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結局左右で大人しくなった2人に苦笑しながら講義を受けた玲人は、いつの間にかノートを取り終えていた2人を待たせながらも何とか授業を終えて講義室を後にした。
「何で自分で選んだ授業まで遅れてんの…ハァ」
「しょうがないだろ。僕は元々書くのが遅いんだよ」
「だからテストは赤点スレスレなの?」
「そ、それとこれとは関係無いだろ‼︎」
先程の仕返しとばかりに言葉にトゲを含ませる憐は、意地の悪い笑みを浮かべながら隣を歩く。反対側では、微笑みながらもどこか考えているクロナが少し後ろを歩いていた。
「さてと……今日はこの後講義無いし、サークルも休みだから帰るか」
「あのサークル毎日休みみたいなものだけどねぇ。」
「サークル?」
「ああ。僕と憐は動物愛好会というサークルに入ってるんだ。クロナも入るかい?」
玲人の言葉に目を輝かせたクロナは、大きく頷いて参加の意を示す。だが、そんなクロナから流れてくる情報は肉と言った食事の事ばかりが垂れ流しになっていたので、クロナに耳打ちをした。
「ちなみに食えないぞ」
「クゥ⁈そ、そんな……」
表情を一転させたクロナは、ヨタヨタと千鳥足で壁に寄りかかり、絶望の表情を見せた。それを見た玲人は苦笑し、今晩は肉を食べさせてあげようと思うのだった。
「それじゃ、2人共また明日‼︎」
「ああ、気をつけて帰れよ」
駐輪場から勢い良く自転車をこぎ出した憐は、髪を靡かせながら先に校門から出て行った。それを見届けた2人は、玲人が原付に乗りクロナが走る体勢を取るといった一見不思議な状況になる。だが、周囲に人がいない事を確認した2人は頷いて出発し、原付に着いて行く形でクロナが走り出した。
正しく疾走と言える速さで走るクロナは、玲人の原付にぴったりと追いつきながらも涼し気な表情で走る。その異様な光景を誰かに見られでもしたら大変な事になるのだが、今のクロナは妖術により誰にも見えないらしい。
そんな便利な状態のまま家に着いた玲人は、急に甘えだしたクロナに苦笑しつつ部屋へと入りワンルームの部屋の真ん中に座る。
「……全く。昨日の今日で学校まで来るなんて驚いたよ」
「ごめんね?けど、レイトが心配で……」
腕に抱き着く形で寄り添うクロナは、上目遣いで玲人を見上げる。そんなあざといとも取れる表情に玲人は心を揺らされ、結局許してしまう形になった。
「けど、学校に何か来るのか?」
「クゥ……奴ら半妖とハト派に容赦無いの。例え人間界でも襲いかかるよ。特に、心が弱い人間や悩んでいる人間に近づいて操ったりとか」
「恐ろしい話だ。僕の周りには強い人間だらけで助かるよ」
苦笑する玲人。だが、クロナはすんなりとそうは思えず、どこかに違和感を覚えてしまう。だが、玲人の適応能力の高さにどこか油断にも近い安堵を覚えていたクロナは、後日後悔する事となる。
学校終わりの時間を普段ならば遊びなどに使っている玲人は、クロナが同居しているということもあり飲み会などの誘いは断る様になった。だが、その周囲も理由に気付いている為玲人から離れる事はなく、振られたらまた来いと言うばかりだった。
「今日のご飯は肉だ。食いたかったのだろう?」
「ガルルッ‼︎」
買い出しから戻った玲人の袋を奪うかの様に食い入るクロナを抑えつつ、夕食の準備を始める。纏った肉を久しく食べてないであろうクロナを思い、今日は奮発してステーキを作った。
「ほら、殆ど焼いてないけど良いのか?」
「ガルッ‼︎これが良い‼︎」
ほぼ表面しか焼いていないステーキを皿に盛り付けて渡した玲人は、自分の分はもう少し焼こうと火の番を続けつつ、ご飯をよそうクロナをちらりと見つめる。嬉しそうに尻尾と耳を振る彼女は一体どこから尻尾を出しているのだろうか。ふと気になった玲人は思わず聞いてみた。
「ところでクロナ。その尻尾どこから出してるの?ワンピースは穴空いてるわけじゃ無いし……」
するとクロナは急に顔を真っ赤にして震え出し、泣きそうな顔をしながら玲人を睨んだ。
「れ、レイトのえっち……‼︎この服は体毛‼︎服は脱がない‼︎」
「ぶっ⁈ご、ごめんっ⁈」
思わぬ返答に玲人まで顔を赤くし、その後からクロナを直視出来なくなった。
「……ご馳走様」
「う、うんご馳走様……」
その後、顔を赤くしたまま言葉を交わす事なく食事をとった2人は、どこかよそよそしい表情を見せながら距離を置いて座る。どうやら、今迄は気付いていないからくっ付けたらしいクロナは、現実を知られた以上下手にくっ付くのも恥ずかしいのか、それでも甘えたい衝動を必死に抑え1人で悶々としていた。対し玲人は今迄普通に抱き付いてきたクロナの女性らしい体が実は毛を挟んで触れていたと理解してしまい、顔を赤くしてしまう。
双方もじもじとしたまま気がつけば寝る時間となっており、仕方なく玲人は声をかけた。
「も、もう寝ないとだから……クロナはベッド使って。僕は床で寝るから……」
「クゥ……うん……先、お風呂どうぞ……?」
「あ、ありがとう……ではお言葉に甘えて」
初日以上に他人行儀となった2人は悶々としながらも交互に風呂に入り就寝をする。だが、寝静まろうとした時クロナが玲人に声をかけた。
「……やっぱやだ。レイト来て。寂しい」
「えっ……でも……」
「いいからっ‼︎来ないと噛む」
布団からちょこんと顔を出したクロナに凄まれ、渋々ベッドの中に入った玲人。そんな彼に対し、いつも通り抱き付いたクロナは幸せそうな顔をしながらやがて寝息を立て始めた。そんなクロナに癒されつつ玲人は窓の月を見つめ、目を閉じた。