【解決編】 状況説明
会話が止まって10分はたっただろうか。各自が事件について考えながらも刻々と時は過ぎていく。遅ればせながら届いた料理を自分は食べながら、頭の中で事件を振り返っていた。
どれを選んでもアタリには繋がらないアミダくじのようで、どこからはじめても、徐々に脇にそれていってしまう。どの線が足りないのかわからないのがもどかしい。はっきりとはつかめないが、言ってみれば、どこか一貫性がないのだ。
毒物を用意した計画性、しかし、鍵が開いていたという偶然性、死体を放置という動機。もしかして殺人犯と放置犯が別人で、それぞれの思惑でもあったのだろうか…。いや、部屋は施錠されていたわけだし、放置理由がないのは、それでも一緒か。でも…、
「そうか。」
脳内で1つの像が形を成し、思わず口に出していた。
「おう?」
部長の間の抜けた声が隣から聞こえる。正面の副部長は驚いて眼を開き、こちらの様子を伺っていた。
「部長も、副部長もさっき言っていたじゃないですか。なにかの目的のために死体を放置することはないって。まさにそれですよ。あえて死体を放置したんではなくて、”犯人が”死体を置いていかざるを得なかったが正しいんじゃないでしょうか。」
副部長の自殺説を発展させた思いつきだけで、そこから先はなにも考えていなかったのだが、言葉は次から次へと湧き出てきた。
「つまり、死体を部屋に持ち込んだのではなく、あの部屋で死体になってしまったわけです。そして犯人は持ち出す事ができなかった。例えば、死体を動かせる腕力がない。秘密裏に運んでもらえる協力者も居ない。死体を隠して運べる旅行鞄がない。時間がない。運転免許がない。持ち込む理由と違って、持ち運べない理由はいくらでも考えられます。」
「それはその通りかもな。ただ、それでどうなるんだ?大体自殺説と一緒だろ?」
「いえ、犯行現場があの部屋だったってことになります。二人で部屋に入り、毒殺が発生。身元を特定されない為、あるいは接点を隠すことができれば捕まらないと思い、犯人は死体の持ち運びを断念し、被害者の荷物を持ち去った。」
『ちょっとおかしくない?なんでヒトの部屋に侵入して殺人するわけ?まさか泥棒二人が仲間割れした後にお茶でも飲んだとか言わないよね。毒殺がおこなわれた以上、毒の準備やら計画的な部分はあったはず。それなら、不法侵入の最中に毒を飲ませられる保証も、必要性もないし、そもそもヒトの部屋を犯行現場にする必要がないし。』
おそらく電話口の向こうでは、どこか呆れた顔で、頬杖をついていることだろう。
「いや、そもそも最初からおかしいんですよ。計画的に犯行を考えたなら、死体を他人の部屋に置いていかざるを得ない状況で殺人をしないと思います。すぐに死体が見つかって犯行が露見しますから。」
考えながらしゃべるという大層なこともなく、思いつきをそのまま話しているわりに、手応えを感じていた。
「なにかトラブルがあって、計画変更を余儀なくされ持ち出せなくなったということも考えられますけど、死体を入れられるキャスター付のトランク1つあれば、まぁ動かせますし、死体をどうするか?なんて大事な計画の根幹を、見落としたり失敗したとは思えません。」
「死体を置いていったのは、想定外の出来事だったから…。つまり、毒を用意していたのは、被害者である死体さんの方なんです。そう考えると、赤の他人の部屋が現場になった理由も説明がつきます。」
「なるほどね。そう言われれば私にもわかる。死体Aと犯人Bの認識は4つに分類できるけど、」
副部長は、考えを整理するようにノートに書き進めていく。
AとB 両方が赤の他人の部屋を知人の部屋などと誤解していた場合
→他人の部屋を勝手に誤解する可能性と、そこで毒殺が生じると重なる可能性は極めて低い。
AとB 両方が赤の他人の部屋だと知っていた場合
→前提にのっとり、この場合はそもそも計画的毒殺がおきない。
Aだけは、赤の他人の部屋だと知っていた場合
→前提にのっとり、この場合はそもそも計画的毒殺がおきない。
B(犯人)だけは、赤の他人の部屋だと知っていた場合
→A(死体さん)はそこを、Bの部屋等と誤解させられていた場合。
「詳しい事情はわからないけれど、つまり、死体の人にしてみれば、そこは知り合いの部屋のはずだった。そして、自殺にみせかけた相手の毒殺だったり、知り合いの部屋で恨みつらみをぶつけて自分が自殺する。あるいは無理心中、そういう計画だった。」
副部長はノートの4項目めを大きな丸でぐるぐると塗りつぶしていく。
「あたかも自分の部屋であるように誘い込んだわけか。ネットで知り合った遊び半分の女性を妊娠させてしまって、一悶着おきそうだから、自分の部屋を避けたとかか。いやまてまて、被害者が女性で家主も女性なんだから、自分の部屋と誘い込んだからには、当然、犯人も女性か。すると、遊び半分の相手のはずが、本気になられて、周囲にその秘密をばら撒かれそうになったとかか。」
部長が痴情のもつれを好きなことだけはよくわかった。
「ええ、犯人は女です。分かったのは性別だけですけど、男を除くことができれば半分は絞り込めますね。」
「あれ?手柄を譲ってくれてるの?ここまでくれば、犯人も大体わかったでしょ。」
副部長は意味深に目配せをした。
純粋論理系ながら、日常の謎にはない殺人問題を取り扱えたら、斬新でワクワクするかもと思いましたが、あんまりこういう題材は好かれないのかもしれませんね。反応が薄いので、もうやっつけになってきました。汗とりあえず次回、犯人条件を列挙し、残った密室の意味をといて終わりです。