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満月の夜 2  作者: 桐生初
8/30

容疑者浮上

霞はその前に、柊木の検死報告書に関する考察を読んだ。


「柊木先生の考察に寄れば、拷問の際の刃物は、常田和裕の50箇所、勝田勝の50箇所、山本七実70、川野賢治53、黒崎信一57、井上久美168、全て同じ物であるけれども、深さや角度が違うものが4種類ある様だと書いていらっしゃいます。

つまり、4人の犯人で、代わる代わるに刺したという事になると思います。

その中でも、1番数が多い種類の一つは、1番深く刺し、そして、傷口をえぐる様にしている、つまり、1番痛みを与えている。

しかし、1番多く出来るというのは、やはり、リーダー格という事になるでしょう。

それと、犯行声明文。これは、リーダーが他に書かせる筈は無いので、プリンターの持ち主と考えるべきかと思います。」


霞は一回切り、原田が調べてくれた、埼玉県行田市の男の顔写真を出した。


「私は、主犯の男は、1番残虐性が高いと思っています。

ですから、彼にとって、生き埋めにして、苦しむ様を2人分見れるというのは、手間というより、寧ろいい事なんだと思うんです。

他の面々も、こぞって凶暴化しているようですから、その役得を取れたという事、そして、分析された土の中で、初犯である常田の自宅に近いのも、この行田市です。

そして、この男ー大橋由紀夫の身長は、柊木先生が計算して下さった、この1番酷い傷口の角度と、身長がピッタリ一致。

年齢35歳。

都内有名私立大学卒業。

プロファイリング通り、地元のデパートで、苦情受け付け担当をやっているそうです。

元々は、都内の有名デパートの外商部門勤務だったのが、そのデパート傘下の田舎のデパートに出向という形になっているそうですが、この辺、何か本人にとって、犯行に駆り立てる大きなストレスがあったのではないかと思われます。

両親は東京住まいのままで、父親はエリート銀行マン。母親は有名名門大学出身。兄も妹も有名大学に通っています。

鬱積した思いは、元から持っていそうな環境です。

又、彼の住居は古い一軒家で、近くに民家はありません。

1人にしては大きめの車を所有しています。

そして、大橋が引っ越した直後からこの数年、大橋の近所では、野良猫の虐待死が相次いでおり、例の手足と尻尾が切断された猫の死体も見つかっています。」


太宰がニッと笑った。


「凄え臭いじゃん!早速こいつ洗って来い。甘粕、夏目。」


甘粕は嬉しそうに微笑んで、霞を見ながら出て行った。


甘粕の背中を見送りながら、太宰がぼやいた。


「口で褒めりゃいいのに。」


「あの笑顔で分かります。」


「通じ合ってんのかしらん!?」


期待に満ち満ちて霞を見つめると、霞はキョトンとした目で首を傾げた。


「ーは…。」


ー甘粕の思いはいつ伝わるのかしらん…。

落胆しつつ、課長として指示を出す。


「ああ、いや、いいの…。じゃ、他の仲間探そうか…。」


「そうですね。でも、他のメンバーはプリンターの有無は問題では無いので、プリンターの未修理リストには頼れませんよね…。」


「そうね。芥川待ちかな。しかし、霞ちゃん、この数ある中から、何故、大橋と分かったの?」


確かに行田市在住は、大橋1人ではあったが、群馬県在住で、行田市に近い地域の人間でも、20人近く居た。


「群馬県の殆ど行田みたいな地域の人間だっていたじゃん?

行田まで埋めに行ったと考えたら、群馬県の方が臭いって思うんじゃないのかい?

