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 すっかり暗くなった空。私は職員室に鍵を返しに校舎に戻っていた。部活も終わりを迎え、辺りには雑多な声が溢れている。どれ一つはっきりと聞き取ることはできない。ユニフォーム姿の生徒とすれ違いながら、私はただ前を向いて歩いた。


 職員室の扉をガラリと開けると、数人の先生がちらりとこちらを見て、また作業を始める。目当ての先生は机に向かって何かをしているようだった。

 扉が閉まると一気に静かになる。生徒達の声はここには届かないのだ。紙をめくる音やキーボードを叩く音がする空間に息がつまる。話している先生達は小声で、何を話しているのか深刻そうだ。

 ローファーの靴音をできるだけ出さないようにして向かっていると、後からどこかの部活の生徒が入ってきて、職員室に元気な声が響いた。煩くなった職員室にほっとして、私は先生の横に立った。


「早川先生」


 背筋をピンと伸ばして何かを書き留めていた先生に声をかける。毎朝鍵を渡してくれる、あの女性の先生だ。

 この先生は厳しいことで有名だ。他の先生なら見逃すようなちょっとしたことにも反応する。生徒教師関係無く、鋭い視線が送られ、静かな声で説教される。それは下手に大声を出されるより迫力があって怖い。


「あら、中村さん。鍵ね」


 ペンを机の上に転がし、私の方に体を向けた早川先生に、私は鍵を差し出した。先生はそっと受け取って、引き出しに丁寧にしまう。これはいつものことだ。先生にとっても旧校舎は大事な存在なのだろうと感じられて、上手く言えないがとても嬉しい。


「あの、明日からテスト週間に入るので、借りるのは一旦やめます」


 私は天才ではないから、テスト勉強が必要である。それに、悪い成績をとって早川先生が鍵を貸してくれなくなったら困る。旧校舎は私の精神安定剤なのだ。思うままに吐き出しても良い場所を手放したくない。


「テストが終わったら、また貸してほしいです」


 自然と笑顔になると、先生もふっと口元を緩めた。厳しい厳しいと言われている先生だが、本当はとても優しい人だと私は知っている。こんな穏やかな表情ができて、生徒のことをちゃんと見ている人だ。

 そして、私を旧校舎へと導いてくれた人でもある。どんなに感謝しても感謝しきれない。私は貴女に救われたのだと、口に出すことはないけれど。


「お、中村」


 その声が聞こえた瞬間、すっと心が冷えるのを感じた。後ろを振り返ると、担任がにこにこと笑っていた。早川先生に軽く会釈して、担任は私に話しかける。


「どうしたんだ、こんな時間に。特に部活やってなかっただろ?」

「ああ、少し、えっと用事があっただけなので。あの、早川先生に」


 言い訳のようなことを俯きがちに話す。いつからか、担任の目を見て話すことができなくなっていた。原因はわかっているから気にしてない。


「じゃあ、私はそろそろ帰るので。失礼しました」


 適当に頭を下げて、ささっとその場を去る。先生たちは特に引き止めることをしなかったので、楽に職員室を出ることができた。担任もそんなところはちゃんとした『先生』なんだなと、頭の片隅で思った。


 校舎はこれから帰る生徒たちでざわざわとしていた。その間をするりと抜けながら、足早に通り過ぎる。

 最後の最後に担任と会ってしまったことで、また心が落ち着かなくなっていた。今すぐ旧校舎に行きたい。ピアノを弾いて歌って、すっきりしたい。

 無理なことだとため息を一つついて、私は帰り道を急いだ。


 結局のところ、私は逃げたいだけなのだ。

担任から、友達から。自分から。

 自分は特別な存在でもなんでもない。特別になりたいと思っているわけでもない。だからといって、今の自分の存在が好きなわけでもなかった。面倒くさい奴だと自分で思って、逃げたくなる。

 どうしたらいいのか、よくわからない。誰かに救ってほしくて、でも助けを求めることができなくて。


 一度頭を振って思考を止める。深く息を吸って、ゆっくり吐き出す。

 とりあえず、今は試験勉強しないと。

 私は早く足を動かすことだけに集中した。

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