第一、姉ちゃんがわが輩たちに依頼ばするわけが、」
「違う! かなさんは同じ呼び方のかなさんでも、本橋花菜さん。以前、シュン君の中学校で短い間だけだけどシュン君の後輩だった子よ。その子からの依頼よ」
真理さんが本橋花菜さんの名前を口にした途端、僕の頭の中に教会の鐘の音が、ガラーンゴローンと鳴り響いた。
これを運命の再開と言わずして、他に何と形容できるのか。
あの花菜さんに会える! そして彼女の依頼を見事解決した僕に、花菜さんが…、
「これこれ、シュン君。妄想モードに入りかけとるばい」
田畑君が、僕の脇を肘でこづいた。僕は現実に戻された。目の前で真理さんが不敵な笑みを浮かべていた。
**の嘲笑だ。こわっ…。
「花菜さんの依頼とあっては、シュン君は断れないわよね? 」
僕は首を縦にブンブンと強く振った。
「で、事件の内容はどんなものなんかな? 」
田畑君が本題に迫っていく。
真理さんが送られてきたメールを読み始めた。
でも、僕は花菜さんに会える喜びが勝っていて、事件の内容とかどうでも良かった。
花菜さんに会えるなら、どんな危険な事件でも一向に構わなかった。
でもその事件が、僕が一番苦手とする、学校の怪談のようなホラーじみたものであることに、真理さんが事件の内容を読み進めていくうちに気付かされた。
『こんにちわ。
私は、白雪学園に通っている中等部三年生の本橋花菜です。私には困っている事があります。
私たちの学校では、文化部は高等部の人たちと一緒に活動する事が多く、私が入っている美術部は、同じ美術教室を、中学部と高等部が一日交替で使用しています。
金曜日と土曜日は合同で使用したりします。その美術教室には、フランス人形が入った八個の棚があります。いえ、今では人形が入っている棚はたった一つになりました。』
ここまで読み終えて、真理さんがタブレットを一旦テーブルの上に置いた。
「普通に読んでても臨場感は伝わらないわね。ボクはもうメールの内容を覚えているから、ちょっと脚色して小説風に話してあげるわ。その方が事件の雰囲気が伝わるから」
真理さんが、そう前置きして話し始めた。
『本橋花菜は、中等部の美術部の副部長をしていた。
彼女が所属している美術部で、いや美術部が使用している美術教室で奇妙なことが起き続けていた。
初めてそのことに気付いたのは、高等部の美術部部長の村木香里だった。
八ヶ月前、花菜は村木に呼び出された。その日は、高等部が美術室を使用することになっている火曜日だった。
「本橋さん、ちょっと尋ねたい事があるんだけど。ちょっとこっちに来て」
そう言って、香里は花菜を人形たちが飾ってある棚の方へ誘った。
「ちょっと人形を見てくれる」
香里に言われて、花菜は仕方なく人形を見た。花菜は、ここに飾ってある人形たちが嫌いだった。
ちょっと古ぼけたフランス人形はどこか薄気味悪くて、花菜は美術室で活動している間、極力人形たちの方を見ないように気をつけていた。
特に夕暮れ時に、棚の奥にある人形に夕日が差し込み、その姿がはっきり見えるのが怖かった。
「見ました…」
花菜は人形から目をそらした。
「何か気付かない? 」
花菜は首を横に振った。
「人形が一体無くなっているのよ」
花菜は、もう一度人形の方を見た。端から数えてみる。確かに十体あったはずの人形が九体しかない。
「私、知りません…」
「あなたを疑っている訳じゃないのよ。私が訊きたいのは、昨日は十体あったかどうかなの。先週の土曜日に私が確認した時には、人形は確かに十体あったわ。だから、もし昨日の時点で一体減っていたとしたら、人形が消えたのは日曜日ということになるの」
「すいません。私、昨日人形を見てません。だから、その時にあったかどうかも分かりません」
「そう仕方ないわね。じゃあ、明日中等部の美術部員全員に尋ねてみて。一人ぐらいは知っている子がいるかもしれないから」
そう言って、香里が花菜の肩に手を置いた。
「はい」
そう返事したものの、花菜は気が重かった。
もし、昨日まで人形があったのだとしたら、昨日美術室を施錠した自分たちに責任があるかもしれないからだ。
昨日、花菜は部活の途中で私用があって先に美術室を出た。その際、残った部員に施錠を任せた。
きちんと施錠をしてくれたのだろうか?
