小さな決意大きな覚悟
その日の夜、僕はミランダさんが用意してくれた食事を食べ。貸してもらった部屋の壁に寄りかかって今日のことを考えていた。
「勇者、か…」
アニメやゲームで出てきていた悪いやつを倒す正義のヒーロー。確かに憧れていたでも、普通の小学生に出来るはずがないじゃないか。
「でも、帰れないんだよな…」
魔王を倒さなきゃ帰れない、だったらどうすればいいんだろう。元々はあのお兄さんが勇者として戦うはずだったんだ、なのに僕が余計なことをしたから…
そんな風に考えていると不意に部屋の扉をノックする音が聞こえて部屋の中にミランダさんが入ってきた。
「眠れないの?」
「はい…」
「まあ、それもそうよね。いきなり勇者になれだなんて」
「……」
僕が黙っているとミランダさんは僕の横に腰掛けこう言った。
「無理はしなくていいんだよ?」
「え?でも…」
魔王を倒さなきゃ家に帰れないんじゃなかったんだろうか。僕がぽかんとしているとミランダさんは軽く笑って言った。
「多分…いや、絶対クレイヴが聞いたら怒るから秘密だけど、君がリョウマ君が魔王を倒す必要はないの」
「え?どういうことですか?」
「うん、要は魔王が倒されればいいわけで勇者にわざわざ倒させず、向こうの世界の住人に対処してもらうって方法もあるの」
「じ、じゃあ!」
「ただし、それが達成されるのに何千年…いや、何万年かかるかわからないわ」
何万年…途方もない数字の前で僕は愕然とした。
「しかも、それだけ待っても達成される可能性があるってだけで必ず達成できるとは限らないの」
それに、とミランダさんは続ける
「もし、何万年も時間がかかったらあなたのご両親も、お友達もいない世界に送り返すことになるわ」
「…それってどういうことですか?」
「簡単な話よ。ここの時間で1年後勇者を送り込む日に勇者が完成せずに送り込めなかった場合…時間が動き出すのよ」
「時間が動き出す…?待って、意味がわからないよ…!」
「それも仕方のないことだわ、一から説明するわね」
ミランダさんの説明によると、勇者を召喚するにあたって能力の開放などに1年程かかるため両方の世界の時間を止めている状況らしい。つまり、約束の1年後を過ぎると両方の世界が動き出し、魔王が倒される時、つまり早くて数万年後僕は日本に帰ることができる。しかしその頃にはーー
「わかっているとは思うけれど、その頃には君の家族も知り合いも、下手したら人類もいないかもしれないわね」
「そんなの…嫌だ…!」
「それなら、戦うしかないわ」
「そ、それなら新しい勇者を連れて来ればいいじゃないですか!」
そう言うとミランダさんは目を伏せて言った。
「残念ながら、新しい勇者を召喚するのは無理よ」
「な、なんでですか!」
「今の勇者が存在するからよ、もし新しい勇者を召喚するならーー」
ミランダさんは少し悲しそうな表情で「殺すしかないわ」と続けた。
ーー殺す、言われたのは初めてではないはずなのに初めて背筋が凍った言葉。たぶんこの人は本気なんだ、殺すことになったら僕を本当に…それなら僕はーー
「…たよ」
「え?なに、どうしたの?」
「わかったよ。やってやる」
そうだ、やってやる。魔王だろうがなんだろうが僕が生き残ってみんなのところに帰るためにも、僕は勇者になる!
その日僕は勇者になる決意をした。