早朝の1本の電話から
飲み会翌日の早朝6時。頭痛と気だるさの残る身体を叩き起こしたのは、枕もとで鳴り響いた携帯電話の着信音だった。手を伸ばしたぐり寄せると、数時間前まで一緒に飲んでいた同じ大学に通うサークルの同期の名前が発信元に表示されている。布団を頭から被りなおし無視しようとも思ったが、嫌がらせのようにずっと鳴り続ける電話を、仕方なくとったのだった。そして、常識を疑うような時間に鳴った電話は、たちの悪い冗談かと疑うような実に突拍子もない内容だった。
電話口を通しても伝わるほど狼狽した声色で、まとまりなく彼女が喋り続けること数分後、ようやく言葉が途切れた。このタイミングを待ちわびすぎたせいか、自分から初めて発した言葉は、思いがけず淡々としてたものなっていた。
「―――目覚めると、部屋に見知らぬ女性の死体が横たわっていた。ってことか?」
「だから、最初から何度もそういってるし。だから、昨日の夜はなんともなく、飲み会から普通に帰ってき
たのに今朝になったら急に、そこに―――、」
「わかったから、とりあえず落ち着けって。」
お決まりのフレーズを口にする。実物の死体を見ていないために、どうにも現実感に乏しい。
「まず、本当に死んで…いるのか?」
「ぴ、ピクリとも動かないし、脈もないし。息してないし。スカートめくっても反応ないし…、」
女同士とはいえ、豪快な方法も試したようだ。
「死んでるなら、後は警察に任せるしかないだろ、連絡は?」
「まだ…してない。」
しばしの沈黙。もう一呼吸待っても、わかった警察に電話する!という返答はなぜか聞こえてこない。事件のプロの警察になぜ最初から電話をしなかったのだろうか、そもそもサークルでも一番親しいわけでもない俺に何故電話をかけてきたのだろうかと、どこか釈然としないものを感じた。しかし、今追求することではないだろうと、相手の言葉を待つことにする。
「み……しつ。」
「え、何だって?」
「だから、密室!誓って絶対アタシは犯人じゃないけど、玄関と窓には鍵が掛かっていて、部屋の中には私と知らない女の死体があるだけ。どうみても私が一番怪しくみえるでしょ、警察になんていばいいのかわけわかんないし…。普段より飲んだせいで店を出てからの記憶が曖昧で、支離滅裂な説明になるだろうし。」
「たしかに、警察の取調べで、知りません、分かりませんと繰り返す奴ほど、犯人らしくみえるわな。」
「まぁ、そんな感じ…。」
ついからかうような茶化した返しは、行き場なく空をさまよった。
犯人だと疑われたくない…か。誰だってそうだ。その気持ちはよくわかる。警察の捜査方法は詳しく知らないが、拘束されてしまえば、外界から隔離され、自分ではどうすることもできなくなるような不安を感じているのだろう。
「寝過ごして気づくのが遅れたことにすれば、もう2時間、3時間?半日ぐらいは誤魔化せるだろうし、色々整理して考えて、心構えが出来たらすぐにでも連絡する。」
「平気なのか?」
「死体っていっても、外傷はないし誰かが寝てるだけみたいなもん。」
「いや、そこじゃなくて…まぁいいや。寝てる時と同一になるようエアコンは使うなよ。で、ばれないよう気をつけろよ?」
死体遺棄とか別の罪になりそうな気もしたが、黙ってさえいれば、警察にばれることはないだろう。
俺だけでは力不足で、見落としがありそうなので他に信頼できる2年部長と2年副部長に応援を頼んでもいいか聞いたところ、はじめからそのつもりで俺の後に連絡しようと思っていたらしく、すんなり快諾。それから2,3話して、彼女との通話を終えた。
部長達は、飲み会後に大学駅前のファミレスに移動して朝まで二人で色々談義していたらしく、連絡はすぐに通じ、ファミレスに自分も合流する運びとなり、急げば十数分のそこへ自転車を早速向かわせている。
こうして、『朝おきたら見知らぬ死体が傍にあって、部屋は密室だった』そんなわけの分からない状況について考える奇妙な一日が始まるのだった。
大学ミステリデビューの”推理小説愛好会”サークルの1年生である俺は、どうせ最後は警察に任せるだけだろうしと、気負いも不安もなく、むしろ旅行に向かう朝のような非日常への扉を前に、どこか高揚した心持ちでいた。
久々に書きました。とりあえず年内には完結すると思います。