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期末テストが終わり、冬休みも終わり、三学期が始まっても、私は旧校舎に入り浸っていた。相変わらず担任のことが嫌いで、早川先生に感謝を伝えることもできないまま。
ピアノはさらに音がぼけてきて、鳴らない音も出てきた。それでも、私は弾いた。下手なりに歌った。何をしているのかなんて考えて落ち込んでまた弾いた。
そんな毎日がそれなりに楽しかった。
だから、旧校舎での時間が終わることなんて考えてもなかったのだ。本当に全く思いもしなかった。
担任の授業。聞く気も湧かなかったが、何気ない授業中の一言が頭に飛び込んできた。
「早川先生はもう長いからな」
にこにこと担任は笑いながら言った。でも寂しそうな、困っているような、そんな顔をしていた。
担任は早川先生のことを尊敬しているようだ。担任がこの学校に勤務するようになったときには早川先生はもうここに居て、とてもお世話になったそうだ。厳しいことも褒められたこともたくさんあって、それらを全部覚えているのだと誇らしそうだった。
担任は早川先生をとても惜しんでいた。
そのことがわかったとき、漸く理解した。自分はとっくに知っていたのに、ずっと見ないふりをしていた。
そして、全てあっという間に済んだ。
先生はもうこの学校にはいない。そして、旧校舎の鍵もどっかに消えた。恐らく処分されたのだろう。あんなにも錆びた錠はもう要らない。
旧校舎ももう無いのだから。
あの旧校舎は早川先生によって存在できていた。
どういう訳か、先生はあの校舎を壊してほしくなかったらしい。
そして、定年まで残してほしいという早川先生の願いを、これまたどういう訳なのかわからないが学校の偉い人たちは受け入れたらしい。
きっと早川先生だから。なんだかんだ人から好かれている人だったから。
早川先生は厳しくて皆に怖がられていたが、それでも私や担任のように好きな人は多かった。
特別好きではない人も、いつのまにか先生に愛着がわいていて、そこにいるのが当たり前という感じで、簡単に言うと先生がいなくなることを寂しがっていた。
だから、最後の日、早川先生は生徒たちに囲まれていた。大人数ではないが、周りから人が絶えることなく、ずっと誰かがそばにいるような状態だった。
私も友達と一緒に先生のもとに行き、ほんの少しだけ話した。私は大っぴらに先生に懐いている生徒ではなかったから、あまり話ができなかった。
友達に知られたくなかった。先生との秘密のやり取りも、先生が去ることによる影響も、何もかも心に押し込めたかった。
ずっとへらへらと笑っている私に、先生は、どうしただろうか。
一言だけ、友達や他の生徒たちがいる中で、かけられた。
「貴女、大丈夫?」
その時の先生の表情は忘れてしまった。微笑んでいたのか、真剣な顔をしていたのか。どういう風に言ったのかさえ、覚えていない。
「えー何がですかー? 大丈夫ですよー」
笑いながら答えたのは覚えている。何を言えばいいかわからなかった。先生が何を伝えようとしたのかもわからなかった。
その後も何か話したと思うけど、私は忘れてしまった。
早川先生は、もう、いない。
旧校舎も、ない。
私の逃げ場は無くなった。
それだけは確かなこと。