もし、施錠をし忘れていたとするならば、そのことによって人形が盗まれたかもしれないからだ。
でも、なぜ一体だけ人形が無くなったのだろう。
もし誰かが盗んだのなら、十体全部を盗み出すだろう。
それとも、その一体だけに、何か思い入れでもあったのかしら?
あれこれ考えても埒があかなかった。花菜は気が重いまま美術室を後にした。』
「これが、発端ね」
真理さんが、水を飲んで一息つく。
「すごく臨場感は伝わるけど、台詞もその通りなの? 」
僕が訊くと、真理さんは「さあ? 」と言った。フィクションかい!
「事実を元に脚色しているから、何の問題もないわよ。続けるわ。次は展開ね」
『花菜の心配したことは杞憂に終わった。
人形の紛失は、きちんと施錠がされた美術室内で起こっていた。
しかし、一体目が無くなって、ちょうど一ヶ月が経った時、また一体の人形が無くなった。
今度も施錠が為された密室の美術室内から一夜のうちに無くなっていた。
前日に美術室を施錠したのは、美術教師の福山美鈴だった。そして、その時に人形が九体あったことは彼女が確認していた。
人形が二体も無くなったことを受けて、DIYが得意な福山美鈴が、一体一体を個別に保管できる飾り棚を八個作った。棚の扉にはそれぞれにディンプル錠が取り付けられ、もう人形が無くなることはないと思われた。
しかし、二体目が無くなって、ちょうど一ヶ月後、三体目の人形が無くなった。それも福山美鈴がいる前で消えたというのだ。
福山教諭が人形が消えた時の様子を他の教師に話したことが、人形が消える前に笑っていたというような怪談めいた尾ひれも付いて、生徒たちの間でうわさ話となった。
実際に人形は福山教諭の見ている前で、一瞬のうちに棚から忽然と消え去ったのだそうだ。
完全に密室状態の飾り棚からどうやって人形が消え去ったのか? 福山教諭が嘘をついている、あるいは彼女の見間違いかもしれない。
そんな疑いをかけられた福山教諭は、今度は飾り棚に向けて暗視機能付きのビデオカメラを設置した。そして、その決定的瞬間は三体目の人形が消えてから、今度もちょうど一ヶ月後にビデオに撮られた。
午後七時四〇分、誰もいなくなった美術室でビデオカメラが人形の入った棚を監視していた。
ビデオカメラは、残りの七体の人形が入った飾り棚を一体一体確認できるように、自動でカメラバンするようにしてあった。そのカメラが再び左端の人形の飾り棚に向けられた時には、そこに入っていた人形は消えていた。
カメラが左端の人形の飾り棚から右の人形の飾り棚にバンして、再び左端を映すまでの時間は約八秒。
そのたった八秒の間に鍵を開け、人形を盗み出すことなど不可能と思われた。
更に、その時間帯にはセキュリティシステムが作動しているので、学校への侵入は誰も出来るはずがなかった。
つまり学校のセキュリティ、美術室の施錠、そして飾り棚のディンプル錠の三つの密室状態の中から人形が無くなったことになるのだ。
それはまさに怪奇現象と言っても過言ではなかった。
四体とも一ヶ月ごとに無くなっている。これは偶然ではないと思われた。なぜ一ヶ月ごとなのか。なぜ一体ずつなのか。そしてなぜ忽然と消えてしまうのか。
その謎は誰にも解けなかった。』
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「これって学校の怪談だよね」
僕が言うと、真理さんが、「どうしてそう思うの? 」と言った。
「だって、誰かが盗み出したりしてないのに、人形が消えるなんて」
「シュン君はこういうの苦手? 」
真理さんの問いかけに、僕は肯いた。
「ふーん、シュン君、怖いのが苦手なんだ」
真理さんがニタリと微笑む。
しまった! 真理さんに弱みを握られてしまったぞ。
「次からの展開は、花菜さんが関わることになるけど、もっと怪談じみてくるわ。怖いかもしれないけど、しっかり聞いてね」
意地悪な前置きをして真理さんが続きを話し始めた。
『本橋花菜は二年生の時に一時期だけ田舎の中学に転校し、また学園に戻ってきた経緯がある。
だから美術部には、再入部という形になっていた。
しかし、仲間からの信望も厚く、三年生が高等部への進級のために一旦退部という形をとる七月からは美術部の副部長を任されていた。
そんな花菜には副部長として、部活動の最後に美術室を施錠をして、鍵を職員室に返却するという役割があった。
四体目の人形が消えてからは、退室の際、人形が確かにあるか確認し、監視ビデオのスイッチをオンにするという仕事が付け加えられていた。
花菜は、その新しく付け加えられた仕事が嫌だった。
人形を確認するためには、一つ一つの棚の中をのぞき込まなければいけない。
人形の確認は、他の部員たちとワイワイ喋りながらするのであるが、それでも古いフランス人形は、どうしても好きになれない。薄気味悪く感じてしまう。
