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満月の夜 2  作者: 桐生初
9/30

また走る太宰

沢田の自宅に向かう太宰に、柊木から電話が入った。


「あんだよ。検死報告に行ったら、誰も居ねえんじゃねえかよ。」


「今緊急事態なんだよっ!」


「知ってるよ。容疑者確保なんだろ。んじゃ、要らねえの?検死報告。」


「要るけど、今要らん!」


「聞いてくれよお。」


柊木が、取り敢えず分かった事は、言わないと気が済まないというのは、長い付き合いで知っている。

仕方が無いので、太宰は電話をスピーカーにしたまま、先を促した。


「調べたら、打撲痕じゃなくて、全部低温火傷だった。

その火傷と刺し傷が重なってるとこに、不織布が着いてた。

使い捨てカイロの表面の物と一致。

それから、髪に1回溶けてくっ付いたとみられる、プラスチック性樹脂が付着。

成分的には、衣装ケースなんかに使われてるプラスチックだと思われる。

甘粕が言った通り、衣装ケースにガイシャ入れて、そこに大量の使い捨てカイロを放り込んだんだろうな。」


「衣装ケースが溶けるほどって事か。」


「そういう事。幸田がどんくらい入れりゃ溶けるか、実験したところ、衣装ケースに人間以外パンパンなる分量だとさ。

温度測ったら、80度近くまで上がった。こりゃ死ぬわな。

あと、DNAは前の女性被害者から出たもんと一致。2人分。

レイプは最低5回以上って感じ。」


「なんでそんな出来るんじゃい…。」


「俺が知るかっ。以上だ。」


「ご苦労さん。」


電話を切り、太宰は霞と話し始めた。


「大橋は中学の時も、結構暴力事件起こしてた様だ。

普段は目立たず大人しいんだけど、なんかの拍子に同級生を虐めたり、過剰な暴力振るったりしてたらしい。

成績優秀なのと、親父が金でもみ消すもんだから、表沙汰にはならなかったが、常軌を逸してて、何度も担任が病院に行く事を勧めたけど、親父が頑なに拒否したってよ。」


「家族関係の問題なんかは仰っていませんでしたか。」


「何かっていうと、親父が出て来てそんな感じで、先生も母親の方とはあまり深く話した事は無いけど、本人や母親にも、痣がよくあったらしいから、親父のDVがあるんじゃねえかって疑って、それとなく聞いたり、児童相談所に報告したりしたんだそうだが、うやむやになった様だ。」


「そうですか…。虐待の復讐なのかもしれませんね、被害者に対する拷問は…。兄や姉は大丈夫だったんでしょうか。」


「その先生、たまたま、兄貴と姉ちゃんの担任もしてたそうだけど、この2人は問題起こす事も無く、怪我だの痣だのも無かったってさ。」


「虐待は母親と大橋だけだったんですね…。それで頷けます。」


「小学校の方で何か分かったのかい?」


「はい。矢張り、学校で飼育していた、おたまじゃくしやメダカを虐めて殺したり、アリをひたすら潰していたりはあったそうですが、同級生に対しての暴力は無かった様です。

その代わり、僕は拾われた子なんだとみんなに言っていて、それが嘘という事で、逆に虐められていた様です。」


「拾われた子…。そうとしか思えない程、親父から差別を受けてたって事か?」


「じゃないでしょうか。女性に対する過剰殺傷も、父親からの差別や暴力を、母親も姉も庇ってくれなかったという恨みの代替行動かもしれません。

母親にも痣があったとの事なので、もしかしたら、母親は庇ってくれて、一緒に暴力を振るわれていたとも考えられなくはありませんが、女性に対する、あの憎しみが篭った拷問やレイプは、母親だけは愛情深く庇ってくれたとは考え難いです。」


