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新年度。
私は二年生になった。
担任の先生は変わらず、あの皆からは好かれている教師のままだった。
それのせいなのか、私は相変わらず何もかもから逃げ出したくて仕方なかった。
新しい逃げ場を求めて校舎を彷徨ったり、休み時間に机に突っ伏して寝たフリをしてみたりしたが、どうにも心は重くなるだけ。
窓から外を見るのが一番マシだったが、それをすると病んでるように見えてしまうから駄目だった。
人目を気にする自分が嫌になってさらに悪循環を生むので、窓はやめた。
そうして、やっぱり私は音楽に逃げることにした。
お昼ご飯をさっさと済ませて教室を出る。年度が変わったばかりで一緒にご飯を食べるメンバーがまだ決まりきっていないから、楽に一人行動ができる。
賑やかな昼休みの中、どんどん人気のない方に歩いていく。
自分の足音が聞こえるくらい静かになったところで、目的地に着いた。
音楽室。
あの校舎があった頃は第二だった部屋。
普段授業で使う音楽室に、昼休みの人がいない隙を狙って行くようになっていた。
放課後は吹奏楽部が使っているから使えない。
しかし、昼休みは誰もいない。
昼休みにまで練習するような、そこまでやる気のある吹奏楽部では無いから。
一人でピアノを弾いて歌う。
ここのピアノには出ない音などなく、綺麗に私の指の通りに音を響かせる。指が寒さで凍えることもなく、快適に過ごすことができる。
でも、旧校舎ほど気持ちよく歌えはしなかった。
誰か来るかもという不安があって、特に担任に見つかるのは心の底から嫌だった。
ずっと警戒しながらの演奏は全然楽しくなれない。嫌な記憶ばかりが思い浮かぶ。
苦痛でしかない音楽の授業。
全く歌えない自分。
笑顔の担任。
全部嫌だ。
『このクラス、みんな歌上手いな』
一年生の二学期。
二学期の一番最初の歌のテストが終わって、担任がクラス全体へ講評をしている時。
担任の、何気ないこの言葉は私を引き裂くのに十分な威力を持っていた。
担任の担当教科は音楽だった。
音楽というものに長けた人で、ピアノも歌も作曲、編曲その他諸々上手く、知識も豊富だった。評価は厳しめだったが、その姿勢がいいと尊敬されていた。
その先生がクラスの皆を褒めた時、私は泣きそうになった。
私は歌うことが大好きだ。
でも現実は甘くない。私は歌が上手ではなかった。
特別酷くはないが、あまり聞けるものではない。
それを私は少し気にしていた。
好きなものだから上手でありたい。
そう思うのは何もおかしくないと思う。でも、少しも上手くない。
一年生の一学期。
初めての歌のテストは散々だった。
上手に歌いたいと思えば思うほど緊張して。
バクバクと煩い心臓は喉を塞いでしまって。
自分でもわかるくらいに酷い歌声に泣いて。
もちろん、音楽の成績は悪かった。
逆にホッとしたのを覚えている。
自分は歌えない人だとわかって、それでもういいのだと少し楽になった。そもそも歌えないのだから、上手に歌おうと頑張らなくていいのだ。
二学期になって最初の歌のテストでは、緊張せずに歌えた。
やっぱり酷い歌になったが、それでもやりきった自分を褒めてあげたいくらいだった。
そんなテスト終わりの私に、担任は慰めるように言った。
『中村は緊張しなければ、もっと声が出て綺麗に歌えると思うぞ』
私は緊張なんて、全くしていなかったのに。
先生には私の歌声は緊張しているようにしか聞こえなかったらしい。
そこまで酷かったのだなと、思い知らされた。
一学期のテストで泣いてしまったから、フォローが必要な子だと思われていることも伝わってきた。
別にこの評価ではそこまで傷つかなかった。改めて思い知らされただけで、傷つくようなことではなかった。ちょっと自分が情けなくなっただけだった。
でも、あの言葉は駄目だった。
『このクラス、みんな歌上手いな』
一体何を言ってる?
どこが?
私の存在はどうした?
このクラスに、私もいるけど?
私の下手な歌は緊張のせいにして、緊張せずに歌えば上手に歌えることにされた?
あれは、まだよくできた方だったのに?
喉が塞いでしまうような緊張をしていなかったのに?
そんなにも酷かったか。
緊張のせいにしないと、音楽に長けた先生が納得しないくらい、そんなにも。
そんなにも。
あんなに叫びたくて泣き出したい気持ちになったことはなかった。
この時から私は本当に歌えなくなった。
だいぶ間が空きましたが、今年中には終わらせたいと思います。




