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きっとそこまで気にしなければよかった。でも、私は流すことができなかった。
どう考えても何をしても苦しかった。
それからは何でも気に障ってしまった。
あの担任を好きだというクラスメイトも、好きな音楽も、歌も何もかも耳に障る。
私はあんな風になれない。担任のように音楽と触れ合うことも、クラスメイトのように上手く歌うこともできない。
私は何もできない。
特別になりたいわけではない。
ただ、自分が思うように歌いたかった。
自分が納得して、自分にとって良い歌を歌えたらそれで良かった。
それすら私はできなくなった。
自分にしては上手く歌えたと、喜べていた頃に戻りたい。
今はもうどんな風に歌っても下手で、心臓に喉を塞がれた不恰好なものにしか思えない。
あんなに好きで聞くだけで楽しくなれたのに、音楽はもう気持ちが沈むだけのものに成り下がってしまった。
それでもそんな自分を見られたくなくて、私も見たくなくて、音楽の授業は必要以上に楽しく過ごした。
歌うのはお遊びにした。おちゃらけてただ声を出すだけ。お腹から声を出すことも、大きく口を開けることも、上手く歌うことを想像することもやめた。
ただその場をしのぐための歌をふざけたように歌った。
何か先生に言われても笑うだけ。アドバイスされても注意されても笑って適当に返事して終わり。
テストの時は少し真面目にして、緊張してるふりをしてこれまでのように歌えばそれで終わり。
そうしたら、私は本当に歌えなくなった。
ちゃんと歌いたいと思って口を開けた時、声が全く出なかったのは笑えた。声は喉の奥に押し込められて口からはただ息だけが漏れるだけだった。
心の中には音楽と歌があるのに、現実は自分の息遣いだけ。
そんな疲れてしまった私を気にかけてくれたのが早川先生だった。逃げ場を用意してくれた。
だけどもう先生はいない。旧校舎のピアノもない。
そのうち、音楽室でピアノを弾くことも苦痛になってまた歌えなくなった。
ピアノの前に座るだけで疲れてしまって、ただ音楽室でぼんやりと時間を過ごすようになった。
最初は何もせずにいることに落ち着かなかったが、慣れてしまえばそれはそれで良かった。
防音で静かな空間は案外居心地がいい。
音楽室に置いてある楽器や楽譜をただ眺めたり、授業や行事で使うCDやDVDを手に取ってみたりして、気が向いた時にほんの少しだけピアノに触る。大体の時間はただ椅子に座って過ごした。
一人で静かな部屋にいるとゆっくりと息ができた。
色々と整理もできた。
担任は悪くない。悪くはなかった。
最初のテストの時に私が緊張していたことは事実だ。喉を塞いでいるかのように感じるほど心臓の鼓動は大きく響いていた。
それほど緊張しなくてもテストの結果が振るわなかったのも事実。普通に下手だった。
ただ何も言わないでほしかった。慰めも励ましもしないでほしかった。
気を使わないで、普通にいてほしかった。
それだけだったのだ。
きっといつかこの苦しみを乗り越えるだろう。
思い出す回数は減っていき、こんなこともあったなんて懐かしむようになる。
救いになった早川先生の言葉さえも薄れていくのだろう。
そんなものだと理解している。
いつか子どもだったと思う日が来る。
だけど、今の私は違う。いつかはまだ来ていない。
悲しんで悩んで、苦しみもがいている。
担任のことが普通に嫌いで、音楽の授業は苦痛でしかない。
私は歌えないままだ。いつかは歌えると思っているけど、そのいつかは少しも見えない。
音楽をただ楽しむ瞬間があったとしても、あの日を思い出して落ち込む時間の方が圧倒的に多い。たまに泣いてしまう自分にも嫌気が差してる。でもどうしようもない。
苦しみを少しでも軽くしようと音楽室で過ごすだけ。
いつかが来るのをただ待っている。




