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満月の夜 2  作者: 桐生初
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夫婦喧嘩が怖いかも?

守秘義務を理由に、精神科医には断られるかと思ったが、その精神科医は、霞の事情聴取に応じてくれた。


「矢張り、お母さんの言ってた通り、事件を起こしてしまいましたか…。いつか大きな事件を起こして、日本中を驚かせたいとか思うんじゃないのかとご心配されていましたが…。」


「先生はどういう診断を下されたんですか。」


夏目では無く、霞が主に話し、夏目はメモを取る事に専心している。


「所謂、人格障害と診断名は下しました。精神病ではない。」


「それで、どの様な適応訓練を?」


「それがなかなか手強くて…。認知訓練も全く上手く行かなかったんですね。なんと言っても、本人に治す気が丸で無かった。自分でこの性格がいいと言い切ってしまうんです。でも、それじゃあ、人に嫌われてしまうと言っても、それでいいんだと。面白い方が良いんだそうで。」


「でも、4年間も通っていたのは何故ですか。」


「そうですね。高校の時の1年半はお母さんが付き添っていらしたので、どうもそれが嬉しい…っていうんじゃないんだよな、彼の場合。自分の病気で母親が悩み、苦労して、病院に付き添って通っているというのが、面白かったみたいです。」


「でも、お母さんのお話を別で聞いている捜査官によりますと、お母さんは行き先も告げず、大学入学と同時に、行方をくらましている様ですが。」


「だから、残りの2年半は通ったんだと思いますよ。初めてショックを受けた様でしたから。父親はともかく、母親が自分を見捨てるとは思っていなかった様で、カウンセラーに対し、かなりの依存行動が見られました。」


「カウンセラーの方は女性ですか。」


「女性です。初め男性にしたら、酷く嫌がりましてね。彼は、女性は嘘を信じやすく、男性は信じ難いと思い込んでいた様なんですね。カウンセラーは嘘を見破るのは得意なのに。でも、カウンセリングも殆どが嘘で、なんの効果も無い上、自費ですから、止めたらという話は何度もしたんですが、彼がどうしてもというので、仕方なく。」


「通わなくなった理由はなんですか。」


「そのカウンセラーが辞めたからです。アメリカに勉強しに行くと言ってね。投薬しても飲まないし、親御さんは見放すし、本人は全く辛さを感じず、軽快させる気も、訓練する気もない。寧ろこのままがいいと言う。

本当に治療の甲斐が無い患者でした。」


「取調中に、多重人格障害の様な様子が見られたんですが、それも嘘ですか。」


「はああ…。アレやったんですか。専門家が見れば直ぐわかります。アレも嘘です。流石に指摘したら、うちではやらなくなったんですが…。」




4人が本庁に戻ると、内田が待ち構えていた。


「はああ、いやもうびっくりです。プレイボーイは案外色男じゃねえって本当なんですね。」


「つーと、霞ちゃんの見立て通り、何人かと関係してたか?」


太宰が聞くと、内田は困った様な顔で、笑いながら答えた。


「いやいや。10人全員とです。しかも、全員、自分だけって思ってました。なかなか凄えプレイボーイですね。

そして、ボロボロ喋ってくれましたよ。

校長はプランターのお願いで虐めを監視したらどうかという事も落合に言われてだったと言ってます。

それも、『敬太君は私を心配してくれて…。』なんて未だに感謝しちまってんですから、相当な入れ込みぶりですね。

生徒から生き血を抜いたらもっと綺麗になるんじゃないかと、全部落合の入れ知恵だったと、これだけは、全員の口裏はバッチリ合ってます。嘘で口裏合わせした感じでも無いですね。

なんつったって、全員が全員、『私だけを愛してくれている敬太君ですもの。私が綺麗でいる為に、私にだけ、こっそり生徒の生き血のアドバイスをくれたんですもの。』って、未だにうっとりと言ってんですから。」


「なるほどな。稀代の病的な嘘つき野郎ってえのは判明した。ほぼネタも揃った。そんで、先生方が飲んだ生き血の量は大体分かったかね、内さん。」


「はい。先生達は一様に、小さなワイングラス2杯づつって証言してます。

その使ったワイングラスは一杯に入れても30cc。

つまり、1人頭60cc。10人合わせても、600ccです。

柊木先生のお話では、体重52キロの清水朋香の総血液量は大雑把に言って、3380cc。2分の1量の1600cc以上は抜かねえと死にはしねえって事で、やっぱ、途中で貧血起こしたんだろうって事です。」


「さて、どう攻めるかな。落合は女性だと、要するに舐めてかかるって話だったんだよな。霞ちゃん行くかい。」


太宰が振ると、霞はニヤリと笑って頷いた。


「行かして下さい。必ずやボロを出させて見せます。」


霞の不敵な笑みを見て、太宰も同じ様な顔で笑った。


「よし。行ってみてくれ。甘粕が付きなさい。」


「はい。」




霞と甘粕は、更に幸田や原田が調べ上げてくれた事を整理し、作戦を練ってから取調室に入った。

入るなり霞は、出て来た真実を捲し立てた。

しかも、怒っているかの様な、強い口調だ。


「お母さんにも、精神科の主治医にも、あなたの話は全部聞いてきました。

生まれつきの嘘つきだそうですね。

病的な。

性同一性障害も、多重人格障害も、鬱も何もかも全部嘘だそうですね。

多重人格障害は、私達でさえ疑いましたけど、病院の先生も仰って居ましたよ。専門家なら見て直ぐに嘘だと分かると。

学園の先生方も、あなたに騙されたまま、得意気に全部話してくれました。

プランターのお願いも、生徒から血を抜く事も、全てあなたの入れ知恵だったと。10人の先生、全員と肉体関係がおありだそうですね。

それから先生方が飲んだ清水さんの血液量は、致死量には達してません。

しかし、遺体からは先生方が飲んだ量の倍以上が抜かれ、数値にすると、2600ccは無くなっています。つまり、先生方が抜いた600ccから更に2000ccもの血液を抜いた人物が居るんです。