初犯は群馬県で拉致されて、置かれた奴なんだもん。」


「そんな離れていてはダメなんですよ、課長。

苦しみながら死んでいくのを、ずっと見ていたいんですから。

そういった残虐性も、リーダーは強いと思われまして。」


「なるほどねえ…。じゃあ、もしかしたら、他の奴らは、土の場所と、少し離れてる可能性もある?」


「それはあると思うんです。

生き埋めにして、死んでいくのを楽しむというのは、ちょっと地味かもしれない。

リーダー程、楽しくないとしたら、楽しみの延長の義務でしかない。

となると、生き埋めにして、死ぬまでほったらかしという奴も居るかもしれません。」


「となると、結構難しいね。」


「ただ、矢張り、土地勘の無い場所では、死ぬ前に発見されてしまう可能性もありますし、ある程度は見に行かなくてはなりません。

そうなると、そう遠くには出来ないですから、同じ市内に住んでる可能性は高いと思われます。」


「そっかあ。じゃあ、芥川待ってる間、大橋の家庭環境とか、調べてよっか。」


「そうですね。私は小学校の先生に電話してみます。」


「じゃ、俺は中高ね。」




甘粕と夏目は車を走らせ、大橋の勤め先であるデパートに行く前に、元の勤め先の大手デパートを訪ねた。


「大橋君ですか?ー何かやりました?」


警察だと名乗ると、元上司は戸惑う事も無く、そう言った。


「それは、そういった事を予見させるような男性だったという事ですか。」


「ええ。」


上司は商談用の事務的な部屋で、2人にお茶を出しながら、不愉快そうな顔になって話し始めた。


「まあ、お客さんの方にも問題はあったんですがね。

ロレックスの最新作を持って来いというので、お持ちすると、やっぱり止めた。

ブルガリを今すぐ持って来いとか散々言って、走り回らせた挙句、1番初めに持って行ったロレックスがいいやとか。

お金だけは有り余っている奥様だったんですが、ご主人が浮気ばかりで、ストレス解消のおつもりだったんですかね。

その担当が大橋君だったんです。」


「そのお客さんに逆ギレして左遷ですか?」


やはり話は甘粕が聞き、夏目はメモ取りに専念している。


「逆ギレなら分かるんですが、度を越してました。奥様に後ろめたい事が無かったら、警察沙汰でしたよ。」


「それはどんな…。」


「レイプ未遂です。

大橋君の話では、奥様の方から誘って来たと…。

まあ、それは事実の様ですが。

しかし、手足を縛り上げ、つねったり、叩いたり、首を絞めたりし始め、奥様が騒ぎ出し、助けを呼んだので、使用人が寝室に飛び込んで、未遂で終わったのですが。

奥様の方も、誘ったのは自分という罪悪感からか、警察には通報しなかったんですが、私が呼ばれましてね。

で、出向決定です。

でも、大橋君の父上は、うちの取引銀行の支店長ですから、その話を聞き、取引銀行を変えられたら困ると思ったのか、慰謝料を奥様に支払い、うちと奥様の取引も引き続き出来るよう、取り計らってくれましたけど…。

その時に、息子は勘当しましたのでと言っていました。

息子をまともにする事より、銀行の方が大事だったみたいですね。」


当初は同意の下であったものの、大橋の暴力性でこじれたーその図式は、霞のプロファイリングとも合う。

そして、壊れた家庭も垣間見られる。

この様な環境状態も、猟奇殺人犯になる人間には多い。


「もう、変態じゃないですか。気持ち悪い。

クビにっていう話でまとまりかけていたんですが、彼の父上が動いてくれちゃったお陰で出向って事になったんですけどね。

向こうでも、何かやらかしたんですか。」


「行田のデパートの方は、これからお話を伺いに行くつもりですが、少々、ある事件の加害者側のプロファイリングにピッタリなので、調べを進めているという状態です。」


「まさか、ハンムラビ事件じゃないですよね?」


元上司は興味津々で、面白がっているのが見るからに分かる態度で、甘粕を見つめて聞いた。


「それは申し上げられません。プロファイリングも100パーセントではありませんから、大橋さんが加害者であるという証拠にはなりませんし、今の所、証拠は皆無ですので、変な噂などを流すと、あなたが名誉毀損で訴えられる可能性もありますので、ご注意下さい。」