消えた四体の人形のうちの三体と、今残っている人形のうちの四体は、どこかのお屋敷にあったものが寄贈されたものらしいが、何でこんな迷惑な物をくれたんだろうと思うことがある。
その日は中等部の美術部員が美術室を使用する日だった。四体目の人形が消えてから約一ヶ月が経とうとしていた。
いつものように人形の点検も終わり、ビデオをオンにし、施錠した鍵を職員室に返しに行く途中で、花菜は、自分がサブバッグを持っていないことに気付いた。
「あ、いけない」
サブバックは美術室にあるはずだ。でも、またあの美術室に戻ることに若干のためらいがあった。
明日でもいいかなと思いもしたが、サブバッグの中には今日使用した体操服が入っている。
花菜は踵を返した。夕刻なので、廊下は薄暗く感じられた。
一人で美術室に戻るのは怖くもあったが、玄関で待っている友だちを一緒に行ってとわざわざ呼びに行くのも気が引けた。
「あれ? 」
美術室に近づいた花菜は、思わず声を出していた。確かに消灯したはずの美術室の電気が点いていた。
「おかしいなあ? 消し忘れたのかしら」
不安感をうち消すために、わざと大きな声で言う。
出入り口のドアは確かに施錠してあり、誰かが室内にいるとは思えない。やはり消灯するのを忘れていんだろうと思った。
鍵を開けて中に入る。花菜が座っていた机の横にサブバッグが掛かっていた。
そのバッグを取って部屋を出ようとした時、背後で「バイバイ」という女の子の声が聞こえたような気がした。
「えっ? 」
花菜は恐る恐る振り返った。』
「この後、花菜さんは何を見たと思う? 」
話を中断し、真理さんが意味深な問いかけをしてきた。
「ゆ、幽霊? 」
僕の答えがあっていたら怖い。それでもって、リングという映画に出てくる貞子さんみたいな人が立っていたら超怖い。
僕の頭の中には、「きゃー」と悲鳴をあげて、その場に倒れ込む花菜さんの姿があった。
僕がその場に一緒にいたとしたら、そんな花菜さんの身体を「大丈夫、僕がついている」と受け止めていただろう。
いや、無理か…。下手すると僕も一緒になって気絶していたかも。
――情けないぞ、僕。
「正解。と言いたいところだけど、残念ながらブー。誰もいなかったの。だから花菜さんは空耳かなあと思って美術室を後にした」
「わが輩も何かいたのかと思ってた。わが輩たちを怖がらするために、わざと変な質問ばしたんかいな? 」
真理さんが、チッチッチッと声を出しながら、左手の人差し指を立てて左右に振った。
「花菜さんがもっとよく周りの状況を見ていたら、彼女自身もその現象を目の当たりしていたかもしれないのよ」
「どういうこと? 」
「翌日、人形がまた一体消えていたの。で、人形を監視していたビデオを美術部全員で見たのね。もちろん福山先生も一緒に。そのビデオには鮮明に人形たちが映し出されていた。なぜなら教室の灯りが点けられたから。花菜さんが監視ビデオのスイッチをオンにしてから美術室を退出し、部屋の灯りを消してから約一分後、何者かによって再び灯りが点けられた。監視ビデオはバンしながら人形を一体一体撮影していた。この時は、まだ六体とも人形はあった。そしてその一分後に『おかしいなあ? 消し忘れたのかしら』という声が聞こえる」
「分かった! 花菜さんの声だね」
僕は身を乗り出した。
「シュン君、得意そうに鼻の穴、膨らまさなくていいわ。誰でも分かる」
「で、画面には映ってないけど、花菜さんが美術室に入ってきた気配は分かる。そして花菜さんが空耳かもしれないと思っていた『バイバイ』という女の子の声がする。その間中、ずっとビデオは人形たちを撮影していたわけだけども、カメラがバンして右から数えて三番目の棚を映した時、そこにあったはずの人形が消えていた」
「こ、こわぁ。じゃあ、花菜さんは怪奇現象の起こった現場にいたんだ」
「そうとも言える。でも、ボクが思うに、これは怪奇現象なんかじゃないわ。どこかにトリックが隠されている」
「なぜ、そげん思うとかいな? 」
田畑君の質問はもっともだ。一瞬の間に人形が消え去っていたのなら、それは怪奇現象以外の何ものでもないだろう。
――怖いけど。
「エスパー系の能力の中にもテレポーテーション、つまり瞬間移動の能力はないわ。実体があるものが他の場所に、瞬間的に空間を飛び越えて移動するなんて科学的に不可能なのよ。エスパー系でも、テレパスやサイコキネシスなら理論的に可能だし、実際にその能力者もいるけどね」
「なぜ、テレポーテーションだけが科学的に不可能と言えるの? 」
「もし、物体が瞬時に空間を移動したならば、移動先にも物体があるから衝突してしまうわ」 真理さんが言っている意味が分からない。じゃあ、何も無い所に移動すれば良いのでは?