「なるほどねえ…。そう言えば、中学の先生が言ってたよ。

母親の方の痣は、かなり少ないし、何故か大橋に痣がある時は無かったって。

その内、母親のはなくなり、大橋に頻繁にあるようになったってさ。」


「母親は大橋を人身御供に出したのかもしれませんね。」


「酷えな、そりゃ…。

でも、母親に裏切られたってのは、1番の傷だろうから、あそこまで酷え事すんのも、納得行くな。

でも、なんで大橋だけ可愛がられなかったんだろう。」


「そうですねえ…。まあ、親子でも気が合わないとかはある様ですから、一概には分かりませんけど…。」


「霞ちゃん、虐待を受けた人が全員、猟奇殺人者になるわけじゃねえじゃん?その境目は何?」


「虐待を受けていた状況に救いが全く無かったりして、その後のケアもなされないと、そうなりやすい一面はあるかと思いますが、でも、矢張り大きいのは、気質の問題でしょうか。」


「犯罪者気質があるか無いかって事?」


「はい。子供を虐待死させる親は大多数が、本人も虐待を受けて育っています。

だからって、殺した親は悪くないとは言いきれないのは、そこです。

最後の最後で踏みとどまれるかどうか、そこが資質ではないかと私は思っています。

自分がされて嫌な事は、相手にしない、その幼稚園児に教える様な事が出来ず、自らもより残虐な行為を働いてしまう。

そこに幼児性と、人格の不完全な形成が読み取れます。

虐待により、精神的な成長を阻害されたという面は大きいとはいえ、もっと酷い虐待下に置かれていても、犯罪者にならない人もいる事を考えると、矢張り最終的には、気質問題になってくるのではないかと思います。」


「残虐性って、なんであるんだろうか。人間だけだよね?」


「そうなんです。だから、原始的行動では無いんですよね。難しい問題です。」


「うーん…。あ、そろそろ着くよ?」


「はい。」


初めての容疑者確保に緊張した面持ちで臨んだ霞だったが、残念ながら空振りに終わった。

沢田はもう居なかったのだ。


「うううう~!折角身構えて来たのにいいい~!」


「霞ちゃん、また今度ね。」


宥めつつ、沢田の行き先は大橋のところだろうと思い、甘粕に電話しようとした時、甘粕から電話が掛かって来た。


「課長!大橋と沢田、行方不明の木崎万奈、3人確保しました!」


「お…お手柄だな、甘粕!ご苦労さん!」


横目で霞を見ると、そんなになるのかという位、ほっぺが膨らんでいた。


「霞ちゃん…?どったの、これは…。」


「ズルい…。夏目さんばっかり、確保確保って…。新入りは一緒なのにい…。」


「し、仕方ないでないの…。甘粕と夏目は大橋の家で張り込んでたんだから…。」


霞を宥めていると、甘粕が叫んだ。


「課長!?東京連れて帰っていいんですよね!?」


「お、おう…。そうしてくれ…。埼玉県警には俺から話しとくから…。」




甘粕と夏目は日が陰ってから更に増す寒さに震えつつ、自宅に戻った大橋を張り込んでいた。

そこへ程なく沢田の車が現れ、2人でコソコソと大きな荷物を運び入れようとしていたので、職務質問の体で警察だと声を掛けると、荷物を乱暴に落とし、別方向に逃げようとしたので、咄嗟にこちらも二手に分かれ、確保し、荷物を(あらた)めると、気絶した女性だったので、即時逮捕となったのだそうだ。

又、大橋の家をそのまま家宅捜索した所、常田和裕の手足が、藤田勝と井上久美が生き埋めにされていた2つの穴から脚1本、腕1本を1組にした状態で、分けられ、腐敗が始まっている状態で見つかった。

生き埋めにするだけでなく、更に常田の手足を一緒に入れる事で、より恐怖心を煽った様だ。




初めのうちは、マスコミも犯行グループに好意的までは行かないものの、そう騒ぎ立てて批判する事も無かった。

ネットコミュニティでは、ネット特有の現象なのか、かなりもてはやされていたのだが、5課がプロファイリングを発表し、その直後に起きた遠山両子殺害で一気にハンムラビ団の人気は急落。