甘粕は不機嫌そうに早口でそう言い、夏目を促してデパートを出た。


「嫌な奴ではありますが、それだけ嫌われてもいたんでしょうか、大橋は。」


「どうだかな。ただ、元々事件を起こす前から嫌な奴だったという話は出なかった。変態事件起こしたからってのが大きいだろう。色眼鏡だよ。」


「ーまあ、確かに変態は嫌ですし、色眼鏡で見るのも分かりますが、あの上司のは、虐めに近いですね。」


「うん。多分それでもストレスは溜まったんだろうな。言いふらすくらいやっていそうだ。ちょっと外商部の他の連中にも聞いてみようか。」


外商部のオフィスに寄って聞いてみると、知らない者は居ない状態だった。

そして、あの上司は矢張り、大橋を出向するその日まで、執拗に虐めていたそうだ。


「大橋の近所で動物の虐待死が出だしたのは、大橋が引っ越した直後からだ。ここの職場でのストレスが大きいんだろうな。」


2人はそのまま行田市の繁華街にあるデパートに車を飛ばして話を聞きに行った。


まだ大橋は居る様なので、気付かれない様、そっと上司を呼んで貰い、話を聞いた。


「大橋君ね…。

初めは売り場に出て貰ったんですが、愛想がなくて。

稲郷(とうごう)デパートの外商部に居たっていうから、バリバリのエリートで、客の扱いも慣れてるんだろうと思ったんですけどね。全然です。

何かやらかして、こっち飛ばされたって話は聞いてはいるんで、やる気無くしたのかなとは思いましたけど。

仕方ないんで、お客様苦情受付センターに入れたんですけど、そんななんで、電話も取らせません。

仲のいい奴も当然居ないし、朝来て、デスク座って、どうでもいい雑用させて、5時には帰って貰ってます。

凄いお荷物でねえ…。稲郷デパートでも引き取らないっていうし、正直、辞めてくれるの待ってる状態ですよ。」


「何か問題を起こしたりは無いんですね?」


「無いですね。殆ど喋らないし、大人しい男です。彼が何か…?」


「いえ。事件に巻き込まれた可能性もあるかもしれないので、念の為捜査しているだけですので、お気遣いなく。」


上司はちょっとほっとした様な顔をすると、甘粕に膝を寄せて、小声で言った。


「あの…。こんな事言うと、おかしく聞こえるかもしれないんですが…。」


「なんでしょう。なんでも仰って下さい。」


「ーあの…。彼はまあ、東京の人なんで、お洒落なんですよね。

稲郷の外商なんて花形ですし、正直、うちみたいな田舎のデパートでは置いて無い様なスタイリッシュなスーツ姿で来る訳です。」


「はい。」


「ですから、来た当初はモテたんですよ。顔は並みでも、そのかっこいいカッコで。」


「ええ。」


「それで、うちのデパートで1番可愛いと言われている、婦人服売り場の吉谷って子と付き合ったらしいんですが…。あの、噂ですよ?」


「はい。」


「おかしな要求をしてくるから、直ぐに別れたとか、なんとか…。すみません。噂です。」


「おかしな要求とは?」


「縛らせろとか、SMっていうんですかね、なんかそういう感じの要求があったんで、変態だって噂が広がって、それ以降はモテ度は一気に下降したようなんですが…。

それに、家に行ったら、料理もしないのに、刃物の類いが凄い数あったんだそうです。

なんか怖い人だって、その子が言うんで、みんな遠巻きにするようになってしまって…。

私も気にはなってたんですが、学校でも無いですし、上からも、自分から辞めてくれるように出来るだけ差し向けろ的な事言われてるんで…。」


ここでもストレス下にはあった様だ。

甘粕は礼を述べた後、その吉谷という女性に会わせて貰った。


「変態です!超ー変態!普通にキスとかしないで、いきなり縛らせろよって、ロープ出すんですよ!?バカじゃないのってビンタして帰って来ました!」


「刃物の類いがいっぱいあったという様な事を、お聞きしましたが。」


「ええ!ありました!台所に並べて干してあったんですけど、凄い数と種類なの!でも、お鍋とか調味料も、まな板も無いのに、おかしいでしょ!?私、殺されるんじゃ無いかって!」


「具体的に、どの様な種類とかは分かりますか。」


「ええっと…。包丁も、普通のとか、中華に使うのとか、ナイフとか、あのなんか映画とかで変質者が振りかざす、凄いゴツいギザギザ付いた大きなナイフとか、ノコギリもありました!」


猫をそれらで虐待して、洗って干しておいたのかもしれない。

非常に怪しいが、未だ証拠は無い。


甘粕は、太宰に報告しながら言った。


「大橋、夏目と2人でマークしてみようと思います。」


「張り込みか?そっち相当寒いだろうから、気をつけろよ?」


「はい。」




電話を切った時、太宰の所に、芥川が目を輝かせて走って来た。


「課長おおおおお!もう少しで変態になりそうでしたけど、見つけましたよおおお!大橋とその他3人のTwitter!!!」


「良くやった!芥川!」


そして、幾分恐る恐る聞く。


「だ、大丈夫か、変態化は…。」


「大丈夫ですうう!やっぱり俺、女の子は可愛がりたい口なんでえええ!」


「ああ、良かった。でっ!?」


芥川は、ホワイトボードの大橋の写真の隣に、3人の男の写真を貼り出した。


「金山亮治、35歳。ゲームセンターアルバイト。ゲーム開発会社などを受けまくった様ですが、全部落ち、一件だけ雇ってくれた様ですが、一か月で解雇になってます。神奈川県川崎市多摩区在住。Twitterの様子だと、ホモの様ですが、拷問プレイが好みで、相手が見つからないとぼやいています。

沢田良夫、30歳。チェーン展開している古本屋の店員アルバイト。千葉県我孫子市在住。こっちはノーマルな様ですが、矢張り残虐な感じで、相手を痛めつけて、興奮を得るタイプの様ですね。

児島健太、32歳。コンビニアルバイト。千葉県柏市在住。こっちはホモで、右に同じ。

2人共、都内の中小企業に勤務していましたが、一年足らずで辞め、アルバイトを転々としている様です。こいつも同じ変態野郎です。

4人はTwitterで痛めつけて感謝される様な人間探せばいいとか言ってます。その後は個人的なLINEとかにしてしまったのか、Twitterの履歴はその辺りで終わってますが。」


「有難う!芥川!かなりクロに近いな。霞ちゃん、調べに行こうか。」


「はい!」


太宰と霞も、証拠固めの下調べに動き始めたその時、太宰の電話が鳴った。

捜査一課の内田からだった。


「課長!今所轄から!警護対象の、この間ムショから出て来た、幼児虐待死させた母親が行方不明に!」


「なっ…!内さん!直ぐに、柏、我孫子、多摩区の所轄に連絡して、次の3人の居所探して貰ってくれ!原田と芥川が知ってる!」


そして芥川に叫ぶ。


「甘粕にこの事連絡してやってくれ!俺と霞ちゃんは…、女相手だから…沢田だな!沢田の所に急行する!何かわかったら連絡くれ!」


「了解っす!」


犯人達はもう病気だ。

止まらなくなっているし、間隔は殆ど無くなって来ている。

早く見つけなければ、直ぐに被害者は餌食になってしまう。

太宰と霞は無言になって、駐車場へと走った。










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