それはあなた以外に考えられません。

あなたは嘘をつく事で、人が驚いたり、パニックに陥るのを見るのが、無上の喜びに感じる性癖をお持ちだそうですね。

虐めでしっかり対応してくれなかった学園への復讐が原因と世間を騙し、先生達がしでかした問題行動を、マスコミが食い付く様に、センセーショナルに仕立て上げ、尚且つ、そういった事が起きる様に、先生達を手なずけて、洗脳しておいた。

清水朋香の生き血を飲む行為も、あなたが仕向けた事です。

そして、先生達が死なせなくても、死なせたと思う様に、わざわざ貧血の清水さんでやらせた。

あなたは事務員だから、清水さんの個人情報は見られる筈ですものね。なかなか上手い人選です。

そして、計画通り、清水さんが貧血で意識を失い、パニックになった先生方から次々に助けを求める連絡が入ったでしょう。

それは全部こちらで把握しています。

校長以外の方はLINEで。校長は電話でね。発信履歴がちゃんと残っていました。

あなたは消した様ですが、中年女性の大半はメカに弱いですから、履歴を消すなんて出来ないんですよ。

あなたの方は一応消してありましたけど、うちの科学捜査班には、そういった事に大変詳しい、ディープな知識をお持ちの方がいらっしゃいましてね。

消去したものも、全部復元してくれました。

つまり、あなたの多種多様な入れ知恵の証拠も、清水朋香さんが昏睡状態に至ったという事で学校に駆け付けたのも、全部立証されています。

そして、あなたの部屋に置いてあった注射器からは、古く固まった血液と、新しい血液が検出されました。

つまり、4時間置いてからまた血液を抜いたという証拠です。

あなたのパソコンからは、人間からどれだけ血を抜けば死に至るか調べた形跡が発見されています。

つまり、清水朋香さんはあなたが更に血を抜いた事で亡くなった。

あなたが殺害したんです。

そしてあなたはその殺害がばれた時の為に、多重人格障害がある様に見せかける計画も練っていた。

さあ、今までついて来た嘘は全部バレてますよ。

そしてあなたが病的な嘘つきだというのも、私達は知っている。

つまり、あなたが精神病を装っても、どう言い逃れしようとも、私達は一切信じない!

さあ、どうします!

どうするのがあなたにとって一番得か、よ〜く考えて物を言った方が良さそうですよ!」


落合は、うわああ〜っと叫びながら、机に突っ伏し、泣き出した。

本気でパニックに陥っている様だ。

もしかしたら、嘘を理詰めで暴かれた経験が無いのかもしれない。

霞はふとそんな気がした。


「分からない!どうしたらいいのか分からない!」


「まあ、正直に話す事ですかね。多少は情状酌量されます。

但し、我々は嘘を見破るプロです。

ちょっとでも嘘が入ったら、情状酌量は望めないと思いますよ。

そこ気をつけて、全部、本当の事を話す事ですね。」


落合は、借りてきた猫の様な、大人しい状態で喋りだした。

全て霞の言った通り、こちらの調べの通りだった。

霞の迫力勝ちで事件は呆気なく終わった。




聖ヨハネ学園は、殺人犯は出さなかったものの、教育者が自己の美貌維持の為に、生徒の生き血を飲み、しかもミッションスクールであるという立場上の問題からも、至る所から非難を浴び、国会にまで取り上げられた事で、小学校も含め、廃校となった。


「しかし、霞ちゃんの剣幕凄かったわね。夫婦喧嘩が怖いね、甘粕。」


揶揄い気味に言う太宰に、霞は笑いながら太宰を睨んだが、甘粕は夫婦という単語にだけ反応し、またポーッとなってしまっている。

太宰の顔が情けなさそうに沈み、夏目が苦笑した。

霞は困った笑顔で話題を変えた。

矢張り2人の仲は丸っきり進展していないらしい。


「あの、5課が出来る前に起きた、大田区の一家惨殺事件、まだ進展無いんですよね。」


「そう。アレ、内さんにも、手隙の時に頼むって言われてんだ。いい加減取り掛かろう。」


太宰がそう宣言した時だった。

内田からの電話で、5課の緊張は一気に高まった。


「課長…。例の大田区の一家惨殺事件なんですが…。」


「うん。今取り掛かろうとしてた。どうかしたかい。」


「ー全く同様のそっくりの事件が、矢張り大田区内で起きました…。模倣犯じゃなさそうです。

警察発表に無え事も、ちゃんとってえのも変ですが、やってます。」


早く着手していれば…。

その後悔は全員の頭に過ぎった。

しかし、目の前の事件に追われ、やれなかったのは事実である。

いくら後悔しても、取り戻せるものでは無い。

太宰は立ち上がりながら言った。


「後手後手になっちまったが、今度こそ俺たちの手でホシを挙げよう。」


太宰が立ち上がると同時に立ち上がった3人は、力強く返事をし、コートを手に出て行った。


外は春先特有の、強い風を伴った、横殴りの雨が降っていた。



















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