遠山両子がいかに反省し、贖罪の日々を送っていたかが連日報道される事により、プロファイリングにも頷け、犯行グループへの批判は急激に高まり始めていた。

そんな中での逮捕であったから、5課の株価はまた上がり、犯人達も送検出来て、太宰の機嫌はすこぶるいいのかと思いきや…。


「もう嫌よ、俺え!」


朝から不機嫌な太宰。

これは家庭内の問題だと、容易に想像がつく、プロファイラー2人。


「どおしたんですか、課長。」


「うちのあずきに彼氏ができたとか聞いてさあ!まだ中学生よ、あんたあ!どうなっとるのよ、彼氏なんてえ!」


夏目が動じずに聞いた。


「中2でしたっけ?」


「中1!」


「はあ…。まあ、彼氏っつっても、手え繋いで、遊びに行くって程度でしょ?」


「そうだけどもさあ!」


「んなの最近のガキはやってますよ。昔みてえに恥ずかしいとか、からかわれるとか無いだけなんじゃないですか。」


「夏目もそうだったのかあ!」


「いえ。俺は全く。ただ、龍介はそういうの居ますよ。彼女っていう程、龍介が大人じゃないんで、友達の範疇ですが。」


「ああ、あの瑠璃ちゃんという?」


「そう。パソコンオタクの。」


「普通なのかしらん…。」


今度はしょげ返るので、霞が笑い出した。


「何がどうご心配なんですか?不純異性交遊?」


「霞ちゃんも古い言葉を使うわね…。まあ、そんなトコ…。」


「相手がおかしな子じゃなきゃ大丈夫なんじゃないですか?」


「おかしい、おかしくないは、どこでどう見分ければいいのよお!」


「それはこの道20年の課長が1番よくご存知なのでは?」


「うっ…。だって…。」


そして、夏目を恨みがましい目で見つめる。


「ーなんです。」


夏目に睨み返され、今度はビビりながら、叫ぶように言った。


「だってえ!夏目はすんごくまともな男じゃないか!

仕事は出来るし、考え方も、最近の若い奴とは思えない位マトモだしさあ!

だけど、こいつは、あんな可愛い美雨ちゃんと結婚もせず、付き合い始めたその日から同棲させてんだろお!?

マトモに見える男でも、こんな野獣なのよ!?

どこで判断すりゃいいんだよ!」


大受けする甘粕と霞に反し、夏目は納得行かない顔で、太宰を見据えた。


「野獣とはなんです。人聞き悪いな。

俺は無理矢理美雨を手篭めにした覚えは無えし、同棲だって、無理強いなんかしてませんよ。」


「してなくたって、お前に凄まれたら、うんと言うしかねえだろお!?」


「凄んでねえっつーの。分かんねえ人だなあ。」


どう見ても、太宰は夏目に当たり散らしている様な気がするが、それにしても、この2人の取り合わせは何故か面白くなってしまう。

甘粕と霞がゲラゲラ笑っている所に、5課の電話と夏目の携帯が、同時に鳴った。


それぞれ出た夏目と甘粕の顔はドンドン険しくなっていく。

そして、夏目が幾分強引に電話を切ると同時に、コートも取らずに飛び出した。

血相を変えて止めようとする甘粕。


「夏目!待てえええ!」


聞かない夏目は瞬間移動するかの様に、素早い動きで居なくなってしまった。


「どした、甘粕…。」


「取り敢えず、駐車場走りながらで。美雨ちゃんが誘拐未遂にあったそうです。」


太宰も走りながら聞き返す。


「容疑者は!?」


「捕らえられてます。夏目の親父さんが一緒だったそうで、車ではねて、殴って、気絶させて確保してくれていたそうです。」


「い…生きてんのか、容疑者…。」


夏目の父親というのは、内閣調査室の室長をしていて、以前捜査で世話になった時に会ったが、顔は夏目とは似ておらず、温和な感じのする、ジェントルマンだった様に思うが、確保の仕方が、親子だなあという感じがする。


「それは問題ないそうです。」


すると、太宰は走りながら、真っ青になって叫んだ。


「なんで止めねえんだ、甘粕ー!夏目の奴、殺しちまうだろう!?」


「だから止めたけど無駄だったから、今走ってんでしょう!?」


「急げええええー!!!」


3人は別の意味で焦りまくって、地下駐車場まで全力疾走した。



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