そう思って訊いてみた。
「あのね、シュン君。この地球上で物体が無い場所なんて無いの。目には見えない分子や原子も物体なのよ。もっと小さく言えばクォークとかもね。だからまあ、宇宙空間ならばもしかすると瞬間移動も可能かもしれないわね」
「じゃあ、瞬間移動して物体同士が衝突したらどうなるの? 」
「事故が起こる。と言っても、どんな事故が起こるかは、残念ながらボクには解説できない。詳しく知りたいならアインシュタイン系の能力をもった人に教えてもらえるように頼んであげようか? 」
僕は首をブンブンと横に振った。アインシュタイン系の人に教えてもらっても理解できそうにない。
今はただ、テレポーテーションというものが出来ないということが分かっているだけで良い。
真理さんが言うのだから間違いはないのだろう。…たぶん。
それにしても、真理さんはいつアインシュタイン系の人と知り合いになったのだろう? 二日前には、ブラックジャック系の三年生女子の人と話をしていたし。真理さんてドSなのに、社交性はあるのかな?
「でね、花菜さんのメールによると、人形はその後も一ヶ月ごとに消え続けて、今は最後の一体になってしまっている。そして九体目が消えてから、もうすぐ一ヶ月目が来ようとしている。花菜さんの依頼は、人形の消えた謎を解明して欲しいということなの。もし、最後の一体まで消えてしまってからでは、それこそアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』になってしまうわ」
「なんね、そのアガサ・クリスティって? 」
田畑君が訊いた。僕も訊こうと思ったことだ。
「はぁ? ター君、あんたアガサ・クリスティも知らないの? ボクの敬愛する名探偵、ポアロおじさまを生み出した作家よ。もっとも、さっき言った『そして誰もいなくなった』という作品にはポアロおじさまは登場しないけど。ったく、アガサ・クリスティぐらい知っておきなさいよね! 」
真理さんに強い口調でまくし立てられ、田畑君が「はい…」と肯いた。
良かったぁ。僕が質問していたら、僕がなじられるところだった。危なかったぞ。
「その調子じゃ『そして誰もいなくなった』についても知らないだろうから、簡単に説明してあげる。よく聞いておくのよ」
僕たちは肯いた。
「ある島に十人の男女が招待されてやってくる。でも招待した人物は謎のまま。そしてインディアン人形が一体消える毎に、一人また一人と殺されていく。そして犯人も分からないまま、島にいた十人全てが死んでしまう。だから、小説の題名が『そして誰もいなくなった』となるわけ」
「分かった、十一人目の人間が島に隠れていて、そいつが犯人」
「シュン君、あなたの気持ちも分かる。誰だって、そう考えたくなる。でも、違うのね。まあ、これ以上説明したら、ネタバレになってしまうから言わないけど。犯人が知りたかったら、小説を読んでみることね。で、ボクが『そして誰もいなくなった』になってしまうと言った意味、もう分かるでしょ? 」
「何となく分かったばい。全部の人形が消えてしまっても犯人が分からんところ」
「そう、インディアン人形とフランス人形の違いや、人形が消えても誰も死んでいないという若干の違いはあるけどね」
こ、こわー。真理さんの言い方が怖い。若干の違いじゃないし。
人形が一体消えるたびに誰かが死んでいたら非常に怖い。
そして、そんな大事件なら、その謎を解くのは警察の仕事だ。僕は遠慮したい。
で、でも、花菜さんのためならそんな大事件だったとしても勇気を絞り出そう!
「シュン君、なぜ右手こぶしに力を込めているの? 」
僕の気持ちを見透かしたように、真理さんが不敵な笑みをたたえる。
「大丈夫よ。ただフランス人形が消えているだけだから。でも、シュン君もこの依頼に乗り気みたいだから安心したわ。明日、花菜さんの学校に行くわよ。謎を解決するためにね」
真理さんがそう告げた。