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 昔はこの校舎だけを使用していたのだから当たり前だが、旧校舎にはそれなりに教室がある。調理室や美術室などの特別教室もちゃんとある。私がいる三階のこの部屋もそうだ。

 第一音楽室。

 第一とあるが、第二も第三も音楽室は無い。多分新校舎の方にあるのが『第二』だったのだと思う。そんな第一音楽室にはピアノがある。机も椅子も無い、がらんとした教室にピアノだけがある。旧校舎を使わないとなった時に運び出されなかったのかわからないが、何とも寂しい感じだ。


 ポン、ポーン、ポロン


 長年ほっておかれていたピアノはもちろん音が外れている。くぐもった音で波がある、ぼんやりとした音だ。


 ポロローン、ポンポロン


 でも、私一人の自己満足の演奏なら音が出るだけでいい。誰かに聞かせることも、技術を向上させることも、何も考えていない。


 ポンポン、ボン!バン!


 好き勝手に弾いてもいいのだ。

 心のままに、強弱も早さも自由に。


 ボンバンッ…ポン、ポロン、ポン……



 静かになった音楽室には私の息だけが聞こえる。寒くて固まっていた手を無理矢理に動かしたから痛い。特に親指と人差し指の間がヒリヒリと痛む。腕全体が重くて、足も乳酸が溜まって、椅子にぐったりともたれかかった。


「あーあ、何やってんだろ」


 深い溜息をついた。こんな弾き方がしたかった訳ではなかったのに。


「いや、私にそんな器用なこと、できなかったわ」


 自分の心をぶつけるような弾き方しかできない。


「うーん。じゃあ、次は歌おうかな」


 椅子から立ち上がると、鞄から新しい楽譜を取りだした。

 まだまだ時間はあるのだ。



 私は音楽というものが好きだ。

 幼稚園の時にピアノを習い始めてからずっと魅せられている。演奏することも聞くことも作ることも、何もかも楽しい。音楽の才能なんてものは持っていないが、大好きだ。

 一番好きなのは歌うこと。

 何と言っても気持ちがいいのだ。心がすうっとして軽くなる。自分の思いをリズムよく吐き出せるのは素晴らしい。

 上手い下手関係無く、ただ歌う。それが大好きだったのだ。

 今も好きなままだ。でも、少し変わってしまった。だから私はここでピアノと歌っている。



 キーンコーンカーンコーン……


「あ、やばいかも」


 夢中になっていると時間は早く過ぎる。ちょうど一曲弾き終わったところで、外から予鈴が微かに聞こえてきた。慌てて時間を確認すると、朝礼まであと十分。

 丁寧にピアノの蓋を閉じると、急いで楽譜を鞄に突っ込んで音楽室を飛び出した。太陽が射し込む角度がすっかり変わっていた。


 階段を一つ飛ばしで駆け下り、固い南京錠をできるだけ早く閉める。その後はただ走るだけ。誰も見ていないからと、スカートをバサバサ蹴り上げ全速力で駆ける。校舎に近づくと遅刻しそうな人が何人か走っていた。

 諦めて歩いている人の横を駆け抜けて校舎に飛び込んだ。下駄箱にローファーを突っ込みながら上履きを履いて、今度は階段を駆け上がる。


 キーンコーン……


 とうとうチャイムが鳴り始めた。でも鳴り終わるまでに教室に入ればいいのだ。残りはあと一階分だけ。私の教室は階段の近くだから間に合いそうだ。


 キーンコーンカーンコーン……


 後ろのドアを開けて教室に入る。ぜいぜいと荒い息をしながら自分の机に向かう。そんな私をクラスの皆はまたかと呆れた目で見ていた。


「中村、お前もうちょっと早く来いよ。あと少しで遅刻だぞ」


 担任の先生が苦笑して言う。


「は、い」


 マフラーを外しながら返事をして椅子に座ると、前の席の子が振り返ってきた。


「いつもギリギリだよね。本当にもう少し早く来た方がいいと思うよ。毎日走るのも疲れるでしょ」


 心配そうに言う彼女に、ありがとうと返して思わず笑う。学校に来るだけなら誰よりも早く来てはいるのだ。ただ旧校舎に入り浸っているだけで。

 旧校舎と違って教室はとても暖かかった。

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